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南相馬市の小学生の兄弟のケースは、避難者の受け入れ活動に熱心な
船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。市議によると兄弟は小5と小1で、
両親と祖父母の6人で震災直後船橋市内の親類宅に身を寄せ、
4月に市内の小学校に転校、入学する予定だった。

兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから
「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、
みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。
兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。
「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。

福島県から県内に避難し、この家族をよく知る男性は
「タクシーの乗車や病院での診察を拒否された知人もいるようだ。
大人たちでもこうなのだから、子供たちの反応も仕方がない。
でも、当事者の子供はつらいだろう」と話す。