「廃館?」
関西弁の男は痴漢の言葉にオウム返しに聞きかえした。
その割に驚いた風でも意外そうでもなかったのは彼も薄々は感じていた事だからだろう。
「ああ、客は全くと言っていいほど入っていないし、赤字が嵩むばかりで採算も取れない」
当然と言えば当然だ。新作映画だってすぐにDVDのレンタルが出る時代。
映画館に足を運ぼうという人間だって減る一方の上に、シネマコンプレックスが『勝ち組』の主流だ。
ましてピンク映画など、AVのほうがよほどきわどく良質のものが出回っている。
こんな場末の古臭い映画館など前世紀の遺物と言ってもよい。
「けど、あそこは……」
元々経営者の趣味の持ち物のようなもので、痴漢たちのことも同然容認済みだ。
どれだけ赤字を抱えようとも関係なかったはずだ。
「さあな。上のほうで方針が変わったのか。経営者自体が変わったのか。不景気だしな」
少しでも赤字の原因を減らしたいのはいずこも同じ。
趣味に金をつぎ込める状況ではなくなってきたのかもしれない。
「まあ……なあ」
少々残念ではある。自分の縄張りの拠点がなくなってしまうような気分だ。
関西弁の男にとってもこの痴漢にとっても、また他の連中にとってもそうなのだろうとは思う。
あの映画館は子どもの頃の遊び場、秘密基地のようなものだ。
けれどもその自分たちですら足が遠のいていたのだから、文句は言えない。