「…ほんなら純くん、また明日なぁ!!」

手を振って校門から走り去る新しい友人たちを見送り、神城純は校舎に戻ってゆく。転校してきて一週間、彼はすっかり打ち解けた男子児童たちの顔と名前を笑顔で思い浮かべながら、駆け足で二階にある図書室へと向かう。
転校前の心配は取り越し苦労だった。関西弁も殆ど問題なく理解できたし。純の関東訛りを笑う者もいない。熱中しているゲームや遊びも同じ。六年生になる頃には、前の学校のことを忘れてしまいそうだ。

(…ええと…)

放課後の校舎はひっそりとしていた。まだ慣れない校内を走り、純はようやく図書室にたどり着いた。休み時間に前から読みたかった本を見つけたのだ。

「…あれ!?」

貸出終了まであと二十分ほど。急いで図書室の扉を開いた彼の口から思わず声が漏れた。

『むじんかしだし』

無人貸出。図書係が急用でもできたのだろうか。ポカンと貸出カウンターの貼り紙を見つめた純は、すぐに納得した表情で頷くとスリッパに履き替えて書架に向かった。
SFに冒険記…目当ての本以外にも興味深い本が沢山並んでいる。

(…こっちの学校のほうが、断然本が多いや…)
薄暗い図書室に純の足音だけが小さく響く。うっとりと並んだ背表紙を眺めながら、古い書物独特の匂いのなかを酔ったように歩く純の足が、硬い何かを踏みつけた。

(…?)

珍しい落とし物ではなかった。この場所では当たり前の、一冊の本。おそらく誰かが出しっぱなしにしたのだろう。拾い上げて棚に戻そうとした純の目が何気なく本のタイトルに落ちる。

『おとなになること〜みんなの性教育』

少し戸惑った顔を赤らめた純は、頻繁に開かれたと覚しき癖のついた頁をおずおずと開いてみる。そこには、愛らしくデフォルメされているものの、流石に五年生の純には刺激が強すぎる思春期の男女の裸体が描かれていた。