(広大な領土は肥沃な土地と資源があり、それに支えられた経済力と軍事力は他国を凌駕し専ら「王国」と言えばブリディスタンを指すのが世界の常識の一つだった)
(その規模故に軍の近代化にやや遅れがあったが、それでも世界一の軍事力を持つことに変わりはなかった)
(だから帝国との開戦も、いかにかの国が異様な科学水準を持つとしても国力の差で勝つのは王国だという見方が一般的だった)
(伸びきった補給線を帝国は支えきれず、近年急速に軍事進出によって植民地化という言葉さえ生ぬるい侵略政策をとる帝国もこれで沈むだろうという期待が世界にはあった)
(だが実際には帝国側が既に王国の3分の1を占領し、自軍に殆ど損害を出さずして王国軍の4割を削ぎ事実上の壊滅状態に追い込んでおり、ここから王国が巻き返すことは絶望視されていた)
(既に占領下ではまばらではあるが帝国側の自治が始まっており、その事からも帝国と戦争することが自国にどういった結果をもたらすのかを世界に知らしめるには十分であった)
(ローズ領もまた帝国の占領下におかれた王国の都市の一つだ。正確には元・王国のと付け加えるべきかもしれないが)
(世界で唯一の青い薔薇を栽培する技術を持つこの領地は王国にとっての要所の一つだった。「青い貴婦人」と呼ばれる薔薇はその目の冴える様な美しさよりも、その花弁が多種に渡る医薬品の原材料になることに価値があった)
(ローズ領の気候と風土でしか十分な成育が得られないこともこの薔薇の価値を更に上げていた。この薔薇の生産が領土の収益となり、この薔薇の輸出が王国の利益の無視出来ない割合を占めていた)
(よってこのローズ領が帝国の占領下となったことは、王国の経済を削ぐことにとどまらず「貴婦人」を必要とするあらゆる国はそのことを踏まえて帝国と接する必要を迫られる)
(帝国にとってもこの貴婦人は彼女らが保有する独自の技術…錬金術のための原材料の一つであることからも、この領土を占領することは王国との戦争を優位に進めること以上に価値があることだったに違いない)
……本当に忌々しいわね。無粋で野蛮な戦車なんかで庭を踏み荒らすなんて……
(窓から見える庭園の惨状を見てルシィルは毒づくように呟いた。庭師が丹精込めて作り上げ、心を込めて手入れをしていた庭園は戦車の履帯によって引き裂かれるように無残に踏み荒らされていた)
(無粋に庭を踏み荒らした戦車がお行儀よく綺麗に並べられている姿はかえってルシィルの癇に障り、庭園を踏み荒らしておきながら工兵と労働奴隷たちによって綺麗に舗装されたこの邸宅には不似合いな無機質な道路と)
(そこを通る軍用車や物資の輸送車、そして所謂「お偉いさん」方を乗せるための車両を停めておくために作られた駐車場に並んだ車全てに石を投げてやりたかった)
(帝国の軍隊がローズ領と領主の邸宅を占領して以来、領主の1人娘であるルシィルは自宅の塔に監禁状態にされていた。素っ気なく口に合わない食事に口にしてから2週間は経つが、いまだに味に慣れず空腹を満たす代わりに不服も溜まっていった)
(外の情報が入ってこないことと、常に庇護される立場で育ったが故か、ルシィルはこの状況がいつか「自分の勝ち」で終わることを疑っていなかった)
(帝国など北の方にある小国という認識しか彼女は持ち合わせていなかった。そしてそこに住む者達が特殊な人種であることを知っているくらいか。そしてその人種に大してルシィルは幼稚な差別意識を持っていた)
(苛立ちと鬱屈した感情から大きなため息がルシィルの口から零れ、簡素なベッドへと腰掛ける。ベッドは安っぽい音をあげ、その音がルシィルをまた苛立たせた。我が家にこんな粗末なものがあったのか、それとも奴らが粗末なものを領主邸に持ち込んだのか…)
(そのいずれにせよそれによって気分を害するというのがこのルシィルという少女の性格だった)
【大変お待たせして申し訳ございません。こちらが書き出しとなります】
【続いてプロフを投下致しますね】