フランス語については、倉田卓次氏が、彼の最晩年に出版された「続々裁判官の戦後史」
という著書の「『家畜人ヤプー』事件」と題する章で、面白い話を披露している。
その章の最後の5ページは「ヤプー」のフランス語版・中国語版の話題だが、その中で倉
田氏は、フランス語版「ヤプー」を読んでおかしな箇所(といっても、実に些細な誤りな
のだが)をみつけ、
「Aに連絡して訳者に注意するよう助言しておいた」
と述べているのだ。
これを読むと、ドイツ留学の語学試験に通るほどドイツ語に堪能な倉田氏が、フランス語
の読解力にも長(た)けていたことがよくわかる。
ちなみに、Aとは天野哲夫氏のことで、ここでは彼がまさに「代理人」の如く扱われている。

それにしても、倉田氏は、取るにたりないような些細なことを、なぜわざわざ、かなりの
紙幅(約1ページ)を割いて記したのだろうか? 
「『家畜人ヤプー』事件」は、表面的には、「『ヤプー』を書いたのは天野氏であって自分
ではない」と釈明する内容のように読めるが、よく読むと、「真の作者は、実は私なのだよ」
というメッセージを送っているように思われてならないのである。