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モララーのビデオ棚in801板70 [転載禁止]©bbspink.com
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0001風と木の名無しさん2015/03/21(土) 00:47:57.89ID:XIDHVl0F0
   ___ ___  ___
  (_  _)(___)(___)      / ̄ ̄ヽ
  (_  _)(__  l (__  | ( ̄ ̄ ̄) | lフ ハ  }
     |__)    ノ_,ノ__ ノ_,ノ  ̄ ̄ ̄ ヽ_ノ,⊥∠、_
         l⌒LOO (  ★★) _l⌒L ┌'^┐l ロ | ロ |
   ∧_∧| __)( ̄ ̄ ̄ )(_,   _)フ 「 | ロ | ロ |
  ( ・∀・)、__)  ̄フ 厂  (_,ィ |  </LトJ_几l_几! in 801板
                  ̄       ̄
        ◎ Morara's Movie Shelf. ◎

モララーの秘蔵している映像を鑑賞する場です。
なにしろモララーのコレクションなので何でもありに決まっています。

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   | ̄ ̄ ̄|   すごいのが入ったんだけど‥‥みる?
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                    (__)_)
前スレ
モララーのビデオ棚in801板69
http://nasu.bbspink.com/test/read.cgi/801/1356178299/

ローカルルールの説明、およびテンプレは>>2-9のあたり

保管サイト(携帯可/お絵描き掲示板・うpろだ有)
http://morara.kazeki.net/
0377左押してスタート 2/22018/04/30(月) 22:07:42.55ID:hxq653TJ0
夜の東京の、制作会社の非常階段は、不意に何かを話したくなるんだろう。突風が吹いて不安定なカップを二つ押さえた。いつの間にかカガくんは飲み干していたので、俺もカラにして、足元に置いた。
「続けられそう?」
そのまま、視線を床に、地上を走る車のライトに向けたまま言う。
「それは、……えっと、助っ人を、ですか?」
「会社をさ」
少しだけ目線を向けてみれば、おたおたと不安そうな顔をしていた。
「いま歴代の助っ人さんを呼んでの企画やってるけど、結構やめちゃった人多いんだよね。こういう仕事だから、まぁ、無理になっちゃうのも分かるんだけど……」
俺もあの頃とは違う。腹も出たし、生活も変わった。夢を与える仕事だというのは分かる。分かるが、俺たちはどうしようもなく、大人にならないといけない。
この人はどうだろうか。カガくんはしばらく目を泳がせていたが、やがてキッとした顔を向けた。
「やるだけ、やってみます」
「……うん。あははは、それがいい。それぐらいがいいよ」
嫌になったらやめてもいい。人生はいくらでも、好きなところでやり直せばいい。
「ごめんね、なんか詰めるようなこと言っちゃって」
「いえ」
「連絡先教えてよ。俺も番組長いから、少しぐらいは話聞けるし」
「あ、はい」
交換してからなんてことない話をして、そろそろいいだろうとドアを開けた。あ、と振り返ると、カガくんはしっかり俺のぶんのマグカップも持っていた。口に思いっきりお菓子を咥えて。
「甘いの好きじゃなかった?」
ぶんぶんと首を横に振られる。もらうだけもらって忘れてたというところか。
「半分もらおうか」
今度はこくりと縦に頷かれた。顔を近づけて、カガくんの口からはみ出ている部分をがぶりといただく。ついでに俺のカップもと手に触れると、信じられないぐらい熱くなっていた。
「おわ、カガくん、大丈夫?」
「ふぁい、ひょうぶ、です」
「そう? 俺、トイレ行きたいから先戻るね」
「はい……」
ちらっと見ると、カガくんは口を押さえて赤くなっていた。それはやはりまだ初々しい、中学生かそこらに見えた。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
16代目が可愛すぎて禿げる
0379風と木の名無しさん2018/05/11(金) 06:49:20.17ID:r1iPQoQz0
ちょっと思いついたので書いてみました。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0380高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(1)2018/05/11(金) 06:54:21.70ID:r1iPQoQz0
 無慈悲で禍々しい巨大な天使が、遠からぬ将来、人類に必ず訪れる災いを告げ知らせてい
る。
 ふと、そんな風に思った。
 何のことはない、それはいつも通り、重々しくもの憂げに響き渡る古都ウィーンの鐘の音
だったのだが。
 早く、恋人の待つアパートの部屋に帰りたくて、石畳を歩く足を速めた。ぼくは音大、彼
は美大の入試を目指して励んでいたけれど、彼の方は勉強が捗っていなくて、最近また憂鬱
を深めているようだったから。
 早く帰って話を聞いてやり、ベッドで抱いて慰めてやりたかった。

 刺すようなブルーの瞳は、陰鬱で、しかし、時に異様な熱気を帯びて明々と燃え上がり、
彼の言葉に耳を傾ける人間を底なしの小暗い沼へと引きずりこむようだった。
 だが、多くの場合、彼は細くてちょっと神経質な、どこにでもいる十代後半の少年に過ぎ
なかった。同輩に自己紹介する時には、やや自虐的に、大人びて、こんな風に言っていた。
 「生まれはブラウナウ・アム・イン、税関吏の小倅さ」
0381高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(2)2018/05/11(金) 06:58:12.97ID:r1iPQoQz0
 今となっては、彼のそれほど人類の歴史に対して大きな、そして多くの意味を持つ名前も
なかなかあるまい。恐らく、ナザレのイエスに比肩し得るだろうが、違っているのは、その
全てがこの上もなく不吉で、一点の栄光も救済もない、汚辱に満ちたものばかりだという点
だ。
 数々の不名誉の中の一つに、おぞましい近親姦の為し手というものがある。そのことも他
の全てと同じく、ぼくと彼との関係が終わってずっと後に起こったことだけれど。
 彼自身の両親も、ごく近い血の持ち主どうしだったようだ。十九世紀のオーストリアの片
田舎にはしばしばあったことなのか、ぼくは知らないが。
 逆子で、母親は大変な難産を経験したという。貶めて、後世の歴史家たちは言う、悪魔の
申し子に相応しい誕生の逸話だと。
 またこうも言う、生まれてこない方が本人の為にも、全人類の為にもよかったに違いない
と。
 でも、ぼく自身は、彼のことをそんな風に思ったことはない。
 ぼくにとっての彼は、いつまでも、飢えた絵描きで、自分の物語にのめりこみすぎては
時々別の世界に飛んで行ってしまう危うげな夢追い人。
 二十世紀の黎明期、十代の日々の情熱と驕慢と、芸術への純粋な愛好を分かちあった友人。
 並外れた洞察力を以て、ぼくの音楽家としての素質を見出し、高く評価し、並外れた雄弁
を以て、父をはじめとした周りの人たちを説得してくれた恩人。
 そして、ただの愛しい男の子だった。

 彼との交わりは、大抵の場合、彼の描く風景画の空の塗り方のように、のっぺりとした
平々凡々たるものだった。ただ不器用に口づけを交わし、裸になって体を重ねるだけで、失
神するようなエクスタシーとも、ロマンティックな囁きとも無縁だった。
 でもぼくは、彼が普通の人ではないことはわかっていた。彼が他の人と違っていることは
よく知っていた。ぼくが十六、彼が十五の秋、リンツのオペラ劇場で初めて出会ったあの時
から。
0382高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(3)2018/05/11(金) 07:02:13.90ID:r1iPQoQz0
 知っての通り、彼は、後年、その神秘的な美しさにあれほど熱中し、選りすぐりの軍隊ま
で作ったゲルマン的な容姿からは程遠い。どちらかといえば色素が濃い方で、金髪でもなけ
れば、百八十センチを超す長身でもない。
 そして、そのことが内心では生涯不服であったかのように推測されることもある。彼だけ
でなく、彼の側近たちまで含めて、外見やら経歴の劣等感がその怪物じみた悪意、攻撃性、
残虐性の遠因ともなり得たと主張する者すらある。
 それはわからないし、ぼくにとってはそんなありふれた分析などどうでもよい。人の人生、
国家の存亡がたった二行や三行の文章で結論付けられるわけがない。
 ぼくにとって大事なことは、ぼくは彼の陰府(よみ)の闇のような黒髪が好きで、よく指を
絡ませて愛でたということだ。
 ウィーンで二人のささやかな生活を送ったあのアパートの、あのベッド、ぼくが彼の体の
上で汗だくになって息を弾ませている間、彼はよく、あのドナウのように碧い目をゆっくり
開いたり閉じたりしながら、じっとぼくを観察していたものだ。元々下から顔を見られるの
は何となく気恥ずかしかったし、彼の視線がこんな場合に相応しくなく、何とも冷静に見え
て、そういう時は本当にきまりが悪かった。
 「アーディ・・・・!出すよ」
 ぼくは専ら、女性を相手にする時と同じように、彼の中に差し入れて機械的に体を上下さ
せるだけで、若かったせいもあって大抵あまり時間をかけずに果てたが、彼はしばしば、女
性のように、必ずしも射精を伴わない、長い、複数回に亘る絶頂感を得た。
0383高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(4)2018/05/11(金) 07:08:27.03ID:r1iPQoQz0
 行為の後は一つのシーツにくるまり、肩を寄せあって、よく話したものだった。
 「詩人はなんで、『青春』なんて呼んで称えるんだろう。若さが素晴らしいなんてちっと
も思えない。思うようにならないことばかりで、愚かさや醜さや悔しさや憤激の塊じゃない
か」
 何の話のついでだったか、ぼくが予てから不満に思っていたことをふと洩らすと、彼はご
く短い間考え、絵描きとして至極当然な見解を述べた。
 「若い肉体は美しい。美しいものに憧れたり、描写したがったりするのは人間の自然な心
の働きだと思うけど。花や子犬やギリシア彫刻を醜いと忌み嫌う人はないだろう?」
 「ああ、そうかな。でも、この世界はこんなに美しいもので溢れているのに、どうして人
間はめちゃくちゃにしようとするんだろう?」
 「めちゃくちゃって?」
 「戦争とかさ」
 後から考えると少し意外なことだが、この時、「戦争」という単語は彼の心をするすると
滑り落ちて行ったようだった。それには全く反応せず、彼はこう尋ね返した。
 「グスタフ、美しさって何だろうね?」
 ぼくが答えられないでいると、
 「悪の華とか、滅びの美とか、そういう感性もある」
 そう淡々と語った。例の神懸かり的な興奮は見せず、声は上擦らなかった。
0384高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(5)2018/05/11(金) 07:11:19.55ID:r1iPQoQz0
 「君は美しいよ、アーディ。君も、君の絵も、本当に美しいとぼくは思う」
 彼は横顔のままで、聞き取れないくらい微かに、Dankeと呟いた。ぼくの渾身の愛の吐
露だったが、今にして思えば、あんまり気がなかったのかも知れないし、例によって、ぼく
と肌を合わせていながら、何か全然別の、誰も考えつかないような壮大なプランに思いを巡
らせていたのかも知れない。古びて染みの浮いた安アパートの壁の向こうに、途方もない光
景を見据えていたのか。やがて、十字架を捻じ曲げるという何とも冒涜的な得体の知れない
奇怪なマークと、右手を高々と掲げて彼個人を称える前代未聞の奇妙な敬礼と共に、後の世
の人々にとっては戦災と圧制のシンボルとなったあの恐ろしげな軍帽の鍔の下から、全世
界を睥睨したように。
 「私は間違っている。しかし、世界はもっと間違っている」
 後年、すっかり逞しくなり、男らしく成熟した彼が政治演説でそんな風に嘯いていたのを
ぼくはラジオや映画で見聞きした。世界で最も冷静沈着な民族を恍惚とさせ、熱狂の渦に巻
きこみ、血と爆風の破滅へと誘ったあの魔性のスピーチ。
 彼の言というだけで、今となっては誰も称賛する人はいないし、実際全く道徳的ではなく、
深い思索に裏打ちされてもいない勢いだけの台詞だけれども、何かを変えたいと思ってい
る人間には多かれ少なかれ共有できる感覚ではないかとも思う。
0385高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(6)2018/05/11(金) 07:15:07.11ID:r1iPQoQz0
 「アーディ、もう一度しよう」
 ぼくにしては珍しく、矢庭に、凶暴なまでの情欲が全身を駆り立てた。やや乱暴に彼の肩
を掴んで引き寄せた。
 その舌は人類の大いなる災厄そのもの、唇は戦火。御民イスラエルに、ヤーヴェの神すら
耳を覆うような凄まじい悪罵を投げつけ、残酷な命令を下して彼らを死の獄へ追いやる。
 でもその時のぼくは、そして恐らくは彼自身も、そんなことは露知らなかった。十九のぼ
くはただ、それを欲しいままに貪った。
 彼は大人しく、されるままになっていた。ぼくは無抵抗の彼を仰向けに押し倒し、両腕を
広げさせて、掌にぼく自身の両手を重ね、組み敷くようにした。
 もしもその時、彼が暗黒のキリスト・イエスだと知ることができたら、ぼくは地の果てま
でも彼について行って、暗黒の伝道師パウロになりたいと思っただろう。
 その役柄はどうやら、あの小児麻痺を患った背の低い文士崩れに奪われてしまったよう
だけれど。もしかすると、タルソスのパウロがそうであったように、本当に人類にとって手
強く、厄介だったのはあの男の方だったかも知れない。後に指揮者としてはそこそこ成功し
たぼくだが、幸か不幸か、とてもそこまでの非凡な才覚は持ち合わせなかった。
 あばら骨の浮いた胸に顔を寄せ、乳首を代わる代わる吸った。舌先で転がすと、頭の上で
彼の小さな溜め息が聞こえた。
 腹から腰へと唇を這わせてゆき、透明な雫を滴らせながら戦く亀頭を口に含んだ。その下
にある温かな膨らみをそっと掌に包みこんだ。ぼくにとってとても愛しかったそれだけれ
ど、彼はこの六年後に勃発した第一次世界大戦に従軍し、負傷して片方の精巣を失ったとも
伝えられている。それが本当なら、子宝に恵まれなかったのはその為かも知れない。
 ぼくが彼の中に押し入り、充分に満足する深さまで埋没すると、彼はぼくの両足に自分自
身のそれをきつく絡みつけ、あの忌まわしい十字の紋章のようにがっちりと交差させた。そ
れだけで射精してしまいそうになったが、辛うじて堪えた。動くことも忘れて、彼の頭を掻
き抱き、熱情の迸るままにその名を叫んだ。
0386高貴なる狼〜Ich liege falsch Aber die Welt ist mehr faisch(終)2018/05/11(金) 07:21:56.60ID:r1iPQoQz0
 「ああ、アーディ・・・・アドルフ・・・・!!」
 それは、古ドイツ語で「Adel(高貴な)」「Wolf(狼)」という意味で、古くから好まれる素晴
らしい名前だったが、二十世紀後半以降は、ドイツ語を話す人々の間で、その名前を息子に
付ける親は滅多にいなくなってしまった。
 ひとえに、ぼくの若き日の恋人、その人の故に。

 ウィーン西駅での突然の別れから三十年後、1938年のリンツで再会を果たした時、彼に
十代の頃の面影は殆ど残っていなかった。その印象的な瞳の輝きを除いては。
 予めメディアで見知ってはいた––––最初は同姓同名の別人だと思った––––が、ぼくの前
に現れたのは、役者みたいなちょび髭を生やし、七三の髪を撫でつけ、ちょっとずんぐりし
た体格のふてぶてしい中年男性、きらめくような権力の絶頂に上りつめ、いかめしい軍服に
身を包んだ強面の最高司令官だった。
 それにも関わらず、リラックスした雰囲気で迎えてくれて、親しく話しかけ、丁寧にもて
なしてくれたことをぼくはずっと忘れない。

 我が青春の友アドルフ、人は君の墓に、偉大な画家になる夢に頓挫した負け犬だと唾する
けれど、それは違う。
 君は確かに、ドイツ最大、二十世紀最大、いや人類史上最大の画家になったんだ。
 世界という巨大なキャンバスに、誰もが永遠に忘れられない血染めの絵を描いたのだか
ら。

Fin.
0387風と木の名無しさん2018/05/11(金) 07:23:27.76ID:r1iPQoQz0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

アウグスト・クビツェクの著作より。
「我が妄想」でした。

ageてしまってすみませんでした。
0389風と木の名無しさん2018/05/12(土) 08:20:29.68ID:Z3dIwplN0
>>380

良かったです ありがとうございます
我が妄想は笑いました
0390風と木の名無しさん2018/06/04(月) 00:06:35.98ID:ozgtu/7D0
某オサーンドラマを見て気持ちが抑えられず。
半生、しかもT→Y(H→K)?です。ごめんなさい。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0391無題 1/22018/06/04(月) 00:09:08.56ID:ozgtu/7D0
他の人のクランクアップで泣くのは、本当に久しぶりだった。

ベテランの役者であるその人は、優しく笑って抱き寄せてくれた。
子どもみたいに泣きじゃくる俺のことを、いったんは優しく離して。
嗚咽が止まらないのを見かねて、また俺の肩を引き寄せた。

どうしてこの人を選べなかったのだろう。

もちろん、役の話だ。ストーリーとしては、最初から誰と結ばれるかは
決まっていた。それはとても自然な流れだったと思うし、集中して気持ちを
高めていくことができていた。
だけど。あの教会でのシーンで、彼にとってのライバルのもとへ
送り出してもらったとき。
俺は号泣した。役なのか、自分自身なのかわからないくらいに。
誓いのキスを、と牧師に言われたときに、すでに予感はあった。
本当なら、思い出すのは今までのキスのこと、だったはずなのに。
なぜか、彼とのあれこれが、次々と思い出された。
「好きでぇーす!!!」の大絶叫から、ひざに縋り付かれて思わず
頭をなでてしまったこと。「2番目の男でもいい」と言って、いつの間にか
1年間、俺と一緒に暮らしてくれたこと。知らぬ間に、俺を独り立ちできるように
育ててくれて。それも、嫌な顔一つせず、楽しそうな笑顔で。
そして今、俺の幸せを思って、早く行けと促してくれている。

ここで、強引にあなたにキスをして、抱きしめたとしたら、すべてが変わるよね。

役と俺自身、どちらの気持ちだったのだろう。自分の衝動に驚いて、動き出すのが
遅れた俺に、彼は表情を変えて、俺を叱咤した。
いつも聡いあの人だけれど、今回ばかりは俺の気持ちに気付かなかったのだと
信じたい。全力で教会の外へと走り出した。
0392無題2/22018/06/04(月) 00:11:20.41ID:ozgtu/7D0
彼はいつも冷静だった。雑誌の取材でもそう。
「いい意味で台本は無視してほしい」と言っていた俺に、さりげなく
「アドリブは、台本がいいからできること」とフォローを入れてくれたり。
そして最後のあいさつの今。愛情のこもった目で、俺を愛してくれていたこと、
信頼を語ってくれている。
彼の眼はあたたかい。もう、あの恋する瞳じゃない。若手の俳優を見守る、
ずっと前を走ってくれている名優のまなざしだ。
なぜだろう、今になって、彼の優しい抱擁をふりはらって、きつく抱きしめ
なおしたい衝動にかられているのは。
でも、大丈夫。この心地よい距離感から踏み出して、すべてを壊したりはしない。
大事に大事に、彼と、俺と、皆で作り上げた作品が、本当に大切ものになったから。
0393風と木の名無しさん2018/06/04(月) 00:15:39.26ID:ozgtu/7D0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

アゲてしまってすみませんでした。緊張してしまって…
後悔はしている…でも… みんなみんな良い俳優だから、
今後の活躍を期待しているお…
0394風と木の名無しさん2018/06/09(土) 12:59:47.89ID:aBiYmnEK0
>>393
乙!すんごく乙です!中の人と相まって良いお話だったお!

私も部長と結ばれて欲しかったんだよねぇ
0395風と木の名無しさん2018/06/11(月) 06:46:10.08ID:5bsPsQzN0
>>388-389
ありがとうございます。続編です。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0396男娼アドルフに告ぐ 1/72018/06/11(月) 06:48:09.25ID:5bsPsQzN0
 よく光の入る広いアトリエを借りられたことは幸運だった。
 さすがフランス、陰気で垢抜けしない我が国なんぞとは違うようだ。しかし、私はやは
りベルリンが、鹿爪らしい故国の人々が懐かしかった。
 いずれにせよ、戦時中だというのにいい気なものだと我ながら思う。それも恐らく欧州
史上、いや世界史上最大規模の戦争の只中だというのに。
 尤も、飽くまで「今の所は」という但し書きが付くだろう。考えてみれば何でもそうだ
と、べつに哲学者やペシミストや仏教徒でなくてもわかるが。
 「そもそも、ぼくや君のような絵描きまで兵役に駆り出そうというのが、何とも無粋な
話だよね。たまにはこうして息抜きもしなけりゃ」
 白いキャンバスに絵筆を走らせながら、ヌードモデルの緊張をほぐす為の会話の続きを
促す。こういう時、口を利くのを極度に嫌い、ひたすら黙りこくったまま作画を進める絵
描きも多いが、私はそうではない。
 「ええ。戦争は政治の最悪のフェーズですから。政治家は戦争をする為になるものでは
ないし、にも関わらず、不幸にして戦争になってしまったのなら、一刻も早く終わらせる
努力をしないといけない。ぼくはこの戦争が終わって、画家か建築家として大成できない
なら政治家に転向しようかと考えています。職業軍人にはそんなになりたくない」
 軽い世間話程度でもいちいち全力で受けとめ、生真面目なコメントを返さずにはいられ
ないこの風変わりな上等兵の特異な性質にはこの頃はもう馴染んでいたが、やはり、素っ
裸で突っ立ったまま、にこりともせずにそんな弁舌を振るわれるとちょっと興醒めしてし
まう。
 参ったな。こんな子初めてだ。彼のチャーミングなオーストリア訛りは好きなのだが。
 「そ、そう?こんな話、あんまりおもしろくないんだけど」
 「そうですか、失礼しました。では何かもっとおもしろいことを考えます」
 「なんも考えなくていいよ。君は多分、あれこれ深く突きつめて考えすぎると周りまで
振り回して、却って何もかも台なしにするタイプだよ。人生大いに楽しむべし。もっとホ
ワッとした表情が欲しいな。目線もうちょい上に。そーそーいい感じ。色っぽいね〜。ア
ドルフ、おまえは雰囲気があるし、スピーチも巧いからきっと政治家になれば人気が出る
よ」
0397男娼アドルフに告ぐ 2/72018/06/11(月) 06:50:24.13ID:5bsPsQzN0
 ドイツとの国境にある山村の生まれだという。その二十七、八の青年の体はたおやか
で、感じやすく、私の視線、私の絵筆に容赦なく犯されることに恥じらいながらも従順
で、歓びを覚え、その後のベッドでの私の行為によく反応した。
 私は従来、若くてきれいな男に目がなく、若い男の裸を描き、対象物をもっとよく知る
為と尤もらしい口実をつけてはその体を貪る為に画家になったようなものだ。アドルフの
場合、醜くはなくても特別に美形でもないのだが、言葉にし難い非凡な存在感を宿す明る
い目に心を捕えられた。自分でも絵を描くという彼を、どうしても脱がせたい、描きた
い、抱きたいと思った。
 脱ぐことには全く躊躇せず、性器まで晒すのも、煽情的なポーズを取るのも平気だっ
た。裸にして描画を開始してみてすぐ堪りかねて、会話も作業も中断して邪欲塗れの手を
伸ばしてしまったのだが、不意の抱擁にも愛撫にも口づけにも驚き戸惑う様子はなく、落
ち着いたもので、男に慣れていると最初から思った。
 寧ろ、積極的に応じる素振りすら見せた。立ったまま、彼より背の高いこちらの頭に両
腕を回し、自分から舌を絡ませてきた。太腿にアドルフのはちきれそうな熱を感じ、細い
指が私のシャツの釦を一つ二つと外しにかかった。年下の上等兵と長い口づけを交わしな
がら、私はもどかしくシャツを脱ぎ、床に放った。そして彼のひょろ長い体を横抱きに抱
えて、ベッドへと連れて行った。
0398男娼アドルフに告ぐ 3/72018/06/11(月) 06:53:02.17ID:5bsPsQzN0
 これまで幾つの眼差しがその透き通るような素肌をなぞったのか。夕暮れ時、アドルフ
は私の差し伸べた腕を枕にしながら、父、母、妹、姉夫婦、教師たち、同級生、ドナウ河
畔の街リンツ、決して子供らしい幸福に光り輝いていたとは言えない少年時代の思い出を
追い追い語った。私は胸を痛めつつそれを聞き、時折、彼の耳を甘噛みしながら囁いて尋
ねた。
 「初めて男に抱かれたのは?幾つの時?」
 「十五の時です」
 と曾てのリンツの少年は頬を薔薇色に染めて告白した。
 「劇場で出会った一つ年上の人が最初の恋人でした。十八の時にぼくがその彼をウィー
ンに連れて出て、暫く一緒に暮らしていました。彼は音大に通って、ぼくは美大を目指し
てたけど、前にも少しお話しした通り、合格しなくて。その内、一緒にいるのが辛くなっ
て、またお互いの為にもならないんじゃないかと思えてきて、彼がリンツに帰省してる間
に、黙って行方をくらましたんです。彼はそんなこと夢にも思っていなくて、新学期もま
た一緒に暮らせるね、ずっと一緒だねって言ってたけれど」
 あまりに切なく痛ましい話だった。今でも見られるアドルフの未熟さ、不器用さとそれ
らに見合わない高すぎるプライド故の極端な行動だったのだろうが、私はその愛情濃やか
で繊細な音大生の心中に思いを馳せずにはいられなかった。どれほどまでに打ちひしが
れ、断腸の思いで捜したことだろうかと内心では思ったが、それは口に出さず、こう言う
に留めた。
 「その人は?」
 「わかりません。音楽家になったんじゃないかと思うけど。恐らく今は彼もオーストリ
アで徴兵されていると思うので、きっとひどい目に遭っています。あんな大人しい、ただ
ピアノやヴィオラを弾いていたいだけの人に戦場は苛酷すぎます。無事だといいけれど。
戦死したり大怪我したりしてないといいけれど」
 アドルフはその独特な光彩を放つ碧い目を瞬かせた。まだ、その男を愛しているのだろ
う。愛していたからこそ、二度と会わない覚悟で自ら彼の前を立ち去ったのだ。
 黒髪をそっと指で梳いてやった。私は恐らくアドルフとは正反対に、生来享楽的で軽快
な性分だ。また、年長でもある。こういう時は一緒になって悲しみに浸り、深刻になるよ
りも、ただ一言、このように言う方がいいと思った。
0399男娼アドルフに告ぐ 4/72018/06/11(月) 06:56:46.58ID:5bsPsQzN0
 「妬けるね」
 実際、本心もあった。
 「そんないいものじゃありませんよ。ぼくなんて、彼と別れた後はウィーンやミュンヘ
ンで男に春をひさいでいましたから。喰いつめていたとはいえあまりに浅ましい」
 下卑た笑いを浮かべ、舌舐めずりする男たちに弄ばれ、嬲りものにされた自分の体を隠
すように、彼はシーツを手繰り寄せた。つい先日も、寝ている間に心ない戦友たちからひ
どい辱めを受けたと、泣きながら言葉少なに打ち明けた。
 私はそんなことは何とも思わなかった。
 「それって芸術家のパトロン作りでしょ?こういう世界は多かれ少なかれそんなものだ
よ。私にだって覚えがあるよ」
 この関係だって似たようなものだろ、おまえ俺の口利きで絵描きのコネやら勲章やら欲
しいんだろ、とも思ったが、それも口に出さなかった。アドルフの傷に塩を擦りこむよう
な真似をしたくなかったからというのが第一だが、私のようなただの好色漢とは違う、か
の天使のような音大生に、ささやかにして絶望的な対抗意識を燃やさずにいられなかった
のだ。
 「その彼が今も無事に生きていたら――そうだといい、きっとそうだ――、きっと『ア
ドルフはどうしているやら、戦争で死んでいないといいけれど』と同じように案じている
と思うし、君がどんな人間であっても、大袈裟な言い方をすれば、たとえ人類史上最も唾
棄すべき人間であったとしても赦してくれると思うよ。なんかぼくはそんな気がするな。
 それと、君がこの間ハンス・メントや取り巻きに悪戯されたことはその彼とも、君自身
の尊厳とも何の関係もないから、自分を責めることはないよ。よく話してくれたね。早く
忘れてしまえるといいね」
 アドルフを抱きしめ、ちゅっと口づけして頬に流れた涙を吸い取ってやった。
0400男娼アドルフに告ぐ 5/72018/06/11(月) 06:58:57.41ID:5bsPsQzN0
 「ありがとうございます。ラマースさんはやさしいんですね」
 彼はやっと笑顔になった。かわいい男の子と見るやアトリエに連れこんで、「きれいに
描いてあげる」などと言葉巧みに言いくるめて裸に剥いては手籠めにしている男のどこが
やさしいのだろうか。そんな風に言われるとバツが悪くなるが、そう親しく呼ぶように命
じたのは私だった。軍隊だからといって階級名でも役職名でも呼ばれたくはなく、かとい
って「画伯」だの「先生」だのと呼ばれるのも御免だった。
 時が移り、いつしかアトリエは青紫の月影の中に沈もうとしていた。私は曾ての哀れな
音大生の恋人を再び抱き寄せ、口づけし、その臍から下へと手を這わせた。
 既に充分血の通った部分をそっと握り、上下に扱くと、半開きの唇が切なそうな喘ぎを
洩らした。その悩ましげな表情を楽しく見比べながら、指先に滴った彼の先走りを愛らし
い双の乳首に塗りつけた。そのついでにちょっとつついたり摘まんだりしてみる。実にい
い色、いい形をしている。濡れてツンと立った乳首を咥え、可憐な春歌の詩句を愛唱する
ように、しゃぶりつき、舐め回した。アドルフは若枝のように体をしならせて悶え、息を
乱して私の頭を引き寄せ、熱に浮かされたように、Mehr(メーア、「もっと」)と甘やかに
啼いた。
 普段、この比類のない若者を殆ど身動きの取れないほど雁字搦めに縛りつけている自制
と道徳の箍が弾け飛んだ。彼は俄に私を仰向けに突き倒すと、自ら私の猛り立った部分を
ぐいと掴み、その上に跨り、大胆に腰を沈めていった。私はもう少し、静止したまま、彼
の温かな肉壁に一物がふんわり包まれている感触をじっくり味わっていたかったのだが、
そうはいかなかった。両手を私の掌に重ね、十の指をしっかりと絡ませて、アドルフは性
急に、狂ったように腰を打ち振った。遥かな天空から降り注ぐ神秘なる月光が、飛び散る
汗を珠のようにきらめかせ、激しく乱れ動く影をアトリエの壁に描き出した。
0401男娼アドルフに告ぐ 6/72018/06/11(月) 07:00:56.16ID:5bsPsQzN0
 「『青い鳥』って知ってる?」
 絶頂の余韻が引き潮のように遠ざかってゆき、火照った体も冷め、上がった息も整い出
した頃、またアドルフに手枕をしてやりながら、ふと思い出して言った。
 「ええ。何年か前にフランスの作家が発表した戯曲ですよね。一応読みましたけど、あ
んまり細かい所まで覚えてないです。それがどうかしたんですか?」
 「その中に『夜の御殿』という場面があってね、『この世が始まってこの方、人間を悩
まし続けてきた秘密という秘密が押しこめられている』扉が沢山あるんだ。人類のありと
あらゆる災厄や不幸がそこに封じられているの」
 私はその啓示的な夢幻童話劇が好きなので、つい瞳が輝き、声が大きくなった。
 「あ〜そういえばそんなのあったような気がします。でも、なんで今そんなの思い出し
たんですか?」
 「いや、さっきから戦争の話してるじゃない?」
 更に熱を込めて続けようとした私の無邪気な言は遮られた。
 彼は不意に、謎めいた、悪魔的な微笑を浮かべた。まるで、その仄白い裸身を取り巻く
闇そのものが嗤ったかのようだった。ただたまたま気に入った相手と、私にとってはごく
日常的な戯れのひと時を、その快楽を分かちあっているに過ぎないのに、どうしたこと
か、未だ人の子が達したことのない、世界のとてつもない禁忌、永遠に紛れもない邪悪の
粋であり続けるものの吐き気を催すようなはらわたにじかに触れた気がした。どんな天分
に恵まれた詩人も筆舌に尽くせぬおぞましきその真の姿を垣間見たように感じて、理由も
なく、また柄にもなく、血の気が引くのを覚えた。
 得体の知れない恐怖に襲われたのは一瞬だった。蛇のような腕が伸びてきて私の首に絡
みつき、毒を含んで妖しく蠢く舌が耳に差し入れられた。再び、ひたひたと高まりゆく官
能の中で、彼はしどけなく、淫らに囁きかけた。
 「もう一発やりたいな。今度は今のよりももっと熱くて激しいのが欲しい・・・・。も
っとたっぷり時間もかけてね。ねえ、もう一回いいでしょう?ぼく、もっともっといけな
いこと、いっぱいしたいの」

Ende
0402男娼アドルフに告ぐ 7/72018/06/11(月) 07:02:16.02ID:5bsPsQzN0
夜:気をお付け。そこには「戦争」が入ってるんだよ。昔から見るとずっと恐ろしく、力
も強くなってるから。その中の一つでも逃げ出したが最後、どんなことになるかわかりゃ
しない。ただありがたいことに、あいつらみんな太っていて、のろまなんだよ。だが、み
んな総がかりで扉を押さえてなくっちゃいけない。その間に洞穴の中を大急ぎでちょっと
だけ覗くんだよ。
【中略】
チルチル:ええ、ええ、とっても大きくて、恐ろしい奴らだった。あんな奴らが青い鳥持
ってる筈ないや。

(モリス・メーテルリンク「青い鳥」1908)
0403風と木の名無しさん2018/06/11(月) 07:03:13.04ID:5bsPsQzN0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ロータル・マハタン「ヒトラーの秘密の生活」より。
ナチの高官ハンス・ハインリヒ・ラマースとは別人ですので悪しからず。
0404風と木の名無しさん2018/06/14(木) 05:55:08.87ID:AlkcCKrv0
おまけの小ネタです。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0405おっさんずリーベ2018/06/14(木) 05:56:26.85ID:AlkcCKrv0
「グストル、きっかり三十年ぶりだね。また会えて感無量だよ。シュトゥンパー通りの二人の愛の巣で暮らしたあの頃は本当に幸せだった。毎朝、君の心臓の鼓動を聞きながら目覚めたものだな」
「そうだっけ?君はいつも、ぼくが身支度して学校に行く頃にはまだ姫御前のあられもない寝姿で眠りこけていらしたとはっきり覚えているけど。それはそれはかわいい寝顔で、これ幸いと色々イタズラしちゃいましたけど。今初めて知ったでしょ」
「もう!ぼくが起きられなかったのは君が毎晩、あんなにぼくのことをいじめたからじゃないか」
「そうかな?『総統は宵っ張りで、寝起きがメチャクチャ悪いので困っています。昔からそうなのですか?』ってボルマンさんが零してたよ」
「ねえ、グストル・・・・」
「・・・・本気?あのね、ぼくたちはもうあの頃のような紅顔の美少年じゃないんだよ。絵にならないよ」
「だめかな?」
「いや、ほんと言うと嬉しいけど、時間あるの?」
「どうにか一時間だけ確保した。絶対に、ぜっったいに誰も取り次ぐなよ、たとえ第二次世界大戦が勃発してもだぞ、と副官に厳命してある」
「シャレにならないよ」
0406風と木の名無しさん2018/06/14(木) 05:57:46.12ID:AlkcCKrv0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ハイル!二十世紀最大の801カップル!
0407恋人を撃ち落とす日2018/06/19(火) 03:28:44.01ID:Kav3s99l0
タイトルの曲に触発されて書いた目盾の鉄キ前提のキッド独白。
曲知ってたらわかる通りナチュラルに死ネタなので要注意。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0408恋人を撃ち落とす日 1/22018/06/19(火) 03:29:32.89ID:Kav3s99l0
 乾いた、けれど響く音。
 手元で一瞬弾けた火花は、多分あいつの命。その具現。
 ぱりんと砕けて散ったのは、引き金を引いた俺の、全て。

<恋人を撃ち落とす日>

 指先、掌から腕へ全身へ駆け抜けていく振動は、馴染んだものと同じで、けどやっぱり全然違った。
 目の前の映像はスローモーションに、なんてなりやしなくて、馬鹿みたいにあっけなく、彼、が俺の元まで落ちてくる。
 咄嗟に抱き留めたりなんかしたら、あらら、ひょっとして片腕いっちゃったかも。
 妙に鈍い音を他人事みたく聞いて、でも正直ホント他人事みたいなモンだから放っておくことにする。
(だって、もうどうだっていいし)
 やらなきゃいけないこともその上で望んだことも現実になった。
 まだ二つほど残ってるけど、片腕あれば事足りる。
 それより何より、この腕の中のヤツのことだ。
 重い上にゴツイ体をよっこらせっと上向かせる。身じろき一つしないから大丈夫だとは思うんだけど、コイツの無敵さは折り紙つきだからねぇ。
 いきなりがばっと起き上がって、また暴れださないとも限らないし……なーんて期待でもするみたいに思って、けど頭ン中ではわかってて、まるで筋を知ってる劇でも見てる、みたいな気分。
 顔をこっちに向かせてみる。目は開いてて、だけどどこも見てない感じで、変にギラついてもいない。
 ちょっと前までは、俺だって殺しかねない剣幕だったってのにねぇ。
 くすりと笑いがこぼれちまうのはしょうがない。ホンット凄いカオしてたんだから。
 でも今はいつもの、彼、だ。
「ごめんなァ、鉄馬」
 こんなことしかできなくて。
0409恋人を撃ち落とす日 2/22018/06/19(火) 03:30:19.59ID:Kav3s99l0
 不思議な、もんだね。
 最強をと目指して握った銃は大抵明後日の方へ弾を吐いたってのに、こんな時ばかり調子がいいよ。

 ――あぁ、でも当然、だよねぇ。

 せめて苦しむことのないように、逝かせてやりたいってモンでしょう。
 救ってやれるようなことなんてなぁんにもしてやれない俺の、たった一つしてやれることだったから。

 突如発生した『狂獣化』のウイルス、その元凶たる保菌者が、何の因果か、鉄馬丈その人で。
 いっそ感染しても構わないからとは口にしないまま、俺が仕留めると言ったのは武者小路紫苑だった。
 それだけの、二次元の世界では掃いて捨てるほどあるようなよくあるお話。
「今、行くからさ」
 ラストシーンも、だからそういうモノで構わないだろう、と手にしていた大口径の銃を上げた。

 最後の銃弾は空っぽの頭に。
 今も変わらず愛しているよ、と先立たせてしまった君に伝えに往こう。
0410風と木の名無しさん2018/06/19(火) 03:31:07.46ID:Kav3s99l0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

今さら過ぎても何だろうとこの二人で見たかったんだ……
0411好きだから 1/42018/07/16(月) 19:05:21.72ID:ATxJYbAD0
生 将棋 青いの×軍曹
好きだけど、無理だろうなあと思っている両片想い、のイメージです
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

 VSが終わって、その流れでいつものとんかつ屋にむかう。夏の暑さが身にこたえているらしい長瀬はいつにも増して口数が少ない。その様子にどうしたものかなあと街を見回した。少しでも早く涼めたらと、いつもと違う探している店が見つからないのだ。

 都内緑化活動だかなんだかでそこら中に植えられた針葉樹から、蝉の姿はみえずとも絶えず鳴く声が響き渡る。うだるような暑さにアスファルトの照り返しが合わさって、思わず本能的にどうにかなってしまいそうな危うさを覚えた。

『二人は何で仲いいんですか?』

 ぼやけた頭にこの前の解説の仕事で、女.流の人に笑い混じりで聞かれた言葉を思い出す。仲がいい、と言われるたびに首を傾げて仲がいいとは違うと思うんですけどと言いながら適した言葉が見つからず、考え込んでしまう。
 仲がいいというのなら、もっと気軽に遊べる人を連想してしまうし、そもそも長瀬に仲がいい人っているんだろうかとか、自分の知らない付き合いもあるのかもしれないとか色んなところに思考が散る。悪い癖だ。
 長瀬に直接聞いてみたら分かるのかもしれないな、と先程からハンカチで額を拭く彼をチラリと伺う。
0412好きだから 2/42018/07/16(月) 19:06:43.01ID:ATxJYbAD0
「ねえ」
「………。」

 話しかけると視線だけで返事をされた。不機嫌そうだから前振りなしでサッと結論を述べたほうがいいだろう。
『長瀬のこと好きでしょ?』
 口を開くタイミングで、兄弟子の言葉がふと思い浮かんだ。

「長瀬は俺のこと好き?」
「……………は?」
「ん?」

 ポカンと開けた口は、すぐにハンカチで覆われてしまった。
 聞こうと思ったことからは少しズレてしまったかもしれないけれど、まあ本質はついているとも言えるか。長瀬の反応を見るに悪手とも思えなかったのでこのまま進めていこう。

「どう?」
「どうって……それは」
「ああ、ごめん待って。これはどうしたものか……」

 いつもの店に着いてしまった。心なしかホッとしたような長瀬の表情が引っかかったけれど、今はそれどころではない。

「凄い人だかり」

 うんざりしたその声に、同意するように項垂れた。
 よく見るととんかつ屋は期間限定のランチセールをやっているようで、これはちょっと待ったくらいでは入れなそうだ。
 夏にとんかつ、それに昼間。そりゃあ店もセールくらいしないと人は入らないだろう。春夏秋冬とんかつがいける自分には関係ない話だけれど。

「うーん、やっぱりあそこにしようかな」
「思い当たるところがあるならそこにしよう。もう、どこでもいいから」
「もちろん、ずっと探してはいたんだけどね。この近くだって聞いてたんだけどな」

 くるりともう一度見渡してみると、向かいに白いレンガ調の可愛らしい店が見えた。そこの名前が探していたものと一致していて、あそこだ!と指さした時の長瀬は、一瞬にして天国から地獄に落ちた顔をしていた。
0413好きだから 3/42018/07/16(月) 19:07:46.90ID:ATxJYbAD0
 長瀬は、先程まで男二人でカフェはないだの、いやいやいやと手を左右に振って拒否していたとは思えないくらい冷静な顔でメニュー表を広げている。男の意地も暑さには勝てなかったらしい。
 将棋のときもそうだけれど、心の中は面白いくらい冷静じゃなさそうだ。分かりやすいなと笑ってしまう。

「長瀬、長瀬」
「何?」
「ここ、いちごタルト美味しいらしいよ」
「……へえーそうなんだ」
「あれ?喜ばない?」
「別に、女の子なら喜ぶと思うけど」
「いや、だって、苺も甘いものも好きじゃない」 
 
 それはそうだけど、と長瀬は眼鏡の位置を戻す。
 そりゃあ長瀬に対して飛び跳ねて喜んだり、感激!みたいな姿を連想していたわけではないけれど、それなりの成果は正直期待していた。
 読み違えたかと反省しつつ、紅茶も美味しいよと盛り返しを狙ってみる。ふうんとページをめくる様子を見るにいい線いってそうなんだけど。

 すみませんと店員さんを呼んで、いちごタルトのセットとショートケーキのセットを頼む。メニュー表を持つ必要がなくなってしまった長瀬は所在なさげに目線だけがよく動いている。
 まあ周りからの視線が気になるのも無理はない。

「今日の三局目だけどさ」

 そう、いつもとんかつ屋でしているような話を持ちかけてみると少しずつ表情がやわらいでいった。 

「そこは違う」
「うーんでも、こうしたら……」
「でもそう指すなら、こう仕掛けるから」

 いや、やわらぐというよりいつものペースに戻っだけだけど。
0414好きだから 4/42018/07/16(月) 19:10:22.73ID:ATxJYbAD0
 ショートケーキの苺は最後に残す彼だけど、いちごタルトとなると一緒に食べるらしい。パクリパクリと口に運んでいる。

「……うん、美味しい」
「それはよかった。この前期王に教えてもらったから、外れではないと思って」

 せっかくだから苺一つ頂戴とフォークを伸ばすと、叩かれた。ケチ。
 
「彼女とかと来たらいいのに」
「何で?彼女いないし」
「でもこんな店、普通選ばないでしょ。その、友だちというか男同士でさ。下見とか?」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあなんでこんな店知ってんの」
「だって俺長瀬のこと、好きだもの」

 え、と動きの止まった長瀬にすきあり、と苺をフォークで取った。

「普通ならこんな店来ないよ。甘いものは好きだけど」

 どうせ本音は一つだって伝わらない。それでも、あまりに脈がなさそうな会話に、つい言ってしまった。じわりと苺の酸味が口の中で広がる。
 ケーキと一緒に運ばれてきた紅茶を口にしていると、ショートケーキの苺にフォークが伸びてきた。
 
「俺だって、こんな暑い日にとんかつ食べに行かない」

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

注意文をよく読んだつもりですが、初投下のため間違い等ありましたら申し訳ありません。
0415作られた世界1/62018/07/19(木) 11:50:21.10ID:9/ofFgZk0
ナマモノ、馬の師匠が司会になって間もない頃の焦点の紫と緑です。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!


自分としては、かなり頑張ったつもりだった。会場の客の笑いを取れると思った。
しかし、一瞬の静寂の後にパラパラとしたお情けの拍手が聞こえたとき、愕然とした。
この世の終わりが来た、とはまさにこの瞬間かもしれないと感じた。収録が終わる。
師匠である圓樂も、他のメンバーも楽屋に帰って行く。彼らの背中をぼうっと見つめる。
圓樂は振り返らない。怒っているだろうな、と感じた。実際にそうなのか、考えすぎなのかはわからない。
それほどに頭の中はめちゃくちゃだった。
桃色の背中と、緑色の背中が、ちらりとこちらを見たような気がした。
しかしやがて遠くなり、樂太郎は舞台の袖に一人残された。圓楽の稽古に必死で着いてきた。
噺家として芽が出てきたね、という言葉をたまにもらえるようになった。
小言と小言の合間の、束の間の誉め言葉。
しかし、結局それは寄席に慣れた、というだけのものだったようだ。
寄席とは違う、大喜利という形式。自分の実力という現実に蓋をして見ないようにしてきた。
笑いが取れなかったという現実は、これほどまでに悔しさを覚えるものなのか。
0416作られた世界2/62018/07/19(木) 11:51:08.28ID:9/ofFgZk0
「噺の稽古だけしててもうまくできないのは当たり前さね」
いかにも圓楽が言いそうな言葉ではあったが、声は圓楽のものではない。
声がした方を見ると、緑色の着物から洋服に着替えた唄丸が立っていた。
「噺の稽古だけでは駄目なんですか?」
「なんていうかな、ほら、大学受験だけ頑張ったとしても社会に出たら違う勉強が必要になってくるとかそういう類の奴だよ」
「ああ、憲法についていくら論じても、シュプレヒコールを重ねても、世界に平和は訪れない、という奴ですね」
「はあ?」
「…気にしないでください。学生運動にあけくれた元バカ学生の戯言です」
歌丸は、悔しさを滲ませている表情を見て、思案した。
「これに関しちゃ、あたしが稽古つけたげよう」
そう言って連れ出された先は、後楽園ホールに近い喫茶店であった。
唄丸はコーヒーを2杯注文した。やがてそれは運ばれてきて、互いの前に置かれる。
伝票は唄丸がさっさとジャケットの胸ポケットにしまった。
「まずね、固い」
「固い、ですか?」
「圓楽さんを前にして優等生になろうとしている、とは後楽さんの感想だけどね。あたしも同感だね」
楽太郎は、コーヒーを一口含んだ。
「優等生は、一つの集団に二人もいらない」
「はい」「与太郎、優等生、動物、犯罪者。隙間を歩くのは大変だが、やる価値はあるね」
唄丸は、樂太郎の目をじっと見据えて言った。
「腹黒でいけ」「は、腹黒?」
「まず、あたしの悪口言ってみな」
樂太郎は言葉に詰まる。
0417作られた世界3/62018/07/19(木) 11:51:54.92ID:9/ofFgZk0
「難しいか?じゃ、練習するか」
唄丸自らが、『じじい、うるせえ』と発する。閉じた扇子の先で促されたので、樂太郎は恐る恐る声に出す。
「…じじい、うるせえ」
「いいねぇ」
唄丸が破顔する。樂太郎は思う。この人はなんて柔らかい表情で笑うのだろう、と。
この笑顔をもっと見たいと思った。
「こんなこと言って大丈夫ですか?」
「あたしかい?あたしのことは自由に使いな。あたしは、馬を担当するから」
唄丸はライターを取り出した。
「あんたの師匠はね、後楽さんに、離婚寸前の夫婦のような真似をさせたからね、説教しといた。樂さんのこれからの方向性に口出しはさせない」
離婚寸前の夫婦、とは、唄丸なりの表現だ。

数週間前のことだ。後楽の挨拶が気に入らなかったと圓楽は注意した。
そんなつまらない挨拶しかできないならやめちまえ、破門だ、とも言ったと、樂太郎は小耳に挟んでいる。
後楽は、楽屋の荷物をまとめるとホールを飛び出したという。その後楽を連れ戻したのはスタッフであるが、圓楽にこんこんと説教をし、
仲を取り持った人物こそが樂太郎の目の前にいる男だ。
0418作られた世界4/62018/07/19(木) 11:52:34.74ID:9/ofFgZk0
「かみさんが、荷物をまとめて『わたくし、実家に帰らせて頂きます』なんていう場面、経験あるか?」
「まだ、我が家にはないです。…師匠のところは?」
「わざわざ宣言するような真似はしないな。ふらーっと出掛けてふらーっと帰って来る。それで終いだ」
まさか、長屋の夫婦喧嘩の仲裁役が自分にふりかかってくるとは唄丸自身も思っていなかったのだろう。
「まあ、そんなわけで。樂さんは悪人を演じてみなさい。何が起きてもあたしが守ってやる」

守ってやる。唄丸は、守ってやる、と言った。きっぱりと、その言葉に力を込めて、守ってやる、と言ったのだった。
唄丸の言葉が樂太郎の体の中に染み渡る。
その言葉さえあれば、悪人にだって何だってなれそうな気がした。
0419作られた世界5/62018/07/19(木) 11:53:15.07ID:9/ofFgZk0
次の収録で、唄丸は司会を再び動物に例える。
客は笑いこけ、司会も笑い、他のメンバーも笑ういつものパターンだ。唄丸はふと左側の樂太郎の方に顔を向けた。
目が合う。
「樂さん、握手」
唄丸は握手を求めて来た。樂太郎はその手を握る。温かい手だった。
マイクに入らないように、唄丸は口の形だけで伝えようとしている。
『今度は樂さんの番』樂太郎にはそう聞こえた。促しの言葉だ。

『守ってやる』あのときの言葉が頭の中で繰り返される。体の中に染み渡った言葉に背中を押され、樂太郎は手を挙げた。
師匠である圓楽は樂太郎を指名した。
「はい。唄丸師匠なんですがね」
「なんですか?」「ピカピカ光ってまぶしいなあ、って」

「悪い奴だねぇ〜」
後楽が突っ込む。ホールの客は手を叩き、笑い、隣の人と目を合わせる。
それは初めて体験する、拍手と声による喧騒。

「腹黒い奴だよ、本当に」
圓楽も笑っている。もっともその笑顔は、司会者としての体裁であり、本心は違うのだ。それでも。
渋い表情とも小言の表情とも違う、今までに記憶にない笑顔。
0420作られた世界6/62018/07/19(木) 11:53:57.89ID:9/ofFgZk0
樂太郎は喧騒の中で隣の唄丸を見る。
「悪い奴だね〜」
そう言いながら怒ってなんかいないことはわかる。心底、この喧騒を楽しんでいる、そんな具合だ。
笑いと拍手の喧騒、それは噺家をとりこにさせる。それは夢にも似た世界でもあり天上のようでもある。
樂太郎自らの手でつかんだ技術ではないから、作られた世界。
しかし、唄丸に守られたこの空間の中では束の間ではあるがこの夢を見ていられる。
束の間の天上を見ることができるのだ。

収録が終わり、舞台袖でのことだ。唄丸の細い指が、樂太郎の肩をたたく。
「良いよ。この調子で」
喫茶店で見た笑顔だった。
隣に座っているのに遠く、技術は己より抜きん出ている、古典落語の名人。
例え作られた世界でも、もっとこの笑顔を見たい、引き出してみたい。
樂太郎は唄丸に握手を求めた。固く握り返された手は収録中と同じく温かい。

例え作られた世界でも。体に染み渡る言葉、手の温かみ、笑顔。
その3つだけは真実だ。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
0421風と木の名無しさん2018/07/22(日) 22:20:13.10ID:IeZXdMPr0
ナマモノ。焦点紫緑。
緑追悼で勢いで書きました。
棚投下初、結果的に801要素薄い。無駄に長い。勢いで書いたのでキャラや筋立て多分めちゃくちゃ……と色々ありますが、それでもよければおつきあいください。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!


最後の約束


「……さん、樂さん」
 誰かが優しく呼びかける声で、円樂は目を覚ました。
「疲れてるのはわかるけどね、間に合わなくなっちまうよ」
「……ああ、すみません」
 寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。
 そうだ、焦点の楽屋に着いてすぐ、最近の疲れが溜まったのか妙に眠くなって、まだ時間もあるし少し横になることにしたのだった。それにしても、あの人が来たことにも気づかないなんて――え!?
「なんだい、まるで化け物がいるみたいな顔して」
 楽屋にいる人物を見て円樂は目を見張った。
 そんなはずがない。この人が、ここにいるわけがない。
「……唄丸師匠!?」
 この間、見送ったはずの大切な人が、そこにいた。
「あんたまだ寝ぼけてんのかい? 早く支度をしなよ」
 そう言って唄丸が立ち上がり、奥にいる付き人に何事かを告げているのを見て、円樂ははっとした。
 よくよく見渡してみると、必ず置いてあるはずの酸素ボンベもない。
 ――そうか、これは夢なのか。
 唄丸が何もつけずにあんな風に元気に動き回れていたのは、もう随分前のことだ。そう思って見ると、楽屋もこれまで訪れた場所がごちゃ混ぜになったような、微妙にまとまりのない部屋だった。
「……案外意地悪ですね」
「何か言ったかい?」
「いいえ、何でもありません」
 まだ悲しみが癒えてないこの時期に、夢に出てこなくたっていいじゃないか。だけど一方で、せっかく会えたのだからこの夢を思う存分楽しもうと思っている自分がいた。
0422最後の約束 2/72018/07/22(日) 22:23:26.24ID:IeZXdMPr0
 それから楽屋で二人、色々話をした。お陰でこの夢の中の世界がどういう状況であるのかもわかってきた。
 ここは地方の小さなホール。時期は四月で、桜が終わる頃。
 演者は自分と唄丸の二人だけの二人会。トリを努めるのは唄丸。
 始まるのは午後六時からで、後もう少しで一番太鼓が鳴る。
 二人会なんてもう何度もやったはずなのに、何故だかいつも以上に緊張している自分に気がついて、円樂は思わず笑った。
「どうかしたのかい? 本当に今日は変だね」
「いえね、すごく幸せだなあって思っただけですよ」
「何がだい」
「あなたと一緒にいられることが」
 なんだいそりゃあ、と唄丸が呆れたように言う。でもこれは本音だ。さっきの恨み言はどこへやら、たとえこれが夢だとわかっていても、誰よりも大好きなこの人といられる事が、また一緒に落語が出来ることが、素直に嬉しい。
 ――出来ればそれが、現実でもっと続いてほしかったのだけれど。
「気味が悪いね。明日雪でも降るんじゃないのかい?」
「まさか。もう四月も終わりですよ」
 と、太鼓の音が聞こえた。円樂は反射的に会場の様子を映しているモニターに視線を移す。
 その様子を見つめる唄丸の表情が、一瞬曇ったことに円樂は気づかなかった。

「お疲れさまです、師匠」
 追い出し太鼓を背に楽屋に戻って来た唄丸を、円樂は笑顔で出迎えた。
「おや樂さん。今日はまだいるのかい」
「珍しく明日は予定が何もないもので。ずっと名人芸を聴かせていただきました」
 いつも時間がある時はそうしていたように、円樂はずっと舞台袖で唄丸の落語を聴いていた。
 あの細い体のどこから力強くも繊細な話芸が生み出されるのかと、いつもながら驚嘆させられる。下手に酒を飲むよりもずっと心地よい気分にさせてくれるそれを、一番近くで聴くことが出来るのが本当に幸せだった。
「そうかい。ならちょっとあたしに付き合ってくれないか。寄りたい所があるんだ」
「へえ珍しい。夜遊びですか」
「何言ってるんだい。見せたいものがあるんだよ」
0423最後の約束 3/72018/07/22(日) 22:26:02.91ID:IeZXdMPr0
「ほら、これだよ」
 唄丸に連れられもうすっかり暗くなった道をしばらく歩いた先にあったのは、一本の大きな桜の木だった。
 周りの木がとうに盛りを過ぎ、ほとんど枝だけになっている中、その木だけが遅れた分を取り戻そうとするかのように目一杯花を咲かせている。特にライトアップがしてあるわけでもないのにぼんやりと輝いてるように見える姿が、先程の舞台の上の唄丸の姿と重なった。
「綺麗だろう? 不思議なモンでね、この桜並木の中でこの木だけがいつも遅れて満開になるのさ」
「……ええ、本当に」
 ――これが夢でなければ、もっと良かったんですけど。
 そう言いそうになり、円樂は慌てて口を塞いだ。いつ終わるかわからないこの時間に、水を指したくなかった。
「なんだい樂さん。言いたいことがあるなら言やあいいじゃないか」
「何でも、ありません」
 いや、そうじゃない。本当は、この時間が終わってほしくないのだ。こんな風に一緒に落語会をやって、時には叱られ、馬鹿なことを言い合って、座布団を引っ剥がされて笑い合って――あの日の悲しい思いも苦しみも、惜別も、そっちが夢だったらどんなによかったか!
「何でもないはないだろ。そんなに泣いて」
 言われてようやく、円樂は自分の目から涙が流れていることに気付いた。泣かないと決めたはずなのに、少しつつかれたらもうこのザマなのか、と思うとなんだか自分が情けなくなってくる。
「本当に何でもありません。ごめんなさい」
 意地で涙を吹きながらそう答えると、唄丸が溜め息をついた。
 呆れられてしまっただろうか。
「やれやれ、やっぱりあんたをここに連れてきてよかったようだね」
「……すみません」
「あんたがそんなんじゃあ、素直にあっちへ行けなくなっちまうよ」
 ……え?
 不意に飛び込んできた言葉に、涙が引っ込む。
 今、この人はなんて言った?
「円樂さん」
 唄丸がこちらに向き直った。普段着姿になっていたはずなのに、いつの間にか高座で着ていたそれと同じ着物を着ている。――自分も。
「あんたひょっとして、まだ夢を見ていると思ってるのかい?」
「……どういう、ことですか?」
「これは現実だよ。そしてあたし達が今いるのは――この世とあの世の境目だ」
0424最後の約束 4/72018/07/22(日) 22:30:50.57ID:IeZXdMPr0
 ――この世とあの世の境目!?
 にわかには信じがたい言葉に、頭がくらくらした。
 一体何故。ただ楽屋で横になっていただけなのに。
「ああ、心配しなくていいよ。あんたはあたしと違う。死んだ訳じゃない」
「じゃあ、どうして」
「あたしが頼んで、呼んでもらったのさ。どうしても伝えたいことがあってね」
 唄丸が、穏やかな眼差しでこちらを見た。
「樂さん覚えてるかい。――先代の、円樂さんが亡くなった時のこと」
 覚えている。そういえば、あの時も知らせを受けたのは旅先だった。
 あまりに突然で、どうしていいかわからなくて。それを引きずったまま夜中にこの人に電話をしてしまった。
 今思えば迷惑な事をしたものだが、それでも唄丸は咎めることなく「しっかりしなよ」と叱咤してくれた。
「あの時のあんたは本当にひどい有様でね、聞いてるこっちが辛かったよ。……だからかねえ、もう駄目かもしれないって時にふと気になったのさ。『あたしが死んだら、樂さんはどうなっちまうんだろう』ってね」
「……!」
「あんたはずっとあたしを頼りにしてくれて、三人目の父親だとまで言ってくれたろう? 嬉しかったけど、少し不安だったよ。もしもあたしに何かがあって、支えが無くなったらあの時以上に駄目になっちまうんじゃないかって」
 でも、と唄丸が微笑んだ。
「杞憂だったみたいだね。ずっと見てたけど、本当によくやってるよ、あんたは」
 出来れば翔太さんには、あそこで座布団を取って欲しかったけどね、と唄丸が楽しそうに言うのを見て、円樂の目にまた涙が滲んだ。
「そんな……そんな事、ないですよ」
「だからね、あたしが伝えたいことってのは、一つだけ」
「師匠」
 やめてくれ。
「樂さんさっき言ってたね。『あなたと一緒にいられることが幸せだ』って」
 きっとそれを聞いたら、この時間が終わってしまう。
「あたしも、あんたに会えて、同じ時間を過ごすことが出来て、幸せでしたよ」
「唄丸師匠!」
「もうさっきみたいに、泣いたりするんじゃないよ。今度はあんたが、皆の支えになる番なんだからね」
0425最後の約束 5/72018/07/22(日) 22:35:11.53ID:IeZXdMPr0
「俺は……俺はまだ」
 あなたが必要なんだ。まだ教えてもらいたいことだってたくさんあるし、受けた恩の一つもまだ返せていない。
 あの最後の見舞いの日、代演に行く自分に「悪いね、借りを作っちまって」と言っていたけど、あんなの借りの内に入るものか。むしろ返せなかったものが多過ぎて、ずっと後悔していたぐらいなのに。
 そう言いたかったのに、再び溢れた涙がそれを許してくれなかった。
「ああもう、泣くんじゃないと言ったばかりだろう?」
 しゃくり上げる円樂に、唄丸がそっと自分の手拭いを差し出した。
「樂さん」
 受け取ったそれで涙を拭っていると、空いている手を唄丸がそっと握った。
「そりゃあね、出来ることなら、あたしだってもっとあんたと一緒にいたかったさ。やりたいことだってまだあったしね。でも、それはもう出来ないんだ、わかるだろう?」
「わかってます。でも、」
「よく考えてごらんよ。本当に樂さんには、あたししか頼りに出来る人がいないのかい? それじゃあ周りにいる仲間が可哀想だよ」
「え」
「あたしがいなくなってから今日まで、どれだけ皆に助けられてきたかようく思い返してみな」
 円樂は改めて、今日までのことを思い出してみた。あの人が亡くなったと聞いて、自分の方が参っているのではないかと心配してくれた友人。
 気落ちして、まともに落語も出来なくなりかけた時に必死に元気付けてくれた後輩。
 茶化しながらも、共に悲しんでくれた同期の仲間……様々な人が、自分も悲しいはずなのに力になってくれた。
 なのに心に空いた穴が大き過ぎて、気づかずにいた。
「その事を、忘れるんじゃないよ」
「はい、唄丸師匠」
 まだひどい顔だったかもしれないが、円樂はなんとかしっかりと唄丸の方を見つめ返した。
 と、強い風がざあっと、桜の花びらを散らしていく。
 それを見てああ、と唄丸が手を離した。
「どうやら本当に時間だね。これ以上一緒にいたら、本当にあんたが死んじまう」
「……もう、行くんですか」
「仕方がないよ。もうあたしは向こう側の人間なんだ」
 その声色に、寂しさが滲んでいたのはきっと気のせいではないだろう。
0426最後の約束 6/72018/07/22(日) 22:39:15.30ID:IeZXdMPr0
「やれやれ、ここから遠いから道案内でもいてくれるとありがたいんだけどねえ」
 唄丸がこちらをちらと見たのを見て、円樂は笑った。
「言ったでしょ? 案内は出来ませんよ。まだあっちでやらなきゃならないことや、返さなきゃいけないものがたくさんありますからね」
「それは残念」
 と言いつつも、唄丸は満足そうだった。
「じゃあね、樂さん。お元気で」
 そして、こちらに背を向け、歩き出す。
「たまに様子を見てますからね。あんまり情けないようなら本当に連れて行くから、そのつもりでいなさいよ」
 ――行ってしまう。今度こそ本当にお別れだ。でも唄丸は、あえてそうしたのだろう。『さよなら』とは最後まで言わなかった。
 それなら、俺もさよならは言わない。
「いってらっしゃい。唄丸師匠も、お元気で」
「……そりゃあ小有座さんのマネかい? あんたもまだまだだね」
「……言ってろ、ジジイ」
 その言葉に、唄丸が振り返って笑った気がした。


エピローグ


「……匠、円樂師匠!」
 今度は必死に呼ぶ声で、円樂は目を覚ました。
 最初に飛び込んできたのは、心配そうに覗き込んでる鯛平の顔。
「……何、どうしたの?」
「ああ〜よかったあ〜!」
 途端にその場にへたり込む。よく見ると、楽屋全体がざわざわしていた。
「何だよ、何かあったわけ?」
「何他人事みたいに言ってるんですか!」
 鯛平が、やや怒ったような口調で言った。
「もう時間だからって、いくら起こしても円樂師匠が起きなかったから、今スタッフさんが待機してる看護士さん呼びに行ったところなんですよ!」
「……そうなの?」
「そうですよ! 全くもう〜」
「ホラホラ耳元で大声出さない。大丈夫かい? 樂ちゃん」
 そういって後ろから顔を見せたのは好樂だ。
「まーさか唄丸師匠を追いかけていこうとしてたんじゃないだろうねえ。まだ早いよ」
 その後ろには小有座もいる。翔太と喜久扇と参平は、スケジュールの関係でまだ来てないのか、姿が見えなかった。
「あー、小有座さん。それ半分当たり」
「へ?」
「夢に唄丸師匠が出てきてさ。道案内に連れてかれそうになったから大急ぎで逃げてきたとこ」
0427最後の約束 7/72018/07/22(日) 22:43:57.78ID:IeZXdMPr0
 何嘘ついてんだよ、と向こうで怒っているであろう唄丸を想像して、円樂は少し笑った。
 すいません、師匠。でも皆をこれだけ心配させるほど長く引き留めたんですから、これぐらい許してくださいな。
「意外だねえ。そういうことがあったらついていくと思ってたけど」
「行かないよ〜! 俺だってまだやりたい事いっぱいあるもん」
 そこへ看護士が駆けつけ、あれこれ調べられたあげく問題なしということになり、ようやく円樂は支度を始めた。
 残る三人も到着し、楽屋にいつもの雰囲気が戻った。やがて収録の時間が近付き、客席での挨拶を撮る翔太が一足先に出て行く。と、
「円樂師匠」
 読んでいた雑誌から顔を上げると、鯛平が神妙な面持ちで立っていた。
「何、どした?」
「さっきの夢の話、本当ですかあれ」
「言ったろ、半分は当たりだって。……どうかしたのか?」
「行かないでくださいよ」
「は?」
「また唄丸師匠が来たとしても、絶対に行かないでくださいよ。僕はもう、あんな思いするの嫌ですからね」
 ふと、ほんの少しだが鯛平の瞼が腫れていることに気がついた。
「……ひょっとして、泣いてた? お前」
「当たり前ですよ!」
 否定するかと思いきや、強く言われて円樂は面食らった。
「大切な人が死ぬかもしれないって思ったら、普通泣くでしょう!」
 鯛平の目に、新たな涙が滲んでいる。やれやれ、と円樂は溜め息をついた。しっかりしてるかと思いきや、意外とこういうところがあるのだ、こいつは。
「あのね、もうじき収録始まるよ。泣いてどうすんの」
「すいません」
 ふと、唄丸の言葉が脳裏をよぎる。
 ――今度はあんたが、皆の支えになる番なんだからね。
 そうですね、唄丸師匠。あなたみたいにはなれないかもしれないけど、頑張ってみますよ。こうやって、私を頼りにしてくれてる奴もいますしね。
「始まるまでに何とかしときなよ。カミさんと喧嘩して泣かされた、って誤解されるからなー」
「ちょっと円樂師匠!」
「何、ついに離婚しそうなの? 鯛ちゃん」
「違いますよ好樂師匠! あ〜もう、心配して損したぁ!」
 頭を抱える鯛平を見て、円樂はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
 これでしばらく、あいつが不安がることはないだろう。

―了―
0428最後の約束 8/72018/07/22(日) 22:47:03.36ID:IeZXdMPr0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

しまった、耶麻田くんを入れてなかったよ。ごめんね……。
長々とおつきあい下さり、本当にありがとうございました。
0429おねがい、かみさま 1/42018/08/15(水) 14:11:12.66ID:9cWlvGhG0
※ナマモノ、死ネタ注意
焦点の紫緑のつもりが紫緑紫っぽくなりました。
紫が先代の鞄持ちだった頃から現代まで、緑夫人がちょっとだけ出てきます。
お盆と追悼の意味を込めて。
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「ご苦労さん、今日はもういいよ」
「は……ありがとうございます」

 足代がわりの駄賃とばかりにタバコ代の釣り銭を受け取る。
 かばん持ちのアルバイトを始めて久しいが、給金らしい給金がこの手に舞い降りる気配は露ほどもない。福神漬けをちょいと乗せたどんぶり飯をかっ喰らい、水をがぶ飲みした腹はいともたやすくねじれていく。
 賭け麻雀で稼いだ生活費もそろそろ底をつきそうで、レコードを売るか、古本をまとめるか、年上の女に甘えてみるかと苦肉の策が頭を駆け巡った。

「そうだ、せっかくだから紹介しよう。おおい」

 屈みながら羽織の中の薄っぺらい塊を揺さぶったので、それでようやく誰かが寝ているのだと知った。膝丈ほどの段差の上に並べた座布団に横たわってた体は細く、儚く、明らかに覇気がない。

「……気分悪いって言っただろ?」

 濡れ木で起こす焚き火よりもおぼつかないその声が、噺家のものだとは到底信じられなかった。

「なんだい、またメニエールとかいうやつかい?」
「ああそうだよ、いつも通りほっといておくれ」
「まあ、いいから。ほら、新しいかばん持ちなんだ」

 聞き齧った知識では、めまいや耳鳴りでまともに姿勢を保つこともままならない筈だ。
 いいえ僕今日は急ぎますのでとかなんとか煙に巻いて逃げさればよかったものを、手繰り寄せるかのごとくぐいと手首を掴まれたので、膝をついてその人の横顔を見下ろす格好となった。

「んー?」
「名門私立に通ってる秀才なんだよ、すごいだろう」
「よ、よろしくお願いいたします」
「ああ……よろしく」

 骨ばった肩から背骨にかけて鉄の糸を通して引っ張られたように起き上がる。肌は青白く、瞼を開けるのすら億劫な様子だったが、その顔立ちには見覚えがあった。
0430おねがい、かみさま 2/42018/08/15(水) 14:13:26.22ID:9cWlvGhG0
「あ、師匠」
「ん? 知ってくれてんのかい?」
「知ってるも何も、大スターじゃないですか」
「くすぐったいねえ、お世辞言ったって何にも出ないよ」

 病人に気を遣わせるべきではないと頭では理解していながらも、興奮を抑えきれなかったのもまた事実であった。付け入る隙を与えない丁々発止の罵倒合戦、歳に似合わぬ薄い頭、並みの女より匂い立つ所作。

「先日寄席で拝見しました、化粧の模写がなんとも見事で」

 実は都合が悪くて噺の途中で帰ってしまいました、などとは口が裂けても言えないので、鮮やかに思い出せるマクラの一幕を切り出す。
 あの動作のひとつひとつは昔懐かしい女郎の支度を外連味たっぷりに再現したものだったが、母も交際していた女たちも、果たしてみな似たり寄ったりであった。

「そうかい、嬉しいねえ」

 肩を震わせ、片目を瞑って笑う。あの女性が見せた微笑みとはまるで違う、度量の大きい男のものだった。

「素人がナマ言ってすみません」
「いやいや、お前さんみたいな人が素直に言ってくれるのが一番ありがたいんだ」

……でもね。

「お父さん、来てくれたわよ」

 開け放たれた襖の向こうから、真新しい棺の匂いが鼻腔を刺す。

「業者さんがね、綺麗にしてくれたの」

 やせ細った顔からは皺の影が消え、痛みと苦しみに歪んでいた目と口元は穏やかに閉じられ、乳白色のまつ毛が光る。

「……お師さん、お待たせして申し訳ございません。ご挨拶に伺いましたよ」

 曲がってしまった背骨もすっと伸ばされ、初めて会った時のままの背丈になった。深緑の着物に赤茶色の数珠が鮮やかで、白粉のはたかれた白い肌によく映える。

「ごめんなさいね、色々準備があるから、しばらく二人でお話ししてくれる?」
「よろしいんですか?」
「ずっと会いたがってたから、お父さんも喜ぶわ。帰る時に声かけてね」

 泣き明かしたと見える目元こそ赤く腫れてはいたが、さすがこんな時は年季の入った女の方がよほど強い。しっかりした足取りに頭を下げて、静かに閉められた戸に背を向けた。
0431おねがい、かみさま 3/42018/08/15(水) 14:16:36.32ID:9cWlvGhG0
「……遅くなってすみません」

 眼鏡を外し、レンズを介さない視野の中で輪郭を定めるために鼻先まで近づく。
 知人の勧めで得度したのは、思えばこの日のためだったのかもしれない。皺ひとつない袈裟も法衣も、できることなら真新しいまま箪笥の奥にしまっておきたかった。

「先代に続いてまた間に合わなかったなんて、私は前世でどんな悪行を積んだんでしょうね。知らせを耳にした後の高座なんて、これまでの人生の中で最もみっともなかったですよ」

 声は掠れ、目は潤み、腕の震えを隠すことに懸命だった。あの場にいた客の全てが事情が事情と受け入れたとしても、自分で自分を殴りつけたくなるほどの出来栄えだった。板の上に犬猫でも放った方がずっとマシだっただろう。

「もう酸素も必要ないんですね、よかった、身軽になれて。先代や家元とはお会いになりました?」

 骨に皮が張り付いただけの限界まで痩せ衰えた輪郭の描線は、春の日差しのように柔らかい。

「明後日の追悼番組は生放送なんですが、無いこと無いこと喋っても構いませんよね?」

 いくつもの管に繋がれ、何かを飲み干すことすらままならないほど弱り切っているというのに、冗談を挟まないではいられない矜持の眩さを思い出す。

「……何か言ってくださいよ」

 几帳面に閉じられた襟首に指を添え、目鼻の窪みを涙で汚した。

「……でもね、お前さん」

 血迷ったのだ、と思った。
 夜道に揺れる灯篭のようにふらふらと前のめりになって、あの時分に着倒していた安物の綿のシャツの上から手を添えて胸をなぞる様が、あまりにも艶かしかったので。これが女郎の手練手管でないというなら、男の皮を被った目の前の生き物の正体は一体全体なんだというのか。
 鼻にかかった低くも甘い声が耳をくすぐる。

「あたしに惚れちゃあいけないよ……全部寄席の幻なんだから」

 絹の織物のような手を胸を打つ早鐘で傷つけてはいけないと後ずさろうとしたが、無様に尻餅をついただけだった。

「痛っ!」
「おい、大丈夫か?」
「ダメだよ、あんまりからかっちゃ」
「ごめんごめん、あんまり二枚目だからさ」
0432おねがい、かみさま 4/52018/08/15(水) 14:18:07.93ID:9cWlvGhG0
 自分の醜態が良薬にでもなったのか、幾分か血の気の戻った顔に屈託のない笑みを浮かべながら、丸い缶に収まったタバコを取り出して火を点ける。

「言っとくけどね、こいつはモテるよ。この間もどこぞのタニマチの娘さんが……」
「師匠!」
「おやおや、抜け目ねえな」

 片手をついて横座りになり、白い煙を燻らせる姿は、さながら吉原の高尾太夫といった塩梅で。

「だからさっきのはあれだ、お前さんがあんまり色っぽいから参っちまったんだよ」
「本当かい? 役者にでもなろうかね」

 今度はいかにも噺家といった具合に、語尾にたっぷり蠱惑的な色合いを孕ませ、茶化すように流し目をよこす。むせ返るほどのまやかしの芳香が鼻から喉に突き抜け、骨の髄まで真っ赤に染め上げた。
 取り返しのつかない火傷のような、とめどなく血が噴き出すような、それでいて花が綻ぶように甘美で目の眩む心持ち。

「何か言ってくれよ……噺家が黙りこくってどうすんだよ!」

 慟哭と呼べるほどの声は出なかった。腹も舌も夕暮れの朝顔のように萎れている。

「あれもやりたいこれもやりたいって、全部やり終わるまで死なねえって言ってたじゃねえか! お客さんが待ってんのに、何呑気に寝てるんだよ!」

 棺の淵を握りしめ、手のひらを胸の上に滑らせる。もう何の音も刻むことのない頼りない抜け殻は、冷房のきいた室内で微かに冷えたままだった。
 共に行けたら、行けるものだと盲信していた。この人の芸への執念、この人への自分の思慕、それを秤にかけたら丁度同じくらいだろう。だから道連れにしてくれるだろうと。

「あんだけ水先案内人にするって言ったのに……結局ひとりぼっちじゃねえか」

 この体に温もりがあれば、何と返してくれただろう。犬じゃあるまいしうるさいんだよと苦笑いを浮かべながら、髪を撫でてくれただろう。勝手に殺すんじゃないよ番組じゃあるまいしと冗談めかして答えてくれたかもしれない。或いは……或いは……。

「俺ん中こんなに弄って……何で勝手に行っちまうんだ」

 よほど上等な化粧を施したのだろう。濡れそぼった肌はまだらになることなく、雪原のようにどこまでもまっさらだった。もう一匙ほどの苦悩も痛みも責務も抱えることのない、安らかなかんばせ。
0433おねがい、かみさま 4/52018/08/15(水) 14:23:46.86ID:9cWlvGhG0
 病に侵食された姿に寒気がしなかったと言えば嘘になる。
 夜景を肴に紫煙をくゆらせた春、異国の開放感にはしゃいだ夏、夜気をまとった紅葉にため息をついた秋、指先を擦り合わせながら稽古する横顔に見入った冬。健やかな日々の贅沢を知ってしまえば、痛々しさを覚えないはずがない。
 だがそれ以上に、背筋を伸ばし、体を引きずり、息苦しさにぎ、それでも高座にしがみつく様を美しいと感じてしまった。この人が醜く、無様だというのなら、何がこの世の宝となるのだと純粋な疑問が首をもたげた。
 魅入られてしまった。己が才にも人々の温かさにも溺れることなく、ただひたすらに泥くさく孤高の道を貫く背中に。半世紀にはわずかに足りない歳月が、体にも心にも沈み込んでいる。
 
「……本当に因業なジジイだよ、あんたは」

 懐の手ぬぐいを取り出して、自分の涙で汚れた顔を拭う。
 この人の情念、矜持、思い出が詰め込まれたこの体を、おざなりに扱うわけにはいかない。今日明日で声を枯らすわけにはいかない。他の何よりも恋い焦がれた、今際の際まで固執した高座が、寄席の客が待っている。自分が噺家を続ける限り、この人の魂は何度でも蘇る。

「私がこんなにみっともなく泣きわめいたの、内緒にしてくださいよ」

 眼鏡を掛け直して手を合わせた。お題目は唱えなくていい、自分の心の中でこの人は生き続けるのだから。

「……行って参ります、どうか見守っていてください」

 落語の神様の頬を撫でると、心なしか口元が緩んだ気がした。

「役者なんてやめときなよ、カツラで蒸れたらますます頭が寂しくならあね」
「うっせえんだよ!」
「師匠、次はいつ高座に……」
「そんなにあたしに会いたいのかい?」
「いえ、なんとなく」
「そんなモジモジしてねえでさ、お前さんも噺家になりゃいいじゃないか」
「おい、インテリのエリートを巻き込むなよ」
「この人にこのまま弟子入りしちまいな、そしたら手取り足取り教えてやるよ」
「それは……」
「なんだい?」
「……そんな幸福に耐え切れる自信がありません」
「はっはっ!……いつでも来なよ、あたしはここにいるから」

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
ナンバリング間違えました、すみません……。
0434風と木の名無しさん2018/09/06(木) 21:55:49.80ID:arrDdALJ0
英雄CMの高杉氏と細杉氏に滾ってしまったので…
半ナマになります
キス止まりです

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0435恋というには淡い1/32018/09/06(木) 21:57:52.72ID:arrDdALJ0
高杉氏と再会してあまりにもかわいらしい成長を、したと思った。
放課後に高杉氏の成績が芳しくないので、「細杉氏、教えて欲しいでござる!」とふざけている高杉氏のはじけるような笑顔に、ついつい、昔を思い出す。
高杉氏とは2才7カ月の時に、離れ離れになってしまった。
いつかまた再開できるのではないか、という淡い期待はあっさりと高杉氏が一番かわいらしい時期に、叶った。

「細杉くん、ここが分からないよ」
「…高杉氏」
「僕、成績が悪いからなぁ」
「そんな高杉氏もかわいいですぞ」
「またまた〜」

ふざける高杉氏の笑顔にこちらもつられてしまいそうになる。
眼鏡を掛けた、そのレンズ越しの風景。

「何か買ってくるね、細杉氏!」
「拙者はほうじ茶がいいでござる」
「分かった!」

高杉氏はぱたぱたと購買まで行ってしまう。
ああ、後ろ姿も完璧にかわいらしい。
高杉氏は頭で思い描いていた以上に、かわいらしくなっていた。
ニコニコと無邪気に笑う高杉氏。
教科書に落書きもしていなく、教科書も持って帰る。
LINEスタンプも、三太郎シリーズ、なぜここまで…高杉氏を、英雄に取られたくない。

「ごめん〜。細杉氏〜、僕間違えて、炭酸買っちゃったよ〜」
「いいでござるよ」
「さすが、理解ありますな、細杉氏は。僕、細杉氏としゃべる時間が好きでたまらないんだ。意識高いって言われてるけど、僕には分からないよ。細杉くんが転校してきてくれて、嬉しいんだ。昔の親友だから」
「今も親友でござる」
「そうでござった」
0436恋というには淡い2/32018/09/06(木) 21:59:20.53ID:arrDdALJ0
えへへと笑う高杉氏の無邪気な微笑み。
一緒にファンタを飲みながら、放課後に高杉氏に勉強を教えている。
なんだか、昔に戻ったようで…でも今違うのは、再会した高杉氏に、埋められないなにかがあって、それがもどかしく感じる。
キモオタなしゃべり方をしても、高杉氏は、合わせてくれる。

「細杉氏〜、続きをするでござる!」

なんだか、ドキッとしてしまう。
そんな事を無邪気に言わないで欲しいですな。
思わず、続きと言われて、高杉氏に不埒な思いを描いていて、高杉氏のファーストキスを奪ってしまった。

「え、細杉くん…?」

ファンタがこぼれて、眼鏡同士がこつんと当たって…。
絶対に嫌われた。
高杉氏だって、ファーストキスが拙者で不覚に違いない。
でも、高杉氏はニコニコ笑顔で。

「細杉くん、やっとしてくれた」
「高杉氏?」
「僕もずっと好きだったんだよ。いつか再会出来ないかな、って、細杉くんを探してたんだ」
「…では…」
「両想いだったんだね。はじめてのデートは博物館がいいな。細杉くんの解説、蘊蓄が楽しみ〜」
「高杉氏〜!」

ぎゅっぎゅっと抱きしめて、拙者たちの恋というにはあまりにも淡いものがはじまったのでござる。
0437風と木の名無しさん2018/09/06(木) 22:00:27.11ID:arrDdALJ0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ナンバリングミスってすいませんでした
キモオタ喋りが萌えたもので…
0438風と木の名無しさん2018/09/07(金) 12:47:43.43ID:hsnluWTW0
なにこれ萌える
次からCM見たらにやけそう
ありがとう
0439風と木の名無しさん2018/10/11(木) 19:30:18.69ID:NrUOX8U70
描写抑えたつもりですが、レイプですので、苦手な人は注意して下さい。

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!
0440紫水晶の夜(アメテュスト・ナハト) 1/42018/10/11(木) 19:32:17.66ID:NrUOX8U70
 二十世紀初頭、爛熟と退廃の帝都ウィーンにあって、貧民宿泊施設や独身男子寮は、困
窮者の受け皿であると同時に同性愛者の溜まり場でもあった。ウィーンだけではなく他の
大都市でも、これは公然の秘密だった。
 当時としては比較的モダンで快適な宿泊所だったメルデマン街の独身男子寮は、入居者
の約七割が三十五歳以下の若年層で、男性が若い男を買いに行く場所として殊に有名だっ
た。
 男娼たちは日の暮れ時になると一階の広い談話室に集まって来て、それぞれ思い思いに
寛ぐふりをしながら、客を待っていた。客は談話室をそぞろ歩いては、好みの男の子を品
定めし、話しかけたり通り過ぎたりした。隣に座って商談成立となれば、二人寄り添って
入居者の各自に与えられた居室へと消えるのがここの暗黙の了解だった。
 「名前は?」
 ある裕福そうな身なりをした壮年の男が、談話室の隅に座ってスケッチブックに絵を描
いていた黒髪の青年に目を留めた。
 「アドルフ。アーディだのデュフィだの呼ばないでね」
 年の頃二十歳ほどの痩せた青年は、射抜くような碧い目を上げ、素気なく答えた。澄ま
し返り、気怠そうで、一人でも多くの客を取ろう、一クローネでも多く稼ごうという気な
ど更々ないように思える。そこが逆に遊び慣れた男の興味を惹いた。
 「アドルフ、目がいいな。気に入った、おまえにするよ」
 「こちらどうぞ。煙草はやめてね」
 青年はにこりともせず、スケッチブックを閉じ、立ってすたすたと廊下を歩き始めた。
客は首を傾げ、独りごちながらついて行った。
 「愛想のない奴だな。まあいいや」
0441紫水晶の夜(アメテュスト・ナハト) 2/42018/10/11(木) 19:38:57.65ID:NrUOX8U70
 「何するの!?ぼくが自分でしている所を見せるだけ、あなたはそれをスケッチするだけっ
て言ったでしょう!?」
 突然の接近と抱擁に驚き、青年は男の腕を振りほどこうともがいた。男は薄笑いを浮かべ、
尚も抗う相手をベッドの上で無理やり抱き寄せ、既に男娼自らが露にしていた下半身に手
を伸ばし、まさぐった。
 「堅いこと言うなよ。金なら後で余計に払うから」
 「嫌だ、嫌だ、触るんなら、嫌!」
 「アドルフ、言うことを聞け!おまえは俺に金で買われたんだ」
 「何だ、お金なんか!」
 有無を言わさぬ平手にバシッと一発頬を張られて、青年の華奢な体はベッドに倒れこん
だ。意識が朦朧としている間に、男に容易く組み敷かれ、カッターシャツの釦を全部外さ
れて、殆ど丸裸にされた。
 以前の恋人で同棲もしていた音大生のグストル以外には誰にも触れさせたことも、口づ
けさせたこともない肌を、見知らぬ男の手と唇が遠慮会釈もなく這いずり回った。片方の
乳首を弄くり回され、もう片方の乳首に吸いつかれた。男の舌がねっとりと乳首に絡む。
 男はファスナーを下げ、彼の家系の宗派に従って、生後すぐ、神に捧げる為に包皮の一
部を切り取られた陰茎を引き出すと、これを青年の太腿に擦りつけた。
 「嫌だ・・・・やめて・・・・」
 おぞましさに鳥肌を立て、羞恥に頬を赤らめながら、青年は喰い縛った歯の間から哀願
の呻きを洩らした。
 「何かまととぶってるんだ、ふしだらなお嬢さん?こんな所にいて、男の前でセンズリ
掻いて金取って、自分だけは違う、きれいでいられると思ってたのか?」
 青年の髪を掻き上げ、感じやすい耳や首筋を舐めながら、男が淫靡に笑った。
0442風と木の名無しさん2018/10/11(木) 19:45:56.37ID:NrUOX8U70
[][] PAUSE ピッ ◇⊂(・∀・;)チョット チュウダーン!

すみません、本文四分割のつもりでしたが、五分割になりそうです。
0443紫水晶の夜(アメテュスト・ナハト) 3/52018/10/11(木) 19:53:17.90ID:NrUOX8U70
 その言葉の通りだった。毎夜のように、この独身男子寮のあちらでもこちらでも、同じ
ような浅ましい営みが行われていた。ここはとっくの昔に、半ば男色を売る売春宿と化し
ていた。たった今も、隣室の住人の嬌声とベッドの軋る音が聞こえてくる。昼間会った時
には良識人ぶって挨拶などしている、同じ年頃の大人しくて小綺麗なブロンドだが、ひど
い時には一晩に二人も三人もの客を引っ張りこんでいることすらある。独身男子寮の壁は
薄く、盗み聞くつもりなどなくても、また静かに読書や思索に耽りたくとも、夜通し隣室
で行われていることがすっかり伝わってしまうのだ。
 その一方で、何が起きても飽くまで当人どうしのことがここの掟だ。どれだけ泣こうが
喚こうが、誰も助けに来てくれる筈はなかった。
 「アドルフ・・・・おまえの肌、女みたいにきめが細かくて柔らかいな。ほら、嫌がっ
ててもしっかり勃って、先っぽが濡れてきたじゃないか」
 男が息を弾ませてそう囁く。男の言った通り、どうしようもなく体が反応している様、
今しも自分が女のように体を開かせられ、自分自身の滴りを塗られて男の怒張したペニス
を受け入れさせられようとしている様を、青年は抵抗する気力も失い、諦念の眼差しで眺
めていた。
 なぜなのか。グストルに抱かれる時、彼の侵入を許す時はいつも、騎士にかしずかれる
女王のように誇らしく、満ち足りて、こんなに屈辱的な思いを味わったことなど一度もな
かった。
 まだ故郷のリンツにいた十七の頃、グストルと「リエンツィ」を観劇した晩、満天の星
の下で神託(ヴィジョン)を受けた自分の選ばれし聖なる人生は、グストルとあんなにも愛
しあい、共に創作や鑑賞の喜びにのめりこんだ幸福な年月は、一体何だったのか。あれ
も、これも、美大に進学する夢と一緒に跡形もなく潰え去ってしまったのか。あんなにも
自分を思い、大切にしてくれたグストルの許を自分から飛び出し、最早リンツに帰る家や
家族すら持たない自分は一体何者なのか。
0444紫水晶の夜(アメテュスト・ナハト) 4/52018/10/11(木) 19:56:48.09ID:NrUOX8U70
 グストル・・・・君はぼくがいなくても、順調に音大に通って勉強を続け、やがてプロ
の音楽家として華々しくデビューするんだろうな。こんな姿、君にはとても見せられな
い・・・・。
 灼熱の槍に体を貫かれ、突き上げられ、引き落とされ、燃え盛る恐ろしい情欲の渦に無
情にも翻弄されてよがり、悶えながら、男の体の下で、青年はさめざめと涙を流した。男
が堪能し、果てるまで、涙を流し続けた。
 食後のちょっとした甘味でも楽しむかのように、青年の頬に戯れの口づけをして、男は
初めて気がついた。
 「何だ、泣いてるのか。恋人がいる――いたのか。初めてじゃないものな」
 起き上がり、身繕いを始めた男の後ろで、尚も一頻り、声を殺して泣いた後で、青年は
枕にしがみつき、低く呟いた。
 「許さない。今度会ったら絶対に殺してやる」
 男は意にも介さず、寧ろおもしろがるようにしゃあしゃあと答えた。
 「へえ?でももう会うことないと思うよ。今夜の夜行でウィーンを発って、当分オース
トリアには戻らない。仕事でヨーロッパ中飛び回ってるんでね。それに君は俺の名前も知
らないだろ」
 「会わなくたって、名前を知らなくたって殺せるよ」
 「どうやって?」
 青年の口調があまりにも確信に満ちていたので、男のからかうような声色、蔑みの笑み
も今やどこか中途半端だった。青年は相手のその顔をまっすぐ見つめたまま、衣服の上か
ら、彼の一物をぐいと掴んだ。たった今自分にあれほどの恥辱と、そしてそれと表裏一体
の思いがけない快楽を与えた忌まわしい凶器。
0445紫水晶の夜(アメテュスト・ナハト) 5/52018/10/11(木) 20:00:04.77ID:NrUOX8U70
 「さっきこの目で、この体で確かめたよ。あなたユダヤ系だよね?」
 「そうだが」
 「ヨーロッパ中のユダヤ人を集めて皆殺しにすればいいんだ。そうすればあなたも絶対
殺せる。覚えておけ、ぼくは絶対にやってやる」
 まだ涙で濡れた碧い瞳に狂気じみた光を躍らせて、青年は生真面目に宣言した。
 「馬鹿言うな、ただの貧しい絵描きで淫売のくせに。じゃあな、おまえなかなかの上玉
だったよ、アドルフ」
 男はせせら笑って、札を一枚と、身に着けていた高価な紫水晶の首飾りをベッドの上に
投げ出し、部屋を出て行った。
 乱れたベッドの上で、青年はのろのろと体を動かした。裸足のままで床に降りた。
 そっと手を伸ばし、今さっき男が残していった冷たい石を取った。
 寒々とした月光の射しこむ窓辺で、復讐の刃にも、また、今夜粉々に砕け散った彼の心
の破片にも似たそれを握り、未だ名のなき絵描きの青年はいつまでもそこに立ち続けた。

Ende
0446風と木の名無しさん2018/10/11(木) 20:01:37.17ID:NrUOX8U70
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ロータル・マハタン「ヒトラーの秘密の生活」より。
0447平行世界のステイルメイト1/32018/10/14(日) 21:41:38.87ID:8vQFaSTJ0
生 鯨人 蟻霧で解散ネタ  蟻→霧で健全な話
HDDからの発掘物ですが、書いたはずの続きは捜索中です
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

その日、僕たちの世界は終わった。
久しぶりに顔を合わせた伊静くんは、ずっと昔からこの幕切れを予測していたようで、
驚くほどあっさりと「解散」の2文字を告げてきた。
ああ、彼らしいなと思うと同時に、胸のあたりに空いた穴は一体、なんという感情を持つのだろう。

僕らの再会にはいつも、偶然という名前がつく。
冬の街角。雑踏にまぎれて姿を見せたのは、たしかに数か月前までの相方だった。
僕は走り出す。人の波をかき分けて、一瞬だけ網膜に焼きついた、
ダッフルコートの灰色を探した。伊静くん、と呼びかけた声は、想像以上に響く。
通行人が振り返るのと、元相方が僕の手を握って路地裏へ引っぱりこむのは同時だった。

「何大声出してんだよ!」
「君こそ」
そう返してやると、彼はため息をついた。昔なら「伊志井さんの方が声デカかった!」と
ムキになって言い返してきたと思う。こんなに近いのに、鏡を隔てたような僕ら。
「で、なんか用?」
「いや、その……用ってほどの事は……ただ、君を見かけたから」
らしくない、動揺。口ごもる僕に、ため息が降ってくる。
「君が元気そうでよかった。家は?ここから近いのか」
「まあ、ね」
あいまいな返事の後、彼は「じゃあ」と踵を返す。
再び雑踏にまぎれた彼を、僕はただぼんやりと見送った。

竹を割ったよう、と平凡に喩えてみる。
『じゃない方』というレッテルを貼る人は、彼がまるで僕に服従しているように思ってたようだが。
伊静くんは決断力があり、潔い性格だった。なんでも難しく考えて、引きずってしまう僕とは正反対の。

僕が悩む時。
ドラマのオファーを受けるべきか。独り身に戻って辛い。コンビをどうするか。
そんな時、すっぱりと答えを出してくれるのはいつも伊静くんだった。
何年も会わなくても。言葉を交わす事すらなくても。
彼はただそこにあって、僕の心を明るくしてくれる。
僕はまだ伊静くんを相方のように思って、もやもやとした
名前のない感情を引きずっていたけど、伊静くんの胸に、穴はなかった。
0448平行世界のステイルメイト2/32018/10/14(日) 21:43:10.52ID:8vQFaSTJ0
次に伊静くんを見たのは、喫茶店の窓から。
やっぱり近くに住んでるじゃないかと後をつけてみた所、それらしきマンションに入って行った。

「危ないねぇ、伊志井くんは」
久しぶりに会った作間さんは「さすが猟奇趣味」と笑う。僕は苦笑するしかない。
「で、君の事だからまた会ったんじゃないのか?」
「ええ。三回目はやっぱり街中で。人混みの中ですれ違ったんですよ、
 すごい確率じゃないですか?」
「解散してからエンカウント率上がってるんだ。
 ……そうだ、こんな言葉を知ってるかい」
作間さんはテーブルに肘をつく。
「三回逢って、四回目の逢瀬は恋になるんだそうだ」
「……恋」
「ハッハッハ!冗談だよ、とある映画の台詞さ!
 じゃ、四回目の再会については今度聞かせてよ」
僕は喫茶店のドアベルが鳴るのをぼんやり聞きながら、思い出していた。

僕は見たんだ。あの日すれ違った伊静くんの、コートの合わせから見えた胸に、
剥き出しの心臓が脈打っていたのを!

この穴は、伝えられることのない感情の侵食だったんだ。
僕よりずっと昔から、君は胸に大きな穴を空けて、少しずつ蝕んでいたのか。
侵食された心に、どんな感情を隠していたというんだ。
……聞かなければならない。手遅れになる前に。


四回目の再会は、長い時間がかかった。
季節が一巡りした、冬。雑踏の中で歩く彼を見つけて、追いかける。
肋骨のすき間から見える赤黒い器官が、
伊静くんが僕を視界に入れた瞬間にどくん、と大きく脈打つ。
彼は僕がついてきているのに気づいたのか、足を速めて雑踏にまぎれた。
僕は息を切らせながら走る。大通りから角を曲がって路地裏を抜け、地下通路へ入る。
その間、伊静くんは一度も振り返らない。

薄暗い地下通路。緑色の蛍光灯がちかちかと点滅している。
逃げる伊静くんと、追う僕の足音が反響して、心臓が早鐘を打つ。
「なんっ、で、ついてくんだよ!」
「君が逃げるからだろ!」
伊静くんは階段を駆け上がって、踊り場にある非常用扉に手をかける。
0449平行世界のステイルメイト3/32018/10/14(日) 21:44:23.58ID:8vQFaSTJ0
「待ってくれ!!」
僕は一足飛びに階段を上がる。伊静くんは扉を開け、滑り込むように外へ出る。
追いかけて、肩に手をかけて――

「……え?」

一瞬で、視界が変わった。
手の下にあったはずの肩は消えて、空中に伸ばされた指先。
「おい」
そして、不機嫌な声。
背中を向けていたはずの伊静くんが、しかめっ面で仁王立ちしている。
「え……伊静くん、え?」
頭がついていかない。だって、さっきまで地下通路にいたはずなのに。
ここはどう考えても……
「いきなり楽屋飛び出してったと思ったら……お前、何勝手にメイク落としてんだよ」
低い声。これは本気で怒ってる声だ。
「しかもなんだよそのカッコ、ふざけてんのか!?今から収録だってのに!」
「しゅう……ろく?」
「……あーっ、もういい!ちょっと来いよ!」
ぐいっと引っぱられて、歩く間、あたりを見回す。
そこでやっと、周りの騒音が耳に届いてきた。大きなスタジオだ。
大きなカメラがゆっくりと回っている――「音声のチェックOKだ!」ディレクターらしき男の声。
ひな壇では877マンの二人が、胸のマイクを調節している。
その向こうで、洒落た衣装の出演者らしき芸人達が台本を片手に喋っていた。
「おい、あれ見ろよ」
僕たちを見た下等が、横の火村さんを小突く。
「堀プロ一の仲良しコンビが喧嘩してる」
「うっわ、超レアじゃん!」
僕の手を引く伊静くんは、それを聞くと恥ずかしそうに顔を下に向けた。
なにからなにまで、おかしい。この世界はいったい……

「なん、なんだ……」

僕の呟きは、スタジオの喧騒にかき消された。
0450風と木の名無しさん2018/10/14(日) 21:45:41.75ID:8vQFaSTJ0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

ゲ仁ソスレの同志には感謝。なんか今読み返すと何も始まってませんね。
続きが見つかったらどうしよう…
0451風と木の名無しさん2018/10/17(水) 10:14:04.82ID:zC3VtZ2D0
>>450
乙でした。続きが気になります。見つかったらぜひ!
作間さんは堀プロの人ですか?
最初は義元の人だと思ったけど伊志井さんのほうが敬語だから違うだろうし
0452風と木の名無しさん2018/10/17(水) 11:43:53.62ID:8rSSmbRL0
>>451
モモ鉄の作間明さんです。一応。
続き…見つからなかったら普通に書き直してみます。
ありがとうございます!
0453風と木の名無しさん2018/10/18(木) 21:40:39.66ID:8vpbZaZU0
>>452
451です。作間さんのことありがとうございました。
続き楽しみにしています。
0454並行世界のステイルメイト-2 1/5 ◆XksB4AwhxU 2018/10/22(月) 21:07:40.80ID:+awCJjqJ0
生 鯨人 蟻霧で蟻さん→霧さんのSFちっくな健全話 続き
話の都合上、存在しない妻子も出てきますので地雷だったらごめんなさい
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!

「僕ね、伊志位さんのファンなんですよ。
 今度ぜひ、一緒に仕事したいと思ってるんです」
美谷さんがそう言って、僕の目をまっすぐに見つめる。僕は笑顔で「はい、よろしくお願いします」と
頭を下げた。がっちりと握手を交わしたその瞬間、世界は二つに分かれたんだ。

そしてここは、あの日美谷さんの手をとらなかった方の世界。

どうやら僕は、もう一つの『可能性』の世界に、迷いこんでしまったらしい。

楽屋に入るまで、伊静くんは一言も口をきかなかった。
壁が一面、大きな鏡になっていて、畳が敷かれてる。コンビだった頃も、こんなに大きな楽屋を
僕たちだけで使わせてもらったことなんかない。伊静くんは「座れよ」と顎で椅子を示す。
背中を向けて、かばんを探る伊静くんを、僕はこっそり観察した。
紺のジャケットに、黒いシャツ。同じ色のネクタイに白い水玉模様が入ってる。
昔着ていたような、野暮ったくて安いスーツじゃない。流行りの芸人が着るような衣装だ。
伊静くんはよく見えないのか、眼鏡を出してかける。
「目、悪くしたのか」
「もう何年かけてると思ってんだよ」
「似合うね」
伊静くんはそっぽを向いて「何企んでんだ」とぶつぶつ言う。褒めたのに。「あった」とワックスを
出して、向かい合わせに座った。仕草がいちいち、昔と同じで嬉しくなる。
「時間ないし、髪だけな」
髪の毛をわしゃわしゃやられて、くすぐったい。うっすら目を開けてみると、すごく真剣な顔だったので
思わず笑ってしまう。鏡に映った僕は、予想どおりの七三分けだ。ただし、かなり現代風の。手を洗っていた
伊静くんは、時計を見て慌てだす。
「走るぞ伊志井!」
「えっ、でも……話が」
楽屋を飛び出していく彼を追いかけて、僕も走る。伊静くんは走りながら、マイクを投げてよこした。
0455並行世界のステイルメイト-2 2/5 ◆XksB4AwhxU 2018/10/22(月) 21:18:48.58ID:+awCJjqJ0
スタジオに駆けこむと、共演する芸人たちはもう皆ひな壇に座っていた。
「本番まであと一分!」ディレクターが叫んでる。
「すいません、蟻霧入ります!」
伊静くんは「すいません」「遅くなりました」とスタッフたちに頭を下げながら、
ひな壇の空いた所に僕を押しこめる。横の下等が「遅刻」と僕を小突いて笑った。
ところでこれはどんな番組なんだ。聞く暇もなくカウントが終わり、カメラが回り出した。
司会の打運他運さんが出てきて、オープニングトークをする。

「はい、今日のテーマはこちら!!」
ホワイトボードが、葉間田さんのかん高い声と共にひっくり返される。
「売れっ子の皮かぶってます、アングラ芸人スペシャル!!」
客席からわー、と拍手が起こった。トークはどんどん白熱していく。
バラエティの収録ってこんなにテンポ速かったっけ?頭がついていかない。
なにか言わなければと思うけど、昔みたいにすぐ言葉が出ない。

「蟻霧はどうなん?仲ええんやろ?」
いきなり話が飛んできて、僕は「へっ?」とまぬけな声を出す。
「仲はいいですよ。たまに死んでくれねえかなって思うことありますけど」
伊静くんは慣れた様子で返した。どっと笑いが起こる。
下等がひでえな、と手を叩いて、僕はやっと(いじられた?)と理解した。
「たまに、やなくてしょっちゅう、やろ!」
末元さんはなんで、知ったように言うんだ。まさかこの世界では付き合いがあるのか。
「伊志井、相方こんな言うとるで」
葉間田さんの目は(ボケろ)と命令している。でも、なんて言えばいい?
ライトが眩しい。頭がくらくらする。僕は真面目なことしか喋れないのに。伊静くんは
昔のようにちゃんと拾ってくれるだろうか。ああ、早く。早くなにか、喋らないと。
「その……」
もう何秒使ってしまったんだ。放送事故じゃないか。ディレクターが渋い顔だ。
伊静くん、君が何とかしてくれることに賭けるしかない。
0456並行世界のステイルメイト-2 3/5 ◆XksB4AwhxU 2018/10/22(月) 21:23:22.41ID:+awCJjqJ0
「僕たち、仲良しなのか?」

バカなことを言ってしまった。何年もお笑いをやってないのを差し引いてもつまらない。
ひな壇に、やや白けた空気が流れる。固まってしまった僕に、
伊静くんは「当たり前だろ」と笑ってくれた。
「お前は俺にとってかけがえのない、一番の……金づるだよ」
芝居がかった調子で毒が吐かれる。一瞬の後、ひな壇が笑いに包まれた。
打運他運さんが「嘘やろ!?」と笑うと、伊静くんは「嘘ですよ!」と僕の肩に手を回す。

収録は、まあまあに終わった。

「最悪」
楽屋の扉が閉まるなり、伊静くんは吐き捨てるように言った。
「……すまない」
空気が重い。テーブルの上のスマホが鳴った。伊静くんは僕を無視して、電話に出る。
「もしもし、……もう熱下がった?今仕事終わったけど、何食いたい?」
向こうでカツ丼、という声が聞こえた。
「だめ。風邪治ってからな。パパちょっと遅くなるけど、ちゃんと寝てろよ」
そこで僕はやっと、伊静くんの左薬指に銀の指輪があるのを見つけた。
……なんだか、もやもやする。
「大事な話があるんだ。聞いてくれ」
伊静くんは黙って座った。しばらくの沈黙のあと、僕は顔を上げる。
「実は、僕は君の相方じゃない」
「……は?」
「正しくは、"この世界の伊志井じゃない"んだ。さっき、僕は楽屋を飛び出していったと
 言っただろう?「おーい、遊びに来たぞー」
のんびりした声。それが下等のだと脳が理解する前に、全部の言葉が僕の口から飛び出していた。

「その瞬間、この世界の僕と、僕が入れ替わったんだ。
 僕は、並行世界の伊志井政則なんだよ」

空気が凍りつく。戸口の877マンも、もう一人の男も。そして向き合っている伊静くんも絶句していた。
「だから今ごろ、僕のいた世界に、この世界の僕が行ってしまってると思う」
嘘だろ、と伊静くんが言う。そう思いたいのは僕の方だ。
そういえば『向こう』に行った僕は、大丈夫だろうか。
明日には撮影があるのに、ちゃんと台本を覚えられるんだろうか。不安だ。
0457並行世界のステイルメイト-2 4/5 ◆XksB4AwhxU 2018/10/22(月) 21:32:59.13ID:+awCJjqJ0
何が起こったんだ。伊静くんと下らないことで喧嘩をして、楽屋を飛び出した。
そこまでは覚えてる。僕は屋上で頭を冷やそうとしたはずだ。それがなんで外で、相方の腹に乗ってるんだ。
「……い、伊志井……さん?」
僕に潰された伊静くんは、目を白黒させている。僕はあたりを見回した。寒い。後ろには
地下道の非常扉があった。スタジオの近くで誰かに引っぱられたような感覚があった。あれは一体……。
「重いんだけど」
「あ、ああ……」
伊静くんは起き上がると、僕を上から下まで見て「誰だ、お前」と言ってくる。
きっと、目の前の僕はそっくり同じ表情をしている事だろう。
君が僕を昔みたいにさん付けで呼ぶなんて『あの時』しかないんだから。
「とりあえず、話し合わないか?このおかしな現象について」
僕はそう言いつつ、頬をつねってみた。痛い。これで夢の線は消えた。
「冷静すぎんだろ」
「びっくりしすぎると、人ってそうなるんだよ」
嘘だ。本当はものすごく動揺してる。これは僕の我侭だけど、彼の見る伊志井はいつも冷静でありたい。
「……収録、どうしよう」
目下の心配事はそれだけだ。僕は冬の風に首をすくめながら、
伊静くんによく似た伊静くんと並んで歩き出した。



彼の運転で帰るなんて、何年ぶりだろう。877マンの二人は「明日絶対説明しろよ!」と
言いつつ、僕を伊静くんの車に押しこめた。たぶん、ドッキリだと思ってるはずだ。
「降畑の撮影でさ、君が送り迎えしてくれるんだ。嬉しかったな。
 カチンコが鳴ったら、伊志井さん、こっちだよって呼んでくれるのが」
僕は饒舌になっていた。安心していたのかもしれない。伊静くんは黙々と運転している。
「……聞いてるのか?」
「聞いてる」
「もしかして、怒ってる?」
「怒ってないよ」
伊静くんはこっちを見ない。
0458並行世界のステイルメイト-2 5/5 ◆XksB4AwhxU 2018/10/22(月) 21:35:10.95ID:+awCJjqJ0
「……僕たち、仲悪いのか」
そう聞くと、彼は一瞬だけ顔をこわばらせ、「別に」と答えた。
これは、どっちなんだ。仲良しだというのが嘘なら、立ち直れないかもしれない。
いや、何年も会わなくたって平気だったんだ。今さらそんなことで……無理だ。
「そういえば、どうして君は信じてくれたんだ?自分で言うのもなんだが、
 荒唐無稽にもほどがある話なのに」
「……伊志井が俺に嘘つくなんて、ありえないから」
喜びかけたが、すぐに「そこまでお前は器用じゃないだろ」と言われた。
一人でへこんでいる僕をよそに、伊静くんは「着いたよ」と車を停めた。
だいぶ昔に買った中古の一軒家。合鍵は渡さなかったと記憶している。
「合鍵、持ってるのか」
「何回も捨てようと思ったけどな」
伊静くんは勝手知ったる様子で中に入ると、冷蔵庫を漁る。僕はリビングを見回した。
ソファに脱ぎ捨てられた服、床に転がるビール缶。この世界の僕は、自堕落な生活だったのか。
「あ、まだ寝室には入るな。片付けてやるから」
「いいよそれくらい。自分でやるさ」
「いや、ちょっと……」
歯切れの悪い返事にいらついた僕は、伊静くんを押しのけて寝室に入った。
大きなベッドと、本棚。デスクにはパソコン。なんてことない、普通の寝室だ。
――ベッドの支柱に、手錠がかかっていること以外は。

「……馬鹿だよな、お前」
いつのまにか、伊静くんが背後に立っていた。
「こんなモン使わなくたって、俺は離れていかないってのに」
ベッドに座って手錠の鎖をいじる彼が、急に得体のしれないものに見えてきた。
彼は、「だから、入るなって言っただろ」と笑った。
まるで悪戯が成功した子供のような、表情で。
0459風と木の名無しさん2018/10/22(月) 21:36:23.53ID:+awCJjqJ0
□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!
お目汚しでした。蟻さんのインタビューとかのエピを参考にしてます
0460風と木の名無しさん2018/10/25(木) 01:31:45.93ID:1okmwzi20
>>459
乙です
二人でひな壇に座って打運他運にいじられる蟻霧って新鮮だった
降畑に蟻さんが抜擢されなかったら現実になってたのかもと思うとせつない
0461泣きたい時は君と1/52018/11/06(火) 21:08:21.53ID:/m+Gj7gP0
てぃーぶいけーで再放送中の、懐ドラ『俺/た/ち/の/朝』より
押ッ忍×抜け作 エロはないけど最終回のネタバレあり

|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!


「母さんが死んだんだ」
真夜中、チャイムも鳴らさずにやってきた男はそう言った。
「俺の帰る家が、なくなっちまったよ」
きっと、病院から走ってきたのだろう。汗を垂らす逞しい肉体から
消毒薬の匂いが立ち昇るのが、抜けにはひどくミスマッチに思えた。
「ドテラを着てくるから、待っとれ」そう言った自分の声が、どこか遠くで響く。
「抜けさぁん、出かけるの?」
「お前は寝てろ」
寝ぼけ眼の繋ぎを布団に押し戻し、パジャマの上にドテラだけ羽織る。
二人は、母屋の大家を起こさないようにそっと出た。

「馬鹿だなお前は」
由比ヶ浜に出て、初めに飛び出したのはそんな言葉だ。
押ッ忍は呆けたような顔で、隣の抜けを見ている。ミサコさんのように
微笑んで「大丈夫よ」なんて背中を撫でたりできない、
自分の可愛げのなさを後悔した。だが、時すでに遅く。押ッ忍はしっかり
聞きとって「どういう意味だよ」と返事をしていた。

「妹さんはどうした。なんでそばにいてやらないんだ」
抜けはポケットに手を突っこんで、深く息を吸い込む。
夜の海は暗く、一寸先も見えない。まるで今の押ッ忍と同じだなと、抜けは思った。
「だって、京子は……俺がいなくたって……」
「そりゃ、しっかり者って事にしとかなきゃあ、
 お前が逃げる言い訳がたたんものな。
 ……それでも男か!!」
てっきり怒鳴るかと思ったが、押っ忍は大きな体を丸めて、砂浜に体育座りするだけだった。
0462泣きたい時は君と2/52018/11/06(火) 21:09:39.18ID:/m+Gj7gP0
「なんだ、カーコさんにゃ強く出られても、わしにゃ無理か」
押っ忍は黙って、寄せては返す波を見つめていた。
暗いというよりは、黒い海辺。遠くに漁船の明かりがぼんやりと浮かび上がるのを、
二人、眺める。
「なあ、抜け……お前、いい奴だなぁ」
押ッ忍がだしぬけにそんな事を言ったものだから、抜けはたじろぐ。
「俺を本当に叱ってくれるのなんか、お前だけだよ」
「なんだ、気持ち悪い奴め」
「カーコはうるさいだけで、本当の事なんか言ってくれねえからなぁ。チュウだって、俺に
 気を遣ってる。……二人とも、優しいんだ」
そう呟く押ッ忍の横顔が、あまりに寂しそうで。
抜けはふと思った。

――こいつは、周りが思っているよりずっと、弱い人間なのかもしれない。

社会はとても息苦しい。大学を卒業して、会社に入って、週に六日働いて、
結婚して子供を作って、あとは酒とパチンコで憂さ晴らし。
上手くやるのが上手な抜けでさえ、たまに逃げ出したくなる時はあるのだ。

「親孝行……できなかったな」
押ッ忍は下を向いて、目元を袖でぬぐった。
「何がメロンだ、何が入院費だ、そんなことより、元気なうちにもっと顔を見せりゃよかった。
 店を手伝えばよかった、一緒に暮らせばよかった、
 ……っ、父さんから、守ってやりたかった……!!」
声を殺して泣く幼なじみのそばに、抜けはそっと腰を下ろす。
肩を抱きよせてやると、押ッ忍はとうとう、わんわんと声を上げて泣きだした。

彼は誰よりも『まともな大人』になりたくて、ことさらに男ぶって見せる。
偉そうな物言い、堂々とした態度。だが押ッ忍は、本当はまだ子供でいたかったのかもしれない。
ならせめて、自分はそれを責めないでいてやろう。
抜けは密かにそう決めた。
0463泣きたい時は君と3/52018/11/06(火) 21:10:26.28ID:/m+Gj7gP0
「なあ、押ッ忍よ。お前、泣けるんだな」
鼻水をすすりながら、海を見ている押ッ忍に、抜けは出来る限り優しい声をかける。
「わしゃ、お前が泣いたり、怒ったりしとるのを見るのが好きだ。
 まあ、つまり……あれだ、素のお前を見るのが楽しいっちゅうことだ。
 だから、泣きたいんだったらわしの所に来い。こんな面白いモン、チュウやカーコさんに
 見せるなんざ、もったいない」
押ッ忍は「なにを言うんだ」と言いつつ、涙目で笑った。

次に押ッ忍の涙を見たのは、彼がヨットで大海原に出て行く時のことだった。
久しぶりに押しかけてきた男は、大家が丹精込めて作った鍋をぺろりと平らげ、
思い出話に花を咲かせたあと、抜けを夜の散歩に誘ったのだ。
「ミサコさんのとこ?俺も行こっかな〜」
鼻歌まじりでついてこようとするツナギを大家に押しつけると、
抜けは下駄を突っかけて出た。
「おう、待ったか」
「いや。……お前まだ腹は入るか」
「誰かさんが鍋を平らげたおかげでな」
「いい屋台を知ってるんだ、行かないか」
そう言って押ッ忍が歩いて行ったのは、江ノ電の踏切だった。
親切そうなおやじが、ラーメンを作っている。押ッ忍は「これも食え」と
自分の味玉を抜けのどんぶりに入れた。
「俺、もう日本を出ようと思うんだ」
「そうか」
正直に言って、抜けにはどうでもいいことだったので。
(遭難でもして人様に迷惑をかけなければ)
おざなりな返事をしてラーメンをすする。隣で同じくラーメンを食べている押ッ忍は
箸の持ち方も美しい。粗野を気取っていても、やはり鎌倉の坊ちゃんだ。
抜けは押ッ忍の隠れた上品さを、本当は好いていた。
0464泣きたい時は君と4/52018/11/06(火) 21:13:51.11ID:/m+Gj7gP0
「カーコがな」
「うん」
「カーコがな、俺のこと……本当は好きだったって、言ってくれたんだよ」
「そりゃ本当か。まあ、わしゃそうだろうと思っとったがな」
「でもな、俺の方はどうだか、自信がなかったんだと」
カーコが、押ッ忍とチュウの両方を好いているのは誰の目にも明らかだった。
繋ぎと二人、どちらが恋の競争に勝つか賭けていたのだが、金沢のお嬢さんが選んだのは、誠実なチュウの方だったのだ。
「……馬鹿だよな、俺は……お前が言ったとおり、本当に馬鹿だったよ」
「……」
「もっと素直に、なりゃあよかった……
 好きってのだけじゃ、駄目だったんだよ。やっぱり、俺は人を愛するとか、そんなことはできないんだ」
押ッ忍らしからぬ弱気な発言に、抜けはなにか言ってやろうと思ったが。
どんぶりに、ぽたぽたと涙を落としながら食べる姿に、口をつぐむしかなかった。
その代わりに、広い背中を撫でてやる。
「俺、あれほど好きになれる女を知らないよ。……俺には、カーコだけなんだ」
「そうか」
「でもな……でもな、チュウならいいって思えるんだ。チュウならきっと、カーコを幸せにしてくれる。
 カーコの幸せのために生きられる。あいつがカーコを幸せにしてくれるんなら、俺も幸せなんだ」

愛に破れた男は、それからすぐに海へ出て行った。まるで逃げるように。
0465泣きたい時は君と5/52018/11/06(火) 21:14:43.94ID:/m+Gj7gP0
やがて、外国の消印が押された絵ハガキが、抜けのもとに届いた。
そこには日本へ帰る予定の日付と、短いメッセージがあった。

『また、お前のそばで泣かせてもらってもいいだろうか』

「いいに決まっとるだろ、バカタレが」

抜けは絵ハガキを机の引き出しにそっとしまいこむ。
きっと、これからも押ッ忍は自分のところへ逃げてくるだろう。
海の上での孤独に耐えきれなくなったら。親友と、生涯でただ一人愛する女の
幸福を見るのが辛くなったら。そして、自分はそれを黙って受け入れるのだろう。
チュウとカーコが子供をもうけて、幸せな『家庭』を持つのを、横目で眺めながら。

それでもいいと、抜けは思っている。

□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

このドラマ、カプ萌えの宝庫すぎる。
お目汚しでした!
0466並行世界のステイルメイト-3 1/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:49:57.16ID:0eDSkvVG0
生 鯨人 蟻→霧 ちょっとエロい 
|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!


ふいに手を強く引かれ、視界がぐるりと回った。
天井と、怖ろしいほど無表情な顔が僕を見下ろしている。
押し倒された、と半拍遅れで理解した瞬間、口づけられた。
「ん、むっ」
手首がつかまれて、シーツの海に沈む。青くさい匂いが鼻をつく。視界のすみに、コンドームの殻が見えた。
くぐもった吐息が、口中で溶ける。ん、と鼻にかかった声が自分の喉から出た。
伊静くんは舌が触れ合うとすぐに唇を離して、僕のベルトに手をかける。
「っ、!?な、なにすっ……」
ずる、とズボンを下着ごと下ろされて、「やめろ」と声が出る。
「汚い、洗って、な」
「そっちかよ」
伊静くんは構わず、まだ縮こまった『それ』に口をつけた。ひ、と小さい悲鳴。
自分の声だと遅れて気づく、ちゅぷっとぬかるんだ音がして、温かいものに包まれる。
「やめ、ろっ……やだ、って」
髪をつかんで引き剥がそうとしたが、伊静くんは構わずじゅるると音をたてて吸い上げた。
下腹のあたりに、どろりとしたものが溜まる。
「あっ、あァっ、やだ、くるっ……!」
僕は思わず、つかんだ髪を強く引いて押しつけた。脳天まで突き抜ける快感に恍惚としていると、
くぐもった呻き声がする。当然吐き出すと思ったのに、伊静くんは口で手をおさえて、
何回もえずきながら呑みこんだ。
これはまさか、この世界の僕がさせていたのか。こんな変態行為を強いるなんて、何があったんだ!?
「伊志井、さん」
伊静くんはぷちっとシャツのボタンを外して、まだ混乱している僕に跨がる。
「お、おい、まさか、やめろ。僕はそんな……えっ?」

ぱたんっと。紙の人形が倒れるように、伊静くんはベッドに沈んだ。
「え?おい、伊静く……あっつ!!」
ひたいに手を当てると、火傷しそうなほど熱い。
0467平行世界のステイルメイト-3 2/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:51:30.00ID:0eDSkvVG0
「き、君っ、こんな熱で運転……いや、収録したのか!?」
ひとまず寝かせようとして、彼の家に風邪っぴきの娘さんがいたのを思い出す。つまり感染源はその子だな。
「……しかたない」



熱に浮かされた伊静くんが教えた住所には、分譲マンションがあった。
「おい、オートロックじゃないか。番号は」
「0322……」
なんで暗証番号が僕の誕生日なんだ?不用心だ。さっきの事もあって気味が悪い。
「よし、開いたぞ。部屋は?」
「20……」
そこで、首はがっくりと落ちた。自分より重い体を引きずって、なんとかエレベーターで最上階まで行く。
伊静、と表札の出た扉を見上げると、急に緊張感が出てきた。
この向こうに、伊静くんが歩む可能性のあった『人生』がある。そう考えると、胸の奥がざわざわする。
とりあえずインターホンを押した。
はーい、と可愛い声がして、扉が開かれる。

「……パパ!?」
出てきたのは、女の子だ。伊静くんにはあまり似てない、可愛い子。
ひよこ柄のパジャマで、ひたいに冷えピタを貼っている。その子を見た瞬間、僕の中のざわめきはもっと激しくなった。
「おじさん、パパどうしたの、ねえ」
「あー、いや……その、風邪が、伝染ったみたいなんだ。ママは?いるかい?」
そう聞くと、女の子は泣きそうな顔になる。
「おじさん、変だよ……なんでそんなこと言うの」
「えっ?ああ……ごめん」
とりあえず謝っておく。伊静くんを着替えさせて寝かせる間、娘さんはずっとこっちを見ていた。

「お粥でも作ろうか」
「うん」
伊静くんの家は僕の家と正反対に、ちゃんと片付いている。まるでモデルルームだ。僕はヒントを探して、
リビングのソファにランドセルが放られてるのを見つけた。
0468平行世界のステイルメイト-3 3/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:52:36.49ID:0eDSkvVG0
『いしづか さや』と書かれてるのをちらっと見て「さやちゃん」と呼びかける。
「おじさん……なんか、おじさんじゃないみたい」
ぎくっ。鋭いなこの子は。さやちゃん(漢字不明)と向かいあって、僕もお粥をいただく。
「おじさん、泊まってくの?」
「駄目かな。ママが怒らなきゃいいんだけど」
「ママはずっといないよ。知ってるでしょ」
さやちゃんはちょっと怒ってる。なるほど、父子家庭だったのか。しかし僕ならともかく、伊静くんが
結婚生活につまずくのは想像つかないな。失礼だが、浮気される姿は簡単に想像できる。

「おじさん、おやすみ」
「ああ、おやすみなさい」
さやちゃんは、襖が閉まるまでじっと僕を見ていた。相方の娘ながら、薄気味悪い子だな。
布団からは、伊静くんの吸っていた銘柄のタバコが微かに香った。和室を見回して、仏壇を見つける。
そこの遺影を見た瞬間、僕の心臓は凍りついた。まだ成人したてのような、可愛い女の子。
僕たち蟻霧の漫画を描いてくれていた、あの子だ!

『わたしの漫画、読んでくれたんですか?――うれしいです!』

ずっと昔、はにかみながら喜んでいた姿が思い出される。
もうずいぶん会ってないが、僕のいた世界では元気に生きているはずの、彼女が――
伊静くんの、お嫁さん?

下の引き出しが、少しだけ開いている。開けてみると、結婚式の写真が出てきた。日付は2007年。
紙吹雪を浴びている、笑顔の新婚夫婦。後ろで拍手する友人たちの中に、この世界の『僕』もいた。
「え……」
驚いて、しばらく写真を見つめる。
この世界の僕は、ぞっとするほどの無表情だった。とても晴れの日にはふさわしくない表情。
「君は……伊静くんを、好きだったのか?」
写真の僕に問いかけても、答えが返ってくるはずはない。仮に、そうだとして。あの手錠や、散らかった部屋からは
愛情と呼べるものなど見えない。この世界の僕らは、ずいぶんと拗れた関係のようだ。
僕はため息をついて、写真の下にあった手紙を読んだ。
0469平行世界のステイルメイト-3 4/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:53:39.16ID:0eDSkvVG0
『おめでとう!バツ一の伊志井からは、厄除けの意味で
 倍のご祝儀をもらっておくように。 
 PS:名付け親は俺が予約済みや!残念やったな、伊志井! 村太シ者』

やっぱり。さっき、877マンの後ろにいた男は、村太さんだったのか。記憶より老けていたから、
一瞬分からなかったが……僕と目が合うと、逃げるように行ってしまった。
「聞きたいな。……いや、聞かなきゃきっと、後悔する」
きっとあの人は、何かを知っているはずだ。胸に空いた小さな穴に手を当てて、決めた。




「……ごめん、ちょっと、まずは話し合おうか」
俺はとりあえず、伊志井さん(?)を家に連れて帰った。とりあえず、この人は家に泊めるとして……いや、
俺は伊志井さん家の合鍵持ってないし。そんだけだから!
(俺は誰に言い訳してんだ)……別人、かな。うん。明らかに別人だろ。
服もちがうし、話し方もなんか、親しげだし。つまりあれだ、小説なんかによくある、あれだ。
「えーと……もしかしてお前は、パラレルワールドの伊志井さん、みたいな?」
「その通りだよ。君は理解が早くて助かる」
さすが相方だね、と笑ってる伊志井さん。正直ちがうって言ってほしかったよ。
「あ、一応“元”相方だからな」
「待て、まさか解散したのか!?」
「え、ああ……2016年の、大晦日に」
「そこまで長くやっていて、なんで解散なんか……」
なんで。それは俺も11年考えて、分からなかったよ。どこから歯車がちがう方向に回ったのかも、もう思い出せないんだから。
心臓のあたりが冷えてくる。シャツの上から穴を探ると、最近また広がった『穴』から肋骨が触れた。
「伊志井さんが……お芝居、やりたがったから……かな。
 いや、俺のせい、かも」
「君の?」
「ん、俺がもうちょっと……ちゃんとした相方だったら……色んな人に、言われてたしね。
 君がもっと頑張らなきゃ、って。……頑張った、つもりだったん……だけど、なあ」
あ、やばい。なんか目尻が熱くなってきた。別に悲しいとか思ってないはずなのにな、なんでだろ。
0470平行世界のステイルメイト-3 5/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:55:09.49ID:0eDSkvVG0
「……ごめん、ちょっと思考が追いつかないから、飯作ってくる」
俺はとりあえず逃げる事にした。伊志井さんはなんとなく察してうなずく。
「その間、風呂でも入ってなよ。料理しながらちょっと頭落ち着かせるからさ」
そうだ、まずは落ち着かないと。そして、明日からの予定を考えるんだ!
俺は自分に言い聞かせながら、料理を始めた。

「出たよ」
湯気の中、全裸で出てきた伊志井さんに、俺は「服を着て出ろよ!!」と怒鳴った。
「服がないんだ」
「そこにパジャマ出てんだろ!?その、畳まったやつ!」
「ああ、これ……「それはシーツだって!」
ぶら下がってるのを視界に入れないようにしている俺に、伊志井さんは「なんだ、君の大好物だろ」と
近づいてくる。ボケだよな?ボケで言ってんだよな!?
「とっ、とにかく着がえろって。冷えるだろ」
パジャマを押しつけると、伊志井さんは目をぱちぱちさせて、ちょっと笑った。
「いいな、君がこんなに優しいんなら、ずっとこっちにいてもいい」
「え?」
「冗談だよ」
伊志井さんはパジャマに着がえながら「これ、君には小さいだろ」と聞いてきた。
「形見だよ。……村太さんの」
あの人は、よく俺に古着をくれた。形見になった後はしまっておいたのが、役に立つとは思わなかった。
でも、俺が着れないのは分かるだろうに。やっぱりあの人は、伊志井さんにって意味でくれてたのか。
今となっては分からない。
「村太、さん……?おい、それはどういう」
「死んだよ。もう12年も昔に」
伊志井さんは下を向いた。しばらくもごもご言葉を探して、「こっちでは、元気に生きてる」と呟く。
「そっか。よかった」
もう会えない事に変わりはない。だからよかったとしか言えないのに、伊志井さんはちょっと眉をひそめた。
そこで、俺のスマホが鳴った。伊志井さんは座らせて、電話に出る。
「はい、もしもし。……伊志井ですか?いえ、いませんよ」
ソファの伊志井さんをちらっと見て、囁く。ベランダに出るまでの間、伊志井さんのマネージャーはずっと怒鳴っていた。
0471平行世界のステイルメイト-3 6/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:56:14.84ID:0eDSkvVG0
『ロケの休憩時間に出ていって、帰らないんですよ……
 明日は映画の撮影なのに、どうしてくれるんですか!!』
どうしてくれる、と言われても。伊志井さんのスマホは、持ち主と一緒にパラレルワールドだ。出ようがない。
「……元相方に聞いてどうするんですか」
『もう手がかりは全部聞いたんです……あとは伊静さんしか』
「とにかく、俺にはどうしようもないんで、撮影はキャンセル『明日来なかったら出演中止になるんですよ!?』
 ……じゃあそれでいいですよ!!」
リビングに戻ると、もう一人の伊志井さんは、心配そうな顔で俺を見ていた。 

「ほら、食えよ」
「どれどれ……んっ、美味いじゃないか。特売のコロッケで食いつないでた子が、成長したね」
「それ、俺がハタチくらいの話だろ?」

俺たちは、薄っぺらい会話をしながら食事をした。
それが辛いのか、伊志井さんがそわそわし始めたので、「そっちはどんな感じなの」と聞いてみる。
どうやら、伊志井さんが降畑のオファーを断って。お笑いコンビとしてがんばりましたって感じの世界みたいだ。
もったいないね。伊志井さん、いい声してるのに。

「こっちの君さ、結婚してるよ。可愛い娘さんもいる」
「えー、嘘だろ。俺なんかにお嫁さん来てくれたの?」
「君の大ファンだった人。ここまで言えば分かるんじゃないか」
伊志井さんは、なぜかこわばった表情で、向こうの俺と嫁さんのなれそめを語った。

「ところで。こっちの蟻to霧ギリスは、どんな歴史を辿ったのかな」
……そうだよな。そう来るよな。
俺は言葉を選びながら、11年のコンビ時代について話す。伊志井さんはずっと、暗い顔で聞いていた。
「一つだけ、いいかな」
「いいよ」
「君は、こっちの僕をどう思っていたんだい?」
「大嫌いだった」
そう答えると、伊志井さんは打ちのめされたみたいになる。
「……って言えば満足する?」
教えてやらない。お前にも、向こうにいる『俺の』伊志井さんにも。俺の心なんか、絶対に見せてやらない。
0472平行世界のステイルメイト-3 7/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 16:57:32.12ID:0eDSkvVG0
「どうして」
伊志井さんは、やっとそれだけ言って、両手で顔を覆うのにちょっとだけ満足する。
――指先に触れるむき出しの心臓が、また脈を打った。





朝。起き出してリビングへ行くと、伊静くんはもう起きていた。
何食わぬ顔でコーヒーを飲みながら、スマホを見ている。目が覚めたら元の世界に戻ってるんじゃ
ないかと思ったけど、さすがにそれはなかったようだ。
「……おはよう」
伊静くんは顔を上げておはよう、と素っ気なく返す。その後ろで、さやちゃんがセーラー服の
スカーフと格闘していた。ランドセルには『3年1組』とあるのに、まだ着れないか。
「さや、行ってらっしゃい」
ちゅっとリップ音が聞こえた。なんだ、僕にはあんな態度をとるくせに。あんな優しい顔して。
……胸の穴が、ずきずきと痛みだす。
「あ、そういえば……車、僕の家に置きっぱなしじゃないのか?」
黒い感情を隠して言ってみると、伊静くんはああ、と思い出したようだった。
「あとで取りに行く。……聞かねぇの?」
「何を」
とぼけてみると、伊静くんは冷やかすように「中身もアリか」と言って、スマホに戻った。
なっ……な、な、なんなんだ!僕は何も知らないんだぞ!僕の知ってる伊静くんと性格違いすぎないか!?

謎のいらいらは、稽古場に行ってからも消えなかった。
「よっ、異世界人」
にやにや顔の下等が、肩に手を回してくる。信じる気になったのかと思ったが、「伊志井はそんな
自然な演技できねえだろ?」とのこと。伊静くんといい、辛辣すぎないか君たち。
「そうだ、気になっていたんだが……こっちの僕は、どんなキャラクターなんだ?
 打運他運さんにも"今日明るいな"ってびっくりされたんだが」
「んー、ネガティブクズ?KOCのキャッチコピーはしびれたね。"キング.ルサンチマン"」
そうか、こっちの『僕』は劣等感をこじらせたキャラで売ってるのか……。
0473平行世界のステイルメイト-3 8/8 ◆XksB4AwhxU 2018/11/22(木) 17:00:15.72ID:0eDSkvVG0
「あ、お前さあ。昨日生放送でやらかしたじゃん。マネージャー怒ってたぞー。
 罰として今日の百太郎商店、伊静だけだってさ」
「ハァ?自重課長が来んだぞ、今日。こっちが一人でどうすんだよ」
あ、まずい。伊静くんの機嫌がまた悪くなってる。ていうか百太郎商店、まだ続いてるのか。長寿番組だな。
「お前、ほんっと自重課長好きな」
下等が笑うと、伊静くんはそっぽを向いて「甲本、同い年だし」と答えた。

伊静くんが出ていくと、下等は「ハァ……」とため息をつく。
「あいつさ、いつからあんな天邪鬼になっちまったのかなぁ」
「え?」
「あ、そっか。お前は知らねえのか」
下等は話していいものかどうか、迷っていたが、僕が真剣に知りたがってると分かると座った。
「だいたい予想ついてると思うけどさ、お前らって人目がないとこでは冷えてるよ。仲良しコンビで売ってんの。外には」
「それは……よくある話じゃないか」
「うん。お前がネガティブなキャラで、伊静は天然ボケでやってるけどさ。見ての通り。
 あいつ、なんでも逆に言うんだよなぁ。実際は井之上の方が仲良しなくせによ」

そこで、誰かが稽古場に入ってきた。下等はその人に何か耳打ちして、「じゃ」と離れる。
「伊志井、おはよさん。……なんや、幽霊でも見たみたいな顔して」
「……村太さん」
僕はなんとか立ち上がって、その人と向かい合う。この人はきっと、僕に答えをくれる。生前そうだったように。
「教えてほしいんです」
そう言った僕に、村太シ者はにっこりと笑った。


□ STOP ピッ ◇⊂(・∀・ )イジョウ、ジサクジエンデシタ!

どこかから怒られたら土下座します。
(ゲーム芸人の走りみたいな人たちだったのになー)
0474引退セレモニー 1/32018/12/05(水) 13:02:55.51ID:adr7v8030
しゃちほこの盛野→元ド荒の中の人(盛野の引退セレモニーより)



|>PLAY ピッ ◇⊂(・∀・ )ジサクジエンガ オオクリシマース!



「お久しぶりです」
盛野にとって、挨拶に来た彼に会ったのは実に4年ぶりだった。
2013年まで彼は、ド荒を演じていた一人だった。
一人だった、というのは、ド荒を演じるにあたり数人のローテーションを組んでいたからだ。
その中でも彼とは一際仲が良く、飲みにも行ったし、プライベートで旅行に行ったりもした。
しかし、2013年。彼は、異動してド荒を演じることから離れた。
他のド荒担当から、今頃ヒーローショーをやってますよ、と教えてもらったりもしたが、大半は眉唾ものの噂だった。
]家族の都合とも聞いたし、足の故障とも聞いたし、転職とも聞いた。
真実はわからず、結局マスコットを演じることも球界とは大差ないのだと盛野は理解した。
引退、FA、移籍、海外挑戦。様々な理由で球団から選手は去っていく。
次第に盛野は彼のことを考えるのをやめた。盛野自身が、自分自身の身体の制御をできなくなっていったからだ。
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