コンコン。

里奈のいる病室の扉をノックし、夏彦は戸を開ける。
「…里奈」
「?…あなたは、どちら様ですか」

「夏彦、て言っても今は分からんか」
「あ、あの実は私、その…」
夏彦は不安そうに戸惑う里奈の様子にどこか懐かしさを感じつつも
余計な邪念を振り払い、彼女が言おうとした先を言った。
「記憶喪失なんだってな」
「…らしいです」

二人の間に沈黙が流れる。

「まあ医者に聞いたら軽度、て話だったみたいだからそんな悲観しないでいいみたいだぞ」
「…ほ、本当ですか!?」

「あ?あ、ああ…本当さ」
(な、なんだ?随分と派手に驚くんだなコイツ)
「私、なんだかすっご〜く大事な、大事な事を忘れてたような気がしてて。
それを完ッッ全に忘れちゃった、て言うのは相手に申し訳ない、悪い気がするので…」

夏彦は少し胸が痛んだ。

(場合によっては――)

言った言葉に「嘘」があったから。

「ま、まあ自分の名前とか、人としての普段の生活の有り様とかを忘れたんじゃないなら
その内になんとかなるさ!」
「はい!え〜と…な、夏彦さん、でしたよね?ありがとうございます!…え…?」

(一生、戻らないかも―――)

「おう、ちょっと花粉症でな」
「は、はあ?…お、お大事に?」

「あっはっはっは!立場が逆だろそれ!相変わらず面白いなぁ、お前さんはよ!」
「わ、笑い過ぎじゃないですかあ?!もう!」