「…………」
「ま、そんだけデカけりゃ飽きも来るだろうな」
「……五月蝿いわね、男の癖に」
円はパフェを半分ぐらいまで食べると、急にペースが落ち始め、残り三分の一程度まで食べ進めたところで、完全に手が止まった。
ジュウは既に三回もコーヒーのお代わりを頼んでおり、口の中がコーヒー一色になっている。
「ところで本題だけど」
もう一度コーヒーを頼もうか別の飲み物を頼もうかジュウが悩んでいると、パフェとにらめっこしたままの円が口を開いた。
「私の用事はね、この前の事故の後始末よ」
「事故?」
「ええ。別に話す必要もないのだけど、黙ってる理由もないし、話すことにする」
事故といえば、ジュウとしては思い当たる節は一つしか無い。
先日、一人の女子高生が交通事故で死亡した。歩道に乗り上げたトラックが、女子高生と共に店のショーウィンドウに突っ込んだ。運転手は軽傷だったがその女子高生は即死。帰らぬ人となった。
その女子高生はジュウや雨が通う高校の生徒会長だった人で、名前は白石香里。生徒からの人望もあり、教師からの信頼も厚かった。
しかし、円や雪姫が通う光雲高校で夜な夜な行われていた『幸福クラブ』なる組織による被害者にして最後の加害者。
トラックの事故も、ジュウを殺して幸福値とかいうものを奪おうとした白石の(雪姫曰く)因果応報によるものだった。
「アレの後処理がね、結構面倒だったのよ。貴方はあの女に殺されかけた被害者だけど、向こうの親なんかからすれば、貴方が飛び出さなければ娘は死ななかった、って具合になるわけ」
「言いがかりだ」
「そうね。でも事実、その光景を見た人はいないんだもの。貴方の背中に彼女の指紋が残っていたから事無きを得たけれど、それでも向こうの親は断固として裁判を起こす勢いだったわ」
「…………」
「最終的にいろいろと借りを作ってまであちこちに手を回して……そしてついさっきようやく、借りを全部返し終わったところなのよ」
円はいつの間にかパフェから目を離し、ジュウをまっすぐと見て話をしていた。
ジュウはそれを逸らすことなく、口を開いた。
「ありがとう、悪かったな」
「いいのよ、貴方は雨の友人だもの。それに、友人のの頼みとあらば、断るわけにもいかないでしょ」
「……またあいつ、俺の知らないところで……」
ジュウは円に感謝するとともに、いつも陰ながら自分の為に動いてくれる雨にも感謝した。
たとえ勘違いや妄想からの忠誠心による行動だとしても、ありがたいことには変わらない。
「丸くなったわね」
「は?」
「私と雪姫が始めて貴方に会った時、貴方はもうちょっと怖い顔をしていたわ」
「そんなことねえよ。変わってないさ」
「そうかしら? 取り敢えずそろそろ出ましょうか」
円が席を立つ。ジュウもつられてそれに習う。
パフェが盛られていた器を見るといつの間にか空になっており、ジュウは驚いた。
と同時に、器と机の間に小さくメモが挟まっているのを見つけた。上には小銭が乗っており、どうやらパフェの代金のようだ。
初めから奢るつもりだったジュウは振り返ったが既に円の姿は店内に無く、その手際の良さにジュウはまた驚いた。
支払いを済ませて店内を出る。
メモを見ると、こう書いてあった。
『借りは残さないけど、貸しは残しておくのが社会の基本よ』
「……流石、雨の友達だな」
携帯で時間を確認すると、既に五時を回っていた。
冬の陽は短い。
ジュウはその短い時間を少しだけ有意義に使えたことを感謝しながら、家路に着いた。