【貴方なしでは】依存スレッド11【生きられない】
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0001名無しさん@ピンキー2012/03/04(日) 21:40:16.93ID:QL5uVT5M
・身体的、精神的、あるいは金銭や社会的地位など
 ありとあらゆる”対人関係”における依存関係について小説を書いてみるスレッドです
・依存の程度は「貴方が居なければ生きられない」から「居たほうがいいかな?」ぐらいまで何でもOK
・対人ではなく対物でもOK
・男→女、女→男どちらでもOK
・キャラは既存でもオリジナルでもOK
・でも未完のまま放置は勘弁願います!

エロパロ依存スレ保管庫
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【貴方なしでは】依存スレッド10【生きられない】

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0571『徒花』第四話前編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/19(土) 04:03:20.39ID:xHF+Flwo
「――綾? ねー、ちょっと。綾ってば!」
「え……あ、ご、ごめん。何の話だっけ?」
 軽く目を瞬かせて、綾は顔を上げた。どうやら、気付かないうちに随分ぼんやりしていた
らしい。
「もー、また考え事? 最近多くない? ……なんか悩み事?」
「ううん、そういう訳じゃないの。ごめんね」
 むくれた表情から一転、気遣わしげな目をする友人――理沙に、頭を振って返す。
 悩みがないとは言わないし、心配もありがたい。だが、おいそれと打ち明けられるような
ことではないのだ。
 話題を逸らそうと、綾は食べかけだった弁当に箸を伸ばす。理沙のほうも特段追及する
つもりはなかったらしく、ふーんと曖昧に頷いただけだった。
 昼休みの教室。周囲には、クラスメイト達の笑い声が溢れている。朗らかな喧騒を耳に
しながら、綾の心はしかし、薄暗い思考の迷路に嵌っていくばかりだ。
 彼女が担任教師である信行と、一線を越えた関係を持つようになってから、もう一月
以上が経とうとしている。
 こんなことはいけない。終わりにしなくてはならない。
 この一月余り、ひたすらにそう思い続けて――けれど、それを行動に起こすことはついぞ
できないまま、綾は今日も、己の心の弱さに唇を引き結ぶ。
 一月前、信行によって女にされて以来。抱かれる快楽を知ったことで、ただでさえ自制の
利かなかった肉体は、いよいよ枷というものを失った。
 今やもう、込み上げる劣情に状況の区別などない。家の内外、一目の有無を問わず、
体は簡単に熱を上げては、あさましく快楽を求めようとする。
 そのたびに、綾は信行の手に縋り。そして信行は、彼女の淫らな求めを、今日まで、
ただの一度も拒みはしなかった。
 謹直を絵に描いたような人物である。その行為が、教師である彼にとって、容易いもの
であるはずがない。
 それでも、信行は綾に言うのだ。
『お前の所為ではない』
 どんな痴態を晒しても、彼は決して綾を非難しはしない。場所も時も弁えずに惑乱する
こんな体を、軽蔑もせず、疎んじもせず、ただ、受け入れてくれる。
(……先生)
 与えられる優しさに、胡坐を掻いてはいけない。彼が寛容に接してくれているならなおさら、
それに甘えることのないよう、綾は自身を戒めるべきなのだ。
 しかし。
 それを痛い程に分かっていても、綾は、信行の存在を求めずにはいられない。
 何故なら、彼女はずっと――。
「そういやさ、綾はどうすんの?」
「え?」
「惚けないの。今週の日曜が何の日か知ってるっしょ?」
「日曜、って……」
「そ。乙女の勝負の日、バレンタインデー」
 その日付の意味に気付いて、綾の頬が朱に染まる。そんな彼女を愉快そうに見つめて、
理沙はずいっと顔を近付けてきた。
「渡したいんでしょ、津田センセに」
「そ、んな、こと……」
 ずばりと確信を言い当てられ、綾はますます赤くなる顔を俯ける。彼女の長年の片思いを、
この友人はとうに見抜いているのだった。
 曰く、
『そりゃ分かるわよ。あんたってば、事あるごとにセンセのこと目で追っかけてんだもん。
それもとびっきり熱の籠った目でさ。あれで気付かなかったらアホでしょ』
 とのことである。隠しているつもりだった綾としては、真に忸怩たる話であった。
このことで信行に迷惑を掛けていなければいいがと、切に思う。
「去年は平日だったから没収騒ぎで大変だったけど、今年は日曜だしさ。思い切って、
家まで渡しに行っちゃえって。住所は名簿で調べりゃいいし」
「でも……」
「でもじゃないの! あたしらもう来年には卒業なんだよ? アプローチする機会なんて
今しかないんだから!」
「そう、だけど……」
 意気込む理沙に押されながらも、気楽に頷くことはできず言葉を濁す。
0572『徒花』第四話前編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/19(土) 04:06:59.26ID:xHF+Flwo
 綾だって、年頃の乙女である。折角のバレンタイン、好きな人にチョコレートを渡す様を
思い描いて、心躍らぬはずはない。
 だが、だからといって、軽々に行動を起こすことは躊躇われた。
 理由は、いくつもある。お互いの社会的立場であるとか、外聞であるとか――だが、
一番の理由は、自分の汚らわしさを恥じ入る気持ちだ。
(私は……先生に相応しくない)
 彼の優しさに甘えることしかしない自分に、彼を恋しいと思う資格などない。
 けれど、弱い心はやはり、幸福な想像に抗えなかった。
(……もしも)
 ――自分がチョコレートを用意したら、あの人は、受け取ってくれるだろうか。
「お、ちょっとその気になった?」
 自問が顔に出ていたのか、理沙は我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
「じゃあ、今日の放課後にでも早速作戦練らなきゃね! 折角家に押しかけるんだもん、
どうせなら既成事実まで漕ぎ着けちゃえ!」
「――――」
 理沙としてみれば、冗談のつもりだったのだろう。だが、綾にとっては聞き流せる単語
ではなく、一瞬表情が凍り付いてしまう。
 幸いなことに、理沙には気付かれなかったようだが――一度心に滲んだ闇は消えては
くれず、じわじわと意識を蝕んでいく。
 既成事実など、本当はとうにできているのだ。事実、そのおかげで綾は信行と、教師
生徒の枠を超える関係になれた。
 けれど、綾はもう知っている。心を伴わない、自責と後悔だけに縛られたその関係は、
失恋するよりも余程辛いものなのだと。
 それでも綾は、その関係を、終わらせることができないのだった。

 だって彼女は、信行のことが好きだったから。

 たとえそれが、幸福なだけの関係ではなくても。そのことが原因で、大切な人に深い苦悩を
負わせていると知っていても。
 あの人のそばにいられるのなら、それでいいと――そう思ってしまう醜い自分を、彼女は、
どうしても捨てられずにいた。



 そして、二月十四日当日。
 綾は今日の為に用意したチョコを手に、信行の自宅へと向かっていた。
(……出てきちゃった、けど)
 電車に揺られながらも、彼女は未だに決心をつけられずにいる。
 今引き返せば、何事もなかったことにできる。その思いがいつまでも消えず、電車が駅に
止まるたび、衝動的に下車してしまいたくなるのだ。
 しかし一方で、そうするだけの決断もできず。どっちつかずの心を抱えたまま、彼女を
乗せた電車は順調に目的地へと近付いていく。次の駅を過ぎれば、もう信行の住む街だった。
(……どう、しよう)
 信行が今日、自宅にいるであろうことは、彼自身に聞いて知っている。
 訪ねて行きたいと、はっきり口にした訳ではない。だが、休日の予定を尋ねられた時点で、
彼には思うところがあったのだろう。何かあればいつでも来ていいと、そう、信行のほうから
言い出してくれた。
 それはきっと、綾の体を気遣っての言葉だった。火照った体は、休日でもお構いなしに、
抱き締めてくれる腕を求めてしまうから――。
 だから、このまま綾が部屋を訪ねて行っても、彼は追い返しはしないだろう。恐らくは、
迎え入れてもくれるはずだ。
 だが、チョコレートはどうだろう。受け取って、もらえるだろうか。
 そっと、膝に乗せた紙袋を覗き込む。
 袋に印字されているのは、有名なチョコレート専門店のロゴ。その中にも、同じロゴの
記されたギフトボックスが入っている。言わずもがな、綾が信行に贈ろうと購入したもので
あった。
0573『徒花』第四話前編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/19(土) 04:10:16.48ID:xHF+Flwo
 理沙はしきりに手作りにしろと勧めたが、綾は最初から既製品にしようと決めていた。
 そのほうが、なんとでも言い繕うことができると思ったからだ。
 何くれと気を遣ってくれた理沙には悪いが、綾は始めから、信行に気持ちを伝える気は
なかった。
 日頃、迷惑を掛けている詫びに――彼に理由を尋ねられたら、そう答えて誤魔化す
つもりでいる。
 勿論、こんなものが償いになるなどとは思っていない。だが、それでも、彼にチョコレートを
渡す言い訳にはなるだろう。
 想いを遂げようとは――遂げられるとは、考えていないのだ。そんな都合の良い未来を
望むには、自分はあまりにも罪深すぎる。
 けれどせめて、あともう少しだけ。あの人の口から終わりを告げられる時までは、今のまま、
抱き締められる喜びを感じていたい。それが彼女に許される、精一杯の願いだった。
(……やっぱり、私はずるい)
 どんなに自分を律しても、捨てられない想いに顔を歪めた時。車内アナウンスが流れ、
目的地への到着を告げた。



 ドア横のインターホンを鳴らすと、信行はすぐに出た。
『――能美か?』
「は、はいっ」
『少し待て。今開ける』
 マンションの玄関で、既に訪いは告げてある。程なくして錠の回る音が聞こえ、私服姿の
信行が姿を現した。
 休日らしい、ラフな服装。それでも、生真面目に伸びた背筋は、教壇に立つ時と何も
変わらない。目新しくもあり、馴染み深くもある姿に、綾はしばし、言葉もなく見入った。
「……どうかしたか」
 そう尋ねられて、ようやく我に返る。見惚れていたことに気付いて頬が赤くなる中、
どうにかそれを誤魔化そうと、綾は咄嗟に頭を下げた。
「あ、あの……! すみません、突然お邪魔して……」
「いや、いい。……今日はどうした?」
 しばし、綾の顔を見つめてから、信行はそう問いかける。彼が何を案じているのかを悟り、
下げていた紙袋を慌てて持ち上げた。
「あ……! い、いえ、その……き、今日は違うんです! そうじゃなくて、これを……!
これを、お渡ししようと、思って……」
「……そうか。そういえば今日は、バレンタインだったな」
「はい……先生には、いつも、お世話になってますから……」
 袋のロゴを見ただけで、彼は大体の事情を理解したらしい。ちらと中を確認し、信行は
わずかに表情を和らげる。
「わざわざすまないな。礼を言う」
「い、いえ。お礼を言われるようなことじゃ、ないですから……あの、それじゃ、私はこれで――」
 突き返されはしなかったことに、ほっと胸を撫で下ろし。綾は頭を下げると、その場を
立ち去ろうとする。
 だが、踵を返したところで、思いがけず呼び止められた。
0574『徒花』第四話前編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/19(土) 04:11:44.34ID:xHF+Flwo
「待て、能美」
「え……?」
 驚いて振り返ってみれば、言葉を発した信行自身も、自分の言動に戸惑ったような顔を
している。
 しばしの間、二人はなんとも言えない空気の中で視線を交わし合った。
「いや、すまない……。その、良ければ、茶でもどうだ。話したいこともある」
「え……?」
「勿論、迷惑でなければ、だが……」
「い、いえ! 迷惑だなんて、そんな! ……そ、その、じゃあ、お邪魔してもいいです……か?」
「ああ。上がってくれ」
「は、はいっ」
 頷きながらも、綾は未だに現実感が湧かずにいる。
 だって、自分達の関係は、こんな当たり前のやり取りができるようなものではなかった
はずなのだ。
 綾が信行の真摯さに甘えて、無理やりにこの体を抱かせているだけ。だから、
“助けてもらう”という大義名分がなければ、彼女は信行にとって、生徒以上の存在には
なれないはずだった。
 だというのに、綾は今こうして、信行の家に招かれようとしている。情欲を鎮める為では
なく、ただ純粋に、客人として。
 それは、信行からしてみれば、なんら特別なことではないのかもしれなかったが。
 それでも綾は、胸の奥が温かくなるのを抑えられなかった。
(嘘みたい……こんなの)
 夢ではないかと、つい頬を抓ってしまう。だがそうしてみても、目の前の現実は醒める
気配がない。予期せぬ展開に戸惑いながら、綾は、促されるまま玄関へ入った。
 玄関から見た景色は、記憶の中のそれと何も変わらない。あの日から二カ月も経って
いないのだから、それも当たり前かもしれないが。
 あの夜、信行に助けられることがなかったら、自分はどうなっていただろうか。ふと、
そんな疑問が脳裏を掠める。
 破滅から救われた、そのことは疑いようもない。だが、今日までの出来事を思えば、
自分だけがその幸運に感謝することはできなかった。
 あの時、自分が凌辱に甘んじていれば――彼に、道を踏み外させることもなかった
のだから。
「どうした?」
「え……? あ、すみません! つい、考え事をしてしまって……っ」
 声を掛けられて、自分が靴も脱がずに立ち尽くしていたことに気付く。
 慌ててブーツに手をかける綾だったが、ふと視線を感じて、面を上げた。
「先生……?」
「いや……なんでもない」
 そう言って目を逸らす信行は、心なしか、いつもより優しい顔をしている気がした。
0578『徒花』第四話後編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/31(木) 22:16:20.26ID:himLdeCU
>>570->>574の続きを投下します

教師主人公と、オナニー(セックス)中毒の優等生ヒロインの話
依存度は中程度で全6話前後の予定
0579『徒花』第四話後編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/31(木) 22:17:38.46ID:himLdeCU
(あれ……?)
 リビングへと通されて早々、綾は目を丸くした。テーブルの上に、妙な物を見付けたからだ。
 皿に盛られた、平べったく生白い何か。よくよく見ればそれは、上手に焼けなかった
ホットケーキに似ているような気もする。
「能美? どうし――ああ。それか」
 綾の視線に気付いたのか、信行は納得したようにそう呟いた。
「すまない。お前が来る前に片付けようと思っていたんだが、急な電話があってな。そのまま
になっていた。すぐに仕舞う」
「え、いえ、それは構いませんけど……その、先生?」
「なんだ?」
「あの、それ、先生が……?」
「ああ」
 別に、他意があっての質問ではなかった。
 なかったのだが。何か感じ取るものがあったのか、信行は問題の皿を取り上げてふと遠い
目をする。
「……本の通りに作っているのだが。どういう訳か、まともに膨らんだ試しがない。やはり私に
は、料理の才能がないのだろうな」
 語る声は常と変らず静かで、恬としている。だが、ぺしゃんこのホットケーキを見下ろす
横顔には、何やら哀愁のようなものが浮かんでいる気がした。
 なんにしても。レシピ本を片手にホットケーキを焼くというのも、それが失敗して落ち込む
というのも、およそ学校での信行からは想像もできない一面だ。
(……そっか。先生、ホットケーキ好きなんだ)
 違和感は、確かにある。だが、それよりも微笑ましさが膨らんで、綾はくすりと忍び笑いを
零す。その笑みは、緊張に硬くなっていた心身を、上手い具合に解してくれた。
「……あの、先生。良かったら私、作りましょうか?」
「作る?」
「ホットケーキ。綺麗に膨らませるコツ、私知ってるんです。良かったら、お教えします」

 それから二十分弱。
 ダイニングテーブルの上には、ふっくらと膨らんだホットケーキが鎮座していた。

「――素晴らしい」
 出来上がったホットケーキを一目見るなり、信行はそう呟いた。教壇に立つ時と全く
変わらぬ表情、しかし、かすかに震える声色には、抑えきれない感動が滲んでいる。
「そ、そんな、大袈裟ですよ……このくらい、レシピを知ってる人なら誰にでもできます」
 事実、そんなに大それたことではないのだ。ただ普通の材料、普通のレシピで、ホット
ケーキを焼いただけに過ぎない。それをそんなに喜ばれると、なんだか騙しているような気が
してしまって、綾は戸惑うしかない。
 だが信行は、彼女の戸惑いごと吹き払うように、強く頭を振って見せた。
「いや。少なくとも、私では同じようには作れんだろう。礼を言う、能美。早速だが、食べて
も構わないか?」
「はい、どうぞ。お口に合うといいんですけど……」
 どうぞ、と言いながらも、綾の胸中には不安が付き纏う。見た目は上手くできていても、
実際においしいとは限らないのだ。
 密かに固唾を飲む中、信行は切り分けたホットケーキを口に運ぶ。その拍子に滴り落ちる
メープルシロップ。薄々察してはいたが、彼はこう見えて大層な甘党らしかった。
「……どう、ですか?」
「ああ……美味いな」
「え、ほ、本当ですか!」
 喜びの余り、思わず椅子から立ち上がりそうになる。それを見て、信行は少し目元を
和らげた。
0580『徒花』第四話後編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/31(木) 22:18:43.37ID:himLdeCU
「嘘を言って何になる」
「あ……す、すみません。つい……」
「いや、謝ることはない。……本当に美味い。これなら、毎日でも食べたいくらいだ」
「――」
 その言葉に、何か特別な意味があった訳ではなかっただろう。
 単純な賞賛、それだけであったに違いないのだ。
 けれど、綾はそうとは受け取れず。耳まで赤くなっていく顔を、どうすることもできない。
「え……あ、えっ、えっと……!」
「――あ。ああ、いや……その、すまん。そういうつもりではなかったのだが……」
「あ、は、はいっ、そうですよね……そう、です、よね……」
 綾の狼狽え振りを見て、信行も自分の発言の危うさに気付いたようだ。気持ち、眦を
赤らめ、珍しく視線を泳がせている。
 沈黙。綾も信行も、事態を打開する道が見えずに固まる。
「……能美。紅茶が冷めるぞ」
「は、はい……いっ、頂きます……」
 信行にそう促されて、綾はようやく硬直から脱することができた。
 綾がカップに手を伸ばすのを確かめ、信行も再びフォークを動かす。しばらく、食器の
触れ合うかすかな音だけが場に満ちた。
 しかし、いつまでもそのままというのも躊躇われて、綾はそっと信行のほうを窺い見る。
 途端、しっかりと目が合ってしまって、二人はほぼ同時に噎せ返った。
「す、すみませっ……」
「いや俺――私の、ほうこそ……」
 また、沈黙。だが今度のそれは、先程とは少し空気が異なる。
 居た堪れないというよりも、こそばゆい。
 恐る恐る視線を上げてみれば、信行もやはり、こちらを見ていて。その当惑したような
表情に、気付けば、くすりと笑みが零れていた。
「……能美?」
「すみません……ちょっと」

(……なんだ)
 口元の綻ぶその感覚は、おかしみではなく、安堵の念だ。
(私……こんな風にも、できるんだ)
 歪んでしまった関係は、元には戻らないと思っていた。自分達はもう、穏やかな気持ちで
笑みを交わすことなどできないのだと。
 けれど今。綾の前には信行がいて、今までに知らなかった素の一面を、彼女に見せて
くれている。
(……いい、のかな)
 彼の優しさに付け入るような真似をせずとも。
 自分はこうして、この人のそばで笑っていてもいいのだと――そう思っても、いいのだろうか。
(……先生)
 所在無さげにホットケーキを咀嚼する、恋しい人の姿を見つめて。綾は久方ぶりに、
安らいだ気持ちで顔を綻ばせた。


「……馳走になった」
「いいえ。お粗末様でした。お皿、片付けてきますね」
「いや、そこまではさせられない。座っていてくれ。……カップが空いているな? どうする?」
「あ……それじゃあ、頂いてもいいですか?」
「分かった」
 空いた皿と二人分のカップを手に、キッチンへ向かう信行。程なくして戻ってきた彼は、
しかし席に着くことはなく、綾に断って再びリビングを出て行ってしまう。
(……どうしたんだろう?)
 心中、首を傾げた綾だったが、意外にも信行はすぐ帰ってきた。
 そして、彼女の前に、一枚の名刺を差し出す。
0581『徒花』第四話後編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/31(木) 22:20:23.70ID:himLdeCU
「先生、これは――?」
「……話があると言っただろう。学校でも渡せないことはないが、可能なら、落ち着いて
話せる場所のほうが良いと思ってな」
 名刺を手に取ってみると、そこには『女子専門思春期外来』の文字があった。どうやら、
そこの担当医の名刺らしい。
 瞬間。
 彼が何を話そうとしているかが理解できてしまって、綾は、全身が凍えていくのをはっきりと
自覚した。
「医療関係の知人に紹介してもらってな。私も直接会いに行ったが、穏やかで、人当たりの
良い女性だった。他のスタッフも全員女性だという」
 我知らず、名刺を持つ指が震え出す。
 信行はそれを、不安の為だと思ったようだ。わずかに言葉を切る、その沈黙に、彼の
気遣いを感じる。
 叶うのなら、そのまま、何も言わずにいてほしかった。
 けれど、その願いも空しく。意を決したように、信行は再び口を開く。
「……気が進まないのは分かる。だがやはり、専門の医師に相談をしたほうがいい。そこの
先生方は、皆ベテランの方ばかりだ。お前の話を聞いても、軽蔑するようなことは決して
しないだろう」
 違う。
 体が震えて止まらないのは、心が冷えてどうしようもないのは、そんなことが心配だから
ではない。
 だって、もしもその提案を受け入れたなら――綾はもう、信行に縋ることができない。
 彼が今まで綾に付き合ってくれていたのは、綾にとって、頼れる存在が信行だけだったからだ。
 自分が見捨てる訳にはいかない。その気持ちが、責任感の強い信行を、生徒との
情交という背徳行為に走らせていた。
 だが、その前提条件が崩れたなら。彼はもう、望まない関係を続ける必要はなくなる。
 彼は、逃れることができるのだ。綾という重荷から。
(……嫌)
 そうなれば自分達の関係は、元の生徒と教師に戻る――否。
 “元”のようになど、戻れはしない。自らに過ちを強いた綾のことを、信行が以前のように
受け入れてくれるはずがないのだ。
 彼はきっと、綾から距離を置くようになるだろう。接触を避け、会話を減らし、それでも
時に過去の過ちを思い出しては、苦汁を舐めるような顔で綾を見るに違いない。
 そして、綾が学校を卒業すれば、それで終わりだ。『生徒』でなくなった彼女はもう、
信行の姿を目にすることさえ叶わなくなる。
(そんなの、嫌……っ)
 けれど綾は、叫び出したいようなその想いを、声にすることができなかった。
 自業自得だと、分かっていたから。
 自分達の関係が許されぬものであることを知っていながら、綾は、それを正すことを
しなかった。どころか、彼女を案じてくれる信行の気持ちを卑怯にも利用し、彼に、
望まない行為を強要した。
 その結末が関係の破綻だというのなら。当然の報いであると、そう思う以外に、何が
許されるというのか。
「一度に全て話そうとしなくていい。まずは、様子を見るだけでもしてみてはどうだ。お前が
望むなら、私も付き合おう」
「……は、い」
 ただこちらを思い遣るばかりの、穏やかな声に頷き返しながら。
 綾は、暗闇にどこまでも沈んでいくような、底知れぬ絶望を感じていた。
0582『徒花』第四話後編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/31(木) 22:21:40.19ID:himLdeCU
 はたと我に返り、信行は壁の時計を見上げる。
 いつの間に時間が過ぎたのか、時刻は十一時近かった。入浴を済ませたのが九時頃
だから、かれこれ三時間近く、リビングでぼんやりしていたことになる。
(いかんな……腑抜けている)
 無為にしてしまった時間を省みつつ、腰を上げる。
 床に就く前に水を飲もうとキッチンに向かった時。ふと、水切りのティーカップが目に
入って、信行は手を止めた。
 綾は、もう休んだだろうか。送り出した際の、気落ちした様子を脳裏に描きながら、思う。
 予想はしていたことだが。医師に相談してはどうかという提案は、快諾されたとは言えなかった。
 何年もひた隠しにしていたことだ。いくら相手がその道の専門家だとはいえ、そうおいそれと
打ち明ける決心はつかないだろう。
 だが、相談できる相手がいるのだと知ることで、多少なりとも心が軽くなればいいと思う。
 彼女は今、信行の元に縛り付けられている。自分には他に頼れる相手などいないと、
思い込んでしまっているのだ。
 そんなことはないと教えてやらなければ、あの少女はこのまま一生、信行に依存して
生きていかなければならない。そんな未来が、幸福であるはずはなかった。
 だから、これでいい。
 他人に助けを求めるその行為は、彼女に多くの苦悩を強いるだろう。だが、恐れを
乗り越えて一歩を踏み出せば、彼女は広い世界で、自由に生きていけるようになるはずだ。
(……だと、いうのに)
 一体なんだというのだろうか。この心にわだかまる、一抹の虚しさは。
(…………ん?)
 目の端に光るものを捉えた気がして、顔を上げる。
 気の所為ではなかった。留守電モードを示す固定電話のランプが、ちかちかと点滅して
いる。どうやら、昼に電話口であれこれとやっていた際に、誤ってボタンを押してしまったらしい。
(しくじったな……何か重要な電話がかかってきていなければいいが)
 失敗したと思いながら、ボタンを押してモードを解除する。
 直後。計ったようにコール音が鳴り響いて、驚きの余り声を上げそうになってしまった。
(なんだ……? こんな時間に)
 遅い時刻。加えて、ディスプレイに表示されているのは知らない番号だった。
 普段であれば、いたずらかと思って無視していたかもしれない。
 それを。
 この時に限って、なんの疑いもなく受話器を取ってしまったのは――後から思えば、虫の
報せというものだったのだろう。
「……はい」
「も、もしもし! 津田先生!?」
「……久藤?」
 受話器の向こうから聞こえたのは、信行のクラスの女生徒、久藤理沙の声だった。
 知らない相手ではない。さりとて電話をかけられる覚えもなく、信行は意外な成り行きに
些か面喰った。
「良かった……! やっと繋がった……!」
「どうした? 随分慌てている様子だが、何か――」
「あの、津田先生、先生のところに綾――能美さん、行ってませんか?!」
「何?」
 その名前を聞かされた途端、ざわりと、嫌な感覚が胸の奥で蠢く。
0583『徒花』第四話後編  ◆G/gTzqztYs 2013/10/31(木) 22:23:12.54ID:himLdeCU
「久藤? 能美がどうかしたのか?」
「そ、それが……! あの子、まだ家に帰ってないみたいで……! さっきから携帯に
かけてるんだけど、全然出ないんですっ……!」
「――」
 弾かれたように、時計を見上げる。こんな時間まで連絡がつかないなど、どう考えても
尋常な事態ではない――。
「あの、私今日ずっと出掛けてて、話聞いたのさっきで……! どうしよ、私、私が変なこと
言ったから……!」
「落ち着け、久藤。大丈夫だ、後はこちらで対処する。お前は家で連絡を待て」
「センセ……でも!」
「もしかしたら、能美から連絡があるかもしれない。直接お前の元に来る可能性もある。
その時の為だ。いいな?」
「……はい」
「心配するな。能美はきっと見つかる。――私が見つける」
「――先生!」
 電話を切ろうとした時。強い声に呼び止められて、置きかけた受話器を戻す。言葉を
継ぐ理沙の声は、先程の切羽詰ったものとは違う、ひどく真摯なものだった。
「先生お願い、綾のこと、助けてあげて下さい……! 綾のこと助けるのは、先生じゃないと
駄目だから……だから、お願いします!」
「……ああ。勿論だ」
 ―― 先生じゃないと駄目だから。
 不思議と胸に残るその言葉に、しかと頷き返し、信行は通話を切った。
 続いて電話したのは、綾の自宅だ。
 応対に出た綾の母に事情を聞いたと告げ、子細な状況を尋ねる。
 彼女の話では、綾は昼過ぎに自宅を出たきり、戻ってきていないのだという。八時を
過ぎた頃に携帯に電話したが繋がらず、友人らに行方を尋ねてみたものの誰も知らない
とのことだった。今は仕事から帰宅した夫と二人で、警察に相談すべきか話し合っていた
ところだったらしい。
 話を聞いた限り、綾の消息が絶えたのは、信行の部屋を出た直後からと見て間違いない。
彼女がここを辞したのは四時頃。マンションを出るところまでは見送ったが、その後どこへ
行ったのか――。
 ひとまずは警察に通報することを勧め、信行のほうでも心当たりを当ってみると伝えて
電話を切った。
 心当たり、といっても、親や友人が知っている以上のことが、信行に分かるはずもない。
 だが、だからといって、手をこまねいてはいられなかった。
 強い予感がある。
 彼女が姿を消してしまったのは、己の所為なのだと――そう告げる予感が。
 身支度も何もなく、コートとわずかな手回り品だけを掴んで玄関を飛び出す。
 外はひどい雨で、小春日和だった昼間とは比べようもない程に寒い。にもかかわらず、
信行の背には、冷たい汗が止め処もなく流れていく。
(能美……!)
 激しい動悸に追い立てられるようにして、信行は、冷雨の中へと走り出した。
0586名無しさん@ピンキー2013/11/03(日) 11:05:23.61ID:4SqjH/rY
TSものだけど小説家になろうの美しい変化を貴方にの前半が依存ちっく
後半はそれほどでもないがメインヒロインが依存ヒロインなのでまあ依存作品かな
TSに抵抗が無いならおすすめ
0589名無しさん@ピンキー2013/11/07(木) 21:45:24.07ID:3KYq2lQa
>>588
小説家になろうのヘンテコ彼女達とデブオタな僕
ダブルヒロインのよりこの方が依存系
もう一人は予備軍?
0591『徒花』第五話  ◆G/gTzqztYs 2013/11/18(月) 06:02:43.61ID:MQsL9ydx
>>579->>583の続きを投下します

教師主人公と、オナニー(セックス)中毒の優等生ヒロインの話
依存度は中程度で全7話の予定
0592『徒花』第五話  ◆G/gTzqztYs 2013/11/18(月) 06:03:32.52ID:MQsL9ydx
 雨粒が、冷え切った体を幾度となく打ち据える。
 かじかむ四肢をそのままに、綾はどことも知れぬ公園のベンチに座っていた。俯いたその
顔はとうに血の気を失い、蝋のように白くなっている。
 耐え難い寒さに全身を震わせながら。それでも彼女は、その場を動こうとしない。
 そうするだけの気力が、もう、残ってはいなかった。
 信行の家を辞してから、数時間。その間、綾は寒空の下を当て所もなく彷徨い続けて
いた。
 日が暮れても、雨が降り出しても、雨宿りさえせずに歩き続け。そうしてとうとう足が
動かなくなって、たまたま見つけたこの公園で一人、雨に打たれているのだった。
 彷徨い歩いたのは、どこかへ行きたかったからではない。
 むしろ、どこにも行くところがなかったから――彼女はこうして、ここにいるしかないのだ。
(……先生)

『やはり、専門の医師に相談をしたほうがいい』

 告げられた、最後通告。いずれ訪れることだと分かっていたのに、その現実は、綾の心を
どうしようもなく打ちのめした。
(…………先生)
 もう自分は、あの人のそばにはいられない。もう二度と、抱き締めてはもらえない。肉体の
繋がりだけが唯一の縁であったのに、彼女はとうとう、そのたった一つのかすがいさえ
失くしてしまったのだ。
 そのことを、自覚してしまった時――綾の心は、絶望だけに塗り潰された。世界の何も
かもから見放されたような、深く昏い闇に。
 世界の何もかもから。その喩えは、大袈裟でもなんでもない。
 こうなってみて、初めて綾は気付いたのだ。自分にとって、津田信行という人の存在が、
どれ程かけがえのないものであったかということに。
(先、生……っ)

 たとえ、世界中の全ての人が、自分を愛してくれたとしても――たった一人、信行から
見放されてしまったら、自分は生きていけない。
 喜びも幸せも、苦悩や悲しみさえも。何もかも、信行がいてくれて初めて意味を
持つのだと、綾はようやく理解したのだ。

 けれど、もう遅い。
 失っては生きていけない存在を、彼女はもう、失ってしまったのだから。

(……寒い)
 思い出したように、胸中で呟く。冷気と雨に長時間晒された体はとうに凍え、がたがたと
震え続けていた。心なしか、意識もうすぼんやりとしてきたような気がする。
(私……このまま、死んじゃうのかな……)
 それでもいい、と、枯れ果てた心が思う。
 あの人のそばにいられないのなら、そんな世界で生きていたって、仕方がない――。

 そう、思った時。
「…………え……?」
 不意に、傘を差しかけられて。絶望に染まっていた心に、小さな、希望という光が灯る。
「先せ――」
 だが、甘やかな幻想は一瞬にして打ち砕かれた。
0593『徒花』第五話  ◆G/gTzqztYs 2013/11/18(月) 06:04:26.99ID:MQsL9ydx
「ああ、やっぱりだ」
 嫌らしく口元を歪めるその顔は、忘れていたはずのもの。このまま、永久に
忘れていたかったモノ。
「久しぶりだねぇ。おじさんのこと、覚えてるかい?」
 そこにいたのは、いつかの夜、綾を襲おうとした男に紛れもなかった。
「可哀想に、こんなに濡れて……。ああやっぱり、冷たくなっているじゃないか」
「い、いや……っ」
 男の手が、無遠慮に体の線を撫でる。逃げ出そうと身を捩ったが、凍えきった体は満足に
動いてくれなかった。唇もかじかんでいて、悲鳴一つ上げられない。
「おじさんの家はね、この近くなんだ。一人暮らしだからね、遠慮せず上がってくれて
いいんだよ? さ、おいで」
「いやっ……やだ、止めて、下さい……誰か……!」
 逃すまいと、抱き込んでくる腕。それを振りほどくことができず、綾は助けを求めて
周囲を見回す。
 だが。
 そこに広がる、無人の暗闇を見た瞬間。恐怖に麻痺していた絶望が再び蘇ってきて、
綾は言葉を失った。

 逃げて、どうしようというのだ。
 貞淑ぶって嫌がってみたところで、一体なんになるというのだ。
 だってもう自分は――あの人の元へは帰れないのに。

 知らず、男を押し返そうとする手から力が抜ける。それを恭順の意と見たのか、男の
下卑た笑みが、ますます下劣さを増した。
「そうそう、聞き分けのいい子は好きだよ、おじさん……。心配しなくていいんだよ。
ひどいことは何もしないから。おじさんはただ、君に優しくしてあげたいだけなんだよ……」
 劣情も露わにそう呟き、男は綾を立ち上がらせる

 その男の肩を、誰かが掴んだ。

「な――」
 ぎくりと身を震わせ振り返った男は、次の瞬間、鈍い音と共に泥濘へ倒れ伏す。
「警察には、人相を伝えておいたのだがな。やはり、あの時に殴っておくべきだった」
 鼻を押さえてのた打ち回る男を見下ろし、冷ややかに吐き捨てたのは、見紛うはずも
ない――。
「……先、生…………?」
 呆然とする綾を、信行の目が見つめる。真っ直ぐに。
 そして、小さく呟いた。
「――無事か」
「え……」
「無事かと、聞いている」
「え……あ、は、はい……」
「……そうか」
 ならいい、と。吐息に似た声でそれだけ言い、それきり彼は口を噤んだ。自分が
着ていたコートを綾に羽織らせ、冷えた手に傘を持たせてくれる。
「……ど、して…………」
「久藤から連絡があった。お前が家に帰っていないと」
「理沙、が……?」
「話は後だ。このままでは風邪を引く。とにかくご両親に連絡を――」
 その言葉を、最後まで聞き終えぬうちに。渡された傘を投げ出し、綾は信行の腕の
中に飛び込んだ。
0594『徒花』第五話  ◆G/gTzqztYs 2013/11/18(月) 06:05:32.94ID:MQsL9ydx
「能――」
「ごめんなさいっ……」
 驚く信行を遮って、堰を切った感情が溢れ出す。それは涙となり、頬を伝う雨粒に
混じって落ちていった。
「私、本当は、期待してたんです。先生が来てくれるのを……! 私はまだ、先生の
“生徒”だからっ……先生はきっと、私を、探しに来てくれるって思ったから……!」
 潤む目を懸命に開いて、綾は信行を見上げる。
 こんなに寒い夜だというのに、彼は痩身にうっすらと汗をかいていた。息遣いも荒く、
長い間走り通しでいたのだろうことは疑いようもない。
 それ程までに、彼は、必死になって綾を探してくれていたのだ。
 迷惑を掛けてしまうと――信行だけではない、他の多くの人に心配を掛けてしまうと
分かっていながら、ただ彼の温もりが欲しくて、こんな暴挙に出た自分を。
「ごめんなさい……私、ずっと、先生のこと、騙してました……! 今日のことだけじゃ
ないっ……体のことは、我慢しようと思えばできたんですっ……本当はただ、先生のそばに
いたかったから……生徒じゃなくて……先生の、特別に、なりたかったから……っ」
 本当に、なんて浅ましいのだろう。
 けれど、もう、戻れないのだ。
 その醜さ、そのずるさを分かっていても、綾は、この人に縋り付かなければ生きていけない。
 そう、気付いてしまったから。
「私……先生が、好きです……」
 信行が、目を見開く。そこにどんな感情が宿っているのか、綾には分からなかった。
ただ、引き離されるまいと、しがみ付く腕に力を籠める。
「好きになってほしいなんて言いません、優しくしてほしいなんて言いません……! ただ、
先生のそばにいられれば、それだけでいいんです……! ひどくされてもいいです……
先生が望むなら、私、どんなことでもします、なんでも言うことを聞きます……! 
だからっ……だから、そばにいさせて下さい……お願い、します……っ」
 それ以上は、嗚咽に邪魔されて言葉にできず、綾は信行の胸に顔を埋めた。
 信行は、何も言わない。だが、その心中を推し測るのは容易かった。
 驚いているだろう。戸惑ってもいるだろう。そして、頑是ない自分を説き伏せる言葉を
探しているはずだ。
 でも、その言葉は聞けない。
 彼がこちらの願いを聞き届けてくれるまで、綾は絶対に、この場を動かないつもりだった。
 そうすれば、教え子を雨の中に放っておけない信行は、頷くしかないから。
 ああ。本当に、なんて卑怯なのだろう、自分は。
(……でも、いい)
 ――この人の傍らにいられるなら、それで、いい。
「……そうか」
 まるで、その思いが伝わっていたかのように。信行が、静かに呟いた。
「……もしも私が、それを断ったら、お前はどうする」
 ゆっくりと、顔を上げる。こちらを見下ろす双眸を真っ直ぐに見返し、確かな声で、告げた。
0595『徒花』第五話  ◆G/gTzqztYs 2013/11/18(月) 06:09:12.70ID:MQsL9ydx
「死にます」
 偽りのない本心を口にして。けれど心の底には、拭いきれない後悔があった。
 ――これで本当に、嫌われてしまった。
 それでいいと決めたのは自分なのだから、胸を痛める権利などない。それでも、
嫌悪の眼差しを受け止めることはできそうもなくて、綾は力なく俯く。
 だが、彼女に与えられたのは、恐れていたものとは違っていた。
「分かった」
「…………え……?」
 信行の腕が、そっと、綾の体を包み込む。冷え切った肌に、その温もりは殊の外温かく
感じられた。
「なら、いつまでも、俺のそばにいるといい」
 呆然と見上げる綾に、彼はそう言って微笑みかける。
 見つめられるだけで、身も心も温まるような眼差し。
 それはまるで。
 まるで――。
「先、生――」

 どこからか鈍い音が聞こえたのは、その時だった。

 突然のことだった。不意に信行が顔を歪めたかと思うや、彼はその場に崩れ落ちてしまう。
「え……? せ、先生……?!」
 何が起こったのか分からないまま、綾は信行の姿を見下ろす。
 その、腰の辺りに突き立った、ナイフの柄を。
「――――」
 息を飲むのと同時に聞こえた、忙しない足音。あの男が姿を消していることに気付き、
綾はようやく、事態を正確に理解した。
「せ、先生……っ?!」
「ぐっ……」
 半ば以上錯乱しながら、綾は信行に取り縋る。そうする間にも、傷口から広がっていく
赤い色。その生々しいまでの鮮やかさに、体が芯から震え出す。
「いやっ……やだ、先生! 先生……!!」
 降りしきる雨の中。少女の悲壮な叫びが、夜の闇に虚しく響いた。
0597名無しさん@ピンキー2013/11/19(火) 14:05:29.33ID:jzzl6ly9
イイヨイイヨー

大変すばらしい
こんな風に言われてみたいもんだわ
0598名無しさん@ピンキー2013/11/26(火) 09:10:24.28ID:JHCDZE2p
たまに覗きにくると新作がある
だからここは油断できない
素晴らしかった
0599名無しさん@ピンキー2013/12/06(金) 01:05:45.03ID:vlSaADAB
あげ
0609名無しさん@ピンキー2014/01/17(金) 22:11:43.51ID:yehDpwio
記憶喪失物って今までにあった?
依存していた相手が記憶喪失になるとか
記憶喪失になって依存し始めるとか
0611『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:42:46.17ID:CiW2A2Y8
>>592->>595の続きを投下します

教師主人公と、オナニー(セックス)中毒の優等生ヒロインの話、
依存度は中程度
この後のエロパートを含めて全7話の予定でしたが、
実生活の都合でしばらく執筆時間が取れそうにない為、
勝手ながら今回で完結とさせて頂きたいと思います
何卒ご容赦下さい
0612『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:44:28.96ID:CiW2A2Y8
 それに気付いたのは、いつのことだっただろうか。
 
 初めてのことではなかった。
 仕事柄、年頃の少女と接する機会は少なくないから。自分は生徒らと親しく接する
ほうではなかったけれど、稀にいたのだ。そんな男にも、そうした眼差しを向けて
くれる者が。
 教師としての経験が浅かった頃は、馬鹿正直な応対しかできずに、相手を傷付けて
しまうことも多かった。
 だが、今はそんな失態を犯すこともない。
 要は、口にさせる機会を与えなければいいのだ。
 そうすれば、彼女達はいずれ自分で気付いていく。己の気持ちは、いわゆる愛や恋で
はないと。ただ、間近で見る大人の男に、憧れていただけだったのだと。
 それでいい。それが、誰にとっても最良の結末なのだ。
 彼女達の未来には、無限の可能性が広がっている。自分のような男に拘泥せずとも、
素晴らしい出会いがこの先にいくらでも待っているのだから。
 そうしていつか、本当に大切な人と出会い、夫婦となり家族となって。幸せに過ごす
日々の合間に、過去の拙い憧れを思い出してくれたのなら――教師として、こんなに
光栄なことはないだろう。
 その考えは、この先もずっと変わらないはずだった。変わりはしないと思っていた。

 あの瞳に、出会うまでは。

 そう。本当は、気付いていたのだ。
 彼女が自分を、どう想っているかぐらい。
0613『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:45:48.47ID:CiW2A2Y8
 その日。入院中の信行は、懐かしい人物を病室に迎えていた。

「よう、色男の津田先生」
「……お前か。何をしに来た」
 見舞い品片手に笑う友人の姿を視界に捉え、信行は軽く肩を竦めた。
「おいおい。折角見舞いに来てやったのに、その言い草はないだろ。親友をなんだと思って
るんだ」
「真っ当な“親友”なら、普通は真っ先に見舞いにくるものだと思うがな。俺が入院して
から、一体何日経ったと思っている」
「そう言うなよ。これでも色々と忙しいんだ」
「知っている。……久しぶりだな、康弘」
 皮肉をさらりと受け流し、悪友は何食わぬ顔で椅子に腰を下ろす。昔と変わらない
飄然とした物腰に、気付けば、懐かしさが口を衝いて出ていた。


 あの事件の夜から、今日で三週間余り。暦は、既に三月を迎えている。
 幸いなことに、刺された傷は、命に係わる程のものではなかった。だが、そうかといって
放っておけば治る種類のものでもなく、信行はあの晩以来、こうして入院生活を余儀なく
されている。
 犯人の男は、あれからすぐに捕まった。聞けば、自分から交番に自首してきたのだという。
 ふてぶてしい男ではあったが、人を刺して平然としていられる程、神経は太くなかった
ようだ。自首してからの態度も神妙で、自身の非を全面的に認めていると聞く。いずれ、
相応の罪で起訴されることになるだろう。
 なんにしても、これであの男はもう、綾に付き纏うことはできない。
 奴が電車での一件を言い触らしはしないかという懸念は、まだ残っているが――男の
様子を聞く限り、それも懸念で済みそうだった。実際に会って確かめるまでは、勿論
なんとも言えないが。
(能美……)
 己に取り縋り、泣き崩れていた少女を想う。
 彼女を抱いてしまったあの夜以来、信行は何度となく、綾の泣き顔を目にしてきた。
けれど、その涙を拭ってやれたことは、一度としてない。
 だから今度こそ。彼女を苛む痛みを、一日も早く取り除いてやりたかった。


「ああ、そういえば……さっき廊下で、お前の学校の生徒を見たよ。女の子」
「何?」
「津田先生のお見舞いかって聞いたら、慌てた様子で帰って行っちゃったけどな」
「……そうか」
 心当たりはあるかと、康弘は目で問いかけてくる。探るような視線から目を逸らし、
信行は、その心当たりを思った。
 生徒の見舞いは、珍しいことではない。それこそ入院当初は、担当クラスや生徒会の
面々が入れ替わり立ち代わり病院に来ていたものだ。
 だが、綾がこの病室に姿を現したことは、まだなかった。
 聞いた話では、綾はあの事件の後、体調を崩して学校を休んでいたらしい。だが、
学校に顔を見せるようになってからも、彼女は一向に見舞いに訪れようとしなかった。
理沙に聞いた話では、何度誘っても忙しいからと断られてしまうのだそうだ。
 彼女が、何故信行を避けるのか。その理由は、正直なところ測りかねる。
 だが、信行は然程気に病んではいなかった。
 どんなことがあっても、彼女は自分から離れていきはしない。そのことを、確信している。
 ただ、自分から会いに行けない今の状況が、少しばかり歯痒いだけだ。

『私……先生が、好きです……』

 泣きながら告げるか細い声を、想う。
 あの時伝えた言葉は、きちんと彼女の心に届いているだろうか。
(いや。通じていないのなら、それはそれでいい)
 届くまで、何度でも言ってやればいいだけだ。
 だから、信行は綾がここを訪れる日を待っていた。ただ言葉を伝えるだけならやり様は
いくらもあるが、この想いはやはり、直接会って告げるべきものだと思うから。
0614『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:46:40.45ID:CiW2A2Y8
(……そうだな。退院したら、俺から会いに行ってもいいか)
「なんだ? 嬉しそうだな」
「そう見えるか?」
「見えなかったから言わないさ」
 それもそうだ。つまらないことを聞いたと苦笑しつつ、無難な答えを返しておく。
「いや、何。退院したら、何をしようかと考えてな」
「退院? もう目途が立っているのか?」
「ああ。担当医の話では、今月中にはという話だ」
「へえ、なら新年度には間に合うな。良かったじゃないか」
「…………いや。どうだろうな」
「……どういうことだ?」
 その問いに答えるのは、多少なりとも気力がいった。まだ、誰にも打ち明けていないこと
であったから。
「後遺症、という程のものでもないが。長時間の立位や運動は、避けたほうがいいだろうと
言われてな」
「……辞めるのか、教師を」
「まだ決めた訳ではない。そこまでする必要はないだろうと、向こうは言うが」
 口を濁しながらも、信行は、これを機に教師の職を辞そうと既に決めていた。
 怪我が理由ではない。
 己にはもう、教壇に立ち続けるべき人間ではない。だから去る。それだけのことだった。
 だが、本音をいえば、心残りがない訳でもないのだ。
(能美は、なんと言うか)
 自分の所為かと、そう考えてまた泣くだろうか。
 それとも、置いていかないでほしいと引き留めるだろうか。
 今はこの場にいない少女の顔を脳裏に描きながら、信行は、差し込む春の日差しに
目を細めるのだった。



 それからしばらく世間話に興じ、昔馴染みは帰って行った。
 再び一人になった病室で、信行は何をするでもなく、窓の外に視線を投げている。
 差し込む残照は、既に細い。程なく日も暮れるだろう。
 その所為か、病院内は静かだった。
 今日はもう、来客もあるまい。そう思った矢先、ドアの開く音が耳に届いた。
 先程巡回に来た看護師が戻ってきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。来客はドアを
閉めたきり、息を潜めるようにしてそこに立ち尽くしている。室内にいる信行に、声を
掛けようともしない。
 カーテンがある為に、信行の位置からでは、来訪者の姿は見えない。
 だが。
 たとえ姿が見えなくとも、声が聞こえなくとも。そこに佇んでいるのが誰なのか、信行には
手に取るように分かった。不思議な程、はっきりと。
「――能美か?」
 小さく、息を呑むような声。それは間違いなく、綾のものだった。
「……入って、構わんぞ。座ってくれ」
 躊躇うような雰囲気を察して、そう声を掛ける。
 しかしその行為は、信行にとっても勇気の要るものであった。
 綾が何を思って、自分に会いに来たのか。その心中を、測りかねていたから。
 知らず、掌に汗が滲む。一歩一歩、確かめるような少女の足音が、いやに大きく聞こえた。
0615『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:47:40.90ID:CiW2A2Y8
 やがて、カーテンの影から姿を現した綾を、信行は不思議な感慨と共に見つめる。
(そういえば……三週間ぶりになるのか)
 以前はほとんど毎日顔を合わせていたことを思えば、その空白は確かに、短い
ものではなかった。
 こうして顔を見て、初めて気が付く。会いたかったのだと。
「久しぶりだな」
「はい……その、すみませんでした。お見舞いに来るのが、遅くなってしまって……」
「いや、気にすることはない。お前のほうこそ、体は大丈夫か?」
「はい。その、ご心配、お掛けしました」
「……会いたかった」
「…………え?」
「会いたかった、お前に」
 少女の白い頬が、瞬く間に赤く染まる。だが、気恥ずかしげに目を逸らす様子からは、
照れ以上に戸惑いの気配が強かった。
 信行の言葉の真意を、測りかねている顔。その横顔を、信行は無心に見つめる。
 久方ぶりに会う彼女は、いくらかやつれているようだった。俯いた仕草、沈鬱な表情が、
その印象をより顕著なものにしている。痛ましいと、言う他なかった。
「……すまなかった」
 知らず、そんな言葉が口を衝いて出る。途端、綾が弾かれたように顔を上げた。
「……どう、して……」
「……能美?」
「どうして、先生が謝るんですか……? 謝らなきゃいけないのは、私、なのにっ……
そんな、そんなこと言われたら、私……!」
 震える手が、鞄を取り落す。両手で顔を覆い、彼女はその場に崩れ落ちた。
 蹲る少女の膝に、透明な雫がぱたぱたと落ちる。それを見た瞬間、息苦しいような
感覚が信行の胸中を満たした。
 ああ――また、泣かせてしまった。
「もう、止めようって、何度も思いました……! こんなことになったのは、私の所為だから……! 
私は、先生のそばにいちゃいけないっ……どんなに辛くても、悲しくても、もう先生に
迷惑掛けちゃいけないって……! でも……でもっ……」
 泣き濡れた瞳が、信行を見上げる。すぐに手を伸ばせない、その距離の遠さが、歯痒い。
「どうしても……先生に、会いたくて……」
 縋るような視線に、知らず鼓動が逸る。
 覚えのある眼差し。彼女はいつもこうして、信行のことを見ていたのだ。
 こうして、信行のことを想っていてくれたのだ。
「ごめんなさい、先生……! 迷惑掛けてごめんなさい……好きになったりしてごめんなさい……
ごめん、なさい……っ」
 顔を覆い、再び泣き崩れる綾。しゃくり上げるその声を聞きながら、信行は立ち上がる。
声を発する間さえ惜しんで、震えるその体に手を伸ばす。
(泣くな、能美)
 本当は知っていたのだ。その涙を止めてやるには、どうすればいいのか。
 知っていて、自分は今まで、何もせずに彼女の涙を見ているだけだった。
 恐ろしかったからだ、彼女の未来を奪ってしまうかもしれないことが。
 この少女の一生を、背負ってやれるだけの自信がなくて――だから自分は、その答えから
ずっと目を背け続けていた。
 だが、今はもう違う。

『私……先生が、好きです……』

 あの夜の彼女の言葉が、目覚めさせてくれたのだ。
 つまらない怯えなど吹き払った先にある、動かしようのない気持ちに。
0616『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:48:37.60ID:CiW2A2Y8
「――能美」

 だから、その想いを伝える為に。
 信行は、ようやく触れることのできた彼女の体を、力強く抱き締めた。

「……先、生…………?」
「泣くな、能美……泣かないでくれ。謝る必要はない」
 いつまでも抱き締めていたい気持ちを堪えて、そっと体を離す。腕の中で、綾はぼんやりと
信行を見上げていた。己の身に起こっている出来事が、夢なのか現実なのか分からない、
そんな表情。
 それが切なくて、同じだけ愛おしくて。涙に濡れたその頬に、信行はそっと掌を添えた。
「能美」
 綾の潤んだ瞳が、応えるようにゆっくりと瞬く。
 その目を、真っ直ぐに見つめて。万感の思いを、声に、言葉に、変える。
「俺も、お前が好きだ」

 その瞬間、時計の針が動きを止めた。

 束の間の時が、永遠に変わる静寂。世界に二人だけになったかのような時間の中で、
信行は綾を見つめる。夕日に照らされたその頬が、夕陽以上に赤く染まっていくのを見守る。
 ややあって、綾がぽつりと声を零した。
「う……嘘、です……そん、そんな……先生、無理、しないで下さ……」
「嘘ではない。本心だ」
 恐らくそう言うだろうと思っていたから、間髪入れずに否定する。戸惑ったように顔を
俯けるのを追いかけて、じっとその瞳を覗き込んだ。
「俺は心底から、お前のことを愛おしいと思う。この先の一生を、お前と共に歩んでいきたいと
思う。……能美。お前には俺しかいないと言うのなら、俺は喜んで、お前の全てになると
誓おう。いつまでもそばにいる……いつまでもだ」
 一つ言葉を口にするたび、困惑ばかりだった綾の瞳が澄んでいく。それは信行の想いが、
紛れもない真実として、彼女の心に届いていることの証だった。

 ――そう。
 本当は、見つめていたのは自分のほうだった。

『津田先生』

 どんな時も、ひたむきに前だけを見ていたその姿。
 憧憬に似た想いは、信行自身も知らぬうちに、いつしか形を変えていたのだ。

「愛している……綾」
 囁いて、それから。
 言葉で伝えられる以上の想いを伝える為に、信行はそっと、綾の体を抱き締めた。
 引き寄せられるように、唇が触れ合う。ひくりと、華奢な体が密やかに震えた。それを
優しく抱き締めながら、初めて触れるその唇を味わう。
 重ねるだけの淡いキスは、けれどどこまでも甘く。今までのどんな情事よりも、互いの
心を溺れさせる。
 ひとしきり温もりを分かち合って、二人は静かに唇を離した。
「先、生……」
 呟く綾の瞳が、途方もない幸福に潤む。その顔に、もう戸惑いの色はない。この先も
永遠に続く幸せを手にして、彼女は喜びに涙を零す。
0617『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:49:38.99ID:CiW2A2Y8
「わた、し……本当に、先生のそばにいていいんですか……?」
「ああ」
「先生、の、こと……好きでいても、いいんですか……?」
「――ああ」
 止め処もなく溢れる雫を指で拭いながら、信行は穏やかに言った。
「私は、教壇を退こうと思う。これから先も、お前と共にある為に……。学校で会うことが
できなくなって、お前には、寂しい思いをさせるかもしれない。許してくれるか?」
 こくこくと、涙を散らしながら、綾は懸命に頷く。その必死さに笑みを誘われながら、
言葉を続けた。
「会いたくなったら、いつでも呼ぶといい。お前が望むなら、俺はいつだってお前に会いに
行くし……どこでだって抱いてやる」
 最後の言葉は、耳元に唇を近付けて。自分でも思った以上に『いい』声が出て、
聞かされた綾がひくんと身を震わせた。
「せっ……先生……っ」
「冗談ではないぞ。だからお前も、遠慮などせずに言うといい。俺からすれば男冥利に
尽きるというものだ、愛しい相手に求めてもらえるのだからな」
 微笑んでやれば、綾は耳まで真っ赤に染め上げ、顔を俯けてしまう。
 流石に少しやり過ぎたかと、赤く熟れた頬に手を伸ばそうとして。
 不意に。その手を、掴まれた。
「…………本当、ですか……?」
 きゅっと、袖口を握ってくる細い指。それが小さく震えているのに気が付いて、信行は
綾の顔を再度見つめる。
 俯くその顔は、やはり赤い。
 だが、信行はすぐに見て取った。紅潮した頬に浮かぶ、照れとは違う色めいた気配を。
「……ここで、か」
 思えば、綾と会うのは三週間ぶりだ。会わずにいたその間、彼女がその体を持て余して
いたのであろうことは、想像に難くない。そこに先程の告白とキスで、燻ぶっていた熱が
一気に燃え上がってしまったのだろう。
「あっ……あ、あの、ごめんなさい……! だ、駄目に決まってますよねっ……こ、こんな、
ところで……それ以前に、先生、怪我してるのに……! 私、本当、何言ってるんだろ……!
 わ、忘れて下さいっ……私、すぐに帰りますから――」
 慌てて立ち上がろうとする、その腕を取って、引き寄せる。
「っ……先、生……?」
 戸惑う声に、ほのかに混じる別の感情。それに鼓動が高鳴るのを感じながら、
スカートから覗く脚線をゆっくりと撫で上げた。
「ん……っ」
 艶やかな息遣いが、胸の真ん中を過たず撃ち抜く。
(……ああ)
 抱きたいと、思った。熱を鎮める為に抱いてやるのではなく、自分自身の意志で、
この娘を存分に愛してやりたい。
「ぁ……せん、せ……」
「……場所が場所だ。俺もまだ全快という訳ではない。最後まではしてやれないが……
それでいいか?」
 一瞬の、間を置いて。ぎゅっと、今までになく強い力で、綾が信行に抱き付いてくる。

 想いを確かめ合って初めての行為は、優しいキスから始まった。
0618『徒花』第六話(完)  ◆G/gTzqztYs 2014/01/28(火) 06:53:26.31ID:CiW2A2Y8
以上です
打ち切りのような形になってしまいましたが、
今まで読んで下さった方、レスを付けて下さった方には本当に感謝しています
どうもありがとうございました
0621名無しさん@ピンキー2014/01/31(金) 12:20:26.72ID:VOnfYY5F
待ちくたびれた!
お疲れさまでした
また次回作も期待したいな
0623名無しさん@ピンキー2014/03/13(木) 00:42:52.72ID:9zZeWSUn


徒花よかったなあ
最初は読み方をあでばなだと錯覚してたのは内緒
0626名無しさん@ピンキー2014/05/08(木) 23:54:15.10ID:1cuC0WT5
何か書きたいんだけど、途中で規制食らうだろうしなぁ
0627名無しさん@ピンキー2014/06/13(金) 00:04:42.46ID:1PhOIoSH
なんでこんなに過疎なの
0628名無しさん@ピンキー2014/06/13(金) 18:58:18.35ID:lhXY5LPo
これ投下あっても、人戻ってきそうにないな
0629名無しさん@ピンキー2014/06/14(土) 12:55:34.66ID:d3hA8wwM
なんでもなにもマイナー属性な上にやたら書きにくいから今までずっとで過疎だったろ
元から人いなかった上に規制やらで書く人いなくなって
新作ないから読む人もいなくなってっていう過疎スレで良くあるパターンだ
0631名無しさん@ピンキー2014/06/26(木) 22:44:31.51ID:zYyQ2A/z
投下なさすぎて目眩してきた
0632あの娘との距離 【8.7m】 2014/07/05(土) 06:37:03.48ID:twMVobzY
保守age
0633名無しさん@ピンキー2014/07/29(火) 08:08:11.19ID:wLgbg8oW
このスレに依存している
0635名無しさん@ピンキー2014/08/07(木) 16:59:07.84ID:yDu8G7Q1
11スレ目なんだから結構続いてるほうだと思うんだけどな・・・
0636名無しさん@ピンキー2014/08/07(木) 19:59:51.26ID:J1QniuX0
一時期スレが凄い伸びたもんね
0637名無しさん@ピンキー2014/08/08(金) 00:06:08.49ID:gG6gAvCE
今は燃料補給中期間だと思いたいな
また半年ぐらいしたら急激に伸びて欲しい
0639名無しさん@ピンキー2014/08/08(金) 17:06:34.13ID:vrQc/uyD
あの頃は1日二回は必ずこのスレ来てたな
0640名無しさん@ピンキー2014/08/08(金) 17:47:29.59ID:BVA3Jvql
依存に萌えても他の嗜好とかぶってそちらに投下になったりするから難しいテーマだよね
0641名無しさん@ピンキー2014/08/10(日) 14:16:25.33ID:G6/rQXZ0
依存系って大体が依存+何かになってしまって結局その何かのほうに投下されてしまうんだよね
0642名無しさん@ピンキー2014/08/10(日) 22:12:42.07ID:VugHJ+DC
病み+依存とか幼馴染み+依存とか調教+依存とかを例にあげても前者のスレに投下することがほとんどだろうし
依存を主題にオリジナルを書くのは難しいですな
0643名無しさん@ピンキー2014/08/10(日) 23:08:58.75ID:fJees0KQ
身体だけの相手でもいい、だれか必要としてくれる人が欲しい
0644名無しさん@ピンキー2014/08/11(月) 02:01:04.47ID:JH6HjjFL
>>643みたいな依存でもそのうち身体だけの関係スレとかできるんだろうな・・・
0645名無しさん@ピンキー2014/08/13(水) 02:12:26.69ID:BkD0Q8xU
正直言うと、ヤンデレも依存だからね。
あの辺と被るのは致し方ない
0647名無しさん@ピンキー2014/08/16(土) 19:48:35.54ID:cMh0nERD
ヤンデレだと、女性上位なパターンが多いからな。
ヤンデレでも主人公に忠実かつ、曲解せずに主人公の考えを理解し添う用に
すれば、このスレでしっくりくると思う。
0648名無しさん@ピンキー2014/08/17(日) 04:25:15.30ID:H4aKBrB7
果たしてそれはヤンデレなのかという命題を究明するために、
熱くエキセントリックな連中がどこからともなくやってくるだろう
0649名無しさん@ピンキー2014/08/17(日) 22:23:46.18ID:KIPNE2cA
>>648
そうなんだよな・・・>>647みたいなかんじにするとまるっきり違うんだよな
場面一つ上げて違いを見ると
別れようみたいなこと言った場合
依存=なんで?いやだ、離れたくない
ヤンデレ=なんでそんなこというの?○○がそんなこと言うはずないよね?あ、そっかあの女にたぶらかされたんでしょ?まってて(ry
みたいな感じになるんだよな・・・これをヤンデレ=依存に変換はできない・・・
0650名無しさん@ピンキー2014/08/18(月) 17:49:37.44ID:jG0jkF7g
ヤンデレ=人殺すみたいな考えが当たり前になってんだよなぁ
あれも大概おかしい。
自分的には人に危害を加えないヤンデレがこのスレ向けだと思ってる。
依存ってカテゴリーが範囲が大きすぎて一概にこれが依存だって言えないんだよね…
難しいね。
スマホに変わってまったくSS書いてなかったけど、自分何か書こうかな。
0651名無しさん@ピンキー2014/08/26(火) 01:26:32.89ID:tP3uDrPr
人がいないねぇ
0652名無しさん@ピンキー2014/09/22(月) 11:43:54.33ID:YWG9yEJR
割と長いスレなんだけどね
0654名無しさん@ピンキー2014/09/28(日) 22:31:30.16ID:KnJLQlMB
それがここが過疎りやすい原因の一つだと思われる
ここで出すよりそっちで出したほうが合っているっていう作品が多いみたいだからな
0656名無しさん@ピンキー2014/10/01(水) 01:32:25.75ID:RCN8a0wn
共依存カップルに飢えてる奴はワタモテの黒木姉弟とか逆転裁判のユガココとかのSSをオススメする
0657名無しさん@ピンキー2014/10/09(木) 02:47:34.78ID:ibumlEA7
頼むから誰か書け
0658名無しさん@ピンキー2014/11/12(水) 11:27:28.99ID:Amk42hnP
難しいんだよ
0660名無しさん@ピンキー2014/11/23(日) 22:13:10.16ID:kS64N9tW
それと同時に書き手が読み手に回ってしまったようだな。
0661名無しさん@ピンキー2014/12/04(木) 14:01:09.43ID:WUidIuku
依存に至るまでの前置きがむちゃーくちゃ長いやつでもokなの?
濃い関係考えるとどんどん細部増えていってしまう。
0663名無しさん@ピンキー2014/12/23(火) 07:40:29.34ID:ZOy1gjz0
まったく問題ないのではやくお願いします
間に合わなくなっても知らんぞー!
0664名無しさん@ピンキー2014/12/24(水) 09:14:17.14ID:BsdyPGev
むしろ細部が拘ってる方がいいよな
0668名無しさん@ピンキー2015/01/12(月) 10:08:47.99ID:Bo0D7et4
ほっほっほ
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