「文化祭が近いからってちょっと頑張り過ぎですね、益坂さんは。
お家の方にはお迎えに来てくれるようワタシから連絡しておきましたから、今夜はしっかり体を休めるんですよ」
『はーい、それじゃ先生、また来週ねー♪』
軽い口調とは裏腹にキチンとした一礼を見せ、日焼けした女子校生がホームから手を振る。
先生と呼ばれたスーツ姿の金髪の女性は、女子校生の姿が電車の窓から見えなくなるまで手を振り返し続け、そしてホッと小さくため息をついた。
女子校生の名前は益坂亜美。県立相南高校の2年生であり、今年度の文化祭の実行委員でもある。
先生の名前は吉野里桜。相南高校で英語の教師として働きながら、水泳部の顧問も務めている。
尤も里桜自身は運動神経が壊滅的であり、顧問と言っても名ばかりのモノ。実際の部活動は外部から招いたコーチに任せっきりである。
どれくらい壊滅的かといえば――
「――ッ!?」
電車がカーブに差し掛かった途端、バランスを崩して転びかけるくらいだ。
慌てて周囲を見回して、誰も自分に注目していないのを確認すると、里桜は耳まで真っ赤になった顔でもう一度ため息をついた。
艶やかな金色のロングヘア、白い肌に美しいエメラルドの瞳。どこからどう見ても駅前の英会話教室のネイティブ講師といった雰囲気だけれども、彼女はれっきとした日本人だ。
少なくとも戸籍上は、両親ともに彼女が生まれるより前に日本へ帰化していたので。
(ああ、でも良かったです。あの子、以前にこの電車で痴漢に遭ったって言ってましたし……付き添ってあげた甲斐がありました)
要するに、文化祭の準備で帰りが遅くなった教え子が安心して帰れるよう、教師として見守ってやったという訳である。
益坂亜美という生徒は、健康的に日焼けした肌と、水泳で鍛えたバランスの良いスタイルとで、学校の男子たちからも人気のある女の子だった。
問題は、その健康的な魅力が同年代だけに留まらず、一部の不埒な部外者までも惹きつけてしまったという点。
結果として数か月前、亜美はこの路線で痴漢被害に遭い、2週間ほど学校に来れなくなってしまったのだ。
どうにか復帰はできたけれど、時折不安げな表情を見せる彼女を心配し、以来彼女が所属する水泳部の顧問でもある里桜が時々こうして一緒に帰ってあげている、という訳である。
小麦色の肌の健康優良女子校生と、金髪白皙の巨乳美女。
その組み合わせのコントラストは、お互いの魅力を引き立て合い……結果として、里桜にまで邪な目が向けられることとなったなどと、彼女たちには知る由もない。
転びかけた拍子に、ストッキングに包まれた脚線美を図らずも披露してしまった里桜。
黒のタイトスカートに白いブラウスという、清楚だけれども色香を醸し出す装いが強調するのは、教え子とは違う成熟した大人の女の体形だ。
特に、ブラウスの胸元を豊かに押し上げる膨らみと、細くしまった腰の括れとの対比具合と言ったら……。
トートバッグを肩に掛け、ジャケットを手にドアの前に立つ彼女の後姿。
男を誘う腰の括れとヒップの丸み、そしてブラウスの白い生地から薄っすらと透けるブラジャーの紫色。
またよろけたりしないよう、しっかりとドア横の手すりを掴む彼女には、迫りくる悪意と獣欲の気配に気付く術は皆無であった。