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起床が遅れたせいで奉公へ出かける刻限が差し迫っていることもあり、慌ただしく朝餉を取って外出の用意を整える。
その間、弥四郎はちらちらと盗み見るように母の様子を伺っていた。

せわし気な弥四郎とは対照的に終始しめやかに食事を済ませ、手際良く膳の片付けをとり行っている。
昨日までは亀千代の歓待にあれほど心を砕いていたにも拘わらず、今は全く気にする風もなく。
御伽女の務めを経てもその振る舞いは以前のままで、心中穏やかならざる弥四郎にはそれが却って不自然さを感じずにいられない。

・・・・・・亀千代様は、いかがされているのか?
思わず喉元まで出掛かった疑問が口腔から漏れ出るのを辛うじて押し止める。
寝所に御座すはずの亀千代の存在を意識すると、今朝の母の慎ましやかな佇まいに昨夜のあられもなく肌を晒し乱れた姿を重ねてしまう。

敬慕すべき母に対して覚えず邪な連想を抱いた己の浅ましさを恥じ、弥四郎はやましさから逃がれるように足早に玄関へと向かった。
外出の気配を覚った志乃は家事の手を止め、奉公に出る息子を見送るためその後を追う。

「弥四郎殿、お気をつけていってらっしゃいませ」
戸口を抜けたところで背後から掛けられた朗らかな労りの声に弥四郎は応えることが出来ず、顧みることなく屋敷を去った。