知津が孕んだ時に当主が自分の子と疑わないのは、全くの同時期に二人被ってたんだよね?
しかも桂木が父親探しするのに産まれた年から逆算して辿っただろう上で、男関係だらしなかったって言うんだから二股じゃ済まない可能性もありでは?
誰の子かなんて当人らも分からないしバレなくない?
知津と桂木祖父が当主と同時期に通じてた事が怒りをかって、こんなん誰の子か分からんやろーって勘当されたならまだ分かるけど
それでも当時はまだ桂木家とは絶縁もしてないし、それどころか二人の息子もうけながらも蓄妾届は死守しろとキクに命令してる
どういうわけなんだろ