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その「ヴァンパイア=吸血鬼」という定義自体が狭義のものなのです。

そもそも吸血鬼伝承というものはヨーロッパ全土に広く分布しており、地中海沿岸地方のラミア、エンプーサ、ヴルコラカス、
スラヴ民族圏のヴコドラク、ストリゴイ、モロイ等、さまざまな名称と形態の悪霊や屍鬼として古くより伝えられている。
西欧全域に伝承として伝わるスクブス、インクブス(サキュバス、インキュバス)もその内で特に有名なものの一つ。
これらは、夜に活動し、性的な交わりによって人間の精気を吸い取る点など、実にわかりやすい吸血鬼的特徴を備えた存在である。

「ヴァンパイア」という呼称の歴史上最初の使用例は、1725年セルビアで起きた、
ペーター・プロゴヨヴィチという男の死体が甦ったという事件の調査報告書の中での「ヴァンピール」
という語であるが、同じく「甦る死者」を表すこれより古い呼称として「ストリゴイ」というものがある。
「ヴァンパイア」という語が一般性を獲得したのは1728年に発生した、アルノルト・パウルという男が
死後ヴァンパイアとなって甦り村人を襲ったという事件の際であり、この事件の報告書が
ロンドンで翻訳され報道されたときに、初めて「ヴァンパイア」という単語が英語の中に誕生した。
プロゴヨヴィチやパウルの場合、あなたが挙げた『数年前、或いは少なくとも数日前に死んで埋葬された人間が、
肉と魂を持って蘇り、喋ったり、歩いたり、村々を荒らしまわっては人や動物を襲い、とりわけ近親者の血を吸って衰弱させ、
ついには死に至らしめる。』という定義がまさに当てはまるものであり、現代の我々が抱くイメージからすると、
「吸血鬼(ヴァンパイア)」というよりは、映画などでおなじみの「ゾンビ(生ける死者)」に近いかもしれない。

ともかく、この事件以降「甦る死者」を指すもっとも一般的な呼称となった「ヴァンパイア」という言葉に、
退廃的で貴族的な吸血鬼という新しいイメージを与えたのは、19世紀初頭に発表されたJ・ポリドリの小説「吸血鬼」であり、
さらに下って、現在我々が思い浮かべるような『コウモリを従え、日光と十字架とニンニクに弱く、乱杭歯で美女の首筋に噛み付いて
吸血行為を行う怪物』というイメージ(デミトリ=マキシモフがまさにこれですね)が付与されるのは、
B・ストーカーの小説「ドラキュラ」が1931年、ユニバーサル・フィルム社の手によってベラ・ルゴシ主演による
映画化をみた後という、つい最近のことなのである。

という訳で、現代では「ヴァンパイア=吸血鬼」と一般的には理解されていますし、狭義にはそれで間違いないと思いますが、
古くより欧州全土には「ヴァンパイア」以外にもさまざまな吸血鬼の伝承が存在し、その中の一つとしてサキュバスはあるのです。