「ぎゃあああああ! やめてくれえええ!」
「ふん。これぐらいでギブアップなんて、男子って本当に情けないわね」
 とある小学校の校庭。その片隅で、一人の男子の悲鳴と一人の女子の嘲笑が交錯していた。
 女子の方は男子の足を両手に持って、電気あんまをかけている最中だった。
「やれやれしょうがないわね。今日はこれぐらいで解放してあげるわ」
「ち、畜生……」
 女子がいかにも強者といったような勝ち誇った声をあげて男子の両足を離すと、男子は悔しそうに立ち上がり、少し離れた場所で事を見守っていた男子達の輪の中に入って行った。
「これに懲りたら、もう女の子に手あげたりするんじゃないわよ!」
 女子はそう言うと、校舎を目指して歩き始めた。その顔には優越感がありありと浮かんでいた。

 事の発端は今から一時間程前だった。
 ある男子が、一人の女子とちょっとしたことで口論を始めたのだ。
「さっきのは絶対大輔君のほうが悪いもん!」女子が激しい口調で男子を責める。
「何言ってんだ! 俺は悪くねえぞ!」男子の方もまた譲る様子は無いようだった。
 その二人は日頃から些細なことでよく喧嘩をすることで有名だったが、今回の喧嘩は今までの中でもかなり上位に入る激しさだった。
「もう最低だよ! 馬鹿! 死んじゃえ!」女子は声を限りにそう叫んだ。
「なんだとこの野郎……ぶっ飛ばすぞ!」
 そう言うと、男子は、女子の肩を強く押した。
「きゃっ!」
「あっ」
 それほど強く突き飛ばすつもりはなかった。しかし、男子も長時間の口論のせいで頭に血が昇っており、思っていたより強い力が出てしまったのだ。
 女子はバランスを崩して後ろに倒れこんだ。すると、運の悪いことに倒れた場所には机があり、女子はその机の角にしたたかに頭を打ち付けてしまった。
「うう。い、痛いよう……」
 そこまで深い傷ではなかったが、女子の左側頭部からは、少量の出血があった。

「あー! 血だ!」「本当だ! 瞳ちゃん血が出てるよ!」
 さっきまで騒ぎを遠巻きに見ていた他の女子達が、怪我をした女子のそばへ、すぐに集まってきて、口々に騒ぎ立てた。
「何やってるのよ! 口喧嘩だけならまだしも、女の子に手上げるなんてサイテーよ!」
 中でも一番大きな声を出し、突き飛ばした男子を非難したのが、このクラスの女子のリーダー的存在である、水崎由紀だった。

「……」突き飛ばした男子はこの時後ろめたさを感じてもいたが、素直に謝罪出来るほど大人でもなかった。