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後日。

志乃と弥四郎は、岡元屋敷の門前にて亀千代一行を迎え入れた。
しばらく滞在すると聞いていたが、駕籠に乗った亀千代の他、身の廻りの世話を行う女中を含め供の者数名のみ引き連れた、思いのほか簡素な一行である。


「・・・・・・大儀じゃ」
駕籠からのそりと降り出た亀千代は、門前で控える母子へ鷹揚に声掛ける。

亀千代は巨漢であった。

背の丈は弥四郎とそれほど変わらぬようだが、その身を包む羽織袴は大きく膨れ上がり、全身にみっしりと肉が付いているのが伺える。
体躯の重量は、弥四郎がもし二人いればようやく釣り合うだろうか。

弥四郎が直にまみえるのは初めてだったが、御年十一と聞く印象からはあまりにも乖離した亀千代の姿。
やん事無い身代もあって、己より三つ歳下の男児とは思えぬ巨躯から、何やら居た堪れぬような圧を感じずにいられなかった。


深々とした礼の形を崩すと、病床に臥す岡元家当主の名代として、志乃は亀千代や供廻りへ旅路の労をねぎらう言葉を掛ける。

「遠路からはるばる、ようこそお越しくださいました」

「うむ、世話になる」
志乃の傍らに控える弥四郎には興味無さげに一瞥だけくれると、亀千代は一言応じた。

「こちらでごゆっくりなさって、旅の疲れをお取りくださいませ」

荷解きする女中の手伝いなどしつつ、一行を屋敷の内へ招き入れる志乃。
甲斐々々しく世話を焼く様子を亀千代はしばらくじっと眺めていたが、やがて先導に続いて屋敷の中へ歩みを進める。

母の後姿を無表情に見つめるその最後、かすかに口の端を吊り上げ亀千代が一寸笑ったように弥四郎には見えた。