>>178
(男以外の乗客も同じように女性の存在が気になりこそすれ、まっすぐ視線をぶつけるのは躊躇われていたようで)
(そんな状態では、間違っても近付いたり何らかのアピールをするようなことは出来なかった)
(飽くまで鑑賞の存在──つまりは今こっそりと目に焼き付けて、後ほどオカズとして使用させてもらう心積もりであった)

(そんな周囲の在り方に女性の方が内心腹を立てているとは知らないまま、車内の空気は日常のそれだ)
(だが腰を下ろした女性が大袈裟に足を組んだ際には、一瞬見えるものがあるのではと、俄かに熱気が電車の中を駆け巡ったような気配があった)
(残念ながら、狙い通りの物を目にすることができた者はいなようですぐにクールダウンする)
(中には一瞬の光景に違和感を抱いていた者もいたのだが、まさか狙っていた物以上の物を目にしたとは夢にも思わない)
(スマホを眺めながら座る位置をズラし、女性が再度足を組み直して乗客にチャンスを与えれば、また同じことが繰り返される)
(好奇心を煽られ、見えそうで見えないものへと次第に視線が釘付けになり、こっそりと見るという建前を忘れそうになる)
(それでも大半の乗客にとって、これだけでも十分なご褒美であったのだ)
(長い自粛明けに、綺麗な女性の際どい場所を遠くから眺めることができたのなら、それだけで満足するに値する)
(それ以上を望めばきっとロクな目に遭わないというのが、現代社会における共通認識であるのだから)

(際どい下半身のみならず胸まで強調し始めた女性の姿に、相変わらず遠くから視線をこっそり送り付けるだけの乗客たち)
(その中にあってドア横の男は、最初から今に至るまでずっと、視線を遠慮せず不躾に女性へと向け続けていた)
(それが礼儀だと、女性ののぞみを叶えるのだということは何も知らないまま、ただ純粋に自分の欲望を満たすために視姦していた)
(男の脳裏では相変わらず自粛中に見た動画の少女が思い浮かんでいて、視線の先にいる女性の姿と重なっていく)
(足をやや大袈裟に組んだのも、それを組み直したのも、今胸を強調するのも何もかも挑発的に見えて)
(しかし、勝手にそういう風に解釈して自分の願望を押し付けてはいけないという理性も、辛うじて保っていた)
(だが、どれだけ理性が最後の防波堤として立ち塞がろうとも、体は正直に反応してしまう)
(女性の姿に、そして際どい仕草や体のラインに男の男たる部位はとっくに屹立して、ズボンや下着が拘束に感じるほど膨れ上がっていた)

(それに気付いたのだろうか──女性が、男の方に視線を向けてくる)
(堂々と見ていたくせに、ここに来て急にマズイという直感が働いて男の首筋を冷や汗が伝う)
(視線を逸らすべきか、今更過ぎる逡巡に男の思考が追いつくより前に女性が顔を上げ、蒼い双眸と視線が重なる)

……っ

(男が見たのは、信じられない光景だった)
(マスクが無ければなおも信じられなかったであろうし、マスクがあるからこそ信じられない気持ちもある)
(女性が浮かべたのは薄い微笑みであったのだ──それも、まるで誘いの意味を含ませたような)

(女性に対して薄らと重なっていたあの動画の少女の顔が、より鮮明に重なるような気がする)
(俄かには信じられなかったし、もしかしたらトラップを仕掛けられているのかも知れない)
(それでもぐだぐだとしてチャンスを逸して後で後悔をすれば、耐えられない程のストレスになるだろう)
(男は思い切って、女性の方へと歩み寄ることにした)
(ドア横で衝立に預けていた背中を離し、車両の端にある席へとゆっくり移動する)
(周りの乗客は当然そんな男の行動に気付いて、信じられないという視線を向けながら、出遅れたという現実を噛み締めた)

(言葉を発することなく、男は女性の目の前まで来ると吊り革を握って直立した)
(もし仮に、あの微笑みが本当に誘いであったとして、隣に座って仲良くお話しましょうなんて誘いではないだろう)
(私の体をもっと近くで見ませんか──都合良すぎるかも知れないが、そんな誘いであるように感じられていた)
(だからしっかりと目にすることができるように目の前に立った)
(それは同時に、自身の正直すぎるほどに盛り上がったズボンの正面を見せつける格好でもあった)
(間近でじっくりと見る女性の姿は、頭から胸、腰周りや足に至るまですべてが美しく、官能的で)
(極上の女を前に男はただ腰を振るだけの生き物でしかいられないのだと思い知らされる)
(電車の揺れに紛れさせることができるのが幸いとばかりに、男は腰をは振動に身を任せているにしては大胆すぎる揺れ方をしていた)