明けの朝。
二人は里奈の病室にいた。
「な…夏彦?私の事、怒らないの?」
「とりあえず命は寸でのところで助かったし、な」
しかし軽くデコピンはした。
「こ、これだけ?!」
「それだけ」
里奈は軽く笑い、それから話し始めた。自分の「最近の近況」についてを。

「記憶が曖昧なところもあるけど……だいたいの事は覚えてる。ヒドい女だよね、私」
「かもな。刃物で襲われたと分かった時は正直死を覚悟したわ」
夏彦は、里奈の頭をわざと乱暴に鷲掴みした。
「ごめん…」
「いや、それはもういい」
夏彦は里奈の頭から手を離して。
「え?」
「俺「以外」の人も、て話…それは本当なのか?今は俺が怪我したとか襲われたって事よりそっちの方が大事な事だ」

里奈は黙り、静かに俯いて肯定の意を示した。

「…お前がこの病院でやけに丁重に扱われているように感じたのは、単に記憶喪失なだけの話
じゃなかったんだな」
夏彦は得心いった、とした思いを告げた。

「そうみたい。なんか…唐突に、あなたとの間にあった「あの事」がフラッシュバックして
半狂乱になって無差別に「男の人」を襲うようになってた…みたい」
(トラウマ、その後遺症的なものか…)
「私、このまま、ずっと病人生活してた方がいいのかな?」
「……」
さすがに即答はできなかった。
だが―
「確かに病院にいたままの方が、お前も俺も、安全ではあるかもな」
「そうよね…」
「でもそれじゃ俺たちの「復讐」にはならんだろ?」

里奈はハッとした顔をする。
「お前はこの病院にいたまま安全だけを求めて、生きて、幸せになれるつもりか?」

「だって……でも!…」
泣きそうな里奈の顔を、両手でしっかり挟んで自分の方に向けて、夏彦は断言した。

「俺はお前と幸せになりたい」

「!…」
「俺がそもそも原因だとか、その贖罪意識や、今の不安定なお前に対する同情的負い目からじゃない」
夏彦は自分から、里奈の唇に唇を重ねた。
「俺がお前を好きだから、だ」

里奈がなんとかその顔で堪えていたものを瞳から流しだす。

「……うん、私も好き!……う、うあああ………っ!」

「それにお前に記憶が戻ってるってなら、とことん付き合ってやる。どんな絶体絶命な場所でもな!」
(もうこいつの前から卑屈になって逃げたりは―しない)