>>571
(薫が焼け崩れる異形の死骸の中に見つけた物は、鈍く光る小さな御守り、十字架のネックレスだった)
(施設の子供たちに配られるもので、この真面目な被害者の少年は常日頃から首にかけ、身につけていた)
(それが、異形が少年の首を食い千切って嬲り、生首をしゃぶっていたときに、異形の牙に引っかかったのだろう)
(薫自身は熱心な信徒とは程遠いが、殺された少年にとっては大切な物、持ち帰らなければならない施設の家族の遺品)

ひろし、ひろしっ!

(薫の放った火焔呪は対象を燃やし尽くす怨念の炎。特別な物ではないただの十字架も一緒に焼き崩してしまう)
(だから、すぐに炎の中から取り出さなければならない。だから、薫は赤黒く燃えさかる炎の中に手をつっこんで十字架をとりだそうとする)
ひろしっ、ひろし……あ、あった!
(薫の力は多少不安定ではあるが、この火焔呪は止めることはできるし、異形はもう死んでいるのだから炎を止めても危険ではない)
(しかし、今の薫は頭に血が上っていて物事を冷静に考えることができない。だから炎のまっただ中、異形の口の中へ手を突っ込んだ)

ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁっ!

(薫自身の呪力と呪術が作り出した怨念の炎が薫の手を燃やし、赤黒い蛇のように白い肌を燃やしながら腕を駆け上っていく)
(手も腕も熱い。地面に付いた膝や制服のスカートにも炎は怨念の炎を伸ばす。まるで、人を呪えば穴二つ、の格言のように)
(さらに薫の手のひらが熱く焼ける。十字架の形に。炎の中で、目指す物をつかみ取ったのだ)

ぐぅっ、つぅぅぅっ、あっ、あった……!

(燃えさかる炎の中から十字架をつかみだしたとき、冷たい水を頭からぶっかけられる。華南が通学用の鞄を犠牲にして運んできた水だった)
(それでようやく、薫が自分がとんでもないことになっているのに気が付いた。「あ、オレ、やばくね?」と)
(急に力が抜けて、後ろへとひっくり返る。焼け焦げたスカートがまくれあがってスパッツが丸見えだが、そんなのは些細なこと)
(普通の人間なら即死してもおかしくない火傷。普通ではない薫はこれで即死せずとも、痛いし苦しいし、ほっとけば死ぬし、これを治すのは簡単ではない)
(だが、この場には薫を助けてくれる人がいた。警察に見つかったら一発で補導されてしまいそうな巨大な剣をもった年上の少女)
(その"お姉さん"が何度か薫や異形にぶっかけてくれた水を利用して、薫の身体にとりついた怨念の炎を消し止める)
(異形の方はそのまま。残っていたら面倒ごとになるし、ただ水をかけただけでは炎は消えない。でも燃やし尽くせば勝手に消える)
(そして残った力で、見た目を瀕死の火傷からまだ治療すればまだ何とかなりそうなレベルの火傷に見えるよう、皮膚だけを治癒する)
(これが頭に血を上らせて暴走した薫の限界だった)

あの、お姉さん……ありがとう、火を消してくれて、助かったよ。
どうしても、みんなの元に返してあげたかったんだ……。
(大の字にひっくり返ったまま、握りしめていた手のひらを広げて華南にみせる。火傷した手のひらには、黒く煤けてしまった小さな十字架が乗っていた)
大事にしてたんだよ、こいつは。これを……だから、一緒に、ね。こんな、頭だけじゃ、寂しいじゃないか……。
(不思議と涙はでない。火傷で蒸発したか。それとも、お姉さんがかけてくれた水に流されたのか)
ねえ、お姉さん……お姉さんがこいつを真っ二つにしたことと、オレがこいつを丸焼きにしたこと……あと、飛んできたことか。
それは、ナイショにしてくれる? 真っ二つにされて焼け焦げた狒々の化け物が落ちてきて、オレはそれの下敷きにされかけた。
で、お姉さんはそれを目撃して、水をかけて助けてくれた……くらいに止めてくれたら、うれしいかな。
(話していくうちにほんの少し余裕がでてきて、もう少しお姉さんが近寄ってくれたらスカートの中がのぞけるかも、などとお馬鹿なことを考えたり)
いま、お姉さんは119番にしか電話してないけど、どうせ、絶対に警察がでてきて、根掘り葉掘り、あんなことやこんなことを聞かれるんだし。
だから、口裏を合わせた方がいいでしょ?

("マリア"は急に真面目な顔をして、少し焼け焦げてしまった少年の頭と煤けた十字架を胸に抱きいて、)
オレは、マリア・藤堂薫。聖母マリア教会幼子の園(おさなごのその)に庇護を受ける者。
同じく幼子の園に庇護を受けるオレの弟、敬虔なる神の信徒、アンジェロ・真田弘のたましいが父の元に召されるために。
(右手の指を額、胸、左肩、右肩へと動かして十字を切り、「父と子と精霊の御名によって」と小さく続けた)