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「……一杯喰わされたようですね」

暗色のローブ一枚で放逐されたザスキア卿は
首を垂れて独り言を呟きながら灰が森の中をとぼとぼと歩いていた。
そこに現れたのは、二十代の外見をした男性。
灰白の髪に猫眼に似た金瞳、朗らかな声で語る彼は、ペトロス・グルーンツヴァイク。
常々ザスキアの代理人として外務を担当している「詭弁卿」だ。
まんまとしくじって帰って来た主君に、彼は苦笑を浮かべつつも労おうと歩み寄る。

「……そうでもないさ、これはこれで得難い体験だ」

ザスキアが詭弁卿に言った。強がっている様子はない。

「ただ、この事態は「肉体」への負担がかかるので億劫だったに過ぎない。
 男体化及びその種子が果たしてこの身体に芽吹くか否か
 ……帰ってからゆっくりと調べるとしよう」

無感動に状況を分析する主君の狂人的な学究心に感心し、詭弁卿は一息つく。

「しかし自国の城で、更には自身の肉体に黙ってそのような事をされ
 セイズマリー公はお怒りになりませんでしたか?」

「抜かりはない。彼女と私は同じ穴の狢だよ。
 彼女が断罪する気なら、とっくの昔に
 末端の者ならず、私自身の身柄を粛清伯や断罪公に払い下げて地獄に封じさせる。
 それが出来ないのは……彼女もまた尽きる事のない知の隷徒の一人という事さ。
 ……さて、『私』は一足先に城へ戻る。卿はこの『骸』を持ち帰ってくれ」

そう言うとホムンクルス――ザスキアの姿をしたホムンクルスの瞳から生気の炎が消えた。
その人形はザスキアの魂が消えると、ただ黙して詭弁卿の命令を待っていた。

「ふぅ、やれやれ……」