もう一つは、連邦軍内部の力関係。当時の連邦軍は現在にも増して著しく硬直した、教条主義的な組織であった。艦隊主力がろくな戦果も挙げられないままルナツーに逼塞していた状況下である。
 どう考えても主流とは言い難い、怪しげな難民上がりの部隊による不透明なゲリラ戦での不可解な勝利など、とうてい組織として誇れるべき戦果とみなされる状況にはなかった。ただ薄気味悪いだけの存在とすら見なされていた。
 そして何より決定的なのは、誰もが沈黙を守ったためだった。
 トラキア隊は一兵卒に至るまで、誰もが堅く秘密を守った。ソギルという強烈なカリスマに率いられ、年端もいかない少年少女を多く含む新兵を主力としながら鉄の規律を持って戦ったトラキア隊は、当時の連邦軍にとって明らかな異端だった。
 その異様さに脅威を感じた何人かの士官が団結の背景を探ろうとしたが、その結果は芳しくなかった。激しさを増す戦闘の中である者は戦死し、またある者は事故死して、そうした試みは自然消滅していった。
 だから結局、今でも部外者には知られていない。トラキア隊がそこまでして戦い、果たそうとした真の目的が何だったのかは。
 一年戦争が終わり、トラキア隊が旧ルウム暗礁宙域でジオン残党軍と戦い、のちにルウム農協となった難民の復興活動を支援してきた戦後の7年間も、それは変わらなかった。
 連邦軍内部における、トラキア隊の扱いも変わらなかった。ジオン残党の巣窟と化した暗礁宙域でわざわざ危険な任務を買って出て、旧式装備のまま戦後もひたすら戦い続ける、腕は確からしいがかなり頭のおかしい連中。
 彼らを知る連邦軍の大半から、トラキア隊はそう思われていた。
 だからこの連邦中央の目も届かない暗礁宙域で敵を討ちつつP−04という城を築き、彼らは静かに爪を研ぐことが出来ていたのだ。
 ――半年前、突如として予備役から復帰した老将、ヨランダ・ウォレン准将がP−04へと大軍を率いて来るまでは。
 ヨランダはそれまでソギルの支配下にあったP−04に介入し、そこかしこに連邦軍中央の橋頭堡を築いて「目」を入れた。
 指揮系統を抑えてトラキア隊であった第223戦隊を改編し、ソギル子飼いの歴戦艦であったトラキアとアルマーズをP−04から引き離した。
 ヨランダの率いてきた大軍は不気味に存在感を増しつつあったルスラン・フリートに対する地球連邦の備えであると同時に――あるいはそれ以上に、ルウム農協と結びついたソギル一党を抑えるための憲兵であることは誰の目にも明らかだった。
 だからトラキアとアルマーズはこの半年、新サイド4暗礁宙域で行動していながら、P−04へは近寄ることも許されなかったのだ。
 だが今、その構図が崩れた。他ならぬ宿敵、ルスラン・フリートが見せた、予想を大きく上回る成長によって。
「リドル曹長のことは残念だった」
「また置いていかれてしまいました」
 淡々とソギルに答えながら、ヘイズとリンはその瞳に黒い炎を灯していた。マコトはよく覚えている。それは一年戦争の日々にトラキア隊の誰もが共有していた、復讐の暗い炎だ。
「ですが今、我々はここに帰ってきました。また一つ『約束の日』は近づいた。約束を果たすことが出来れば、リドルに――今まで倒れていったすべての同士に報いることができます」
「リン君、逸ってはならない」
 ソギルは静かに呟いた。傷面の中で剥き出しになった異形の右目とともに、優しく、諭すように。
「必ずや、我々は約束を果たす。しかしまだ、今日ではない。明日へと繋ぐ道をひとつひとつ、築き上げていかねばならない。――諸君。これからも、共に歩んでくれるな?」
「もちろんです、閣下」
「…………」
 ヘイズとリン、そしてリドリーとマコトが頷くと、ソギルは満足げに微笑んで視線をリドリーとマコトへ向けた。
「さて。トラキアにはこのP−04で補給を終えたのち、MS格納庫の改修工事を予定している。格納定数を現行の4機運用から、マカッサルと同等の6機運用に移行してもらう」
「……!」
 寝耳に水の発言に、マコトが思わず眦を上げた。当のリドリーもさすがに予想外だったのか、押し黙ったまま上官の顔をじっと見返す。
「リード君の方には後で私から話を通しておく。機体の手配と人選についても問題は無い。長らく待たせてすまなかったが、ようやく予算と工廠の目途が付いてね。モジュールはすでに揃っているから、工期は10日ほどの予定だ。
 フランクス大尉。その間、乗員諸君にはゆっくりとP−04の休暇を堪能してもらいたまえ」
「い、いえ。結構な話ではあるのですが、ずいぶんと、その……急な話ですな」