バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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0001名無しさん@初回限定2011/02/13(日) 19:46:44ID:+fqADOXd0
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常に【sage】進行でお願いします


※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
0681あり/なし(11/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:25:54.75ID:4PVSocEr0
 
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。

しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。

「またぁっ!?」

炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。

「あぐうっ!!」

なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。

それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。

「ああっ、もうっ!!」
0684あり/なし(12/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:30:01.09ID:4PVSocEr0
 
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。

「なんでっ! あたらないのっ!!」

廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。

「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
 
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。

誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。
0688あり/なし(13/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:34:52.88ID:4PVSocEr0
 
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)

何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。

それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。

十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。


その、知佳の反復の手が、はたと止まった。

 
(あれは……!?)

風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。
0692あり/なし(14/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:39:59.13ID:4PVSocEr0
 
知佳はその炎から連想する。

(昨晩の、あの森林火災は……!)

連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。

(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
 この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
 恭也さんは動けないのに?)

「いけない!」

咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。

死の舞踏が、ステップを逸した。

しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
 
「あああっ!!?」

灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。
0694あり/なし(15/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:43:55.64ID:4PVSocEr0
 
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。

「うぐっ!!」

沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。

「えいえいーーっ!!」

しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。

煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。

エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。
0699あり/なし(16/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:48:20.46ID:4PVSocEr0
 
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。

知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――

(―――この子を、森から引っ張り出す)

恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。

「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」

さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。

状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。

「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」
0704あり/なし(17/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:54:20.69ID:4PVSocEr0
 
更に知佳は餌を撒く。
しおりに有利を感じさせ、追跡させる為の弱気なセリフを。

「じゃあ…… お姉ちゃん、逃げるね。もう疲れちゃったから」
「なんで逃げるのぉ!? しおりにやっつけられてよぅ!!」

知佳は身を翻し、偽装逃亡を開始する。
届きそうで届かない、ギリギリの高度と速度を維持しながら。
しおりは着いてくる。凶の機動力で。
獣相が表す如く、鼠のすばしこさで。

読心などを使わずとも、幼くちょっぴりトロい童女の思考を
誘導することは、知佳にとって容易いことであった。

(これでいい……)

知佳は痛みに身を震わせつつも、高度を維持。
しおりが追跡可能な速度を保ちつつ、舵を南へと取った。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 PM3:00 A−6 海岸線)
 
しおりの耳朶を撫で摩るのは、潮騒。
しおりの鼻腔をくすぐるのは、磯の香。
島の果てが、大海原が、近づいていた。
0707あり/なし(18/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:56:22.98ID:4PVSocEr0
 
森を脱し、道路上を西にひた走り十分余り。
しおりは未だ、知佳に追いつけないでいる。
走っても走っても、目の前を飛んでいる知佳の背中に届かない。
それでも、しおりは追い続けた。
小さな胸いっぱいに、確信を持って。

(勝てる! あのお姉ちゃんに!)

それは知佳が、ふらふらと飛行しているから。
それは知佳が、はあはあと肩で息をしているから。
左上半身を灼熱のタールに蹂躙されたダメージが、明らかであるから。
故に、しおりは確信するのである。
今すぐには捕まえられなくても、追い続けさえすれば、
いずれ知佳は力尽き、地に落ちるのだと。

「っっ…… 頭がくらくらする……」

確かに与えたダメージは大きい。
しかし知佳が見せている醜態は、聞かせている弱音は、罠である。
他の生存者であれば、すぐに感づくであろう猿芝居である。
しかししおりは、そんなあからさまな誘いに気付けない。
年相応な人を疑うを知らぬ純真さが、未だに残っている故に。

「もう限界、近いかも……」
「まてまて〜〜!」

知佳は緩やかに高度を下げながら不安定に飛び続け。
しおりはペースを落とすことなく安定して追い続け。
整然と並んだ松の防砂林を抜け。
緩やかに傾斜する砂浜に達すると。
その向こうには、一面の水平線が眩しく煌いていた。
0709あり/なし(19/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/04(土) 23:59:46.47ID:4PVSocEr0
 
一瞬、潮風が強く吹く。
その風圧に負けたのか、知佳の背中の羽根が、消滅した。
と同時に膝から波打ち際に落下して。
そのまま、前のめりに転倒した。

力尽きた―――
少なくともしおりの目にはそう映った。
凶の尻尾が、ピンと立つ。

「どっかーーーん!!」

これまでの突撃で、最も勢いのある、最も威力の高い突撃であった。
まともに食らえば内臓は破裂され、背骨すら粉砕されるやも知れぬ、
恐ろしき野獣のヘッドバッドであった。
しかし、飛び掛った知佳の背面には、
既にサイコバリアが張り巡らされていた。

知佳の背で、しおりが弾む。
地面に対し斜め35度程に張られたそれは、
しおりの進行ベクトルを斜め上方に変化させ。
人、ひとり分ほど空中に浮いた時点で。

「ばいばい、しおりちゃん」

バリアを展開したまま、知佳の体も宙に浮いた。
知佳の背にはどす汚れた羽根が力強く鳴動している。
その羽根を見て、漸くしおりは気付いた。
疲労の余り羽根を維持する力が失われたのではなく。
知佳の意志によって羽根を引っ込めていただけなのだと。
つまりは、ハメられたのだと。
0713あり/なし(20/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:03:32.18ID:sKHnSu/H0
 
その気付きも後悔も、次の瞬間に受けた衝撃で全て吹き飛んだ。
サイコバリアを前方に展開したままでの、知佳の下方からの突撃。
その一撃でしおりの軽い体は更に浮き上がり、半回転。
それだけでしおりは、天地左右の認識がシェイクされてしまった。
そこからは、もう。
それまでの鬱憤を晴らすが如き、知佳の空中コンボであった。

知佳はがつがつと、制御を失うしおりを弾き。
弾き。
弾き。
弾き飛ばした先は、浜辺から100メートル以上は離れた
沖合いであった。

「わぷっ!!」

空中乱舞で目を回していたしおりは海に落下し、沈み込んだ。
塩水をしこたま飲み込んだ。
目を回す。
足が付かない。
その事実が、しおりの恐慌を産んだ。
水面へ。海上へ。しおりは酸素を求め、もがく。

(いきを…… いきをしないと!)

海面は見えている。
すぐそこに見えている。
あと一かきで、届く位置である。
しかし、どれほど手でかいても、
足で蹴っても、首を伸ばしても。
その数十センチが、縮まらぬ。
0716あり/なし(21/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:07:05.19ID:4PVSocEr0
 
(何で? 何ですすめないの!?)

そんなしおりの足掻きを、彼女が沈む海の上空低くから、
感情の篭らぬ目で見つめるのは仁村知佳。
眉間に寄せられた縦皺は、水面に向かって伸ばす両腕は、
特に集中して念動力を発揮している証である。

しかし、念動の特徴たるシャボンの泡の如き空気のうねりは、
知佳の周囲数十メートルの宙空のどこにも、見当たらぬ。
なぜならば。
知佳渾身の念動力は、海中に発動している故にである。

サイコバリア。
それを、知佳は発動させている。
四方、三メートルの正方形。
彼女の身を守るべく展開される場合に比して、凡そ倍のサイズであった。
呼吸をせんとがむしゃらにもがくしおりの浮上を阻止する為に。
防壁としてではなく、落し蓋として応用している。

海に沈め続けて、溺死させる―――

これこそが。
仁村知佳が計じた、しおりの殺害方法であった。

知佳も、非情な作戦であることは理解している。
水死とは、数ある死の中でも有数の苦しみを誇るのだと、
何かの本で目にした覚えもある。
それを、年端も行かぬ子供に用いている。
非道どころか、外道の所業である。
手を下している知佳自身が、誰よりもそう思っている。
0719あり/なし(22/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:09:43.65ID:sKHnSu/H0
 
「それでも私は、確実性を取る」

知佳は罪の意識に飲み込まれそうになる己に言い聞かせる。
してはならぬこと。油断と逡巡。
その為には。心に隙を産まぬ為には。

「心を閉ざせばいい。感受性を殺せばいい。
 目的を達する為の、機械になればいい」

じゅうじゅうと音を立て、海水が蒸気を立て始めた。
おそらくは、しおりが再び紅涙を撒き散らしている。
円らな瞳から、涙をぽろぽろと零している。

それほど、苦しいのであろう。
それほど、恐ろしいのであろう。

「……」

知佳は、涙を流さない。
知佳は、耳を塞がない。

研究員が試験管を見つめる眼差しで。
サイコバリアの手を緩めず、意識を切らさず。
しおりが決して浮上せぬように、意識を凝らして。
凶の命を、削り続ける。
0723あり/なし(23/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:12:45.00ID:sKHnSu/H0
 
 

五分――― 水蒸気は止まるところを知らない。



十分――― しおりはもがき、苦しみ続けている。



十五分―― 知佳は、無表情のまま、じっと水面を見つめている。



二十分―― やがて、水蒸気は少しずつ勢いを減じ。



二十五分― ついに、水面は静かに凪いで。



三十分―― 知佳がサイコバリアを取り除いても。



三十五分― しおりは、浮かび上がって来なかった。
 
 
0727あり/なし(24/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:16:13.77ID:sKHnSu/H0
 
知佳は無表情のまま、それでも蒼白な顔色で、ノロノロと島へと戻って行く。
疲労感の凝縮されたしわがれた声色で、戦闘の終了を確認しつつ。

「おわ…… った……」

純白であった背中の羽根は、どす黒く穢れていた。
烏の塗れ羽の如き光沢などない。
凝固した血液の如き乾ききった黒であった。

―――しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの―――

知佳は思い出していた。
自分が今しがた殺害を終えた童女に対して吐いた台詞を。

「ふふ……」

表情を失っていた知佳の口角に、笑みが宿った。
それは自嘲なのか、心の均衡を失いつつある前駆症状なのか。

「『人間だよ』、か。 私なんかが、よくそんなこと言えたよね」

不確かな羽ばたきで、砂浜を横切ったところで、
知佳は一度だけしおりの沈む海を振り返り。

「しおりちゃん。やっぱりしおりちゃんは、人間だよ。
 ひとでなしなのは、お姉ちゃんの方だもの……」

ぽそりと、呟いて。
防砂林の向こうへと、姿を消した。
 
0730あり/なし(25/25) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:19:49.75ID:sKHnSu/H0
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)

凶の性能とは、血の主の位と作成の方法、および
ベースとなった生物の能力との乗算によって決定される。
 
血の主の位とは、二種類。
最上位の五人、ロード・デアボリカ。その下位の貴族階級、24デアボリカ。
作成の方法もまた、二種類。
血を吸って作られたものが、上級。爪を刺して作られたものが、下級。

凶しおりは、確かに知能身体供に未発達な童女から成っている。
その点においての力不足は否めない。
しかし、血の主は最上位のロードたる闇のアズライトであり。
しかも必要以上に血を啜られた固体である。
こと、生命力に関しては。
人間の感覚からすれば、殆ど不老不死であると言っても差し支えない。

例え、自発呼吸が止まっていたとしても。
肺胞に海水が充満していたとしても。
命が失われるには、至っていない。
しかし、回復力を発揮できるほどの余裕も無い。

明け方まで灰かぶりのシンデレラとして眠っていた童女は。
夕闇迫る今、海底に潜む人魚姫として、静かに眠っている。

均衡した仮死状態のまま、ただ、沈んでいる。


          ↓
0734あり/なし(情報 1/1) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:23:24.83ID:sKHnSu/H0
 
【現在位置:A−6 砂浜 → D−6 西の森外れ・小屋3】

【仁村知佳(40)】
【スタンス:@小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
      A手持ちの情報を小屋組に伝える
      B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:世色癌×2、テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)、左上半身火傷(大)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】



【現在位置:A−6 海底】

【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
      @ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、仮死状態
    ※このまま海底に沈んでいては回復できません
    ※自力脱出できる体力はありません】


 
0736■ & □(1/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:26:54.05ID:sKHnSu/H0
 
(ルートC・3日目 PM2:00 J−5地点 灯台跡)

細胞が死んでいる箇所があるとしよう。
この死亡範囲が狭ければ、この表皮の下に健康な血流が確保されていれば、
新陳代謝は、正常に行われる。
しかし、この死亡範囲が広ければ、この表皮の下の血流が阻害されていれば、
手を加えてやらぬ限り、新陳代謝は行われぬ。
肉体機能は再生せぬし、下手をすれば腐食が周囲に広がってしまう。
これ即ち【死点】である。

その死点に、練った生の気をぶつける。
死をより強い生で駆逐する。
新陳代謝の強制促進。
これが生の気による治療の、おおまかな原理である。
いかにもザドゥらしい、乱暴で直裁な手法であると言えよう。

きっかけは、気による治療中に起こった小さな事故であった。

気を練るのは、基本的に神闕にて生じ、丹田にて増幅させる。
中心点に呼吸による攪拌を加え、血流で以って生命力を煥発させる。
生じた気を、経絡を通じて腰から胸、胸から腕、腕から掌へと流す。
その、腕から掌への経絡移動のプロセスの何処かで、
流れていたはずのザドゥの【生の気】が、変質したのである。

(ぬ!?)

それは、ザドゥが経験したことの無い、どす黒い気であった。
戦闘時に、破壊の意志を込めて生み出す【死の気】ともまた違った。
【死の気】が、爆裂する熱と勢いを持つものとするならば、
ここに生じた気とは、閉塞した冷たさと停滞を伴うものであった。
0739■ & □(2/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:30:04.28ID:sKHnSu/H0
 
(これは良くない。己の体に当てては成らぬ。直ちに排出せねば!)

直感に従い、ザドゥは得体の知れぬ気が駆け上る左腕を、
治療の為に押し当てていた右腿から外し、地面へと押し付けた。
親指の付け根には、地面ならぬ野草の柔らかく、瑞々しき感触。
その生命を感じさせる感触が気の放出と共に、失われた。
かさりと乾いた感触に、取って変わられた。
腕を上げたザドゥがそこに見たものは、枯れ、萎れた野草であった。

(なんだ…… この顕れは?)

知らぬ気の、知らぬ効能に、ザドゥの脳髄は揺さぶられる。
揺さぶられつつも、当代一流のグラップラーの嗅覚は反応した。
この変質の、効能が意味するところの本質を嗅ぎ分けた。

(草を枯らし、血の巡りを止める気……
 この気こそ、【死の気】の名に相応しい有り様ではないのか?)

死光掌、狂昇拳を始めとする、【死の気】を込めた攻撃。
それらの顕れは、単純に表現するならば、爆発である。
放出を強烈な衝撃と変ずるのである。
相手に破壊を、突き詰めれば死を与えるエネルギー。
故にザドゥは、その師匠は、数多の拳法家は、それを【死の気】と断じた。

仮に、この気を雑草に放出したならば。
葉が千切れ飛び、吹き飛ぶという顕れとなる。
決して、草を枯らすことは無い。
 
気を用いた格闘術で闇世界の頂点に立った程の男である。
それほどの男ですら、知らぬ事象であった。
彼の知る【気】の常識ではありえぬ状況であった。
0743■ & □(3/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:33:21.01ID:sKHnSu/H0
 
(知るべきだ。突き詰めるべきだ。この気を。新たな可能性を)

ザドゥはトレースする。
今の異様な気の流れ、そのプロセスを。

深呼吸。肺。酸素。心臓。血流。廻りて、神闕。
リンパ。気の練磨。発生。増幅。落して、丹田。
回転。螺旋。揚力。増幅。一呼吸。気の完成。
経絡。上昇。再び、神闕。
神闕。経絡。檀中。胸。
檀中。経絡。天突。鎖骨。

(うむ、ここまでは常と変わらぬ。
 この先だ…… この先のどこかで、変質したのだ)

天突。経絡。大椎。肩。
大椎。経絡。臑会。二の腕。
臑会。死点。変質。天井。肘。

(!?)

変質の際を、ザドゥは捉えた。
始点は、死点と化した経絡であった。
ザドゥが治療を見送っていた、二の腕の重度の火傷。
そこに隣接する血流が滞り、死点が拡大。
経絡の一部にまで侵食を開始していた。
それに気付かずに気を流した故に変質が生じたのである。
 
(死点と化した経絡だと!?)
0746■ & □(4/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:36:25.42ID:sKHnSu/H0
 
その驚愕に、ザドゥは流している気のコントロールを失った。
気が、死点と化した経路で膨らみ、停滞する。
渋滞となった【変質した気】―――【死の気】に、後続の【生の気】が衝突する。
そこに産まれたものは、均衡であった。
均衡であり、鮮烈な輝きを発する更なる【未知の気】の発生でもあった。
その均衡の中には、正も負も存在しなかった。
それら全てを飲み込んで余り有る混沌が、確かにあった。

(ぬ!?)

次の瞬間、刹那の混沌は弾けて消えた。
生の気も死の気も、腕の死点から消え失せた。
それは常の治療の結果である、生の死に対する勝利ではなかった。
治療の失敗を示す、死の生に対する勝利でもなかった。
生と死が、陽と陰が。
完璧に均衡した上での、対消滅であった。

(見た…… 俺は、知った! 【気】の最果てを!)

ザドゥは興奮に打ち震える。
大発見であった。
気を用いた格闘術で頂点とされていた到達点のさらに上がある事への、
その手段を偶発的ではあれ、己が独自に見出したことへの、興奮であった。

気の発祥。
易の宇宙生成論、周易繋辞上伝に曰く。
0749■ & □(5/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:39:25.00ID:sKHnSu/H0
 
『易有太極。 ―――易に太極あり
 是生兩儀。 ―――これ両儀を生じ
 兩儀生四象。 ――両儀は四象を生じ
 四象生八卦。 ――四象は八卦を生ず
 八卦定吉凶。 ――八卦は吉凶を定め
 吉凶生大業。 ――吉凶は大業を生ず 』

分裂に分裂を重ね、あらゆる存在が生じているが。
源流を遡上すれば、全ては究極の一に辿り着く。
世界の成り立ちを簡潔に示す啓示である。

ザドゥは、死光掌こそ、太極であると思っていた。
気の極みであるのだから、唯一絶対なのであると盲信していた。
その勘違いに、今、ザドゥは気付いたのである。

(そして、はっきりと判った。
 死光掌とは【太極】に位置する奥義などではない。
 陰陽二極の一、【太陽】の極みに過ぎぬ!)

生の気――― 両儀の陽。正。□。
死の気――― 両儀の陰。負。■。
根元の太極から万物を象徴する八卦に至る中間の過程として表れる、根源の嫡子たち。

ザドゥを始めとする気功師たちの長きに渡る不明の根源は、ここにあった。
その両儀の陽を、□を、親たる太極であると誤解していた。
一段下の存在を、最上位であると妄信していた。

故に、彼らの思う陰陽二極もまた、一段下がる。
両儀ではなく、四象。
□より生ずる□□と□■。
■より生ずる■□と■■。
0754■ & □(6/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:43:00.00ID:sKHnSu/H0
 
その、□□を【生の気】と呼び。
その、□■を【死の気】と呼んでいた。
そこが根本的に違った。

(そもそも、健勝なる【生の体】から【死の気】を生み出せる訳が無かったのだ。
 生命から生じる気は全て生。両義の陽。
 両義の陽から分け出ずる【再生】と【破壊】の顕れに過ぎぬ)

ザドゥは、壊死の始まった瀕死の経絡から生ずる真の陰の気、■。
或いは、陰から生ずる陰の陰、■■の存在を知って、
己の、先人たちの思い違いに、気付いたのである。
死にかけた体であったからこそ産まれた偶然によって、
数多の先人が到達し得なかった気功の更なる深遠に、足を踏み入れたのである。

(……つまりは死光掌など、通過点ということか)

死光掌―――
この究極奥義はその名とは裏腹に、生の極みであった。
□□と□■を交錯させる、□でしかなかった。

(で、あるならば、だ)

理論で言えば、死光掌に対を成す陰の奥義も為せるはずである。
陰の極みも、またある筈である。
しかし、ザドゥはそこに想いを寄せなかった。
さらなる向こうを見据えていた。
死光掌を超える究極の一。
ザドゥが目指すべきは、そこであった。

(両儀の更なる根―――【太極】)
0757■ & □(7/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:44:41.40ID:sKHnSu/H0
 
ザドゥは、探る。
気の流れを丹念にトレースする。
陰の気を生む為ではない。
陰の気を生んだ上でそこに陽の気を衝突させ、極の気を生む為にである。

試行、幾十度。
錯誤、幾十度。

そしてついに。
ザドゥは再び腕の経絡にて、混沌を生じさせることに成功する。

(やはり、均衡するのだ。
 陰と陽は。
 生と死は。
 単に反目しあうのみではないのだ。
 エネルギーが等しい時、均衡して。
 そして―――)

ザドゥは確かに見た。
偶発的に起きた初回とは違い、始まりから終わりまでを内観できた。
故に直視できた。
生と死が入り混じり、食み合い、溶け合った混沌の気を。
始原の気を。
そして、その気の色とは。

(―――蒼い)

それは、蒼の光。
忌々しき鯨神と同じ光。
0759■ & □(8/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:46:31.74ID:sKHnSu/H0
 
ルドラサウムが、何で出来た、どんな存在の神であるのか。
ザドゥは身震いと共に気付く。
しかしその震えは、恐怖から来るものでは、ない。

(この力は…… 届く)

震えとは、武者震いであった。
この力は、決して届かぬ筈の鯨神に届く力であると。
蚊の一刺しなどではなく、鼻血の一つも吹かせることの出来る力であると。
一筋の光明を見出した故の振戦であった。

(いや、これを極めれば。
 人の身にありながら、神を殴り倒すことすら……)

ザドゥの興奮が気の均衡を崩し、蒼の気は霧消した。
太極は元通りの両儀に分かたれ、さらには四象にまで分かたれた。
実勢は陽の陽、四象の□□に軍配が上がり、経穴の死点は消滅。
気の流れが正常なものとなってしまう。
エネルギー量。ベクトル。出力。
根源の気とは、その全てが完璧に陰陽一対と成らねば保てぬ、繊細な力であった。
繊細にして絶大な力であった。

(ち、なんとも気難しいじゃじゃ馬よ)

ザドゥは、内観する。
死点と化した経穴・経絡を四肢の隅々まで探す。
しかし、無かった。
表皮に近い部分に、アウターマッスルに、死点はいくらでもあるが、
気を巡らせるべき経穴・経絡周辺は元々生命活動が活発であることも手伝って、
あきれるほどに健常であった。
0762■ & □(9/9) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:48:24.58ID:sKHnSu/H0
 
「ふん、無ければ作るしかなかろう」

ザドゥはそう呟くと、全く無造作に。
ストローでも折るかの如く、無頓着に。
己の左薬指を、折った。
折った上で、捏ね繰り回した。
骨折箇所を中心に死点はすぐさま広がり、
ザドゥの口許には笑みが浮かんだ。

(よし。
 これでコントロールしやすい位置に死点を確保できた。
 あとは訓練あるのみだ)

武器もなく、防具もなく、魔術もなく、神秘も無く。
ただ己の肉体にて戦う者として。
拳者として。
人の肉体の極みに。
生命の神秘の根源に。
ザドゥの手は、届かんとしている。


          ↓

 
0766■ & □(情報 1/1) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:51:00.29ID:sKHnSu/H0
 
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
      @プレイヤーとの果たし合いに臨む】


【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      @陰陽合一を為す訓練を行う
      Aプレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      B芹沢の願いを叶えさせる
      C願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)、左薬指骨折】

 
0768宙船-ソラフネ-(1/7) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:53:42.81ID:sKHnSu/H0
 
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)

仁村知佳去りし後も、しおりは浮かび上がらぬ。
肺と言わず、胃と言わず。
臓器に余すところ無く海水を溜め込んでしまった彼女は、
その比重により、浮かび上がることは無い。
仮に、浮かんでくる機会があるとするならば。
体内で腐敗によるガスが発生するまで待たねばならぬ。

即ち、死なねば、浮かぬ。

その、しおりが沈む海域に、突然。
爆弾でも投下したかの如き波飛沫が巻き起こった。
波濤の中心には、大きく揺れる一艘の小型船舶。
キャビンに茫と佇むは、かつてN−21と呼ばれていた椎名智機の分機。
思惟簒奪者・御陵透子。

今や透子とは船であり、船とは透子であり。
二つの機械に個の別は無く、透子の論理集積回路を元に
完全に一つの機械生命体として機能していた。
Dパーツ―――
あらゆる機構と智機ボディとを融合させる、
神の前報酬の最後の一つを、使用しているのである。

「ん、実験成功」

御陵透子が行った実験とは。
Dパーツで融合した上でのテレポートが可能か否か、であった。
自身と、自身の手で持ち運べるもの。
それが、これまでの能力の限界であった。
0771宙船-ソラフネ-(2/7) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:56:33.93ID:sKHnSu/H0
 
その壁を、Dパーツにて打ち破れるのではないか。
融合したものが、【自身】と判断されるのであれば、可能であるはず。
透子は一体化している漁船ごとのテレポートを、
しおりの沈む海域の上空2メートルの位置に設定し、
見事これを成し遂げたのである。

そして、もう一つの実験もまた。
船上で年甲斐も無く無邪気にはしゃぐ仲間の存在が、成功を証していた。

「おぉ!? これがトーコちんの瞬間移動か〜、すごいねぇ〜ふしぎだねぇ〜」

両手に投網を握った、カモミール芹沢である。

透子のテレポート能力では、人は運べぬ。
自身の手に余る荷物も運べぬ。
しかし、Dパーツで融合した機構が自身だと認識されたのであれば、
その機構に乗り込んでいる人や物資もまた、
自身の力にて持ち運べているのだと認識される筈である。
透子はそう推論し、そしてその推論は正しかった。

(これで、果し合いに於ける私の戦法の幅が広がった。
 そして、私たちの勝利の確率も大幅に上昇するはず)

二つの実験の成功に、魂を振るわせることはなく。
十数度にまで傾く甲板にも次々と押し寄せる高波にも顔色一つ変えず。
透子は実験の先にある戦術に、思いをシフトさせてゆく。
その黙考は、数秒で遮られた。
手に持つ投網をぐるんぐるんと振り回す芹沢の言葉によって。

「トーコちーん、ぼーっとしてないでしおりちゃんの居場所を特定してよー。
 早くしないと死んじゃうかもなんでしょ?」
0775宙船-ソラフネ-(3/7) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 00:59:14.01ID:sKHnSu/H0
 
そう。テレポートに関する実験とは透子個人の目的でしかなく。
主催者としての彼女たちの目的とは、瀕死のしおりの救助と確保なのである。

「んー……」

透子は芹沢の要請に従い、漁船との融合を解除。
変わりに無線室にある魚群探知機と融合し、周辺海域にソナーを放った。
反応は、漁船の直下であった。

「網すろー」
「はいはーい♪」
「うえいと10秒」
「おぅけぇー♪」

軽いノリで投網を楽しむ芹沢を尻目に、透子は再び漁船と融合。
ディーゼルエンジンを起動し、ぽんぽんと数メートル前進した。

「お、手応えあった。揚げるね、トーコちん」
《あー、そもそも、水揚げとは芸妓遊女が初めて客と寝所を共にすることを……》
「いやらしいのは、のー」

暇を持て余して付いて来たカオスの懲りない猥談を尻目に、
芹沢はえっさーほいさーと掛け声高らかに投網を地蔵背負いに引き上げる。
はたして彼女の手応え通り、網の底には身を丸めたしおりが掛かっていた。
引き上げた網を開き、しおりは甲板に鮪の如く水揚げされる。

「息してないねぇ…… ひょっとして、間に合わなかった?」
「のー、弱いけど心拍はある。仮死状態」
「じゃあ人工呼吸かな?」
《行けいカモちゃん! 波間に百合の花を咲かせてみせい!》
0779宙船-ソラフネ-(4/7) ◆29ZH4ztR.E 2012/08/05(日) 01:03:37.66ID:sKHnSu/H0
 
なにやら考え事をしつつ呆けている透子を尻目に、
芹沢はしおりを仰向かせ、蘇生行動を開始した。
幕末動乱の時代に血で血を洗う抗争に明け暮れていた芹沢にとって、
心臓マッサージも人工呼吸も、手馴れたものであった。
しかし。
心圧迫の一押し目で、しおりは、口から海水を吹き出した。
十度押して、十度吹き出した。
人工呼吸の為に口をつけても、同じであった。

しおりが飲み込んでしまった海水とは、比喩的表現などではなく、
字義通りの意味で、五臓六腑に染み渡っていた。
常人であれば紛れもない土左衛門状態。
もはや心肺蘇生法でどうこうできる段階では無かったのである。

「……どーしよートーコちん?」

そのことを悟った芹沢が、不安を隠さぬ揺れる眼差しで透子に次なる手を問うた。
それを受けて、透子は。
まるで変わらぬ飄々とした口調で、選手交替を宣言した。

「わたしに任せる」

短くも力強い断言に、芹沢が安堵を憶えたのは束の間に過ぎなかった。
言葉と共に透子が懐から取り出したのが、銃器であった故に。
その筒先が、動かぬしおりに定められた故に。

「ちょ、何するのトーコちん!」

ぱん、
ぱん、
ぱん。
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