>>586-587
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……、間に合った。
(マンションから駅までの道を早歩きで、時には小走りで急いだお陰でいつもの電車には間に合ったものの)
(美容と健康のために日頃から体を動かしているとはいえ、息は弾み肩を上下に揺らす)
(本来は、早歩きや走ることを想定されていない5cmヒールの爪先から軽い痛みが走り、僅かに顔を顰めてしまう)
『もぅ、沙耶ったら電話を掛けけてくるのは良いけど、時間を考えてよね。
 それに、用事だってLINEで事足りるじゃない』
(中学高校と仲の良かった友人の元気そうな声を聞けたのは嬉しかったが、時差があるとは云え)
(朝の忙しい時間に受けねばならぬほどの内容ではなく、心の中で文句を言って)
(女性専用車両まで行く余裕は全く無く、すぐにでも発車してしまいそうな電車の目の前で開いている車両へと乗り込んでいく)

ん、んんっ。
『相変わらずの混雑だし、やっぱりこの臭い何度嗅いでも好きになれないわ。
 それに後ろの人、乗り込む時から近かったけど、ちょっと近づき過ぎなんだけど……』
(自分の私生活や出勤の姿が裏サイトに晒されていることも、それを見た男が自分を待ち伏せ背後に迫っていることなど夢にも思わず)
(男性のオーデコロンの匂いは嫌いではなかったが、オーデコロンと整髪剤、加齢臭や若い男性の体臭の混じった臭いは嫌っていた)
(背後で体をピッタリと寄せてきている男が自分を狙う痴漢とは知らず、車内の混雑で身を寄せているだけと思っていたが)
(必要以上に近寄っていることは知覚していて、不快感に眉を顰めていた)
ふぅ〜っ。……くっ!
『ちょっと、もう少し離れて欲しいんだけど……。生暖かな吐息が掛かって気持ち悪い。
 それに脚に触れてる手、小刻みに震えて気味悪いんだけど……』
(まさか本格的な痴漢に発展するとはこの時は考えて居らず、いかにも小心者らしい手つきと)
(近すぎて項に掛かる吐息により不快感を強めて、それから逃れようと体を捻ろうとした時)
…………!?
『えっ!! 嘘? 痴漢……なの?』
(男の手がストッキング越しの太腿を意図を持って動き始め、その感触を楽しんでいるかのような動きが何度か続けば)
(嫌悪感が湧き上がり体を捻って躱そうとしたが、その動きが相手をさらに刺激したのか)
(太腿から手が離れたのに安堵する間もなく、無防備な胸を後ろから抱きしめるように鷲掴みにされれば)
(高校生のとき以来、ここまであからさまな痴漢に遭ったこともなく、あまりの衝撃に一瞬思考が停止してしまう)
ン、ンンッ……嫌っ……アッ…………ンゥ……。
いい加減にして!
(こちらの隙きに好き勝手に胸を二度、三度と揉まれると、嫌悪の中にも胸の奥からチリチリと湧き上がる久々の感じに微かに甘い吐息が漏れる)
(少しだけ快楽に流されかけた所で、スカートがずり上げられて、男の震えた指がショーツに触れた時に正気に戻って)
(ショーツに触れた男の手首を掴み、斜め後ろを振り返り小さな低い声で威嚇して睨みつける)
(捻り上げた男の手にもう一つのごっつい男の手が重なり、痴漢を警戒中だった鉄道警察隊の婦警が男の動きを封じる)
(男はそのまま次の停車駅で強制的に降ろされ、被害者の莉緒も事情聴取で一緒におりたために連絡はしたものの遅刻する)