グツグツグツ…
朝。真九郎を起こしたのは誰かの気配と布団の中では聞き慣れていない音、それから食欲をそそる香りのコラ
ボレーションだった。
「……?」
寝ぼけ眼を擦って台所を見遣ると、何処かで見た様な後姿が台所を占拠している。え、まさか。
「起きたか、真九郎」
「…べ、紅香さん?!」
紅いスーツ姿にエプロンを纏ったその長身の女性は、火の点いていない煙草を咥えた口元に勝気な笑みを浮か
べ、面白がる様にこちらを眺めている。真九郎は動揺した。
何者かが部屋に入り込み、食材と調理器具を取り出して加工。更にはガステーブルに火を点けて湯を沸かす行
為に至っても尚、全く異変に気付けなかった事もショックだったが……何より、紅香が身に着けているエプロン
が自分のものであるという、その状況と光景がやたらと衝撃的だった。
背筋に電流を流された様な感覚に駆られ、真九郎はバネ仕掛けの人形の様に跳ね起きる。
「おっおおおおはようございます!」
「ん、おはよう」
紅香はそう返すと、再び背を向けて調理に戻った。
「あ、あの〜…紅香さん?これは…」
「この香りか? コリアンダーだ。今、フォーを作っている」
フォーって…ベトナムのうどんみたいなやつか、と考えかけて頭を振る。いやいやいや。
「いえ、そういう事ではなくて…」
「三日ほど泊めてもらうぞ、真九郎」
事もなげに言う紅香。当然何らかの説明が続くものと思って真九郎が黙っていると、再び彼女から声がかかった。
「さっさと布団を仕舞って、卓袱台を出せよ」
「は、はあ」