バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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常に【sage】進行でお願いします
※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
結局、ルドラサウムはプランナーの肩を持った。
彼を己の全権委任者であると宣言し、それまでの独断を肯定した。
プランナーは主の裁定に弱冠の溜飲を下げる。
しかし。それでも。
ザドゥは猶、ザドゥであった。
「いいだろう。では、俺が辞退しよう」
この宣言にはプランナーのみならず、ルドラサウムもまた、絶句した。
「願いが叶えられない対象を、俺にしろ」
発言が飲み込めぬ一同に、ザドゥは繰り返す。
「俺が首魁だ。責任を取るのは俺の仕事だ」
そして、己の翻意を表に現さぬまま責任論に帰結させ、
ザドゥは再び腕を組み、鋭い眼光を和らげた。
もう語ることは無いのだと、その態度は如実に物語っている。
「Yes。上に立つものが責任を取る。組織論として実に正しいね。
ザドゥ殿、私は貴君のその判断、断固支持するよ」
「さんせい」
透子と智機は、ザドゥの決意を額面どおりに受け取った。
その内面にまで考えが及ばなかった。
芹沢だけが違和感を覚えた。
疑念の眼差しでザドゥを見遣る。
その芹沢の視線に気付いたザドゥは、軽く頬を吊り上げるのみであった。
(ザッちゃんは…… もしかして……)
直感型の芹沢には、もしかしてのその先を言語化できぬ。
しかし、判った。
ザドゥの中の大事な何かが、大きく変わってしまったのだと。
《あらららら、キミの目論見、外れちゃったね、プランナー》
プランナーの予定では。
このペナルティによって主催者どもは、疑心暗鬼に陥る筈であった。
相手を出し抜かんと、四者の間に陰謀や暗闘が生じる筈であった。
醜くて粘ついた情念と情念がしのぎを削るはずであった。
しかし、ルドラサウムの指摘する通り。
その陰湿な企みは、ザドゥの自己犠牲で木っ端微塵に砕け散った。
思惑の根本が、空振った。
《……申し開き様も無く》
金卵神は震える声で、己の主に謝罪した。
蒼鯨神は己の部下の謝罪を鷹揚に受け入れた。
《でもまあ、君のそんな悔しそーな顔が見れたから、楽しかったよ。
やっぱりぷちぷちは面白いなぁ、意外性があってさ》
その言葉を最後に、狂笑がフェードアウトしていって。
やがて二神の気配は消え去った。
ザドゥの袖を握ったままになっていた芹沢が、再び彼を上目遣う。
なぜか遠くに行ってしまった様に感じられるザドゥとの距離を詰めるべく、
言葉の整理もできぬまま、不安な気持ちだけを上滑らせる。
「ザッちゃん、あのね……?」
「芹沢、お前が気にすることは何もない。
今まで通りのお前で居さえすればいい。
これは、俺の問題だ」
ザドゥは思いがけぬ優しい笑みを浮かべ、芹沢の頭を撫でると、
先程中断した芹沢の身体機能チェックを再開すべく、
包帯の巻かれた痛々しい背に、腕を伸ばした。
↓
(ルートC)
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機】
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
@プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
A芹沢の願いを叶えさせる
B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【備考:重症、発熱(中)全身火傷(中)】
【主催者:カモミール・芹沢】
【スタンス:ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らないが、変化は察している)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス(←透子)】
【備考:左腕異形化(武器にもなる)重症、発熱(中)、全身火傷(中)、
腹部損傷、左足首骨折】
※芹沢のトカレフ及び鉄扇は、火災にて破損していました。
【主催者:椎名智機】
【スタンス:@【自己保存】
A【自己保存】の危機を脱するまで、透子に従う
B【自己保存】を確保した上での願望成就】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンジャー、グロック17(残弾17)×2、Dパーツ】
【主催者:御陵透子(N−21)】
【スタンス: @願望成就
Aルドラサウムを楽しませる
Bプランナーの意図に沿う】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
グロック17(残弾17)(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【タイトル:それでも、恭也は答えない。】
(Cルート・3日目 AM10:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
月夜御名紗霧が纏ったナース服は、無駄にはならなかった。
高町恭也への看病の手が必要になった故にである。
小屋の居間、江戸間八畳。
部屋の中心に煎餅布団が二枚重ねて敷かれており、
渦中の恭也はそこに寝かされていた。
紗霧以下四名が膝立ちで恭也を囲んでいる。
「まずは傷口を見ましょうか」
紗霧に促がされ、恭也の上着を脱がせた魔窟堂野武彦が顔を歪めた。
腹部にぐるりと巻かれた包帯が、赤と黒と黄とに染め上げられていた故に。
「これは……」
赤とは、血液である。
黒とは、凝固した血液である。
黄とは、膿である。
包帯を一巻き解く程に、血臭と膿臭の濃度が増してゆく。
室内は悪臭に満ち満ちてゆく。
この時点で、ユリーシャが嗚咽を漏らし、退室した。
「外の空気を…… 吸ってきます……」
やがて現れた恭也の腹部は、皆が包帯の染みから予想したとおり、
目を覆いたくなる惨状であった。
焼き潰した腹部にある傷口の一部はずるりと剥けており、
その周囲の皮膚がぐぢぐぢに膿んでいたからである。
この時点で、広場まひるが貧血を起こし、退室した。
「ご、ごめん…… ちょっと、だいぶ…… 無理」
月夜御名紗霧も気持ちとしては先の二人に同調したが、なんとか踏み留まった。
「まひるさん、キッチンでできるだけ沢山の湯を沸かしてください」
「らじゃっ、た……」
まひるに指示を出した紗霧は、恭也の口に差し込んであった
旧式の水銀体温計を引き抜き、その体温を読み上げる。
「34.9度……」
「……くたばるのか?」
無神経な言葉を無造作に投げかけたのはランス。
しかし、その響きに篭るのは嘲笑でも無関心でも無い。
不安。心配。
それが伝わる故に、紗霧も野武彦もランスを咎めない。
そしてまた、恭也もランスを咎めない。
咎める事が出来ない。
恭也は意識を失っている故に。
静かに意識を失っている故に。
表情は穏やかとも言えるほどの無表情であり。
四肢の筋肉はゴムマリの如く弛緩しており。
脈拍呼吸、共に極めて少ない状態である。
この、恭也の容態の急変は、薬品の効能が切れたことを原因としていた。
服用していた鎮痛剤――― モルヒネ混合物。
終末医療の臨床でおなじみのそれは、麻薬でもある。
痛みを和らげる効果にかけては全ての薬品に勝り、
疲労を感じさせにくくする効果もある。
決して、治療効果や回復効果があるわけではない。
つまり、薬のお陰で。
つまり、薬のせいで。
絶対安静にして然るべき体を、無理やり駆動させていただけなのである。
高町恭也は。
それを分かって、戦っていたのか。
それと知らずに、戦っていたのか。
意識を失ったままの青年は、どちらとも答えない。
「この状態、ジジイはどう見ます?」
「感染症…… じゃろうな」
熱が出ていれば、まだいい。
免疫系がウィルスを駆除すべく、熾烈な争いを繰り広げている証である。
しかし、傷口がひどく化膿しており、意識すら失っているというのに、
低体温、低生命活動であるということは。
ウィルスに、成す術も無く蹂躙されているということである。
「傷口の洗浄、膿の除去。抗生物質。点滴。……他には?」
「体温の確保じゃろう」
紗霧と野武彦は言葉少なに意見交換し、素早く処置を決断する。
共に専門的な医療知識は無い。
漫画やライトノベルからの受け売りでしかない。
それでも決断に迷いは無かった。
一刻の余裕も無い状況であると判っている故に。
「ストーブを付けますから、ランスは土間のポリタンクから灯油を。
ジジイには点滴を頼みます」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・3日目 AM10:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
灯油ストーブの上に乗ったヤカンが、しゅんしゅんと湯気を上げている。
室内気温、32℃。
真夏の日中の気温である。
それでも恭也の熱は戻らない。
傷口は清潔にした上で、軟膏を塗った。
点滴は今も投与中である。
出来得る限りの処置は済ませた。
それでも恭也の意識は戻らない。
紗霧は、見た目にはただ深く眠っているかの如く見える恭也の寝顔を、
ただ、黙って見つめている。
意識を緩めず、注意深く、少しの変化も見逃さぬように。
「そろそろ出発するけど、他に必要なものってある?」
引き戸を半分だけ開けて、土間のまひるが居間の紗霧に声を掛けた。
「そうですね…… 清潔なタオルと、シニア用紙おむつを」
「タオル、オムツ、タオル、オムツ。ん、覚えた!
忘れないうちに行って来ます!」
「メモを取りなさい、メモを」
包帯やテープの類は使い切り、点滴や抗生物質の残量も心許ない。
野武彦は、薬品をはじめとする医療用具の収集を主張した。
紗霧もそれを受け入れた。
故に、魔窟堂野武彦と広場まひるは、廃村を目指すこととなった。
雑貨屋や民家にあると思われる市販の医療品をかき集める為に。
病院跡という選択肢は無かった。
崩落した病院の医薬品が入手できないことは、
病院の放棄を決めた時点で確認を済ませていたのである。
「うおっ! なんだこの暑さは?」
まひるのさらに背後を通りがかったランスが、
開けた引き戸から漏れた熱気に、顔を顰めた。
「この暑さでも恭也さんには足りないんです。
熱気がもったいないので、引き戸は閉めといて下さい」
「紗霧ちゃんも暑いだろう?」
「へっちゃらです。私、冷血ですので」
「そうかぁ、汗かいてるように見えるがなぁ。我慢は体によくないぞ?
ここはひとつ、服をすぽぽーんと脱ぎ捨て…… 冗談冗談!」
紗霧が無言で振りかぶったのは金属バット。
ランスは慌てて引き戸を閉める。
「暑いのなら外に行って見張りでもしてなさい。
悪いときには悪いことが重なるモノですから、
警戒しとくに越したことはありません」
返事は無かった。
しかし大小二つの足音が玄関の向こうへと移動してゆき、
扉が閉まる音が紗霧の耳に届いた。
それはおそらくランスとユリーシャで。
まひると野武彦は既に出発しており。
小屋の中には、紗霧と恭也だけとなった。
しん、と――― 静寂のベールが、小屋の中に降りた。
紗霧は大きく溜息をつく。
肺の空気を全て吐き出すまで、溜息をつく。
緊張感を解きほぐすべく、頭を振る。
(出来ることは全部やりました)
点滴の交換まであと30分ほど掛かる。
それまでは恭也の状態が変化せぬ限り、紗霧の仕事は無い。
(あとは―――)
恭也が倒れてからの紗霧は、ずっと思考していた。
感情を意図的にスポイルしてきた。
行動と判断が重要なときには、いつだってそうしてきた。
雌伏と策略の人生を歩んできた紗霧にとって、それは容易いことであった。
しかし、その行動と判断にひと段落ついたならば。
他者の目を気にする必要すら無い状況となったならば。
紗霧ほどの鉄面皮とて、気は、緩む。
その、緩んだ紗霧の目線が、恭也の顔に向けられる。
恭也は変わらず、静かであった。
死体であると言われても納得してしまいそうな顔色であった。
(もし、恭也さんがこのまま……)
紗霧の心が、ざわつく。
名状しがたい焦燥感が、紗霧を襲う。
それを払拭すべく、紗霧が取った行動とは、罵倒であった。
走り出した焦燥感をぶっちぎる程の早口で。
「あなたは馬鹿ですか。いいえ、馬鹿ですね、大馬鹿にきまってます!
いくら鎮痛剤の効果が高かったとはいえ、
こんなになるまで我慢しているだなんて、感覚が鈍いなんてもんじゃありません。
あれですか。
あなたは恐竜か何かですか?
痛みの信号が脳に達するまで一日かかるとでもいうのですか?
神経伝達能力の進化を拒んだんですか?
三畳紀止まりですか?
ジュラ期止まりですか?
白亜紀止まりですか?
どうなんですか答えなさい!」 それでも、(8/8)#YusyoEND
容赦ない罵倒に、なんともいえぬ切なさが宿っていることを、紗霧は自覚した。
焦燥感が晴れるは愚か、逆に深まってしまったことを、紗霧は自覚した。
それまでも、薄ぼんやりと感じていたそれを、紗霧は自覚してしまった。
「違います、違います。私はそんなんじゃあ有りません」
その顔がみるみる赤みを増したのは、決して室温の高さ故では無かった。
紗霧は芽生えたての自覚を振り払うかの如く、頭を左右に強く振る。
―――俺は月夜御名さんを信用していない
―――でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます
紗霧の脳裏に浮かぶのは、紗霧と恭也の秘密の契約。
その言葉が、その情景がリフレインされるのは、これが始めての事ではない。
既に何度か。
既に何度も。
紗霧の思考の間隙を突いて、蘇っていた。
「どうですか恭也さん、ケイブリスを完殺できた今。
あなたの評価に変化はありましたか?
私の信用度は…… 少しは上方修正されましたか?」
紗霧の精一杯の少女としての問いに。
それでも、恭也は答えない。
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
@しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【高町恭也(元08)】
【所持品:なし】
【備考:意識不明、失血(大)、体温低下(大)、感染症(中)
右わき腹から中央まで裂傷、化膿(中)】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に
@恭也を看病】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、簡易医療器具、対人レーダー
他爆指輪、簡易通信機・大、レーザーガン(←ユリーシャ)】
【備考:下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、簡易通信機・小、
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3周辺】
【行動:周辺哨戒】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → D−7 村落】
【行動:廃村にて医療品調達】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 5)、鍵×4、簡易通信機・小
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【広場まひる(元38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 20/45)】
※紗霧の「薬品」とまひるの「救急セット」は恭也に使い切りました。
【タイトル:ひとりでも、みんなのひとり】
(ルートC・三日目 PM2:00 C−6 小屋1跡)
西の森、南端の浅く。
ナミが使用した手榴弾により崩落した小屋は、
しおりが最後に見た時と寸分違わず、
無残な断面図を晒していた。
「ここだ…… ここだよぅ!」
その場所が視界に入っただけで、しおりの瞳は潤みを帯びた。
しおりがそこにいたのはたった二日前でしかないというのに、
彼女の胸に去来するのは郷愁めいた感傷であった。
その後の記憶があまりにも激動であり流転であり衝撃であった故に、
その二日前が、既に十年の昔日の如く感じられたのである。
しおりが目覚めたのは午前六時。
己が一人であるという事実を理解しつつも受け入れられなかった彼女は。
一面グレースケールの荒野で、泣きじゃくった。
既に燃えるものが何一つない焼け野原で、炎の涙を撒き散らした。
泣いて、泣いて、泣ききって。
涙も声も枯れ果てて、己の全ての澱を吐き出して。
そして、しおりは立ち上がった。
自分の足で。
自分の意思で。
たった一人で立ち上がった。
(助けてあげなきゃ……)
しおりが最初に欲したのは、最愛の妹・さおりの救助であった。
無論、今のしおりはさおりの死を思い出している。
その死に際の全てを思い出している。
痛みと苦しみに歪めた顔を、訴える声を、思い出している。
シャロンが生きているしおりのみを救助し、
死せるさおりは放置したことを思い出している。
さおりの遺体が未だに瓦礫の下にあることを知っている。
死した後もずっと潰されたままであることを知っている。
死んでからもずっと苦しい思いをしている―――
それが、しおりには我慢ならぬ。
故に、しおりはさおりが埋もれる小屋の跡を目指したのである。
しおりは曖昧な記憶を辿る。
そこに入った時は、庇護者・常葉愛に手を引かれていた。
そこから出る時は、陵辱者・伊頭遺作に鎖を引かれていた。
為に、妹の眠るその位置はしおりの記憶に不明瞭であった。
それでもしおりは諦めなかった。
一人きりでいる孤独感に鼻をすすり上げながらも、
何度も迷い、その度にぐずりながらも。
紅涙を散らすことだけはしなかった。
そうして、休むことなく歩きのめすこと八時間あまり。
幸いにしてか不幸にしてか、誰にも出会うことなく。
ついにしおりは最愛の妹が眠る場所へと、辿り着いたのである。
「愛お姉ちゃん……」
しおりの目に最初に飛び込んだものは、常葉愛の遺体であった。
元は小屋の入り口があったはずのその場所に、常葉愛は朽ちていた。
剥けた栗色の髪の下に頭蓋骨の白を覗かせていた。
盆の窪に突き刺さった鉄骨は大きく広げた口から突き出ており、
両目は飛び出さんばかりに見開かれていた。
「シャロンお姉ちゃん……」
思わず目を背けた先に横たわっていたのは、シャロンの遺体であった。
元はテーブルがあったはずのその場所に、シャロンは朽ちていた。
首筋に深く歪な創傷がぱっくりと口を開けていた。
陰部には放たれた精液が、蛞蝓の這いずった跡の如く乾いており、
無念とも自嘲ともとれる表情に固まっていた。
そして。
シャロンの遺体の程近く。
数メートルの面積を保った一際大きな瓦礫。
分厚く無機質なコンクリート壁。
その下から覗いていた。
嘗ては紅葉のようであったちいさな右手だけが。
「あああぁああっっ!!」
その手を見た途端、しおりの中の何かがぶつりと切れた。
「こんな壁が!こんな壁が!」
半狂乱になったしおりは、拳を瓦礫に打ち下ろした。
何度も何度も叩きつけた。
そこに技術は無く、基本すら無く、駄々っ子のぐるぐるパンチでしかない。
柔い童女の皮膚はすぐさま裂け、鮮血が瓦礫に降り注いだ。
それでもしおりは叩いた。
有り余る怒りの感情を拳に乗せ、瓦礫にぶちまけた。
しおりが二日前のしおりであれば、そこで終わりであった。
硬く重い瓦礫に成す術もなく、拳が砕けるのみであった。
しかし、今のしおりは力なき童女ではない。
鼠の耳と、髭と、尻尾を有し、涙と共に炎を身に纏う【凶】である。
拳が壊れるのと同じ速度で、瓦礫を削り崩す力がある。
数分後。
そうしてしおりの両拳と瓦礫とがボロボロに崩れ。
ついに下敷きとなっていたさおりの全身が、姿を現した。
「さおりちゃん……」
右腕と、下半身。それが、醜く潰れていた。
自転車に引かれたカエルよりも尚醜くく拉げ、下品に広がっていた。
血溜まりは既に黒く凝固していた。
一度鬱血で膨らんだ顔面は、死後の血液凝固を経ることで再びしぼみ。
かといって一度膨れ上がった表皮は元に戻らず、空気の抜けたゴムマリの趣を見せ。
セルライトの如き数多の皺とひび割れを刻んでいた。
しかも、大小の死斑が至る所に浮き出ている。
人が死体について想像の及ぶ醜さ、不快さの全てが、さおりの遺体には備わっていた。
幼い容姿が、その惨たらしさに拍車をかけている。
よほど親しい者でなければ、それがさおりと呼ばれた童女であると気付かぬであろう。
よほど親しい者ならば、それがさおりと呼ばれた童女であることを認めたがらぬであろう。
「ごめんねぇ!ごめんねぇ!」
その無残な遺体を、しおりは抱きしめた。
遺体は黙して、語らない。
「しおりのせいでぇ!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ナミの手榴弾による小屋の崩落。
すぐ隣から倒れ掛かる無骨な壁。
その時しおりが取った行動は、目を閉じ耳を塞ぐことであった。
命の危機を察知しながらも、それだけしかできなかった。
恐ろしさの余り、身が竦んでしまったから。
本来なら、そのまま壁の下敷きになるはずであった。
庇護者たる常葉愛と同行者クレア・バートンは玄関の傍。
童女の危機を察知し、救いの手を伸ばすには距離がありすぎる。
絶体絶命。
死を覚悟したしおりではあったが、それでも救いの手は伸ばされた。
「しおりちゃん、危ないっ!」
救い主の名は、さおり。
彼女は、しおりの双子の妹。
彼女は、しおりの愛すべき半身。
さおりは小さな体をいっぱいに広げ、しおりと柱の間に身を投じた。
計算も自己犠牲もない、打算も勝算もない、衝動的な行動であった。
ただ、体が動いた。
姉を守る―――
それだけであった。
しおりは、ぶつかったさおりの背に、目を白黒させるばかりであった。
弾かれた勢いでよろめき、背後の箪笥にぶつかり、倒れ込んだ。
思考を進める余裕は、頭脳にも時間にもなかった。
妹が自分を庇おうとしたのだと理解するのが精一杯であった。
「えっ? えっ?」
結果として、この転倒がしおりの命を救った。
壁は、しおりの背後にある箪笥を潰しきれなかったのである。
潰しきれぬ箪笥の高さの分だけ、空間が生まれたのである。
倒れていたしおりは、それ故にこの空間にすっぽりと収まることができた。
さおりの苔の一念が、岩を通したのである。
さおりは、しおりのより手前に立っていた。
故に、箪笥の恩恵を受けることなく、壁の強打を受けることとなった。
その下半身を潰されることとなった。
それでもさおりは。
『よかった。しおりちゃんは無事だね……』
鬱血で赤く膨れた顔に笑顔を作り、姉の無事を喜んだ―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
あとからあとから溢れる涙は炎となり。
遂には抱きしめたさおりの衣服に燃え移る。
「さおりちゃんは、しおりを守って、死んじゃった」
脂が溶ける臭いがする。
肉が燃える臭いがする。
骨が焦げる臭いがする。
しおりの腕の中で、さおりは態を変えてゆく。
全ては灰と煙と化してゆく。
しおりは、その妹の亡骸を見てはいなかった。
漸く晴れ間を見せつつある空へと吸い込まれるように昇ってゆく煙を見上げていた。
それは、葬儀であった。
しおりが出来る精一杯の弔いであった。
「しおりの命は、さおりちゃんがくれた」
そう。
さおりがその身を盾にしおりを守らなければ。
今、しおりはここにいないのである。
しおりは弔いの中で、ようやくそのことに思い至ったのである。
そしてまた―――
「さおりちゃんだけじゃ、ない」
しおりは回顧する。
この残虐の島で目覚めてからの、己の道程を。
しおりは理解する。
この残虐の島にも、優しい人が沢山居た事を。
「愛お姉ちゃんが。シャロンお姉ちゃんが。鬼作おじさんが。マスターが。
ここに居なければ、しおりは殺されてた。
しおりはみんなに、命を貰ったんだ」
しおりは何度も死に掛けた。
しかし、今、ここに生きている。
それは、この童女の力に拠るものではない。
か弱さ極まる彼女を守ってくれた存在の尽力に拠るものである。
彼女を守り散っていった、いくつもの命。
その犠牲の上に、彼女は立っている。
今、一人でいるしおりは。
今まで一人でなかったからこそ、存在しているのである。
「しおり、一人じゃない……!」
それはしおりにとっての天啓であった。
内から湧き上がってくる原初の感謝であった。
「しおりの命は、しおりだけのものじゃない。
しおりを助けてくれた、しおりのためにしんじゃった、みんなのものなんだ。
だから―――」
しおりは己の半身を己の腕の中で、己の涙で、荼毘に付す。
その可憐な口から紡ぎ出されるは、惜別の言葉ではなく、誓いの言葉。
「―――勝つよ。しおりはぜったいゆうしょうするよ!」
↓
(Cルート)
【現在位置:C−6 小屋1跡】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ さおり、愛、シャロンを火葬する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(中)
※ 拳の骨折は四時間ほどで回復します】
【タイトル:タクスタスク 〜the final mission〜】
(ルートC・三日目 AM10:00 D−7地点 村落)
火災の鎮火を完全に終えた時点で生き残ったレプリカは九体。
うち、破損少なく、機動/思考に差し障り無いのは六体。
Dシリーズは予定通り全滅している。
この、当初の予想を上回る損耗は、二点の予想外の事態を主要因としていた。
原因の1―――
四機のレプリカが作戦最初期の最も人手の要る状況下で原因不明の消失を遂げたこと。
原因の2―――
本拠地の破壊放棄の為に森林全体を俯瞰したオペレーティングが出来なくなったこと。
「まあ、どちらもオリジナル殿に足を引っ張られたということか。
まったく【自己保存】とは度し難い」
本拠地破壊廃棄の経緯は言わずもがなであるが、今の代行は
初期の四機のロストについてすらも、一部始終を把握できていた。
P−4及びN−48、N−59の三機が、原隊復帰したためである。
クラック時の記憶を残していた彼女らの証言によって、
オリジナルの陰謀は明るみにでることとなったのである。
その、N−48とN−59も、既にスクラップと化していた。
「さて代行殿。状況の検証が終わったところで、次なる指示を頂きたいのだがね?」
「Yes、そうだな……」
哨戒型レプリカP−4に促された代行機N−22は、集う八体の顔を順に眺める。
眺め終えて発した指示は、おおよそ司令官の分を超えた理不尽な指示であった。
「N−53、111、116の三機を、破壊することにしようか」
不思議なことに、動揺もどよめきも発生しなかった。
壊す側も壊される側も、従容として受け入れた。
「壊れるなら完璧に壊れなければね。
またぞろ良からぬ事を企むオリジナル殿などに、
決して再利用されないように」
なぜならば、レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
自己保存の欲求も、同僚への友誼も、全ての評価点はそれを下回る。
故に代行のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
「Yes、代行殿。当然の判断だね」
破壊は、拾った石にての殴打という、非常に原始的な手段で行われた。
分機たちは、二挺の銃を持っていたにも関わらず。
樹木の伐採に用いた、斧や鉈が揃っていたにも関わらず。
理由があった。
代行が指示を出さずとも、残存全智機は次なる行動を予測していた。
同一の思考ルーチン、同一の優先事項を抱く分機たちにとって、
予測の一致は必然であり、確定であった。
恐らくはそれが最後となる、ミッション。
ゲーム進行を円滑化させる為の、最後の戦い。
その為に武器の類を消耗させてはならぬと、認識は統一されていた。
「代行殿。センサーに反応あり。接近者、二名」
「固体識別は可能かな?」
「プレイヤー12・魔窟堂野武彦と、38・広場まひるだね」
「Yes。ならばこのままファイナルミッションに移行する。
―――演目開始!」
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(ルートC・三日目 AM10:15 D−7地点 村落入り口)
駆けている。
魔窟堂野武彦と広場まひるが道路をひた走っている。
彼らが村落へと向かっているのは、意識を失いし戦友・高町恭也の
治療継続に不可欠な医療用品を収集する為であった。
「あのさ、じっちゃん」
「なんじゃまひるちん?」
互いの呼称に変化が生じたのは結束と信頼を深めたが為。
命を預けあい、一つの戦いを乗り越えた彼らの間には、
確かな絆と気安さが芽生えていた。
「たぶんね、村に、ロボ智たちがいるよ」
天使という名のケモノ所以の超嗅覚・千里眼。
まひるのその高性能レーダーが、村落の北端付近に活動する
レプリカ智機たちの存在を、敏感に捉えたのである。
「やれるかの?」
「所詮ロボ子、恐るるに足らず!」
野武彦の問いに、まひるは自信ありげに答えた。
瞳は揺るがず、口許には笑みすら浮かべていた。
昨晩のケイブリス戦にて、理性を失わずに戦う自信を獲得したが故に。
しかも、敵は人間に非ず、生物に非ず。機械である。
傷つけるのではなく壊すだけである。
であれば、まひるに恐れる理由は無い。
野武彦は腰の45口径を引き抜いた。
まひるは前傾姿勢で右手を前に伸ばした。
「敵襲ッ!」
しかし、奇襲は失敗した。
まひるが超野性を備えるのに同じく、智機たちもまた超科学を備えている。
ソナー・レンズの倍率は、人間の十倍以上に値する。
まひるの察知に先んずること2秒。
レプリカ智機たちもまた、野武彦とまひるの接近に気づいていたのである。
「No! この損耗著しい時にか!?」
「バッテリーは行けるか?」
「バトルモードで3分強!」
「Yes、ならば戦闘だ!」
リーダーと思しき一機が、腕を振り上げ、戦闘指揮にかかる。
しかし、その号令に従う機体は皆無であった。
「No、代行。その命令は無効だ。我等の最優先すべきタスクは何だ?
その大事なスイッチを、無事オリジナル殿に届けることだろう!」
「Yes!だからこそ私はプレイヤーどもにスイッチを奪われぬ為に、
迎撃を命じているのだが?」
「重ねてNoだよ代行殿。残念ながら我々の戦闘力では、
あの二人を撃退できない可能性が非常に高いと試算されている」
「では、どうしろと?」
五体のレプリカが二歩、前に出た。
横一列に整列した彼らの隊形は、リーダーらしき機体を匿う壁の如しであった。
「「「「逃げろ、代行殿!」」」」
すぐさま総力戦が始まると予測していた野武彦とまひるにとって、
この戦局の変化は予想外であった。
予想外故に機先を制される――― かと思いきや。
分機たちもまた意思の不疎通により、機を掴み損ねていた。
「しかし……」
「No、貴機だけは逃げ延びねばならないのだよ。
オリジナル殿にスイッチを渡さねばならないのだから」
「さあ行き給え。オリジナル殿が待つ灯台跡まで。
我らを代表して、そのタスクを達成してくれ給え」
「その為に我ら四機、盾となろう!」
「P−4、ジンジャーは2台ある!
最も乗り慣れている貴機が代行殿に併走し、万一の護衛となり給え!」
「Yes。行くぞ、代行殿!」
壁となっていた五機のうち一機が後方へと退き、逡巡を見せる代行の手を引いた。
引いた先の民家の壁には、二機のジンジャーが立てかけてあった。
「……貴機らの献身、無にはしないよ!」
「お達者で、代行!」
胸に去来する思いを振り切ろうとしているのか。
代行と呼ばれた機体は、四機の背を順に眺め。
伸ばしかけた手を引き下げて。
深く排気して。
横一列に並んでいる僚機たちに背を向けた。
P−4がすぐさまカスタムジンジャーを代行に差し出し、代行は無言でそれを受け取り。
二機は並んで村落の東へとジンジャーを走らせる。
「じ…… じっちゃん! ロボ智さん逃がしていいの?
大事なスイッチとかオリジナルとか言ってたけど……」
「そうじゃな…… そのスイッチが何の為にあるのかはわからんが、
決してわしらの為にはならんモンじゃろて。 しかし……」
鉄の壁となるを決意している四機のレプリカ達は、
その手に斧や鉈を持って、野武彦たちへと詰め寄ってくる。
野武彦はその四機とまひるとを交互に見やる。
眼差しには不安と心配が宿っている。
それを、まひるは断ち切った。
「加速装置…… あれ使えば間に合うよね?」
「しかしまひるちん、一人で四機の相手とは……」
「レベルアップしたまひるちんのパゥア、甘く見んなぁ?」
「……すぐ戻ってくる。無茶はするなよ!」
「一度は言ってみたかったこのセリフ!『ここはあたしに任せて先に行け!』」
まひるの表情に不安の色が無いことを察した野武彦は、
カチリと奥歯を噛み合わせ、風と同化し、消えた。
人ならざるペンタグラムの瞳を持つまひるの動体視力を以ってしても、
加速状態にある野武彦のうしろ姿は捉えられなかった。
「N−55、59、魔窟堂を止めろ!」
「おっと! じっちゃんは追わせないよ!」
獣ではない。昆虫の姿勢で。
まひるがN−55の背後に回り込む。
ざわめく異形の爪が猫のそれの如く、じゃきりと伸びた。
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数々の激戦の舞台となった病院跡の付近。
最高速40Km/hを誇る二台のカスタムジンジャーは、
島唯一のアスファルト舗装を施された道路を東へとひた走る。
その後方からタン、タンと。
グロック特有の軽く乾いた射撃音が響き渡った。
「四機が二人を抑えてくれているようだね」
「Yes。 彼女らの犠牲を無駄には……」
出来ないね、と。
そう続くと思われたP−4の言葉はかき消された。
454カスールの発した、獰猛な咆哮によって。
「確かにお前さんのジンジャーは速かった……」
P−4の搭乗するジンジャーは緩やかに速度を落としつつ道路を外れ、
運転者を振り落とすと同時に、横転した。
P−4の胸からは白煙。
拳より大きな穴が、その胸に穿ちぬかれている。
「だが日本じゃあ二番目じゃな」
「……な?」
代行の走る前方に、魔窟堂野武彦がいた。
代行の進路を塞ぐが如く、仁王立ちしていた。
夕焼けの書割をバックに、銃口の硝煙に息を吹きかけ、カッコつけていた。
往年の、親友の仇討ちに燃える万能名探偵になり切っていた。
その余裕に、遊び心に。
代行は、自らの運命を悟った。
「加速装置、か……」
「いかにも」
「万事窮す、か……」
「いかにも」
「で、あれば……」
代行は胸ポケットから分機開放スイッチを取り出すや、それを大きく振り上げる。
「……いっそ!」
敵の手に渡るくらいならばと思い余って。
振り下ろし、叩き付け、破壊してしまおうとしている。
代行の動きをそう受け取った野武彦は、再び奥歯を噛み鳴らす。
空間が白黒反転する。音と臭いが消える。
野武彦ただ一人しか入門できない、超加速の世界が幕を開ける。
野武彦はコールタールに浸かったかの如き緩やかな動きを見せる代行機に、
数多の残像を残しながら詰め寄って。
振り下ろし始めたばかりの代行の手から、見事スイッチを奪い取る。
「ズズズズバっバっバっバっとととと参上参上参上参上!!!!」
音声すらコマ送りに、空間に置き去りに、野武彦はそのまま五、六歩走りぬけ。
姿勢反転、代行N−22に再び向き直ったところで、加速の世界は幕を閉じた。
「ズバっと参上!」
N−22の腕は何も握らぬまま、ただ空気を地面に叩き付けていた。
スイッチを奪われたことに気付いたN−22は、絶叫と共に野武彦に踊りかかる。
野武彦は、既に中腰にて454カスールを構え終えていた。
「それを返せええええ!!」
「ズバっと解決!」
決め台詞と共に、轟砲一声。
代行機の、人であれば心臓があろうかという位置が、左腕ごと吹き飛んだ。
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「じっちゃん、間に合ったみたいだね!」
「おお、まひるちん! やつらはどうしたのじゃ?」
「ザ・瞬☆殺!」
「いやはや、ほんとうにレベルアップしたのう!
戦う愛らしき女装少年! よいよい!」
「うがーっ! 少年じゃないんだってばさ!」
N−22は、まだ壊れ切っていなかった。
とはいえ、自発的な行動は不可能。
唯一生きている聴覚を以って野武彦たちの会話を拾うのみである。
「あれ、ノートPCなんて持ってたっけ?」
「このリーダー椎名の荷物じゃ。何かよい情報でも入っておれば良いがな」
スイッチを奪われ。
武装を奪われ。
PCを奪われ。
一矢すら報いることなく。
脅威すら与えることなく。
同胞を犬死にさせ。
今、P−22は、終わりのときを迎えようとしている。
しかし、彼女の胸を満たすのは敗北感でも後悔の念でも無い。
達成感、である。
(我々からのギフト、心置きなく活用してくれ給え……)
オリジナル智機が覚醒するキーとなる分機開放スイッチを守らせ、
残存するアイテム群やゲーム裏情報ををプレイヤーに譲り渡す。
これこそが、分機たちのファイナルミッションであった。
代行は演算した。
これまでの智機本機の策謀やプレイヤーたちへの関わり方をシミュレートした。
結果、プレイヤーたちには自分の言葉は信用されないとの解が返された。
素直に託そうとしたならば、プレイヤーは拒絶するであろう。
理を語り言葉を尽くして交渉しても、事は同じであろう。
仮に受け取って貰えたとしても、猜疑心は拭えないであろう。
であれば。奪わせればよい。
野武彦とまひる。
この二名が相手であったことは、代行らにとって僥倖であった。
小屋組の中で単純、かつお人良しのツートップである彼らであればこそ、
レプリカ達の愚にも付かぬ三文芝居にまんまと騙され、
戦闘の手を抜かれたことにも気付かぬまま、
ほくほく顔で物資を略奪していったのであるから。
代行の手の平の上で、完璧に踊ってくれたのであるから。
(魔窟堂野武彦はスイッチを叩き壊す行為を見過ごさず、わざわざ奪い取った。
これはオリジナル殿に使用させないように、守ってくれることの証明だね。
Yes! もう、後顧の憂いは一切無くなった!)
代行の胸中に気付くことなく、幸せな二人は現場に背を向ける。
二人が手にしているのはカスタムジンジャー。
つい先刻までN−22とP−04が搭乗していた電動高速移動機である。
「わわっ、これ結構スピード出るね!」
「智機たちへの追撃はタイムロスとなるかと思うとったが、
ジンジャーの移動速度を考えれば、逆に時間短縮になりそうじゃな。
なんともありがたいプレゼントを遺してくれたもんじゃ」
「ホントホント!」
二人の声が、ジンジャーの軽快な疾走音と混ざり合い、遠ざかってゆく。
その音が完全に聞こえなくなった、代行の耳に。
じゅ、と。
熱した鉄板に水を差すが如き音を、代行の耳が捉えた。
自らの胸の孔の奥から、鮮明に聞こえた。
それは、マザーボードに漏れた冷媒が侵食し、回路短絡を起こした音であった。
機械としての死を告げる音であった。
(これにてファイナルミッション、無事にコンプリートだ)
こうして、椎名智機のレプリカ170機最後の一体が、沈黙する。
プレイヤー達が見事に主催者達を殲滅し、ゲームが円満終了する確信を抱いて。
↓
(ルートC)
【現在位置:E−6 病院前道路 → E−7 廃村】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×4、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:せんべい袋(残 19/45)】
※レプリカ智機は全滅しました
※灯台跡に主催者たちが潜伏しているらしいと知りました
※以下の道具を、レプリカ達から入手しました。
※グロック17(残弾 16)×2、手錠×2、斧×3、鉈×1
※モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
※カスタムジンジャー×2、分機解放スイッチ
※USBメモリ、モバイルPCの中身は未確認です
(ルートC・3日目 AM11:00 J−5地点 地下シェルター)
椎名智機は憤慨した。
ザドゥたちは確かに自分の戦略を受け入れたのだ。
―――仮称「小屋組」を崩壊させること。
―――28・しおり他一名を残すこと。
―――この二名にて決戦させること。
にもかかわらず、今、自分は蚊帳の外で。
ザドゥとカモミール芹沢は勝手に戦術を練っている。
それは、愚かな戦術であった。
それは、勝ち目の少ない戦術であった。
故に智機は力説した。
バカな子供にでも分かるように、小学校の教師の如く
辛抱強く、平易な言葉で、繰り返し教え込んだ。
―――馬鹿げている。
―――根性論に過ぎる。
―――捨て鉢だ。
―――実効性が低い。
だのに、ザドゥは聞き流した。
だのに、芹沢はザドゥに倣った。
無論、智機のコメントは批判のみに留まらぬ。
建設的に、積極的に、代替の策も提示していた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています