「もしかして、毒が入ってると思ってる?」

いつまでたっても料理に手を付けようとしない真九郎の態度に、ようやく理由に辿りついたようだ。
なんといっても、あの星噛絶奈のこと、どんな罠を仕掛けてくるか分からない。
まして、彼女から差し出された料理など、怪しくて食べられたものではない。

「せっかく紅くんのために、頑張って用意したのになー、まっ、いいわ、本題に入りましょ♪」

彼女が合図すると、部屋の外で控えていたのか、数人の男達が並べられた料理を外に運び出すと、代わりにスーツケースをテーブルに上に置いていった。
怪訝に思う真九郎を余所に、絶奈が機嫌よさそうにスーツケースを開けると、そこには札束がぎっしりと敷き詰められていた。

「どう、紅くん?」
「……何の真似ですか?」
「これで君を買いたいのよ――ウチに来なよ。」
「……お断りします。」
「なぜかしら?キミはこの札束の一つでもあれば、今の惨めな生活から抜け出せるのよ?」
「……俺は金のために、揉め事処理屋をしているわけではありません。」
「じゃあ、なんのために?憧れの柔沢紅香のようになるため?だったら余計ウチに来た方がいいわね。はっきり言って、キミ、今のままじゃ一生うだつが上がらないわよ。」

彼女は真九郎に見せつけるように札束の一つを手に取ると、まるで嘲るような視線を向けた。
確かに彼女の言う通りかもしれない。ルーシー・メイにも言われたことだが、小さな仕事を幾らこなしても、たいした経験にはならないだろう。
数年後には路頭に迷っている―――幼馴染と話していた情景が脳裏に浮かんだ。 だが――

「俺は確かに紅香さんのように強くなりたいと思っています。あなたの言う通り、悪宇商会に入ることで、大きな経験を積めるようになるかもしれない。だけど――」

一呼吸を入れる。誘惑を断ち切るために、自らの意思を示すために。

「俺が欲しい強さは、あなたの会社で身につけることが出来る強さとは違うと思います。それに―――俺はあんたのことが大嫌いなんでね。」