「初めましてー! 色子でっす♡」

 登場した黒髪の少女・色子は、右手の人差指と中指を立てると、それを敬礼でもするかのよう額に押し付けウィンクをした。
 前髪の切りそろえられた黒髪を背なに流した彼女――強気の眉と良くマッチしたそんなハスキーボイスの色子を目の当たりにし、一松は言いようのない感覚にとらわれる。

「……………………」

 可愛いやら一目惚れやらといった、そんな通り一遍の感情ではない。それはもっと根源的で、例えるに魂に触れられたかのようなそんな衝撃に、ただ一松は言葉を無くしては色子に見入るばかりだった。
 そしてカウンターから出た色子と改めて視線を合わせたその瞬間、

「あら? ……あらら〜♡」

 鼻先の距離で一松を確認するや、途端に色子の表情が緩んだ。
 半閉じまぶたで悪戯っぽく一松を観察するその表情は、なんとも思惑ありげな笑みを湛えている。

「2番のお部屋を使ってチョ。色子ちゃん、ご案内してあげるザ〜ンス」
「は〜い♡」

 イヤミから部屋番号を聞くと、色子は大きく返事をして一松の腕を取る。

「あッ……ち、ちょっと……」
「行きますよ〜、お客さ〜ん♡ こちらで〜す♡♡」

 体全体で右腕を抱きしめてくるその圧と体温に、一松は自分でも恥ずかしくなるくらい狼狽える。
 こんなにも誰かと密着するのなんてどれくらいぶりだろうか? 否、記憶する限りではそんな経験など一度としてない。
 その初めての相手が女の子で、しかも憎からず思っている色子なのである。そんな経験則に無い状況に、ただ一松は飲まれ流されるしかなかった。
 やがて廊下の突き当たりに近いそこまで進むと、色子は傍らのドアを開いて一松を招き入れた。

 パーテーションで四方を区切っただけの粗末な個室には、正面向かって左の壁面に長ソファーとそして対面には壁掛けのテレビが一台設置されていた。そしてソファーの前のテーブルに目を凝らせば、そこにはローションを始めとして色とりどりの大人のオモチャが……。

――……ここでやっちゃうの? まっ昼間から? イヤミの店で?

 誘導されるままにソファーへ腰かけるも、両膝は幾度となく跳ねて一松をそわそわとさせた。
 不安とそして期待――ついさっきまでの冷めきっていた心が嘘のようざわついて、色子と共に過ごすこれからに胸をときめかせている。

「は〜い、おしぼりどうぞ〜♡ 何か飲みます?」
「え……い、いや……そんなに……」

 隣りに座りながら広げたおしぼりを渡してくる色子をまともに見られない一松は、ただ視線を泳がせてしどろもどろな返事を返すばかり。