奈良西からあの男がここ大阪へ戻ってきたのは、二月も半ばのことだった。理由は厳重な警備体制の重要性。当たり前だ。田舎の拘置所が大阪に敵うものか。
午前中に移送を終え、交代で取った休憩で私達はニュースを見ていた。
移送の映像がテレビで流れるのは移送が完了してからだ。生中継では手錠や腰縄にボカシを入れられないし、警備の上での問題もあるからだ。だから奈良から出て来る様子を見るのはこれが初めてだった。

七月に移送された時と同じように、出口の段差を降りる姿に、瞬時に違和感を覚えた。
誰かが「裸眼?」と呟く。そうだ。大阪に到着した時は確かに眼鏡をかけているのをこの目で見た。
だとすると、警官の誰かが眼鏡を預かっておいて、車の中で掛けさせたことになる。だが、何のために?

フサフサとした黒髪を揺らす横顔が、車の後ろを通過し、向きを変えてこちらへ、こちらというのはカメラのほうなわけだが、近付いてくる。やがて車の方へ向き直り、乗り込むために体を少し屈めて、頭をぶつけないようにと、腰縄を持つ若い警官が手をかざし…

「あっ」と思わず声が漏れた。
……やられた。
眼鏡を外させたのはこのためだったのだ。近視の被告人を裸眼で歩かせれば、視界は悪くなる。頭に手をかざしても不自然にならない。おまけに市民の印象も良くなることだろう。
わざわざ眼鏡を外させる、そんなことが可能なのか?いや、現に裸眼で歩いていた。可能だから実現したのだろう。