バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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0001名無しさん@初回限定2011/02/13(日) 19:46:44ID:+fqADOXd0
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常に【sage】進行でお願いします


※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
0214天覧席の風景(6/9) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:19:36.80ID:oSvQ9z8j0
 
そこに、創造神への貢物を終えた主が、戻ってきた。

天使たちは一糸乱さず、深々と頭を下げる。
プランナーは軽く手を上げて返礼しする。

「情報の収集、ご苦労。ルドラサウム様もことのほかお喜びでしたよ」
「恐れ入ります」
「次に死者が出るまで、ここで待機していなさい」
「了解いたしました」

受け答えたのは、連絡員であった。
主の労いに感動し打ち震えることも無く、淡々と返礼した。
エンジェルナイトとは、そうした存在故に。

「そういえば、悪魔フェリスはどうなっていましたか?」

プランナーはまた別の天使を指し、そう質問する。

「詳細は悪魔界に入らないとわかりませんが―――
 強制解呪にて、ランスとフェリスとの契約が絶たれていました」
「まあ、会場はルドラサウム様のお膝元ですからね……
 彼らもこちらと事を構えたくない以上、
 不干渉に徹することにした、のでしょうね」

創造神ルドラサウムに対抗する勢力として、悪魔なる存在がある。
ルドラサウムの目を逃れて、魂を掠め取り、
ほんの少しずつ、ルドラサウムの弱体化を進めている集団である。
ほんの少しずつ、自陣営の強化を進めている集団である。
渦中のフェリスも、この末端に位置する存在であった。
0217天覧席の風景(7/9) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:24:14.36ID:oSvQ9z8j0
 
例えるならば、絶対権力を有するルドラサウム政権に対する、
弱小にして人口に膾炙せぬ反政府地下ゲリラの如きものである。
象に対する蟻である。

「であるならば、放置ですね」

ランスとフェリスの強制契約解除とは、
【島】への侵入が悪魔サイドの意図せぬものであったことを金卵神に示し、
今後の不干渉を宣言するに等しい行為であった。
お目こぼしを乞う姿勢であった。

創造主サイドにしても、悪魔たちには不介入を原則としている。
それでも時折介入せざるを得ない状況というのは発生するのだが、
今回は面倒な諸問題を発生させてまで手出しすることはないと、
プランナーは考えている。

今やっていることは、ただの遊びである故に。
思いつきの余興であり、主の無聊を慰める暇つぶしである故に。
藪を突付いて蛇を出すような真似はしたくない。

故にプランナーは悪魔侵入の事実を無かったことにして、場を収めたのである。

「まあ、ランスには気の毒なことですが」

プランナーは、紗霧に請われたランスが召還を失敗した事を知っている。
失敗し、ほら吹き呼ばわりされた事を知っている。
その後も人目を避けて何度か試した事を知っている。
その徒労が今後も繰り返されると思うと…… 
プランナーは、愉しくて仕方なかった。
0218天覧席の風景(8/9) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:36:22.29ID:oSvQ9z8j0
 
足掻き、もがき、悩み、苦しむ。
その上で、報われない。
この悪趣味な一柱は、そういった悲劇をこよなく愛するのである。
苦悩と怨嗟が大好物なのである。

その嫌らしい性質故に、このゲームは生まれたのである。
確かに、主・ルドラサウムを楽しませるためのものではある。
しかし隠し切れぬ彼の陰湿なサディズムが、この企図には滲んでいる。

「さて――― 八時までには、まだ間がありますね」

頭を切り替えて、プランナーが時間を確認する。
八時とは、ザドゥたちが目覚める時を指す。
その時間までに、プランナーは一つ、決めねばならぬことがあった。

シークレットポイントを使用したことによるペナルティ。

プランナーは、その具体的な内容を決めていなかった。
手落ちではない。
即興性を重視していた。

どうすれば、主の歓心を買えるのか。
どうすれば、己の濁った悦びを満たせるのか。
どうすれば、転落した主催者たちをもっと惨めに堕とせるのか。

プランナーの頭脳は回転する。
名の示す通り、番組をプランニングしていく。
より悲劇的に、より悪趣味に。
0220天覧席の風景(9/9)(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:48:05.37ID:oSvQ9z8j0
 

AM6:00―――
絶望の孤島に、また、朝日が昇る。


           ↓


(ルートC)

【現在位置:?】

【連絡員:エンジェルナイト】
【スタンス:@死者が出るまで待機
      A死者の魂の回収
      B参加者には一切関わらない】
【所持品:聖剣、聖盾、防具一式】

 ※ここまでの全ての死者の魂は、ルドラサウムの手に渡りました
 ※紗霧パーティーが全員、まひるの性別(♂)を知りました
 ※フェリスの召還が不可能であると判りました
 ※東の森の火災は鎮火されました
0222狂拳伝説CN(1/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:51:13.59ID:oSvQ9z8j0
【タイトル:狂拳伝説クレイジーナックル】

(ルートC・3日目 AM07:45 場所不明)


いつからこの薄暗い砂漠にいるのか。
そもそもここはどこなのか。
霞がかかった頭では思い出せない。

「あ、こっちにもありましたよ、ザドゥ様」

チャームが向こうで俺に手を振っている。
手にした何かの破片を、誇らしげに掲げている。
ああ、そうだ。
俺とチャームは、あれを集めていたのだ。
この薄暗い砂漠に散らばったあの破片を、
一つ残らず回収せねばならぬのだった。

だが…… あれとは…… 何だった?

「さぁ…… 私はあまり難しいことは判りませんので。
 でも大事なものだって言ってましたよ、ザドゥ様は」

砕けたそれが、散らばったそれが。
俺にとって大切な物であった事は判る。
しかし、こうして破片を集める意味とは、何だ?
失ってしまったものを集めて、一体何になるというのだ?

「そんな悲しいことを言わないで下さい、ザドゥ様ぁ……」

駆け寄って来たチャームがじゃれ付く。
豊満な胸をタンクトップ越しに擦り付け、俺の頬をペロペロと舐め上げてくる。
0225狂拳伝説CN(2/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:53:48.53ID:oSvQ9z8j0
 
チャーム―――
東欧の人身売買オークションで手に入れた、人体改造のモルモット。
野獣のような素早さと攻撃力を身に付けた、俺の四天王の一角。
夜はペット。可愛いやつだ。

「ほら、また見つけましたよ、ザドゥ様。
 この輝きを見てください。この力強さを感じてください。
 これは、ザドゥ様に絶対必要なものなんです」

チャームが、破片を俺に握らせる。
握った瞬間、蘇った。
俺が、組織への侵入者を殴り倒している情景が。
俺の心のどこかに、少しだけ活力が戻った。
俺の頭のどこかが、少しだけ明瞭になった。

「ね?」

チャームが微笑む。にこやかに。
なるほど、これは俺の力の源か。
この破片を全て集め、合わせることで、
きっと俺は俺を取り戻すのだろうな。

―――取り戻す?

自然と胸に浮かんだその単語に、違和感を覚えた。
取り戻すということは、失ったということ。
では、それはいつのことだ?

「いいんです、そんなこと、今考えなくても。
 全部集めたらきっと思い出しますよ!」
0228狂拳伝説CN(3/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:55:14.04ID:oSvQ9z8j0
 
そういう物かも知れんが、俺は既に『気になった』のだ。
探すのはお前に任せるから、もう少し俺に考えさせろ。

「はぁい……」

チャームは何故か淋しげに背中を向けた。
その様子が少し気にかかるが、まあ、後回しだ。
今は手にした破片が砕けた理由を思い出すことが最優先だからな。
後で尻の一つも撫でてやれば、チャームの機嫌は直るだろう。

「あっ……」

ん、どうしたチャーム?

「な、なんでもありません。
 ちょっと勘違いして、別のものを拾ってしまっただけです。
 ポイしましょうね、ポイ!」

チャームが手にしたそれは、汚い破片だ。
目を背けたくなるような気色悪い破片だ。
それなのに。
俺はその破片が、気になってしかたなかった。
チャーム、捨てるな。それを寄越せ。

「ザドゥ様がそうおっしゃられるのなら……」

チャームは不承不承といった体で、俺に破片を渡す。
手にした瞬間。
何かが、溢れた。
0230狂拳伝説CN(4/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:57:30.25ID:oSvQ9z8j0
 

  ―――『お友達を』助けることなんだぁ♪


っっ!!?
なんだ、この能天気でカラっとした女の声は?
なぜ、俺の胸はこれほど痛むのだ?
なぜ、俺はこの声がこれほど恐ろしいのだ?

「だっ、大丈夫ですかザドゥ様ぁ?
 だから言ったんですよ、ポイしましょうって」

いや、問題ない。心配には及ばん。
だが、痛くて恐ろしいはずのこの破片から、目を逸らすことが出来ない。
先程の力湧く破片よりも大切な何かだと、そんな直感が働く。
―――これだ。
他の破片は後回しでいい。先ずはこの薄ら汚れた破片を探すべきだ。
そうすれば、いずれこれらが砕けた理由にたどり着くはずだ。
その確信が、俺にはある。

「ザドゥ様ぁ。それはザドゥ様のためにならないゴミですよ?」

何でも言うことを聞く。服従する。
チャームとは、そういう利口なペットだ。
俺に尽くす方法を弁えている。なのに。
なぜか、従わなかった。
どこか、悲壮感が漂っていた。
であれば、これは本当に為にならぬものなのか?

……いや、流されるな、ザドゥ。
0233狂拳伝説CN(5/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 19:58:42.25ID:oSvQ9z8j0
 
俺は既に判断を下し、命じたのだ。
それを他者の顔色で撤回するなど、あってはならん。継続だ。
俺が俺を信じることが出来ずに、何がザドゥか!

「そんなのより、こっち! この綺麗な破片を探しましょうよ」

チャーム、つべこべいうな。汚いほうだ。
俺が探せと言っている。

「……はぁい」

不承不承のチャームを尻目に、俺も探した。必死に。
這いつくばって、地面を舐めるように。
そして見つけた。三つの破片を。

  ―――大将も自己満でカモミールを殺さないよーに

  ―――アリが人に何を求めるの?

  ―――己の主はただ己のみ!!

……そうだったな。
俺は、負けたのだ。
あの島で、何度も何度も負けていたのだ。

「そんなことないですよ、ザドゥ様。
 だってその三人は皆死んでるんですよ? ザドゥ様は生きてるんですよ?
 どう考えたってザドゥ様の勝ちじゃないですか」

確かに、勝負には勝ったかも知れん。
生き残りには勝ったかも知れん。
0236狂拳伝説CN(6/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:01:01.47ID:oSvQ9z8j0
 
だがな、チャームよ。
俺は、俺を貫けなかった。俺自身で、歪に曲げていた。
奴らは最後まで己を貫いた。己の意志を曲げなかった。

タイガージョーは命を賭してゲームを否定した。
ファントムは地獄の底まで仇を追っていった。
芹沢の『友達を助ける』思いは願望の成就を振りきり、
長谷川ですら醜く汚らわしい道化を貫いた。

俺は、その覚悟の差に、膝を屈したのだ。

「そんな…… あんまり自分を追い詰めないでくださいよ。
 早く欠片を全部集めて、あのカッコよくて自信たっぷりなザドゥ様を
 取り戻しましょうよ!」

チャーム、慰めなどいらん。少し黙れ。
俺はそろそろ思い出せそうなのだ。
先刻、俺はさらりと重要なことに触れなかったか?
それは、キーワードではないのか?

   ―――俺は、俺を貫けなかった。
   ―――俺自身で、歪に曲げていた。

そうだ。これだ。
タイガージョーと言葉と拳を交わした時には、
既に宿っていた暗澹たる敗北感。
それは、誰に? 何に? いつ? どこで?
探さねば。見つけねば。
俺の真の敗北を。
最初の敗北を。
0239狂拳伝説CN(7/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:03:57.81ID:oSvQ9z8j0
 
「それって、シャドウの裏切りなんじゃないですか」

成る程な。
確かに俺はシャドウに敗れて、多くのものを失った。

組織。
部下。
名声。
権力。
女。
金。

だがなチャーム。
そんなもの、戦利品でしかなく。
俺という存在に追従した余禄に過ぎず。
俺そのものでは決してなく。
つまりは…… たかが贅肉よ。

「たかが…… 贅肉……」

俺が見つけねばならんのはな、チャーム。
そんなちんけな敗北では無いのだ。断じて。
贅肉を削ぐような敗北ではなく、拳を砕くような敗北なのだ。
それを見出さねば。
それを受け入れねば。
お前がいくら破片を集めきったとて、決して元の俺には戻るまい。
歪な俺の、不恰好なプライドが形成されるだけだろう。

―――カチ。
0242狂拳伝説CN(8/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:06:49.40ID:oSvQ9z8j0
 
がむしゃらに探す俺の指先に、触れた。
大きな欠片が。
どす汚れ、泥土に塗れ、思わず目をそらしたくなるような欠片が。

   ―――わか・・・・・った。その話・・・飲もう
   ―――キャハハハハ!

……見つけた。
これだ。
俺の真の敗北の記憶。

タイガージョーへの敗北感も、
ファントムへの敗北感も、
長谷川への敗北感も、
芹沢への敗北感も、
全て、結局。
この一敗から目を反らしていたから生まれたのだ。
自分を曲げた事を恥じるが故に、自分を貫く奴らが眩しかったのだ。

「ザドゥ様は、これが敗北だと、言うのですか……」

ああ、そうだ。
俺は、俺の主であることを捨てて、神の走狗に成り下がったのだ。
涎を垂らし、尻尾を振って。
ヤツがぶら下げた餌に飛びついたのだ。

今こそ、ザドゥは、認めよう。
俺の最大の敗北は、その選択をしたことだ。
俺は、俺を、裏切ったのだ!

「その餌は、必要ないものなんですか……?」
0245狂拳伝説CN(9/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:09:15.85ID:oSvQ9z8j0
 
チャームの悲げな声が耳を衝く。
振り返ったチャームは氷柱に閉じ込められていた。
丸い目に涙を溜めて、俺を見つめていた。

そうだ…… 俺は、何を忘れていたのだ。
チャームは死んでいたではないか。
その復活こそが、俺が釣り上げられた餌であったのではないか。

「私は、必要ないんですか?」

チャームが涙を溜めて、氷柱を内側から叩いている。
俺を求めてくる。

この涙に。この献身に。この愛情に。
この死に、俺は変えられた。
俺は、俺を、見失っていた。
無論、チャームを責める気などは無い。
全ては俺の弱さだ。
一人の女に肩入れしすぎたツケが回ってきたに過ぎぬ。

「ザドゥ様ぁ…… どうして自分ばっかりご覧になってるんですか?
 もっとこっちを見てください…… もっと私を見てください……」

人の死の中になにかを見出した気になり、哀れみを覚え、共感を欲する?
ハッ! とんだ善人気取りだな、ザドゥ。
隠居したジジイでもあるまいに、それが牙を持つ人間の思想か?
そんなザドゥが、どこに居る?
断じる! そんなものはザドゥではない!

「ペットは捨てないって、言ってくれたじゃないですかぁ……」
0248狂拳伝説CN(10/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:12:30.75ID:oSvQ9z8j0
 
ああ、確かに言ったな。
不安がるお前を強く抱きしめながら、何度でも言ったな。
覚えているぞ。
忘れられるはずもなかろう。
無論、全てを思い出した今。
飼い主としての責任は、果たしてやる。

「ザドゥ様ぁ! やっと私を見てくれた!」

なあ、チャーム……
俺は、今やっと、敗北を受け入れることが出来たのだ。
恐れていたそれは、恐れていたほどではなく、逆に清々しさすら感じたぞ。
だがな。
敗北を受け入れることと、負け犬のままでいることは、違う。
敗北は結果として受け入れよう。
だが、俺は、負け犬のままでいるつもりはないのだ。

だからな、チャーム……

「はいっ! なんでしょうザドゥ様っ♪」



俺の為にもう一度、死ね。



「なんっ……!?」
 
0250狂拳伝説CN(11/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:15:22.97ID:oSvQ9z8j0
 
砕けろ、氷柱。
砕けろ、愛猫。
砕けろ、想い。
砕けろ、願い。

その痛みを以って、受け入れろ、ザドゥ。
愛する者を殺し直して、蘇らぬを自覚しろ。

―――狂 昇 拳 !

「酷い、おかた……」

ああ、なんと酷い男なのだろうな、ザドゥという男は。
だがチャームよ、お前は知っていた筈だ。
これが俺なのだと。
お前の復活などを望むザドゥこそ、本来のザドゥでは無かったのだと。

俺は飽くまでも俺本位で。
行動を妨げようとする者は必ず叩き伏せ。
意志を曲げようとする者は必ず返り撃ち。
いかなる犠牲も恐れず、
いかなる敵にも怖じぬ。
お前の飼い主とは、そういう男であったろう?

「さよならです……」

狂昇拳は氷柱を穿ち、そこに捕らわれるチャームの心臓をも貫いていた。
次の瞬間、霧消した。
その姿が消えると共に、左手首に巻いていた鈴の紐が切れた。

りん……
0253狂拳伝説CN(12/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:17:04.27ID:oSvQ9z8j0
 
一度だけ悲しげに鳴った鈴は、砂漠の砂に同化して沈んでいった。
これで俺を縛るものは、無くなった。

一人だ。
独りだ。
俺は、ひとり、ザドゥだ。
俺は、ただの、ザドゥだ。
裸一貫。
鍛えぬいた狂拳。

それで十分。

散らばった破片も、もう要らぬ。
あれもまた一つの贅肉だ。
今の、単純化されたザドゥの動きを鈍らせる重荷だ。

それで完結。

そう、チャームも言っていたではないか。
生きているから、負けではない、と。
リベンジの機会が、まだあるうちは。
それを諦めないうちは。
俺は、まだ、俺でいられる。

確か、鯨は言っていたな。次に会うときはゲームの終了時だと。
成る程な。チャンスはその一回のみということか。
であれば、必ずゲームは成功させてやる。
成功させて、芹沢の願いを叶えてやる。
それから。いざ、俺の願いが叶えられようとした瞬間に。

―――殴る。
0256狂拳伝説CN(13/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:18:57.29ID:oSvQ9z8j0
 
俺の全てを一撃に込めて、いけ好かん鯨野郎をぶん殴る。
そして言ってやる。
お前などに叶えさせてやるような望みなど無いのだと。
その後のことなど、知ったことか。

圧倒的な力量差があろうと。俺はお前の飼い犬ではなく。
伸ばした手が届かぬのだとしても。俺の主は俺だけで。
たったそれだけのシンプルな事実を、物分りの悪い蒼鯨に理解させてやる。
この拳でな。


『ねえねえ、今度こそザッちゃん起きたかなぁ?』
『違う、また寝言』
《寝言なのかうわごとなのか、ビミョーですよ?》
『瞼に小刻みな痙攣を感知。首魁殿はそろそろ目覚められるようだよ』


鼓膜に…… 聞き覚えのある声を感じる。
両瞼に…… 淡い光を感じる。
四肢に…… 筋肉の疼きを感じる。

ああ、俺はもうすぐ目覚めるのだな。
ああ、これまでの全ては夢だったのだな。

だとすれば、きっとこの夢も目覚めと共に忘れてしまうのだろう。
それはそれでいい。
だが、ただひとつ。
目覚めの世界に、これだけはもって行け。
これだけは、忘れるな。
0259狂拳伝説CN(14/14) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:20:37.18ID:oSvQ9z8j0
 





          ―――敵は、鯨だ。





 
              ↓
 
0262狂拳伝説CN(情報 1/1) ◆VnfocaQoW2 2011/02/27(日) 20:22:09.38ID:oSvQ9z8j0
 
(ルートC)

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      @プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      A芹沢の願いを叶えさせる
      B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:重態、全身火傷(中)、睡眠中】

 
0263譲れぬ想い 挫けぬ心(1/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:04:42.53ID:zB/hiIzv0

(Cルート・3日目 AM09:00 D−6 西の森外れ・小屋3)

「メイド服っ!」
「メイド服っ!」

朝日差す西の森の小屋に、男の魂の叫びが二つ、響き渡った。
魔窟堂野武彦と、ランスである。
この、およそ接点を見ない縁遠い二人が、意気投合していた。
大いなる野望の達成の為に、心を一つにして事にあたっていた。
その魂の叫びは、食卓に座す月夜御名紗霧へと向けられていた。

「着ません」

うんざりした顔で溜息をつく紗霧ではあったが、
意外にも、その表情に険は見られない。

「朝食の準備…… 今この時に装着せんでなんとする!」
「そうだそうだー!」
「ランス様も、こう仰っていますし……」
「着ません」
「着てあげてもよくない? 紗霧サン?」
「よし! 今まひるが良いコト言った!」
「着ません」
「あと一押しじゃ! 言ってやれい、恭也殿!」
「俺ですか? ……これといって、別に」
「……なんでですか!」
「紗霧サン、どしてそこでつっかかる?」
「メイド服なんて着ませんが、興味なさそうな態度も気に入りません」
0264譲れぬ想い 挫けぬ心(2/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:08:26.30ID:zB/hiIzv0
 
ふざけても、怒っても、呆れても。
それでも、皆の声は弾んでいた。
それもそうであろう。
何しろ、昨晩、大勝利を飾ったのである。
巨凶、ケイブリス相手に。

朝食準備の席に、誰一人として欠けることなく揃っている。
このような状況、誰が想像したであろうか?
作戦立案者である紗霧とて、まさか怪我人すら出さずに勝利するとは
想像だにしていなかったのである。
浮き足立つのも、当然と言えた。

巨凶ケイブリスとの戦いを終えた六戦士は、深夜一時過ぎに、
彼らのホームである小屋へと、帰投していた。
そこで、たっぷりと休養を取った。
ランスの夜這いに関するアクシデントこそあったものの、
交替で見張りを立てて、それぞれが六時間の睡眠を得たのである。

で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
いざ、食事を作ろうという段で、深刻な問題が発生した。

「じゃあまひるさん、お願いします」
「いやいやここはユリーシャさんが」
「食事の準備はメイドの仕事でした」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
0267譲れぬ想い 挫けぬ心(3/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:10:55.59ID:zB/hiIzv0
 
女性陣の誰一人として、まともな自炊経験がなかったのである。
問題は、それだけに止まらなかった。

「世の中にはコンビニという便利な場所があっての」
「そんなもん、シィルにやらせていたからなぁ……」

野武彦とランスもまた、厨房に立つ能力を持ち合わせなかった。
と、なれば。
あとは一人しかいなかった。

「男の大雑把な料理でよければ」

こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。


   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


「……どうしても紗霧ちゃんのメイド姿が見たい」
「……異議なしじゃ」

小屋の裏手でP−3の残骸を処理しながら、ランスと野武彦は小声で密談する。

「恭也は朝ごはんを作っている。念のためユリーシャを見張りに立たせた。
 今がチャンスなんだ。ジジイ、策は無いか?」
「では、こんなのはどうじゃ?」

キランと丸眼鏡が光り。落雷の書き割りが表れて。
野武彦の目線が、井戸へと向けられた。
0269譲れぬ想い 挫けぬ心(4/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:18:45.18ID:zB/hiIzv0
 
   =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=   


小屋には長逗留を想定してか、米や味噌の備蓄がそれなりにあった。
肉類こそ無かったものの、日持ちする野菜も発見された。
故に朝食は、一汁一菜。
ご飯と、赤だしと、煮物と、香の物。
誠に日本人らしいメニューと相成った。


   ―――コトコトと、鍋が鳴っている。
   ―――刻まれたネギの強い香気が漂っている。


「なんてゆーかこの…… 厨房に立つ男子ってゆーのは、
 一種独特の色気がありますなぁ」

広場まひるは、エプロンをつけて沢庵をトントンしている恭也の背を見つめ、
ワイドショーを眺める中年主婦の如き感想を述べた。

「ま、否定はしません」

済ました顔で興味なさげに相槌を打つ紗霧ではあるが、
しかしまひると並んで食卓から恭也を眺めていた。
ユリーシャも同席はしているものの、窓の向こうのランスを気に掛けるばかりで、
二人の会話にも、恭也の後姿にも、意識は向けられていない。


   ―――コトコトと、鍋が鳴っている。
   ―――炊飯器の湯気に混じる白米の甘い香りが漂っている。
 
0272譲れぬ想い 挫けぬ心(5/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:23:36.93ID:zB/hiIzv0
 
「おう、終わったぞ」
「ついでに井戸水も汲んできたわい。食後の皿洗いに必要かと思っての」
「お疲れ様です、ランス様」

P−3の残骸の処理を終えたランスとユリーシャが帰ってきた。
忠実な愛玩犬の如く笑顔で駆け寄るユリーシャを抱きとめて、
ランスはその耳元に、何事かを囁いた。
ユリーシャは複雑な表情で頷くと奥の部屋へと引っ込んで行く。

「いやあ、しかし水桶は重いのぅ……
 この老骨のヤワい足腰には格別に堪えるわい」

野武彦は厨房に向かって、不確かな足取りで歩いてゆく。
そんな様子に哀れ心を誘われたまひるが、
手を差し伸べようと腰を上げた時であった。
あまりにも意外な第三者が、先んじて救いの手を伸ばしたのは。

「情けないなあ、ジジイ。しょうがない、俺様が代わってやろう。
 ホレ、桶をよこせ」

まひると紗霧は己の耳目を疑った。
あのランスが。
男にはとことん厳しいランスが。
ジジイは早くくたばれだのの暴言を吐くランスが。
男に、年寄りに、親切心を発揮したのである。

「よよよよ、人の情けが身に染みるのじゃあ!」
「わはは、大げさなジジイだな!
 そんな書き割りを出す暇があるなら、さっさと桶を……
 ををっ!?」
0273譲れぬ想い 挫けぬ心(6/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:31:11.78ID:zB/hiIzv0
 
ランスが詰め寄り、野武彦が立ち止まり。
交錯の瞬間、二人はニヤリと笑いあった。
その瞬間、水桶が、宙に浮いた。

「なんと!
 ランス殿の親切に涙を浮かべた野武彦は、
 手渡す水桶の目測を誤ってしまったのだった!
 まったく意図せずに!」
「さらに!
 ジジイが手放した水桶を掴もうとした俺様だが、
 無茶な体勢が祟って、桶をひっくり返してしまったのだ!
 紗霧ちゃんに向かって!」

野武彦とランスは慌てる素振りも見せず、一息に言った。
明らかな猿芝居であった。
しかしその素早い連携に、まひると紗霧は反応できなかった。

「きゃあ!」
「がははは! 紗霧ちゃん水浸し!」
「やったのう、ランス殿!」

頭からしたたかに水を被り、全身ずぶ濡れになった紗霧が、
その黒髪をワカメの如く額に張り付かせ、
ハイタッチを決める老人と青年に、恨めしげな上目遣いを向ける。


   ―――コトコトと、鍋が鳴っている。
   ―――溶かされた味噌の匂いが居間まで漂っている。
 
0274譲れぬ想い 挫けぬ心(7/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:37:43.68ID:zB/hiIzv0
 
奥の部屋に引っ込んでいたユリーシャが居間へと戻ってきた。
戻ってきたかと思いきや、そのまま小屋を出て行った。
その手に二つの大きな紙袋を握って。

「濡れた着衣に下着のラインを透かせては目の毒じゃ。
 ささ、奥の部屋で着替えるとよい」
「俺様たちの大事な軍師が風邪をひいたら大変だからな。
 早く奥の部屋で着替えるのだ!」

野武彦とランスはにこやかに紗霧を奥の部屋へと誘導する。
その様子に、紗霧は不信感を抱き。
数秒前に出て行ったユリーシャが抱えていた紙袋へと思い至る。

「まさかっ……!」

奥の部屋に飛び込んだ紗霧が目にしたものは。
男物女物、あらゆる衣類が持ち出されて空っぽになった、
部屋に備え付けの収納ボックスであった。
そして、その部屋の真ん中に。
まひるが病院で発見し、ユリーシャが保管を任されていた
衣服セットの入った袋だけが、ぽつんと、置かれていた。

「そこまでですか…… どうしてもメイド服なんですか」

紗霧を着替ぬ訳にはいかぬ状態へ追い込んだ上で、
替えの衣装の選択肢を限定させる。
それこそが、野武彦の策であった。

「それだけは譲れないのじゃよ」
「俺様は決して挫けないのだ!」
0275譲れぬ想い 挫けぬ心(8/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:46:25.82ID:zB/hiIzv0
 
恥じることなく胸を張り主張する男二人の曇りなく輝ける瞳に、
ついに紗霧は溜息を以って、屈した。

「はあ…… しょうがないですね。
 確かにここで風邪でもひいては困ります。
 まひるさん、見張りを頼みます」


   ―――グツグツと、鍋が煮えている。
   ―――煮詰まった味噌汁の匂いが胃袋を刺激する。


紗霧の警戒に反して、野武彦とランスは全く大人しかった。
お利口に正座をして待っていた。
既に戻って来ているユリーシャは最初、暗い眼差しをしていたものの、
ランスに撫で撫でされたので、すっかり機嫌を治していた。

からり、と、引き戸が開かれて。
ごくり、と、男たちが息を呑む。

「いよいよだな!」
「なんと長い道のりであったことか……」

肩を叩き合い、互いの健闘を称えあう二人の前に、
ついに着替えを終えた紗霧が姿を表した。
その新装束の衝撃に、まひるやユリーシャまでもが息を呑む。

「な、な、な……?」
「そっちを選びよるとは!」
0276譲れぬ想い 挫けぬ心(9/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 19:50:37.01ID:zB/hiIzv0
 
紗霧は、全身、清潔な薄いピンク色に包まれていた。
膝上までのタイトなスカートの下には白いタイツが履かれており、
頭上には三角巾の如きキャップが載せられていた。
胸ポケットには体温計が刺さり、首には聴診器が掛けられていた。

そう。
置かれた袋の中にある、もう一つの装束―――
紗霧は、ナース服に着替えたのであった。

メイド服とナース服。
どちらも同じく恥ずかしい衣装であり、
どの道コスプレの羞恥は拭えない。
ならばと、紗霧は考えた。
せめてと、紗霧は企んだ。
野武彦とランスの下らぬ策略に嵌っただけでも屈辱であるのに、
これ以上喜ばせるなど以ての外である。
ナース服とは苦渋の選択であり、意趣返しであった。

「この月夜御名紗霧にも、意地があります」

驚きを隠せぬ野武彦とランスは呆けた表情を見せ。
紗霧はそれを満足げに眺めながら笑った。
恐ろしく影の濃い、不吉な笑みであった。

「さて、お二方。治療のお時間です」
「何故に治療でバットなんじゃ?」
「しかもそれ…… 釘が打ち込まれてないか!?」
「昔の人は言いました。馬鹿は死ななきゃ治らない(ニッコリ)。」
0278譲れぬ想い 挫けぬ心(10/10) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:04:38.37ID:zB/hiIzv0
 
紗霧が凶悪に改造されたバットを振り上げ、
野武彦が身を竦め、
ランスが野武彦を犠牲に逃げる素振りを見せ、
ユリーシャがランスに駆け寄り、
まひるが苦笑した、

その時。

ドシリと、厨房から、重い音が聞こえてきた。


   ―――カラカラと、鍋が焦げている。
   ―――焦げた煮物が目に染みる黒煙を発している。


全員が同時に、その異様に気付いた。
最も厨房に近かったまひるが、そちらに目線をやり、叫んだ。

「―――恭也さんが倒れてる!!」


              ↓
0280譲れぬ想い(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:08:47.83ID:zB/hiIzv0
 
(ルートC)

【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
      @しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】

【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】

【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】

【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
      男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】

【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃・45口径(残弾 5)、
     ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】

【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
0282挫けぬ心(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:14:17.59ID:zB/hiIzv0
 
【広場まひる(元38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 22/45)】

【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:なし】
【備考:意識不明、失血(大)、低体温(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】

 ※痛み止め(解熱作用含む)の効果が切れました。
 ※「?服」のラストは、ナース服でした。
 ※米と味噌、野菜の数日分を確保できました。


【小屋の保管品】
  [武器]
    指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸
  [機械]
    解除装置、簡易通信機・大、簡易通信機・小、
  [道具]
    工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
    謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具
  [食品]
    小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
0284χ−1(1/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:19:10.99ID:zB/hiIzv0
 
(ルートC・3日目 AM9:00 J−5地点 地下シェルター)


拳を、握る。拳を、開く。
拳を、握る。拳を、開く。

目覚めたザドゥが最初にしたことは、【気】を用いての内観であった。
深い呼吸と共に【生の気】を巡らせれば、血液の滞りや発熱、代謝の停止等、
【死の気】を内包している箇所で停留し、あるいは霧消する。
これは気功を使う者特有の、肉体機能のチェック方法である。

(想像以上に疲弊が激しいな。火傷による機能の低下も著しいが……
 だが、機能の不全には至っていない。俺はまだ、戦える)

その分析に、痛みは考慮されていない。
ザドゥはいつかの亡霊・紳一とは違い、痛み程度には動じない。
動くのか、動かぬのか。
壊れているのか、いないのか。
それを、一箇所一箇所丁寧に確認するのみである。

「はいはーい、ザッちゃんザッちゃん! 次はあたしを触診してー♪」
《そういう話なら、ぜひこの儂に!》
「黙れ妖刀、折られたいか」
《……お黙ります》

主催者一同の脳裏に、頭痛すら覚えるほどの強烈な鳴動が感じられたのは、
ザドゥが芹沢の背に【生の気】を巡らせようと掌を伸ばした矢先であった。
 
0286χ−1(2/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:24:49.20ID:zB/hiIzv0
 
《聞け、主催者どもよ》


プランナーであった。
姿見せぬ金卵神が、強大な思念波を叩き付けたのである。
主催者たちに、緊張が走る。


《基地は地中に没し、学校も崩壊し、素敵医師とケイブリスを失った。
 しかも深夜零時と早朝六時の定時放送も為されなかった。故に。
 お前たちはゲームを管理する力を失ったと判断してよいだろう―――》


(No!? ケイブリスが死んだ、だと?)

椎名智機のトランキライザが働き、情動負荷が軽減される。
その処理をトレースして、初めて智機は気が付いた。
ケイブリスの死に、強制緩和を必要とする程の悲しみが発生していたことに。

『いいぜ、その目……ギラギラとしてて餓えてる目だ。見直したぜ』

  ―――興味を抱かれたい。
  ―――知って欲しい。
  ―――求められたい。

失って初めて、智機は理解した。
ケイブリスこそ。
誰よりも真っ直ぐな眼差しで智機を見つめてくれていたのだと。
智機のその悲願に、最も近い感情を抱いてくれていたのだと。
 
0288χ−1(3/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:30:28.17ID:zB/hiIzv0
 
《しかし、それを以ってプレイヤーの勝利とは、我々は判断しない。
 これは殺し合いのゲームである。
 優勝とは唯一人が生き残るを指すのと同じく、
 主催者の打倒とは主催者の全滅を指すからである》


透子は降り注ぐ言葉を咀嚼する。
一言半句逃すまいと、記憶領域にログ出力する。
深夜から早朝にかけての記憶/記録検索で、彼女は気付いていた。
ゲーム運営の実権を握っているのは、ルドラサウムなどではなく、
このプランナーという異形の神なのだと。

   ―――ルドラサウムを楽しませる。

確かにそれも重要ではあるが、それだけでは不十分である。

   ―――プランナーが敷いたレールから逸脱しない。

それに反することもまた、悲願の達成を遠ざけることになるのだと。
透子は理解したのである。


《つまり、ゲームは未だ継続中である。
 優勝者が出るか、お前たちが全滅するまで、ゲームは終らない。
 管理能力を失ったお前たちではあっても、
 プレイヤーの敵としてのお前たちはゲームに必要とされている。
 依然として。
 故に、お前たちは未だ、その願いを叶える権利を失ってはいない》
 
0290χ−1(4/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:34:37.35ID:zB/hiIzv0
 
(なーんだ、じゃあ今までと変わらないってことかぁ)

芹沢は胸を撫で下ろす。
彼女は確かに主催の一翼を担う立場にはあれど、
智機の如きシステム面にての働きには携わらぬ駒でもあった。
刺客として戦場に赴き、プレイヤーを脅し間引くを旨とする、
純粋なる現場担当者であった。
その立場から見たプランナーの発言は、自分の行動を変えるようなものではなく、
逆に、対立構図はより鮮明に単純になったのだと、楽観的に受け止めた。
それよりも、なにやら。

(何かこのカミサマって、やーな感じぃ)

何を当たり前のことをさも勿体ぶって口にするのか。
直感型で嗅覚を信ずるタイプの彼女としては、
プランナーのその性質に、生理的な不快感を覚えたのである。


《さて、では本題に入ろう》


―――本題?
その言葉にザドゥと芹沢は混乱する。
自分たちの主催としての去就が主題ではないとするならば、
それ以上に重要なものとは、一体何であるのか。

―――本題!
その言葉に透子と智機は思い至った。
自分たちが今居る場所と、そこを使用しているという意味に。
そこを、プレイヤーよりも先に利用したという事実に。
 
0292χ−1(5/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:39:32.00ID:zB/hiIzv0
 
《シークレットポイント……
 そこにある「有利になる何か」を主催者がプレイヤーに先んじて使用すれば
 ペナルティが下るというルールを、覚えているか?
 今回のケースは難しい。
 そこにある「何か」が道具ではなく、部屋そのものなのだから。
 検討の末、我々はこう、判断した。
 素敵医師や御陵透子が立ち寄ったことは、抵触しない。
 ザドゥとカモミール芹沢が避難したこともまた同様である。
 問題は―――
 仁村知佳の襲撃を、その扉で防いだ点にある。
 これを我々はペナルティの対象となると認定した》

プランナーはそこまで一息にまくし立てて、沈黙した。
待っている。
この神は、哀れな子羊たちから問いが発せられるのを待っている。
質疑応答の形を経て、ペナルティをより強固に刻みつけようと、
手薬煉を引いて待っている。

「……ペナルティとは?」

プランナーの期待に応えたのは空気を読めぬオートマン、智機であった。
異形の神はさらに勿体ぶって二呼吸の間を空けた上で、厳かな声で処分を通達した。


《優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、
 一人の願いを叶えないこととする》


「「「!!!」」」
 
0294χ−1(6/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:44:52.08ID:zB/hiIzv0
 
「一人って…… 誰のことなの?」

恐る恐る、芹沢が聞いた。
その怯えた声の調子に目論見の成功を確信したプランナーは、
喜びに震えそうになる己の声を抑えて冷静を装い、返答する。

《それはお前たちで話し合って決めればよい。
 我々は対象人物まで特定しない》

口火を切ったのは透子であった。
瞳に炎を宿らせて、主催者の三人をにらみつけた。

「譲れない」
「私は絶対……」
「願いを叶える」

それを諌めたのは智機であった。

「Wait、Waitだよ、透子様。
 ここで短絡を起こしてはいけない。
 プランナー様はこう言ったろう?
 優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、と。
 今、一人を口減らしたとしても意味が無いのだよ」

今、と、智機は口にした。それはつまり、後、ならば。
同胞を殺す意味があるのだと、その心算もあるのだと、
智機は宣言したに他ならない。

「ねぇねぇ、どーしよっか、ザッちゃん?」
0295χ−1(7/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 20:53:41.17ID:zB/hiIzv0
 
芹沢が腕組みするザドゥの袖を引っ張って、上目遣いで見つめる。
ザドゥを形式上の首魁に過ぎないと見る主催者たちの中で、
彼女は只一人、彼をトップであると認めている。
武家社会の末子たるこの女は、主筋に判断を委ねたのである。

プランナーの登場から此方、沈黙を保っているザドゥは。
芹沢の要請を受けるや、両の瞼をカッと見開いて、
まるでそこにプランナーの姿が見えているかの如く、
強い眼力で虚空を睨めつけると。

「―――断る」

そう、短く断じたのである。

《……首魁ザドゥ。君の発言は、誰に、何に向けて発せられたのかな?》
「そのペナルティ、承服しかねるということだ」

言い捨てた。
伺いを立てるといった様子ではなかった。
一方的な拒絶の宣言であった。

《憤りも理解せぬではないが、これは厳粛なるルールの適用に過ぎな……》
「黙れ下っ端」
《下っ……!?》

ザドゥの分を弁えぬ余りにも余りな暴言に、空気が凍りつく。
身の程を知らぬザドゥはそれでも飽きたらぬのか、
更なる暴言を重ねて、プランナーを侮辱する。
0297χ−1(8/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 21:00:24.72ID:zB/hiIzv0
 
「下っ端が横合いからピーチクパーチク囀るなと言っている。
 俺が契約したのはルドラサウムだ。貴様に従う謂れは無い。
 納得させたいのならあの鯨を出せ」

神と人との絶対的な力関係さえ考慮しなければ―――
理は確かに、ザドゥにあった。
椎名智機こそ企画立案者であるプランナーの存在を把握していたものの、
主催者のスカウトと契約はルドラサウム自らが行っている。
ぽっと出の、素性のわからぬ存在に従う理由など無いのである。

「だいたい、昨日の勝手なルール変更も、あれはなんだ?
 あれが罷り通るなら、俺たち主催など要らんだろう。
 今更覆せとも言わんが、今後貴様が何を呟こうと俺はその言葉を受け入れん。
 それを覚えておけ」

言った。言い切った。
ザドゥを除く三人の女は、呼吸すらままならぬ緊張感の只中に叩き込まれた。
プランナーは二の句が継げずにいる。
その濃厚な沈黙を打ち破ったのは、果たして渦中の蒼鯨神であった。

《キャハハハ!!
 下っ端? 下っ端だって? プランナーが?
 そーだよね、そりゃそうだよねー》
「出たか、鯨」
《流石はザドゥ君、怖いもの知らずだね!
 君の自主性を見込んで、トップに据えた自分の直感を褒めたいくらいだよ!
 だってプランナーのこんな顔、今まで見たことなかったからね》
0299χ−1(9/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 21:06:53.59ID:zB/hiIzv0
 
本当に、心底楽しそうな。
この島に来てから一番楽しそうな笑い声が、
音の津波となってシェルター内を包み込む。
その空気は、魔剣にまでも伝播した。

《かはははははっ! すげーなザッちゃん!
 三超神を下っ端扱いした生物は、多分お前さんが初めてじゃぞい!
 よう言うた、よう言うた》

カオスとて、プランナーの曲った性根に苦渋を舐めさせられた一人である。
ザドゥの蛮行に送られた喝采は、心の底からのものであった。
さらには、芹沢すらも。
笑い声の輪唱に己を取り戻し、ザドゥに追従する始末であった。

「そーだよねぇ…… あたしもカミサマのこと、知らないなぁ。
 その辺、くじらさんの説明が欲しいなー」

空気は、逆転していた。
この場の明らかな絶対支配者であったプランナーが、
ザドゥの神を神とも思わぬ傲岸不遜な態度によって、
上役たるルドラサウムの予定外の登場によって、
単なる下っ端の道化へと、堕したのである。

主催者たちには見えぬ、されどルドラサウムには見えるその場所で、
プランナーは屈辱に下唇を噛み締める。
それはこの神が生を受けてこの方、初めて受けた屈辱であった。

《それじゃあ言うけど……。
 残念だけど、このゲームの難しいルールとかは全部、彼に任せてあるんだ。
 だから、ペナルティはプランナーの言ったとおり。
 彼の言葉は、僕の言葉。わかった?》
0301χ−1(10/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 21:13:04.90ID:zB/hiIzv0
 
結局、ルドラサウムはプランナーの肩を持った。
彼を己の全権委任者であると宣言し、それまでの独断を肯定した。

プランナーは主の裁定に弱冠の溜飲を下げる。
しかし。それでも。
ザドゥは猶、ザドゥであった。

「いいだろう。では、俺が辞退しよう」

この宣言にはプランナーのみならず、ルドラサウムもまた、絶句した。

「願いが叶えられない対象を、俺にしろ」

発言が飲み込めぬ一同に、ザドゥは繰り返す。

「俺が首魁だ。責任を取るのは俺の仕事だ」

そして、己の翻意を表に現さぬまま責任論に帰結させ、
ザドゥは再び腕を組み、鋭い眼光を和らげた。
もう語ることは無いのだと、その態度は如実に物語っている。

「Yes。上に立つものが責任を取る。組織論として実に正しいね。
 ザドゥ殿、私は貴君のその判断、断固支持するよ」
「さんせい」

透子と智機は、ザドゥの決意を額面どおりに受け取った。
その内面にまで考えが及ばなかった。
芹沢だけが違和感を覚えた。
疑念の眼差しでザドゥを見遣る。
その芹沢の視線に気付いたザドゥは、軽く頬を吊り上げるのみであった。
0303χ−1(11/12) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 21:19:44.06ID:zB/hiIzv0
 
(ザッちゃんは…… もしかして……)

直感型の芹沢には、もしかしてのその先を言語化できぬ。
しかし、判った。
ザドゥの中の大事な何かが、大きく変わってしまったのだと。

《あらららら、キミの目論見、外れちゃったね、プランナー》

プランナーの予定では。
このペナルティによって主催者どもは、疑心暗鬼に陥る筈であった。
相手を出し抜かんと、四者の間に陰謀や暗闘が生じる筈であった。
醜くて粘ついた情念と情念がしのぎを削るはずであった。
しかし、ルドラサウムの指摘する通り。
その陰湿な企みは、ザドゥの自己犠牲で木っ端微塵に砕け散った。
思惑の根本が、空振った。

《……申し開き様も無く》

金卵神は震える声で、己の主に謝罪した。
蒼鯨神は己の部下の謝罪を鷹揚に受け入れた。

《でもまあ、君のそんな悔しそーな顔が見れたから、楽しかったよ。
 やっぱりぷちぷちは面白いなぁ、意外性があってさ》

その言葉を最後に、狂笑がフェードアウトしていって。
やがて二神の気配は消え去った。
0305χ−1(12/12)(情報 1/2) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 21:25:03.70ID:zB/hiIzv0
 
ザドゥの袖を握ったままになっていた芹沢が、再び彼を上目遣う。
なぜか遠くに行ってしまった様に感じられるザドゥとの距離を詰めるべく、
言葉の整理もできぬまま、不安な気持ちだけを上滑らせる。

「ザッちゃん、あのね……?」
「芹沢、お前が気にすることは何もない。
 今まで通りのお前で居さえすればいい。
 これは、俺の問題だ」

ザドゥは思いがけぬ優しい笑みを浮かべ、芹沢の頭を撫でると、
先程中断した芹沢の身体機能チェックを再開すべく、
包帯の巻かれた痛々しい背に、腕を伸ばした。


          ↓



(ルートC)

【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機】
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】
0307χ−1(情報 2/2) ◆VnfocaQoW2 2011/03/06(日) 21:33:36.47ID:zB/hiIzv0
 
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
      @プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
      A芹沢の願いを叶えさせる
      B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【備考:重症、発熱(中)全身火傷(中)】

【主催者:カモミール・芹沢】
【スタンス:ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らないが、変化は察している)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
     魔剣カオス(←透子)】
【備考:左腕異形化(武器にもなる)重症、発熱(中)、全身火傷(中)、
    腹部損傷、左足首骨折】

 ※芹沢のトカレフ及び鉄扇は、火災にて破損していました。

【主催者:椎名智機】
【スタンス:@【自己保存】
      A【自己保存】の危機を脱するまで、透子に従う
      B【自己保存】を確保した上での願望成就】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンジャー、グロック17(残弾17)×2、Dパーツ】

【主催者:御陵透子(N−21)】
【スタンス: @願望成就
       Aルドラサウムを楽しませる
       Bプランナーの意図に沿う】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
     グロック17(残弾17)(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
    世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
0308それでも、(1/8) ◆HbAb3YhfJ6 2011/03/13(日) 19:01:41.03ID:wggyQvq40
 
【タイトル:それでも、恭也は答えない。】

(Cルート・3日目 AM10:00 D−6 西の森外れ・小屋3)


月夜御名紗霧が纏ったナース服は、無駄にはならなかった。
高町恭也への看病の手が必要になった故にである。

小屋の居間、江戸間八畳。
部屋の中心に煎餅布団が二枚重ねて敷かれており、
渦中の恭也はそこに寝かされていた。
紗霧以下四名が膝立ちで恭也を囲んでいる。

「まずは傷口を見ましょうか」

紗霧に促がされ、恭也の上着を脱がせた魔窟堂野武彦が顔を歪めた。
腹部にぐるりと巻かれた包帯が、赤と黒と黄とに染め上げられていた故に。

「これは……」

赤とは、血液である。
黒とは、凝固した血液である。
黄とは、膿である。

包帯を一巻き解く程に、血臭と膿臭の濃度が増してゆく。
室内は悪臭に満ち満ちてゆく。
この時点で、ユリーシャが嗚咽を漏らし、退室した。

「外の空気を…… 吸ってきます……」
0309それでも、(2/8) ◆HbAb3YhfJ6 2011/03/13(日) 19:02:03.15ID:wggyQvq40
 
やがて現れた恭也の腹部は、皆が包帯の染みから予想したとおり、
目を覆いたくなる惨状であった。
焼き潰した腹部にある傷口の一部はずるりと剥けており、
その周囲の皮膚がぐぢぐぢに膿んでいたからである。
この時点で、広場まひるが貧血を起こし、退室した。

「ご、ごめん…… ちょっと、だいぶ…… 無理」

月夜御名紗霧も気持ちとしては先の二人に同調したが、なんとか踏み留まった。

「まひるさん、キッチンでできるだけ沢山の湯を沸かしてください」
「らじゃっ、た……」

まひるに指示を出した紗霧は、恭也の口に差し込んであった
旧式の水銀体温計を引き抜き、その体温を読み上げる。

「34.9度……」
「……くたばるのか?」

無神経な言葉を無造作に投げかけたのはランス。
しかし、その響きに篭るのは嘲笑でも無関心でも無い。
不安。心配。
それが伝わる故に、紗霧も野武彦もランスを咎めない。

そしてまた、恭也もランスを咎めない。
咎める事が出来ない。
恭也は意識を失っている故に。
静かに意識を失っている故に。
0311それでも、(3/8) ◆HbAb3YhfJ6 2011/03/13(日) 19:05:16.91ID:wggyQvq40
 
表情は穏やかとも言えるほどの無表情であり。
四肢の筋肉はゴムマリの如く弛緩しており。
脈拍呼吸、共に極めて少ない状態である。

この、恭也の容態の急変は、薬品の効能が切れたことを原因としていた。

服用していた鎮痛剤――― モルヒネ混合物。
終末医療の臨床でおなじみのそれは、麻薬でもある。
痛みを和らげる効果にかけては全ての薬品に勝り、
疲労を感じさせにくくする効果もある。
決して、治療効果や回復効果があるわけではない。

つまり、薬のお陰で。
つまり、薬のせいで。
絶対安静にして然るべき体を、無理やり駆動させていただけなのである。
高町恭也は。
それを分かって、戦っていたのか。
それと知らずに、戦っていたのか。
意識を失ったままの青年は、どちらとも答えない。

「この状態、ジジイはどう見ます?」
「感染症…… じゃろうな」

熱が出ていれば、まだいい。
免疫系がウィルスを駆除すべく、熾烈な争いを繰り広げている証である。
しかし、傷口がひどく化膿しており、意識すら失っているというのに、
低体温、低生命活動であるということは。
ウィルスに、成す術も無く蹂躙されているということである。
 
「傷口の洗浄、膿の除去。抗生物質。点滴。……他には?」
「体温の確保じゃろう」
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