(精液で汚れた扉の向こうには、狭く、長い廊下が伸びていた)
(薄暗く、奥の方は闇に溶け込んでいて見え難い。まるで、無限の先まで続いているような印象すら与えてくる)
(天井はかなり高い。やはり暗さのせいで、どれくらいの高さがあるのか、目視で確認するのは難しそうだ)
(床は板張りのようだが、じとじとと濡れていて、ひどく滑りやすそうだ)
(場の暗さとも相まって、足元に気をつけて慎重に歩かなければ、転んでしまうかもしれない)
(そして、左右の壁)
(何てことのない、少し黄ばんだ白い壁紙には、ところどころに落書きがしてあった)
(赤や青のクレヨンで、まるで子供が書いたような、ぐにゃぐにゃの字で)
(ちょうど、ほのかの目と同じ高さに、こんな言葉が書き殴ってある)
『あしもと に ちゅう い』
『だいどころの れいぞうこ のお かしは はや いもの がち』
『おち ん ちん って ぞ うさん ?』
『みず がほ し い』
(周りが暗くても、なぜかその落書きだけは、まるでそれ自体が光を放っているかのように、ぼんやりと見ることができる)
(ほのかはそれらを注意して見てもいいし、目もくれず先へ、先へと急いでもいい)
(しかし、もしひとつひとつの落書きをしっかり読みながら進むのであれば)
(次の一文を読んだその時に、恐ろしい目に遭うことになるだろう)
『うえ を みて』
(もしもほのかが、その文章が書いてあるところで、上を見てしまったら)
(いや、上を見なくても、文章を読むために立ち止まってしまったら)
(その瞬間……真っ暗で見えない天井から……)
(大きなナメクジが、彼女の顔をめがけて、落下してくることになるだろう)
(小ぶりなバナナぐらいの大きさの、茶色く、ナマ臭い粘液にまみれた、不気味な軟体動物が)
(ぼとり、ぼとりと……雨のように、何匹も、何匹も……何十匹も、何百匹も落下してくる)
(どうやら、暗くて見えない天井には、無数のナメクジが大量にへばりついているらしい)
(彼らは、ほのかの顔や体に取りつくと、その上をゆっくりと這い回り始めるだろう)
(襟首や袖口に取りつけば、服の内側に潜り込んでくるかも知れない)
(ぬるぬると……もぞもぞと……)