見栄と言えば、やはり歌舞伎の見得だよね。
個人的には白浪五人男での弁天小僧菊之助の見得が
なんてったって最高だね。
一方、同じ盗賊でも気軽に楽しめるのは、すっぱの九郎兵衛。
「すっぱ」は、要するにスリだよ。
で、つくづく思うことがあるんだよ。
どうも機械文明が発達すればするほど
人間自体の機能が劣化していくと言われているけど
それは、スリの世界を見てもよく分かるね。
昔のスリは芸術的だったね。
現代のスリで、その技を真似出来る人なんていないんじゃないかな?
太宰治の随筆の中にも
「まず汽車、電車、地下鉄なんて乗り物の中で
スリや置き引きにやられない者は一人もいない」なんて書かれているくらい
日常茶飯だったようだね。
たとえば、太宰の友人の立花は腕時計を二日連続スラれたそうなんだ。
一度目はゴムバンドの腕時計だったから切られてスラれたんだってことで
あくる日は金の鎖のベルトにしたんだって。でもスラれた。
立花の友人の国松という男はドジだったそうで
懐中時計の中の機械だけを知らぬ間に盗られた。
懐中時計って、スリ業界では饅頭って呼ぶんだよ。
家を出る時は、懐中時計で時刻を見たんだから
確かにちゃんと動いていたらしいんだけど
会社についてみると、文字盤はそのままだけど
中の機械が空っぽ。
一体どんな技を使ったらこんな手品みたいなことが出来るんだろうね。
ちゃんとスリ用語が存在していて
この技はナス戻しって言うんだってさ。
さすがに国松も盗られた悔しさそっちのけに
「お見事!」って叫んで感心したそうだよ。