ジュウの前に立ち塞がった小さな体が、不自然な方向に弾け飛んだ。遅れて、赤い軌跡が弧を描く。
撃たれた。雨が―――撃たれたのだ。自分を庇って。
■ ビーストキング ■ (プレVer.)
「聞いたぞ、ジュウ。悪宇商会の戦闘屋とやりあったって?」
「?何の話だ」
「とぼけるなよ。妙な黒人とじゃれたらしいじゃないか」
ここは柔沢家のマンション。昨夜、半年振りに帰宅した紅香が、リビングでテレビを見ながら唐突に切り出した。
ジュウは二ヶ月前の事件を思い出す。変な女が自分の誘拐を目論み、失敗した―――多くの人間を巻き込んで大事
に発展しながら、結局は新聞沙汰になる事すらなく、うやむやに終わったあの事件。
「ああ、あれか」
そういえば、あの眼鏡の女は「悪宇商会のルーシー・メイ」と名乗っていた気がする。
ジュウは懸念事項を思い出した。そう。あの時、眼鏡の女の口から母親の名前が飛び出した理由を、まだ母親に
問うていなかったのだ。
「そういや、訊きたい事が―――」
突然視界が白く染まり、鼻腔に突き刺さる様な香りが充満する。強いタバコの煙だ。それを変なタイミングで
吸い込んでしまったジュウは、激しくむせた。
息子の問いを文字通り煙に巻くと、紅香は軽い調子で言う。
「お前、今から私の仕事を手伝え」
「あん?」
「学校の退学手続きは私がやっておく。お前は直ぐに荷物をまとめろ」
「・・・何言ってんだ?」
「シリアに行く」