明や清の頃の宦官の多くは10〜12歳位のうちに去勢されていました。
ある者は辺境の地方や周辺国からの献上奴隷として、またある者は人身売買の
果てに、若しくは貧農の家庭での口減らしの為、多くの少年たちが宦官として
宮廷に送り込まれていきました。
そういった少年たちの殆どが自分の意思とは関係なくそのような過酷な運命を
受け入れざるを得なかった事は容易に想像できます。
12歳くらいの少年といえば声変わりもしていなければ股間にはまだ陰毛もなく、
男らしい筋肉や体毛もない、しかしながら異性のことを意識し始め、いつの日か
その柔らかい肌と交えたいと思い始める年頃でしょう。
しかしそんな彼らにある日突然恐ろしい刃が向けられるのです。
少年たちは力ずくで裸にされ、抵抗も虚しく大きく脚を広げさせられると、
まだ包皮を被った幼い陰茎を摘み上げられ、剃刀の刃を入れられるのです。
麻酔なしということもあり、少年たちはこの時点で失神してしまったことでしょう。
意識を取り戻してからもしばらくは朦朧としていたのではないでしょうか。
そんな少年たちが自らの身体に施された事に気付くのは術後の最初の排尿だったと思います。
ざっくりと裂けたような股間から噴水の様に飛び出す尿を見て彼らは初めて自分の
「オチンチン」がすっかりなくなっていることに気付くのです。その時の彼らの絶望感、
自分が男でなくなってしまった悲しみやこのようなおぞましい手術を施した者への言いようの
ない怒りは察するに余りあります。
そして術後傷を癒した少年たちには宮廷入りのため最低限の作法やしつけが教え込まれます。
もっとも、少年たちは宮仕えしても特にこれといった仕事が与えられるわけではありません。
愛玩用の仔犬のように振舞っていればいいのです。そういった「少年宦官」が宮廷でどのように
可愛がられていたかについては、みなさんの想像におまかせします。