五感を制限する剣道防具 その2

 全身を覆った状態で激しい稽古をするため、大量の汗をかき、
それが決して洗うことのない防具に染込み、汗臭が染み付いている。
 嗅覚は、そのような面で顔全体を覆っているので、面をつけた当初は、
面に染み付いた汗の臭いしか感じられなくなっている。
しかし、しばらくするとその汗臭さもなれてしまい、ほかの臭いも感じられるようになる。
そんな防具を常時着用している剣士は、汗臭にはかなり鈍感になっている。

 味覚自身は、防具は制限しないが、味覚を得るために口に食物を入れようとしとても、
顔に装着した面の面金が、それを強く阻む。
無理に箸に先に差した食物を面金の隙間から差込み、何とか口に入れて味覚を得ようとしても、
面の顎当てが口の動きを制限し、満足に租借することもできない。
またそのような細かい作業は、指先の不自由な小手をはめたままでは、思うようにできない。
剣士は、ストローで液体を口に入れることでしか、まともに口に飲食物を入れることはできず、
味覚は流動物のそれしか感じることはできない。

 触覚に関しては、上半身を重く、汗臭い防具で覆い尽くされた剣士には、
直接物体に触れることを許されない。
剣士の感じとれる触覚は、すべて防具の素材を通して感じられるもののみに限定される。
特に触覚の鋭敏な指先は、小手に被われ、直接物体の手触りをほとんど感じ取れない。
手の甲の側は鹿毛の詰まった分厚い小手頭に被われ、殆ど感じ取ることは不可能である。
手のひら側は、鹿革1枚だけであるので、それを通して僅かに手触りを感じ取れる。
しかし、親指と他の4本指の2つしか分離されておらず、竹刀を握ることのみに特化されている小手は、
剣士に指先で自由に物に触れたりすることを、著しく制限する。
 しかも、小手頭の中は、激しい稽古でかいた汗が染込み、その構造上乾きにくいので、
小手をはめた瞬間はひやっと冷たく、その後に、剣士自身のかいた汗の染込んだ鹿革の
ぬるっとした感覚がくる。
剣士はこの小手がもたらす、この不快な触覚をしのばなければならない。
しかも、小手の中の汗の臭いは、剣士の手に強く染み付き、少しぐらい手を洗った程度では、
その臭いは取れない。