何度と顔を突き合わせても噛み合わない会話をよそに「牛肉のオイスター炒め」を口へ運ぶ千春は時をうかがっていた。
最近、同居を始めた母の通院やら身の回りの世話を考えると出勤をしてだらだらとお茶を引いてもいられないのだ。
昼職も考えたが、この十年風俗しか経験してきていない千春の足は重い。もうこの男に店外での"応援"を頼むほかない。
実は数年前にkkjと一度だけ店外を試みたことがある。そのときは気を悪くした千春がホテルを飛び出していってしまい終わったが、
着信を拒否し、店にNG客にしてもらっても、他に頼れるあてもない千春が二人の腐れ縁を痛感させられただけのことだった。
「2は高い、ホ込みで2なら月に2回援助してもいいけど・・」納得はいかないが母の世話の目処がたったことに千春は安堵できた。
二つのことに気づかずに・・
一つは、これまで何度も経験してきたこと、安易な方へすぐ流される自分、店外は一時の金と引き換えに店へ足を運ぶ客を
減らすだけということ、致命的に色事に向かない自分。結果、程なくして千春は気にいっていた西川口の店を去ることになること。
もう一つは、千春が入店したした瞬間に見込んだこの一見さびれた繁盛店のオーナーシェフはかつて千春に遅れで過門香に入店し、
ともに前菜を担当していた者であること。人生とは数奇なものである、しかし自分は自分の意思で何かを生きてきたであろうか・・
"応援"の交渉が成立し、会計を済ませて店をあとにしようとする二人の背後で中華屋のテレビが夕刻のニュースを流していた。
「日本人の平均寿命が10年連続で世界一となり・・・」人生九十年、まだやっと折り返しを迎えたところである。