(その獣の来歴は不明だ。それを語る言葉も獣はもたない。)
(保護者あるいは飼い主、人語を解する二足歩行の狼に保護、あるいは監視されていた。大人しかったが、逃げ出した。)
(故郷が恋しかったのかもしれないが、空腹を満たすために凶行を行い……今は土や森の香りなど思い出せず、鉄さびの香りが心地よい)
(望んでいた血肉はないものの、ヒトがつかっていた工場は心地よかった。疲れを癒やす。見つからないための知能を振り絞ることも、そのように動くことも、慣れないため疲労が祟っていた)
(だからつい先程も「ひとつ」食べた。 街は、変死体の発見、市街地での獣害……姿なき猛獣の噂でもちきりだ。なんとなくわかる。しばらく息をひそめねばならない。姿を見られてはいけない。見つかったら狩られる。それくらいはわかる…)

………。
(音だ。寝息を止めないままうっすらと瞳をあける。耳がぴくりと動いた)
(ここまで接近を許す油断もあったが、もうない。匂いからして、「エサ」だろうか。いや、少し違う気がする。確かめねば)
ぐる……。
(喉を鳴らしながら、四肢を伸ばす。灰色の毛並みが、躍動する筋肉が、工場機械の上から覗く)
(肩高がヒトの胸ほどあり、体調もそれ相応に巨大だ。首をもたげると、図鑑やテレビで。あるいは実物を。イヌを、より精悍にしたような、長いマズルの顔があらわれる。)
(ぐるりと顔を向け、今は満腹だからか、敵意のない、大きな瞳で侵入者をにらみつけた。)

【よろしくお願い致します。】