私が貴女達に命乞い……?馬鹿なこと言わないで!!たかが軍人の貴女相手に何故侯爵家の私が跪いたりしなければならないの!!
今にきっと王国軍の助けが来るわ!!そうなったときに跪いて許しを請うのは貴女の方だわ!
貴女こそ今のうちに私に対して少しでも心象を良くしておくことね………ッ!
な、何がおかしいのよ貴女達!!?メイド風情に侮辱されるいわれはないわよっ……!!くっ…!!黙りなさい!!
そこの貴女っ…貴女が彼女達の主人だというのなら少しは行儀よく躾けておきなさいよ!!!
……っ!!こ、来ないで!!このナイフがどれほど危ないかは貴女の方がよく知っているでしょう!?
(ナイフを手にしたところでこの令嬢に出来ることなどなにもないだろう……子犬どころか子供が玩具の短剣をかざして張り切る姿でも見るような微笑ましさと)
(身の程知らずが吠える姿の滑稽さを入り交えたような失笑と嘲笑が静かに部屋に広がっていく中、明確な嘲りを受けた令嬢は嘲り笑う周囲のメイド達に握ったナイフ向けながら最後にはソファに座る彼女達の主人へと向けた)
(その主人が全くメイド達を咎めようともせず、むしろ令嬢の方に呆れたという軍人を睨みつけるようにして視線を向けると彼女が立ち上がる姿が見えた)
(この期に及んで愚かとも思えるかも知れないが、実際に令嬢は自分の置かれた立場を正しく認識できていなかった)
(ブリディスタン王国は世界有数の大国で、かつ軍隊も世界一を争うほどだ……というのが彼女の中の認識で、事実今日の戦争までそれが世界の常識の一つだったからだ)
(それが覆されたことを受け入れるには令嬢はあまりにも挫折や物事が思うようにならないという、普通の人間ならば幾度と体験する当たり前のことから権力によって遠ざかっていたからだ)
(今や領内の有力者―――自身の父をも含む――達は既に銃殺刑に会い、墓地―――というよりも、ただまとめてものを捨てるためだけの穴に葬られたことはまだ知らない)
(この領内が昨日までのそれとは全く姿を変え、男性たちは労働奴隷として資源採掘に従事し、女性達は見目麗しいもの、また家柄の良いものは報奨として将兵に与えられ)
(残った女性達も「公共設備」として即席の集合宿舎……いうなれば人間用の家畜小屋に小分けにされて行動は大きく制限されていた)
(いずれ帝国からの入植者を受け入れる準備のために帝国から多くの企業、そして労働奴隷が向かっていることをまだ令嬢は知らなかった)
それだって一時的なものだわ!!このまま貴女の手にローズ領が渡るなんて絶対に有り得ない!!
いずれ全員追い出されるわ!!今のうちに逃げ出す準備をしておいた方が賢くなくて?……こ、来ないでと言ってるでしょう!?
(軍人が立ち上がれば彼女の背丈がよく分かるようになる。しなやかでどこか優雅で気品がある歩き方はこんな状況でなければ令嬢も見惚れたことだろう)
(そして優雅なその歩き方の中にしなやかな逞しさを感じさせる…鍛えられた身体の動くための筋肉を感じさせる力強さ……)
(それは歩くだけで凛々しさを感じさせ、まさに麗人そのものの姿であり令嬢も軽快しつつどこかでぼうっと見惚れているところがあった)
わ、私が貴女のモノ……ですって?じょ、冗談ではないわ!!誰が貴女のような狼なんかのモノになるものですか!!
私はモノではなく侯爵家の人間よ……侵略者の軍人の手篭めになんてされないわ。何を言われても何をされても絶対に……
……!!来ないでと言ってるでしょう!!!
(こちらがナイフを手にしているのに一歩、また一歩とまるで何でも無いかのように平然と歩いてくる軍人に流石の令嬢も畏怖を感じだす)
(けれどその平然さが隙を晒すように令嬢の瞳には映った。そしてそんな認識がこの侵略者に鉄槌を下せる……自分自身の手で制裁を与えられる……そう思わせた)
(両性具有者とはいえ人を指すことに流石に躊躇がなかったわけではないが、軍人と自分の距手を伸ばせば届きそうな距離に縮まった時、膝に力を込めて渾身の力で身体を踏み出した)
(そして両手にしたナイフを狙いも定まらない素人丸出しの所作で胸部の当たりへと切っ先を向ける)
【こちらこそ遅れてしまいました。けれどそう言って頂けるとありがたいです】
【改めてよろしくお願いいたします】