井上祐美子「海東青 摂政王ドルゴン」(中央文庫)から

(自分は、生まれてくるのが遅すぎた)
 ドルゴンはひそかに、くちびるをかみしめた。
 仕方のないことだが、上には成人した兄たちが大勢いる。それぞれが父親の覇業に
従って各地を転戦し、戦功を立ててきた者たちばかりだ。その上、兄たちは結婚し、
家庭を持っている。母親の実家の勢力にくわえて、妻たちの実家の勢力も味方につけ
ている。兄の子供たちの中には、ドルゴンよりも年長の者もいる。つまりそれだけそ
の兄たちを支持し、その戦力になる者も多いというわけだ。
 母の実家の烏拉納喇(ウラナラ)氏の勢力と、兄アジゲの力しかない兄弟の立場は
覇王の家の中にあって、決して大きいとは言えなかった。
(もうすこし――せめて一度でも父上に従って戦場に出ていれば)
 それでも、ドルゴンがヌルハチの後継者となるのは難かしかったかもしれない。
たとえヌルハチ自身が指名したとしても、周囲の人間が、たった十五歳の少年を
自分たちの大汗(皇帝)として仰ぐことを承知するとは思えなかった。

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