「まむしドリンクか。僕も飲んでみようかな」
「いいよ、まむし!」
「まむし!!」
竹夫の鼾が聞こえ出した。
しかし、加藤と信郎の話は勢いに乗り、とどまる所を知らない。
そんな二人の様子を、康子と和也はカウンターの内側から黙って見守っていた。

下村家では、風呂に入った正枝を除く女性陣が、夕飯を食べ終えてお茶を飲んでいる所だった。
時計の鐘が一つ鳴る。時刻は7時を半分回ってしまっていた。
「遅いわね。呼びに行こうかしら」
「まあまあ。積もる話があるんじゃないかしら」
松子が縁側から通りを眺めて呟くと、芳子が湯呑を摩りながら笑った。
「せっかく、結婚が決まったんですもの」
息子の竹夫がようやく結婚する事がよほど嬉しいらしく、芳子はさっきから竹夫を褒めるような話ばかりしている。
「そんな。竹夫兄さんも、竹夫兄さんよ。もうすぐ花嫁さんになる静子さんを一人で置いて飲みに行っちゃうなんて」
頬をパンパンに膨らませ我が事のように怒る梅子を見て、静子はクスリと笑った。
「いいんです。自分で自由に泳ぎ回っていると思っていられる方が、こちらもコントロールしやすいですから」
梅子と松子は驚いて笑い、芳子は不思議そうな顔をして微笑んでいる。
「何か、静子さんってすごい……」
「竹夫は、お釈迦様の手の上ね。私も見習わなくちゃ」
どこからか、犬がワンワンと吠える声が聞こえる。
松子も席へ戻ると、再び芳子が竹夫の自慢話を始めた。
静子は、興味深そうに話を聞いているように見える。
梅子と松子の足の指が、それぞれの座布団の上でソワソワと蠢いている。
「あー、駄目。私、もう我慢できない」
「私も!」
それから数分もしない内に居ても立っても居られなくなった下村家の2人の姉妹は、バタバタと連れだってみかみへと出掛けて行った。


――終――