(握り返してきた手は柔らかく、女性のそれだ)
(能力の代償で成長が止まったとはいえ、異形との戦いで鍛えられ、何度も傷ついた渡辺の手とは異なる)
(手放すことがないよう、しっかりと握りしめる)
(そして二人は弦場の掛け声と共に異形が待ち構える線路へと、一切の躊躇いなく飛び込んだ)
(蠢く異形は小石を投げたときと変わらず、目に止まらぬ速度でこちらへと突撃してくる)
(速度と質量の合わさった一撃は、人間の脆い身体を砕くには十分だ)
(強靭な身体を持つ渡辺でさえ、全身の骨を砕かれ、臓器が弾ける感覚には耐えきれない)
(だが手だけは離すことなく掴んだまま、まとめてレールの向こう側へと弾き飛ばされる)
(やかましく鳴り響くベルは止まり、静寂が辺りを包む)
(そこに、まもなく轢死体となるはずだった弦場の声が響く)
(その小さな声を聞いた瞬間、渡辺の身体が何の前兆も予兆もなく)
(まるで衝突がなかったかのように、飛び込む前と同じ身体に戻っていた)
―――なんとか……なったのか!
とんでもない能力だな、まさか時間を操るとは……
……ああ!あの化物が次に何をしてくるか分からん!
とっとと逃げ出すぞ!
(掴んだ手を離すことなく、歪みの少ない景色の向こう側へと二人で走っていく)
(もはやベルが鳴ることはなく、夕陽が二人を照らすのみ)
(走り続けてふと、気づいてみれば)
(聞き慣れたコンビニの入店音が、渡辺の耳に入る)
(渡辺の記憶によれば、このコンビニはあの踏切の向こうにあったはず……)
……無事、抜けられたみたいだな。
最初はどうなることかと思ったが……後は、連絡しておけば大丈夫だろう。
(既に日はほとんど沈みかけ、月が明るく輝き始めている)
(星が瞬き始め、夜と言っても過言ではない時間帯だ)
助かった……本当に助かったよ。
何か礼をしたいが、今日はもう遅い。
……これを。俺の携帯の番号だ。
(パーカーのポケットから取り出したメモ帳に、同じく取り出したボールペンで)
(さらさらと電話番号を書き込み、ちぎって紙片にして弦場に渡す)
何か、今のような事態が起きたり
化物が現れたら電話してほしい。
場所さえ教えてくれれば、今度は俺が助けてみせる。
(そう言うとパーカーのフードを被り直す)
(能力を持つ者、普通でない者は必ずこういった事態に巻き込まれる……)
(それこそ人生の終わりまで、昔に出会った、ある異能者はそう言っていた)
(ならば、可能な限り助け合いたい)
(渡辺はそう信じて、この紙片を渡したのだ)
【これは強い……使用間隔が気になるところです】