「あ、あの――エイムズ軍曹」
「……ひゃっ!? な、なにっ!?」
 アイネが近づいて後ろから声を掛けると、なぜか水でも掛けられた猫のような動きで飛び退かれてしまった。
「良かったらエイムズ軍曹もご一緒に、サブリナ少尉のご自宅に下宿しませんか? エイムズ軍曹も下宿、ないんですよね?」
「……え? えっ……?」
 普段の勤務中に見せていた鋭敏さが嘘のように、マリエルは不自然なほど魯鈍な反応を返してきた。遠慮しているのかな、とアイネは思う。
「あれ? マリエル、あんたは下宿持ってなかったっけ? 展開中に解約したの? まあいいや。まだ部屋あるから、あんたも来なよ」
「行きましょう、エイムズ軍曹!」
 周りに知己の女性が増えるのは心強い。アイネから文字通りに背中を押されても、マリエルはまだ「ああ……」とか「うう……」とかよく分からないことを言っていたが、やがて機械仕掛けのような動きで顔を上げた。
「わ、分かりました……少尉、私も、お世話になります……」
「よーし。じゃあお前ら、トラックの荷台に荷物を載せな! ウチに荷物を下ろしたら、パイロットどもは移動先の格納庫まで迎えに行ってやるよ。マリエルは助手席な!」
「さっきから何なんだ、この騒ぎは……。サブリナ、ずいぶん大きな車で来たな?」
 ようやくMS隊長が整備班長と、大型のスーツケースをふたつ引きながら顔を出してきた。怪訝そうな顔でサブリナのトラック・エレカを見ている。
「あー、マコト? いろいろ話が急だったから、ここに下宿持ってない子たちの行き先が無いだろうと思ってさ。あんたんとこのパイロット全員と、ついでにマリエルもうちで預かることにしたから、ヨロ!」
「…………」
 アイネが聞いた限りでは、サブリナの自宅とはすなわちマコトの自宅でもあるはずなのだが、サブリナはどうやら完全に事後承諾で進めるつもりだったらしい。
 マコトは少し顔に手を当てて考え込むしぐさを見せ、隣のウェンディと一瞬視線を交わしたものの、やがて諦めたように頭を振った。
「確かに、そうか……そうだな。やれやれ……これはどうやら、展開中と変わり映えしない休暇になりそうだ」
 自嘲するように言い捨てると、ふっと微笑んで、マコトは部下たちに向き直った。
「すまなかったな、気を回してやれなくて」
「? は、はあ……」
 マコトが見せた予想外の素直さに、ガルノフが毒気を抜かれたように答える。
 マコトは表情を引き締め、全員に告げた。
「各人、サブリナの私有車へ私物の積載を終えたら搭乗せよ。各機所定の武装を携行のうえ、トラキア整備工事間の暫定拠点となる第113整備場まで移動する。移動後に自分とガルノフ軍曹は休暇に入る。休暇間の編隊指揮はサントス伍長が執れ――かかれ!」
 マコトの号令で、MS隊が動き出す。スーツケース類を持ち上げ、大荷物を次々とトラックの荷台へ積載、固定していった。ジムUのコクピットに潜り込んで機体と全天周モニターを起動しながら、アイネは新生活への期待に胸を膨らませていた。