>>84 のつづき
沼は、「足舐め小説 マゾヒストの繪」まえがきに、足舐めを始めた動機も書いている。

「足舐めもコプロ・ウロラグニーもいずれもピカチズム現象として共通の面がある。
そこで私はウロラグニーの代償物として足舐めを始めた」

コプロ・ウロラグニーは糞尿愛好。ピカチズムは汚物嗜好。ウロラグニーは尿嗜好。
つまり、沼は、飲尿ができなくなったので、その代わりとして足舐めを始めた、足舐めは、
飲尿と同じく、ばっちいものを口にするから、性的に昂奮するんだという。
ばっちいといったって、犬の糞ぢゃあだめだ。綺麗な女の人の小水や足を口にするから、
チ○ポが×つのである。
沼は、そんなマゾヒストの心理を「対象神格化」という言葉を使って説明している。

「恋愛感情は相手を理想化する。これは普通のことであるが、マゾヒストの場合は極端な
対象神格化を生じ、その結果汚物嗜好を生じるのであると考えられる。対象神格化(アポ
テオーゼ)とは、相手を女神のように崇拝することである。その反射として自己卑下に陥
る。両者は盾の両面である」(「手帖」第43章 対象神格化の心理)

彼女の身体の汚い部分や、身体から出る汚いものを口にできる。そんな自分を振りかえる
と、昂奮する、ってわけ。

でも、この説明では、相手との関係で自己卑下に陥ったら、なんでチ○ポが×のか、また、
>>70-73あたりの議論のように、自分から「舐めさせてください」と頼むよりも、女性に
強制され、無理やり舐めさせられる方が昂奮するのは、なんでなのかは、わからない。

それを、うまく説明したのが、遠藤周作だ。