イールヴァよ何をする!
グリューエラントは片目を押えて膝を突く。不覚であった。

形見の剣を手にしたとき、魔法使いのエルフ娘の目が、ぐるんと回り、色を変え、赤々と燃え始めたのを
不覚にも見落としていたのだった。
イールヴァは血に濡れた剣先をうっとりと眺め、負傷したグリューエラントにもうっとりと眺め入った。
「傷をつけてあげたわ。あんたはあたしのものよ。本当、人間って見ていないとすぐ死んでしまうから」
あたしのグリュー、エ、ラン。微笑して口許に呟いている。

その呟き声こそ彼女のものとは思われない。悪意にみちて、
――片目になったな、片輪が似合うこと。おまえだからそうしてやったのよ。
おまえにそうなって欲しかったのよ。
その目でわたしを見るがいい。
世界を半ばに見るがいい。半欠けの目に見えるのは、
よきは半欠け、悪しきも半欠け、
真実はうそ、美しいはみにくい、この世のものはこの世にない。

一振りで血を跳ね、エルフは刀身を爪でなぞった。
胸元のアミュレットがひとりでに落ち、腰から膝を伝っていって、しゃららんと鈴の音を立てた。

わたしを知るものはどこにいよう。この世の誰がわたしを知るだろう、
この世にないものをどこに求めよう。この道に先達は多いものの、この汚れた末世では、
獅子髪のヴァル、砂漠の王サフィヤーン、誰よりわが父祖のあだ、ウェールドーナ、
東方にてはジンニスタン、彼の地にあってはアヴァルンの、麗しの魔術の王たちは、今はどこに行ってしまったやら。
わたくしを知ってくれるものは。

魔剣に魅入られ、その傀儡となったか、イールヴァ!
仲間の呼び声にエルフ娘は、一瞥をやって、ふふんと憫笑をくれた。剣の傀儡、わたしが?

――さりとも異時空を徘徊するうち――思い出す、あるとき、
かの妖刀なる村正を手にした侍をみたことがあるが、その侍は、妖刀の無類の切れ味に魅せられ、
みずからが自動機械のように化生の魔物を斬って斬って倒していた、あれこそ、まさしく村正の傀儡であった。
とりとめなく笑って、少女は目を細め、戦友らを見くだした。

浅ましやな刺客たち。いくばくの金貨と引きかえに、そなたら大事な一つきりの命、この場に捨てに来たか。
陽の下の女王アイラス殿に尽くす忠節はどれほどか。そういって冷蔑した。