アタッカーズ Part28 [無断転載禁止]©bbspink.com
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奴隷島のことを思い出す
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に何年も奴隷とされていた日々が終わり、やっと家族と再会することができる瞬間は
喜びに満ちているはずだった。
だが、23歳のソハムさんにとって、それは人生最悪の日となってしまった。
イラクの少数派ヤジディー教徒のソハムさんは、モスル(Mosul)からクルド人自治区ドホーク(Dohuk)までの5時間の車の旅を、
引き離された娘のことを思い、怒り、泣きながら過ごした。
1歳の娘と別れるのは、ソハムさんの意思ではなかったという。だが、子どもはIS戦闘員にレイプされた結果生まれた子であり、
ヤジディー教徒の閉鎖的な社会には受け入れられない、とおじにはっきり言われた 「娘は私の血と肉を分けた子だと言い、泣き叫んだ。だが、おじは書類にサインをさせ、娘をイラク政府の職員に引き渡した。
娘のような子どものための特別な場所に入れられると言っていた」と、ソハムさんは語った。
ISは2014年、北部イラクを制圧すると、6400人以上のヤジディー教徒の女性と子どもを奴隷とし、若い女性とティーンエージ
ャーは強制的にIS戦闘員と結婚させられた。
昨年モスルが解放されると、ヤジディー教徒の長老たちは奴隷となっていた女性たちを、両手を広げて迎えるようにとの命令
を出した。
だが、ISのレイプにより生まれた子どもたちは1人も戻ってくることはできないとも、示していた。
このような経緯で生まれた子どもの正式な数は明らかになっていない。子どもたちは
イラク政府が バグダッド(Baghdad)で運営する児童養護施設に送られるか、
シリアに残される。
シリアには、クルド人民兵防衛部隊(YPG)が運営する児童養護施設があると言われ
ている。 だが、NGOは、母親と子どもを引き離すことは長期的なトラウマとなり、何世代にもわたりイラク
に影響を残すと警告する。
ソハムさんはISの奴隷となっていた3年間に、彼女を買った2人目の男について語った。当初、IS
の中堅だった男は殴ったり、レイプしたり、ソハムさんをひどく扱ったという。
だが、ソハムさんが自分の子どもを妊娠したとわかると、少しだけ態度を変え、赤ん坊のことを
「ザイナブ(Zaynab、父さんの大事な宝石)」と呼んだ。
「私は彼を憎んでいた。彼ら全員が憎かった。ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語名の略称)の
戦闘員の子どもなんて絶対に身ごもりたくなかった」と、ソハムさんは言った。だが、「娘が生
まれた瞬間、娘を愛するようになった。子どもを愛さない母親はいない」と、
カールした黒髪に茶色く大きな目を持つ、色白の女の子の写真を見せながら続けた。
2017年夏、空爆で男が死ぬと、ソハムさんはモスルの南にあるハマム・アルアリル(Hamam al-Alil)
の避難民キャンプに逃れた。家族に連絡をした時、娘も受け入れられるだろうと考えた。
「(受け入れられないと)知っていたら、絶対に戻らなかった」
ヤジディーの社会がいくら両手を広げて迎えても、子どもと引き離されたヤジディー教徒の女性
たちは、別離のトラウマと今も根強く残る不名誉の考えに苦しむことになる。
子どもと引き離された女性の自殺率は高いと、慈善団体「ウォー・チャイルド(War Child)」の
地域マネジャー、クリステン・フェルプス(Kristen Phelps)氏は指摘する。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています