誰か、いませんかー?
(開いた扉の向こうに見えるのは長く続く狭い廊下)
(薄暗くて奥は真っ黒。誰もいそうに思えないけど一応確認の呼びかけをしてみる)
(少し待っても返事はなくて、やっぱり誰かがいるようには思えない)
(あまり長く扉の取っ手を握っていたくなくて、手にべっとりしたのが付いたまま廊下を進んでいく)
(ローファーで踏みしめる床は少し滑りやすいみたいで気を付けながら進んでいく)
(落書き……? クレヨンで書いたのかな)
(足元に落としていた視線を上げて左右の壁を見ると文字が目に入る)
(足元に注意……うん、それはわかるよ)
(台所の冷蔵庫、のお菓子……? 早い者勝ちなんだね)
(お、おち……!?)
(水が欲しい……)
(薄暗い中でもどうしてか文字は読めて、気付いたら一つ一つしっかりと読むようになっていた)
(順番に一個ずつ読んでいく内に、落書きの内容に心の中で返事までして)
上を……? ……ひっぁ!?
(指示するような内容の落書きにも自然と反応。上を見てと言われるまま顔を上げて)
(高くて真っ暗な天井から何かが落ちてくるのを目にして、暗闇を引き裂くような悲鳴が喉から飛び出てくる)
きゃぁ、ぁああ…………っ、ぅ……!
(慌てて避けようと足を動かすけど滑りやすい床なのを忘れて急いでしまって)
(滑った身体が宙に浮いてお尻から勢いよく落下。大きな音を立てて尻餅をついて倒れ込む)
(ゃあっ、な……なに、なに!?)
(逃げることなんて絶望的になった私の顔、だけじゃなくて体に大量の物体が落ちてくる)
(あまり大きくない、茶色い、ナマ臭い、柔らかい……それはわかるけど、正体はぜんぜん分からない)
(白くて柔らかな頬っぺたもまだ淡い桃色の唇も、ふわっとしていて少しくせっ毛な髪も全部ナゾの生物がくっ付いて)
(ナメクジみたいに動き回るとぬるっとした液体が塗りつけられて、恐怖で声の出なくなった口から掠れた悲鳴が何度も出ていく)
(えっ、あ……まさか服の中に入る気、なの……!?)
(天然で鈍感な私でも、袖に集まってくるナメクジ? の目的はなんとなく察する)
(こ、これで……どっか行って……!!)
(尻餅をついて足を投げ出した格好のまま、駄々っ子みたいに腕を左右に振って袖のナメクジを振り飛ばそうとしてみる)
(その間に紺のセーラーカラーの上を動くナメクジの存在は見落としていて)
(白くて滑らかな細い首元と襟の間の小さな隙間は、ナメクジに対してあまりにも無防備で……)