●東名高速飲酒運転事故 今日は幼い姉妹の命日です

★概要
  飲酒運転の大型トラックが普通乗用車に衝突して起きた交通事故である。この交通事故により、幼い
  姉妹が意識を保ったまま焼死した
  交通事故は、偶然東京に戻る途中のテレビ朝日クルーが撮影。報道時間帯だった為、現場は生放送で
  日本中に大きな衝撃を与えた
  その後、危険運転致死傷罪の成立、道交法が大幅に改正されるなど、国を巻き込む社会問題に発展
  して行くのだった…

@1999年11月28日15時30分東名高速飲酒運転事故発生。3歳・1歳の女児2人が追突してきた大型車両の
  火災により焼死した
  助手席で火傷を負いながら救助された父親は、「わーん」「あちゅい」と、子供の苦痛な叫び声を聞いたと
  入院中に涙しながら、先に脱出していた妻に車内の惨状を打ち明けた…

Aトラック運転手は業務上過失致死傷罪などの罪に問われ、判決は執行猶予なしの懲役4年の実刑判決が
  言い渡された。判決を受け、当時の遺族側担当弁護士は…

"業務上過失致死で懲役4年は重い方なんですよ。判決は求刑の八掛けですから満額回答に等しいですよ"

  と説明したが両親は納得せず、判決後の記者会見では「これから70年80年って生きられたであろう命の
  重さに比べて、懲役4年って言うのはあまりにも軽いんじゃないか…」と涙しながら苦渋を語り、子供を持つ
  全国の母親の涙を誘った。検察は不屈として飲酒運転事件としては異例の控訴に踏み切るのだった…

B根絶飲酒運転!天国にいる2人の娘のために闘った730日
  他にも子供が飲酒運転のドライバーによって殺され、辛い日々を送っていた遺族がおり、今の日本の
  法律に命の重みが反映されていないことに憤りを覚え、法改正を求める署名運動を始めた

C訴え届かず、異例の控訴
 2001年1月12日東京高等裁判所の裁判長仁田陸郎が控訴を棄却し、トラック運転手に懲役4年を命じた
 東京地裁判決が確定した。これが交通裁判としては最終判決であり、当時もっとも重い処罰であった

D2人の命日に法を変えた父母
  2001年10月、法務大臣へ最後の署名簿を提出した時には署名は37万4339名分が集まり、また世論に
  後押しされ、ついに国を動かした。賛成229反対0の全会一致をもって可決され、これにより悪質犯罪の
  厳罰化法は成立した※
※この法律施行を受け、翌年には戦後はじめて全国の飲酒運転の検挙率は大きく減少することとなった

E判決※一部抜粋
  泰子及び周子の血液中の一酸化炭素ヘモグロビンの飽和量からすると、泰子及び周子は明らかに火災
  発生中も自発呼吸を行って生存しており、しかも意識を保ったまま業火に身を焼かれて死亡するに至った
  ものである
  2人の幼児が感じた苦痛は、まことに想像を絶するものであり、何人たりとも戦慄を禁じえないものである
  幼児が生きながら焼死せしめられるなどということおよびその苦痛は、およそ交通事故の範疇(はんちゅう)
  のものではあり得ない。本件事故により、2人の子供が目の前で焼死していくのを為すすべもなく、
  「わーん」「あちゅい」という悲痛な声を聞きながら、なにもできずに子供が中に残ったままの被害車両が
  炎上していくのを、ただ見ていなければならなかった親の気持ちは、いかばかりのものか想像を絶する所
  である
  非業の死を遂げた姉妹の冥福を祈るとともに、飲酒運転の根絶を裁判所としても切に願っています…

  判決を聞いた両親は、泣きながら立ち上がり、裁判長に面と向かって深々と頭を下げるのだった…