いや、そう思っているのは自分だけで、向こうは気づいていないのかもしれない。
 その証拠に、女の子の視線は足下に注がれていた。
 そこには、夜の街があった。
 たった一歩を踏み出すだけで、遠くの街はすぐ目の前に現れる。
 じっとその場から動かなくなった女の子は、やがて何かを決心したように、唇を噛んだ。
 一歩を、踏み出したように見えた。
 俺は、慌てて声を出した。
 声は音にならなかった。
 届かなかった。
 しかし、やがて女の子はその足を戻した。
 そして、後ろを向いて、そのままどこかへと立ち去った。
 最後まで、俺の存在に気づくことはなかった。
 
 それが『ひさや』との最初の出逢いだった。