>>553
「御伽女役とは本来、家内の女がその任を担うのが世の慣わし、そう弥四郎は聞いておりまする。なにゆえ母上が・・・・・・」

「此度のお話は鷺浜家たっての当家への御依頼、と新三郎様より承りました。鷺浜とは所縁のない母がお世継ぎ様の御指南役を賜るのはたいへんに名誉なこと」

病床の父上からお役目の話があったというくだりは、弥四郎には初耳だった。
母上に御下命を伝えた父上の心中は如何ばかりであっただろうか?

「母上、それは弥四郎も承知しております。ですが・・・・・・!」

「弥四郎殿が母の身を案じてくれていることはわかります。しかしこれは武家に嫁いだ女が果たすべき義務、岡元が忠義を主へ示すための母の戦なのです」

母の戦。穏やかな口調ながらも毅然としてそう言い切る志乃の言葉に、弥四郎は何も返せず口を噤むしかない。

志乃は夫や息子を良く立てる武家の妻女の鑑であったが、一方で芯の強さも折り紙付きだ。
我が子の成長を優しく見守る姿が常だが、誤った振る舞いをすれば、病床の清忠に代わって厳しく戒めることも厭わない。

弥四郎にとって志乃は申し分のない母親であり、時に父親でもあった。そこが盲目的なまでに志乃を慕う理由でもある。