バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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常に【sage】進行でお願いします
※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
果たし状
明晩、月光冴える折
始まりの場所にて待つ
ザドゥ
カモミール芹沢
御陵透子
↓
(ルートC:3日目 AM12:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
気付いた時には、そこにあった。
嘘偽りも誇張もなく、本当に、誰もが気付かぬ間に。
玄関の扉に画鋲で以って、無造作に掲示されていた。
果たし状、である。
シンプル極まる文面で、墨汁によって記されたそれには、
ザドゥ、カモミール芹沢、御陵透子の連名と血判が為されていた。
「言っとくが俺様はちゃんと見張ってたからな」
紗霧のケツバットを恐れてか、ランスが主張する。
野武彦とまひるが薬品調達に出発してから今に至るまで、
彼は小屋の外で、周囲の警戒にあたっていた。
玄関周辺で。
時に暇すぎてあくびをしたり、ユリーシャの尻を撫でたりもしたが、
彼には研ぎ澄まされた野性の嗅覚がある。
接近する人間を見過ごす程、耄碌はしておらぬ。
「て、ゆーことは、ですよ?」
まひるが何かに心当たったのか、言葉を紡いだ。
彼のみでは無かった。
誰もが、この怪異を為すことのできる人物を思い浮かべていた。
その名を、書面に認めていた。
御陵透子。
音も無く忍び寄り、明確な気配を感じさせず、
告げたいことだけを告げ質問を受け付けぬ女。
しかし、今の彼女から、神秘の仮面は引き剥がされている。
為せる超常がテレポートだけだと、ネタが割れている。
レプリカ智機から奪ったUSBメモリ。
そこに、主催者の近況がメモ書きで記されていたのである。
―――素敵医師とケイブリス、死亡
―――ザドゥとカモミール芹沢、重度の火傷
―――御陵透子、能力制限でテレポートしか使えず
―――オリジナル椎名智機は、臆病者
―――四人全員が、灯台地下のシェルターにいる
―――レプリカ智機、残り六機(野武彦とまひるが壊したので、全滅)
これまで、虚実入り混ざった情報戦を繰り広げてきた相手である。
紗霧は、記されている内容を鵜呑みにはしなかったが、
実際にこのデータを奪ってきた野武彦にとっては、そうでもないらしい。
顎に蓄えている髭を撫でて、思慮深げに呟いた。
「果たし状に素敵医師と椎名智機の名が無い。
ということは、この情報は信用に足るんではないのかのぅ?」
「可能性は高まりましたね。鵜呑みにはできませんが」
紗霧は野武彦に一定の理解を示しつつも、一方で短慮を諌めた。
実に虚を混ぜ込むことこそ、騙しの極意。
九割の実に一割の虚。
その、密やかに差し込まれた虚を見破ることが肝要と紗霧は考えている。
それは、深読みである。
なぜならば。紗霧は知らぬことなれど。
レプリカ達は、プレイヤー側のサポーターであった故に。
主催者を鏖殺させてのゲーム終了を目論んでいた故に。
記された情報は、100%の真実である。
強いて情報の虚を上げるのならば。
透子の能力から【N−21の体に疑問を持たせない】ことが漏れているが、
それはレプリカにとって与り知らぬことであり。
また、紗霧ら小屋組にとっても些事である。
情報の価値を何ら損ずるところは無い。
「まあ、データが本当かどうかは置いといてさ。
この三人をやっつければ、ゲームって終わるのかな?」
この果し合いにおける最も重要な点をまひるが指摘した。
紗霧と野武彦が頷き合い、資料の真贋問題を棚に上げる。
その直後であった。
―――かしゃん。
背後から。食卓から。
突如、聞きなれぬ音がしたのである。
「あれ? あんな戦利品あったか?」
「いいや、わしは知らん。紗霧殿が出したのでなければ……」
音とは、トレイに差し込んであった用紙がプリンタに供給された音であった。
インクジェット式の、家庭用プリンタであった。
既に電源が入っており、ウォームアップも終わっていた。
先ほどまで紗霧らが覗き込んでいたノートPCに繋いであった。
つい数秒前まで、この小屋には存在しなかったプリンタであった。
「御陵透子というのは、案外おちゃめなんですかね?」
否。茶目っ気に非ず。透子は不精なだけである。
口頭で質疑応答を受け付け、沢山喋るのが面倒臭い故の手抜きとして、
印刷で済ませているだけなのである。
じゃわじゃわと、A4のコピー用紙はプリンタに飲み込まれてゆく。
しゅんしゅんと、紙面にインクが吹き付けられていく。
印刷されたのは、今、皆が口々に発していた疑問への回答であった。
『−回答−』
『貴方達が智機の分機から奪った情報は、信用してもいい。
素敵医師は、死んだ。ケイブリスは、貴方達に殺された。
だから残存主催者は、私たち三名に椎名智機の、計四名』
『この果たし合いは主催者と参加者との最終決戦などではない。
ゲームの運営とは関係ない。
警告を無視して団結し、本拠地に侵入し、あまつさえケイブリスすら倒して
私たちの管理をしっちゃかめっちゃかにした貴方達が気に入らない。
そう感じた私たち三人が、貴方達に対して叩きつけた私的な書状に過ぎない。
貴方達以外の参加者には届けていない。
参加者の一グループ、対、主催者の有志という構図』
『その有志に、椎名智機は入らなかった。戦うのが怖いと引きこもった。
だから、貴方達も全員揃わなくてもいい。
有無を言わさずにこんなゲームに引っ張り込んだ私たちが許せない人、
主催の全滅でのゲームクリアへの近道だと考える人、
単に戦いたい人だけが、果し合いに参加すればいい。
誰が来てもいい。 何人来てもいい。
来た全員を私たち三人で相手する。
これは、そういう戦い』
『だから、万一、貴方達が完全勝利したとしても、
残る椎名智機を破壊しなくては、ゲーム自体はクリアにならない』
印刷されたものは回答のみでは無かった。
無駄を極限まで削ぎ落とした果たし状に対する補足説明も、
そこには追記されていた。
『−補足−』
『果し合いを受ける気概があるならば、以下四条を遵守してもらう』
『ルール1――― ルール適用の期間は、果し合いの終了時点までとする』
『ルール2――― ルールは、果し合いに参加しないメンバーにも適用される』
『ルール3――― 期間中、互いに敵対的行動を取らないこととする』
『ルール4――― 現場への仕込みは不可とする』
まずは紗霧が。
次いでランスと野武彦とまひるが競い合うように。
最後にユリーシャが印刷物に目を通した。
通し終えた。
その、頃合を見計らって。
御陵透子は、姿を現した。
「受ける?」
「つっぱねる?」
誰もが彼女を意識し、誰もがいずれ現れるであろうと予感していた。
故に衝撃は走れども混乱は発生しなかった。
透子の姿が、智機の姿に変わってしまったこともまた、彼らを心乱さなかった。
その違いを認識しながらも、その違いは当たり前のこととして受け入れられた。
「参加メンバーは今この場で伝えなくてよいのですよね?」
「いえす」
「いいでしょう。受けて立ちましょう」
月夜御名紗霧は首肯した。透子を一瞥するなり決定した。
仲間たちの意見を伺うことなく、即座に勝手に返答した。
「でぇええ!?」
「即断とな……」
野武彦とまひるの驚愕に含まれる、若干の非難の色が、紗霧に対して訴えていた。
考える時間が、相談する時間が、落ち着く時間が、必要なのだと。
それを、ランスがばっさりと却下した。
「いい機会じゃないか?
ここらですぱっと決着をつけるのは、アリだぞ」
戦いを日常とする、血に飢えた戦士にとって、
決闘・果し合いなどは茶飯事でしかないのか。
それとも単にくそ度胸の持ち主なのか。
ランスは広場まひると魔窟堂野武彦の如く驚愕することも惑うこともなく、
紗霧の決定をあっさりと肯定した。
紗霧はすかさずユリーシャに確認を取る。
「と、ランスも言ってますが、ユリーシャさんはどう思います?」
「ランス様が、そうおっしゃるなら」
そう問えば、そう答える。紗霧は判っていて言質を取った。
言質を取って数的有利を確保した。
否。
確保の上で、誰も言い出していない多数決に帰結させたのである。
「はい、三対二。多数決でおっけーです」
紗霧の暴挙は、勝算あってのことではない。
一日半。
この、不戦が約された時間の確保こそを重要視した故にである。
「でも恭也さんは……」
「おばかさんたちは黙って私の言うことを聞きなさい」
紗霧はまひるの心配を遮って、ぴしゃりと諌めた。
片頬に浮かんでいるのは、まひるを馬鹿にするかの如き、冷ややかな笑み。
「……りょーかい」
まひるはそれ以上食い下がらずに同意する。
野武彦も黙して頷いた。
紗霧のその笑みの裏に、何らかの思惑があるのだと勘付いた故に。
それだけで二人は納得して了承した。
ケイブリス狩りでの鮮やかな勝利の記憶が、
彼らの胸中での軍師の地位を不動のものとしていた故に。
「全員合意」
「果し合いの受諾を確認」
「じゃ」
透子は消えた。音も無く、名残も無く。
契約を交わして、果たし状とプリンタを残して。
沈黙、暫し。
最初に口を開いたのは、月夜御名紗霧。
やはりこの女であった。
この女の言葉を、四者は待っていた。
「さて、一日半の猶予が得られた訳ですが……
この期間内で、私たちがすべきこと決めましょう」
紗霧はまず、仲間たちに意見を求めた。
仲間たちが少しは使える頭を持っているのか、
底意地悪く見定めようとしているのである。
紗霧は女教師の如くまひるを指差し、返答を促す。
「えとー、そのー、寝不足はお肌の敵だし、体休めとく…… とか?」
指差されたことにあたふたしつつ、自信なさげに答えるまひる。
紗霧はうんともすんとも言わずに、指さす先を野武彦に移した。
「ここは知佳殿やアイン殿を探すの一手じゃな。
プリントに書いてあるじゃろ?
貴方たち以外の参加者に果たし状は届けていない、と。
それは即ち、まだ生きておる者がおるということ。
その保護に全力を尽くすんじゃ!」
野武彦の鼻息荒き主張が終わるや否や。
紗霧の指差しを待つことなく、心底あきれた口調で、
ランスが己の考えを吐き捨てた。
「バカかお前ら」
確かにランスは切った張ったも好むが。
面倒ごとは大嫌いでもあった。
ズボラなのである。
裏技ですぱっとカタが付くならそれに越したことはないと思っている。
楽をして美味しいとこ取りしたいと、常に考えている。
「そんなもん、主催者どもの隠れ家に乗り込んで、
ズバッとぶった切って終わりじゃないか」
故にランスは、果し合いのルール3を破っての奇襲を主張するのである。
紗霧はユリーシャを一瞥し、頷く彼女を確認した。
それは、ランスに倣うと、着いて行くと、常の彼女の解答であった。
「ランス、正解」
出揃った解答に、紗霧は合格者を発表した。
まひると野武彦はすかさず異議を唱えた。
「や、でも約束したでしょ?」
「それは道を外れることになりゃせんか?」
それは人としての信義の問題であった。
心根や育ちの問題であった。
それを、紗霧は嫌悪感を隠さずに、唾棄して捨てた。
「約束だの人の道だのなんだの……
あなたたちは少年漫画の読みすぎで脳がスポンジ化でもしてるんですか?
だから日本は外交下手なんて国際評価がなされるんです。
約束なんて破るためにあるんです。
守っていい約束なんてこっちに利のある約束だけです。
そもそも、破らせたくない約束なら破れない拘束力を掛けておくべきなのです。
それをしなかったのは奴等の落ち度で、そこ突くのは闘争の大原則でしょう?
勝たなきゃならない戦いは、どんな手を使っても勝つ。
そんなことも言わなきゃ判らないんですか、どうですか?」
そう、底意地の悪い濃い影の笑みを浮かべたのと同時であった。
紗霧の側頭部に冷たい筒先が押し当てられたのは。
「ばん」
無表情に発砲音を口真似る御陵透子が右手に握るはグロック17。
紗霧は笑んだまま硬直。
こめかみに細波の如き痙攣が走る。
「拘束力」
透子は銃を握る反対の手で自分を指差し、そう言った。
それはつまり、宣告であった。
ルール違反のペナルティは命であると、伝えたのである。
今の透子は、ただの監察官ではない。
警告を発するだけで立ち去るメッセンジャーではない。
首輪を渡すだけで帰ってゆく宅配人ではない。
死刑執行人でもあるのだと、行動で示していた。
紗霧の全身は粟立っている。
全ての毛穴から汗が吹き出ている。
枯れた口腔に唾液は分泌されず、
唇はチアノーゼを起こしている。
そんな軍師の絶対死地を眼前に、誰も動かない。
否。動けない。
グロックの銃口もまた紗霧のこめかみを捕らえて離さない故に。
ワンアクション、即、紗霧の死。
全ては透子の胸ひとつ。
状況は、一呼吸の間に、そこまで切羽詰っていた。
「勝負は」
「せいせいどうどうと」
そうして、十秒ほど。
紗霧が過呼吸に陥る一歩手前で、透子は消えた。
今回の行動は、デモンストレーションであった。
こうなる、の具体例を示した、警告であった。
ルールを守らせるための強制力は存在していた。
(どうやって今の会話を聞きつけたのですか?
首輪が無いのに盗聴……?
それ以外のなんらかの監視手段を講じている?
元々小屋に監視カメラでも仕込まれていた?
それともジジイの拾ってきたノーパソに仕込みが?)
卓上からかしゃりと音がした。
音の発生源は透子が置いていったプリンタであった。
プリンタは3枚目の印刷物を吐き出してゆく。
それは、紗霧の問いに関する回答であった。
紗霧が口に出していない。
ただ、心に抱いただけの。
誰も知らないはずの疑問に対する回答であった。
『−回答−』
『なぜ、私が監察官という職に就いていると思う?
それは、私に力があるから。
あなたたちの過去を、現在を、未来を。
あなたたちの行動を、考えを、思いを。
全てを。どこにいても。
見通す力があるから、就いている』
底冷えのする沈黙が、紗霧たちを包んだ。
瞬間移動。
それだけであると、誰もが思っていた。
レプリカの遺した情報に嘘は無い。
透子のそれは、能力ではなく生態である故に。
『世界の読み替え』によるものではなき故に。
「……アレと戦えと?」
震える膝を柔い頬に押し付けて、体育座りのまひるがぼそりと呟いた。
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×4、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー、ナース服(装備中)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷有、意思に揺らぎ有り】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 17/45)】
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸、斧×3、鉈
グロック17(残弾16)×2
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、分機解放スイッチ、プリンタ
モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
カスタムジンジャー×2
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具、手錠×2
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → ?】
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
@果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
グロック17(残 17)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(いかんなー、いかん。 紗霧ちゃんもジジイたちも怯え過ぎだぞ)
ひとり小屋を出たランスが、井戸水を汲んでいた。
乾いた喉を潤しに、小屋から出たことになっていた。
しかし、真意は違った。
恐怖に凝り固まってしまった仲間たちの空気が、己に伝染せぬよう
一旦場を離れて冷静になろうと、考えたのである。
(テレポートと読心。それだけじゃないか。
体は智機ちゃんのものみたいだし、武器も銃だけ。
固体としてはよわよわだぞ、アレは)
頭を冷やしたランスの読みは正しい。
小屋組の面々は知らぬことではあれど、昨晩の仁村千佳との戦いで、
透子の弱点は露呈しているし、本人とてそれを自覚している。
(例えば…… まひるかジジイを犠牲にして、
『処刑執行』しようとした瞬間に斬りかかれば―――)
犠牲といっても、確実に殺されるとは限らない。
ランスが思い浮かべる二人は、それぞれ超野性と超速度を備えている。
透子の出現に気を張っていれば、銃撃の回避すら可能かも知れぬ。
(よし、灯台に行こう! まひるとジジイを引きずって)
井戸桶より柄杓を一掬い。
縁に口を寄せ、ごくりと一口。
喉が鳴るのと同時に。
「おいしい?」
「毒入りの水」
再びの、透子であった。
衝撃的な言葉に、ランスはぶうっと吐き出し、がはげへと咽る。
「これは、じょーく」
「でも」
「次がじょーくとは」
「限らない」
冗句などではない、明確な警告を残して。
透子は今度こそ掻き消えた。
(警告じゃなけりゃ、死んでたな……)
背筋を駆け上る悪寒と共に、ランスは理解した。
処刑の手段は、銃殺だけではないことに。
いくら集団で行動していたとしても、
一人になる瞬間は、どこかで発生するということに。
ふと物思いに沈んだり、気を抜いたりする瞬間が、
誰にでもあるということに。
それは今のランス、そのものであったことに。
ランスは考える。
強さの多様性について思いを馳せる。
かつてのライバルを引き合いに。
(ケイブリスは確かに強ぇ。無駄に強ぇ。だが……)
体格、体力、筋力、牙、爪、魔法。
殺傷力、破壊力を基準に強さを測るのであれば、
この島において、ケイブリスは最強だと断言できる。
しかし、強さとは、それだけではない。
こと、暗殺という手段を取るのであれば。
向かいあっての戦闘で無いのであれば。
時間制限も無いのであれば。
(……効率的に強いのは、あの女だ)
軽薄なこの男らしからぬシリアスな眼差しが、
透子の存在していた空間を鋭く射抜いていた。
↓
(ルートC:3日目 PM00:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
レプリカ智機が遺したUSBメモリ。
そこに記されていたのは主催者の近況だけではなかった。
智機がこの島で為した下準備の全てのデータが、
階層式フォルダにみっちりと記録されていたのである。
レプリカを何機製造して。
島のどの位置に、どのような施設を建設したか。
その設計図。完成図書。写真。
監視カメラの台数と位置。
配布アイテム情報と支給品リスト。
そして―――
【シークレットポイントとスペシャルアイテム】。
グレンに配布され、紆余曲折の末に小屋組が所持することとなった鍵束。
その真の意味が、ここに来てようやく、開示されたのである。
『キーナンバー02、座標J−5、地下シェルター』
ユリーシャが広げた配布地図に、まひるが白チョークでマーキングする。
その座標に、建造物は一つしかなかった。
大灯台。
紗霧と野武彦は思い至った。
灯台跡に潜伏していると目される残存主催者は、ここを利用しているのだと。
『キーナンバー04、座標C−4、神語の書(一枚)』
紗霧は機密文書であろうと当たりを付け、
ランスはマジックアイテムであろうと予想した。
但し、座標が崩落した敵拠点の近場であることから、
ポイントごと地中に没している可能性が高い。
『キーナンバー03、座標F−5、木星のブルマー』
これには、誰もが頭を痛めた。
木星とブルマーの関連性が見出せない。
ブルマではなくブルマーと言う点に並々ならぬパトスを感じるとは野武彦の弁。
誰もが白い目で彼を見た。
『キーナンバー01、座標F−7、世色癌(10粒)』
痛い当て字だなーとまひるが呟き、紗霧と野武彦が同意した。
ヤンキー御用達で夜露死苦なアイテムを彼らが妄想する中で、
ただ一人、世色癌の真相を知るものがいた。ランスである。
ランスは語って聞かせる。
それは、彼にとってはうんざりするほど見慣れた道具であり、
ランス世界の冒険者にとっての必需品であることを。
ハピネス製菓謹製のこの丸薬は、病状の怪我の深度も関係なく、
全てをHPという単位に統合させたうえで、そのHPを回復させるのだと。
つまりは。
重篤な状態にある高町恭也を必ず癒せるのだと。
御陵透子の度重なる警告と脅しに屈し、
果し合いのルール四条を飲む格好になった彼らに、
奇襲や闇討ちといった選択枝は失われている。
尋常の果し合いに挑まざるを得なくなっている。
そこで宙に浮いた約30時間。
その最初の数時間を、スペシャルアイテムの捜索/回収に充てることとなった。
強く主張したのは野武彦で、ランスがこれに同意し、
疲労感を露にする紗霧が仕方なしに了承した。
神語の書を、未知への探究心を見せる野武彦が。
世色癌を、その形状を良く知るランスが。
木星のブルマーを、余り籤を引いた格好のまひるが。
それぞれ捜索するのだと、すぐさま決定した。
但し、小屋の守りが必要なので一斉出発はさせられぬと、
紗霧がやる気漲る三者に待ったを掛け。
野武彦が、ランスかまひるの帰投までは小屋に残り、
紗霧と共にUSBメモリからの情報収集に当たることとなった。
ランスとまひるはジンジャーに跨って。
鍵束を解き、対応する鍵を野武彦から受け取って。
それぞれの目的地へと、出発した。
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → F−7 隠し部屋】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧、鍵(←野武彦)、カスタムジンジャー(←共有物)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → C−4 隠し部屋】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、斧(←共有物)、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー(←共有物)】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → F−5 隠し部屋】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【所持品:グロック17(残弾16)(←共有物)、せんべい袋(残 17/45)、
鍵(←野武彦)、簡易通信機・小(←野武彦)】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾16)(←共有物)、金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸、斧×3、鉈
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、分機解放スイッチ、プリンタ
モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具、手錠×2
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
【タイトル:SP01:『世色癌』〜優しい俺様〜】
(ルートC:3日目 PM01:30 D−7 村落・民家)
(ちょっとサイズ合わないけど、しょうがないよね)
姿身に映る自身の姿を評価して、溜息をつくのは仁村知佳。
手にした若草色のサマーセーターを身に合わせての感想である。
抱いた感想は的を射ており、着衣のサイズが幾分その身に余っていた。
上半身にはクリーム色のブラウス、下半身には純白のミニスカート。
下着も合わせて、つい先ほど、民家の箪笥の中から拝借したものである。
それまでの着衣は、足元に脱ぎ捨てられていた。
既に衣服としての体を為していなかった。
その全てが千切れ、捩れ、血液で変色していた。
全てが透子との戦いで、自らが流した血液である。
推し量るに、致死量と言わずまでも、
ICU入りは間違いない出血量であると見受けられた。
しかし、その割には。
知佳の血色は、決して悪くない。
グロックに穿ち抜かれた腹部の穴も、既に塞がっている。
魔剣カオスに袈裟斬りにされた肩から胸にかけての裂傷にも、瘡蓋が張っている、
透子からの餞別・素敵医師の薬品群と、背中の羽根による光合成。
それらの相乗効果が、知佳の疲弊を大いに回復させていたのである。
(ぴったりの服は無かったけど、着替えはこれでおしまい。
あとは恭也さんたちを探さないといけないけど…… どこにいるんだろう?
主催者たちの情報、早く伝えないといけないのに)
知佳は、考えを改めていた。
今の彼女は、恭也たちと合流する心算でいた。
透子が戦意を明確に表し、ザドゥと芹沢も目覚めたであろう現在。
いかなXX念動能力者・知佳とはいえ、主催者たちを一人では殲滅し得ない。
複数人で。
一気呵成に。
シェルターを攻め落とすことが肝要であると、知佳は考えた。
で、あれば。
自分を庇って怪我をした、恭也に合わせる顔がないなどと言っては居られない。
心の乱れが、力の暴走が、などといじけている余裕は無い。
優しさや臆病さを前面に出している場合ではない。
(時間が経てば経つほど、戦いは厳しくなる。
ザドゥと芹沢が回復してしまうから)
死闘に次ぐ死闘、裏切りと別離。
それらの経験によって一皮剥けたと言うべきか。
それとも何かが欠落したと言うべきか。
変化についての評価は、現時点では下せない。
ただ、はっきりと言える事は。
優しいだけの少女はもういないことと、
覚悟を持った戦士がここにいることである。
(花園からここにくるまでの間に、東の森の焼け跡は通って来た。
村の中にも誰もいない。
どこに居るんだろう…… 西の森か、港のほうか、山のほうか……)
結局はぶかぶかのセーターを身に付けた知佳は、
行く先について思案しながら、民家から村落へ。
そこで、ばったりと。
「知佳ちゃん?」
「ランスさん!」
カスタムジンジャーを楽しげにぶいぶい言わせているランスと、
舗装道路と村落の交差点にて、鉢合わせたのであった。
「やあ知佳ちゃん、生きてたんだな! よかったよかった」
「……」
親しげに片手を上げるランスが歩み寄る分だけ、
訝しげに眉根を寄せる知佳が後ずさる。
それもやむない話である。
なぜなら知佳は、ランスと恭也が手を組んでいることを知らぬ。
彼女にとってのランスとは。
知佳と性交渉を持ちたい一心で恭也に切りかかった男であり
同行と協力の申し出を踏みにじった男でしかなかった故に。
殺人鬼。
強姦魔。
そうとしか捉えられぬ行動であった。
危険人物というほか言葉は見当たらぬ。
「前に会ったときより元気になった感じだな。うん、グッドだ!」
「……っ!」
知佳が自分と距離を措こうとしていることを察したランスの歩みが、
大股なものとなる。
知佳はその動きを受けて、身を翻した。逃げ出した。
「待て待て知佳ちゃん!」
ランスが知佳を止めるべく伸ばした手は、彼女に触れる手前で弾かれた。
念動力の柔き大盾・サイコバリアである。
「うぉっ!? なんだこりゃ?」
ランスもまた、知佳の変化に目を見張った。
ランスの知る知佳とは、一人で歩くのもままならぬほど弱々しく、
可憐で清楚な病弱お嬢様でしかなかった。
しかし、今の知佳は。
灰色の翼をその背に生やしており、謎の半透明の膜を前方に展開していた。
その跡は見当たらぬが、うっすらと血の臭いすら漂わせていた。
しかも、物騒な目で、強気な警告を浴びせるのである。
「あなたと今、戦うつもりはないから、放っておいて」
ランスには分かった。知佳の目を見るだけで判った。
この少女も又、この数日で相当の修羅場を潜り抜けてきたのであろうと。
ここまで生き残り、勝ち抜けるだけの力が備わっているのであろうと。
そこまで分かっていて、尚。
ランスは知佳を見過ごさなかった。
「まあまあ、そんなツンケンするな、知佳ちゃん。俺様と恭也は和解したぞ?
バット使いの紗霧ちゃんや、魔窟堂のジジイ、おかまっ子のまひるも一緒だ」
「うそ……」
知佳はこの場から転進する決意を固めていた。
しかし、ランスの口から発せられた内容が、彼女の足を地面に縫い付けた。
恭也たちとの合流こそ、知佳の目下の目的であるが故に。
その彼らと目の前の暴漢が同行しているというのであれば、
知佳はランスの存在を無視出来ぬのである。
「いやいや、ホントホント。俺様は、あいつらを部下にして、
悪い主催者どもにかっこよく立ち向かっているんだぞ!」
そこで、曇りなきがはは笑い。
知佳にはランスの言は信じられぬ。
しかし確認する術は持っている。
「本当に、恭也さんと一緒にいるの?」
注意深く歩み寄り、バリアを展開したままで。
知佳はランスの裾をそれとなく握る。
「まあ…… うん」
ランスは歯切れ悪く、目を逸らして答えた。
それが嘘でないことを、知佳は読心で読み取った。
それが隠し事なのだと、知佳は読心で読み取った。
【ひでえ怪我で意識不明……てのは、黙っててあげたほうがいいんだろうなぁ】
「酷い怪我って!?」
知佳はランスに詰め寄った。
その勢いにランスは若干飲まれてしまい、問われたことを正直に答えてしまう。
若干の違和感を覚えつつ。
「ゴツい銃で撃たれた後、傷口を焼いたらしいな。そこが膿んで、な」
【あれ? 俺様、怪我のこと言ったっけか?】
「あの時の……!」
その怪我は、知佳も知っていた。
知佳を庇った故に穿たれた傷である。
知佳の癒えぬ疵でもある。
胸が痛む。締め付けられるように。
その後悔と逃げ出したい気持ちを押さえつけて、
知佳はランスへの確認を継続する。
「お薬は? 化膿止めとか止血剤は?」
「そんなものよりも、だ。
実は俺様、世色癌といういいモンを手に入れてな」
「せいろ、……がん?」
既にランスは、マンホールに偽装したシークレットポイントから、
世色癌の10粒を回収していたのである。
その上、ちゃっかり一粒を飲み込んで、己の傷ついた肋骨と、
失われた体力を完全に回復させていたのである。
「回復量は多くないが、どんな状況でも体力を回復させ……」
【ちょっと待て…… ん!? 来た! ピーンと来たぞ!】
ランスが口篭もり、思案を働かせる。
知佳の胸中に広がるのは、悪い予感の分厚い雨雲であった。
予感は即座に事実の裏づけを得た。
【これ上手くすれば知佳ちゃんとエッチできるんじゃねーの?】
知佳の表情に露骨な軽蔑が宿ったことにすら気付かず、
ランスは欲望塗れの卑怯な取引を持ちかける。
「そーだなー。知佳ちゃんが一発ヤらせてくれたら、
この大事な世色癌を一粒、恭也のヤツにくれてやろう」
【うへへへ。これは知佳ちゃんも断われないだろう?
なにせ最愛のお兄様が助かるかどうかの瀬戸際なんだからな!】
知佳は落胆し、憤慨した。
(結局、それなんだ。この人には、それしかないんだ)
ランスが恭也と同行していることが事実であった故に、足を止めた。
主催者と戦う意志を見せたが故に、遠慮があった。
しかし、その仲間の命を盾にして下劣な取引を仕掛けるような、
野卑な下種でしかないというのならば―――
(―――奪う)
知佳の目が爛と輝く。
テレキネシスを引き絞り、急所に無遠慮に叩き込もうと、意識を集中する。
そんな剣呑な知佳の思惑にまるで気付かぬどころか
そもそも念動の全貌も知らぬランスは、暢気なことに、
己の欲望を全開にして、さらなる脅し文句を重ねてゆく。
「いやー、これを手に入れるのには苦労したんだぞー」
知佳の狙いは心臓直上。
至近距離からのハートブレイクショットを打つ算段である。
「それを知佳ちゃんにあげようっていうんだ、俺様って優しいだろ?」
スケベ心に正常な嗅覚を鈍磨されているランスは、
下卑た笑顔で、知佳の肩をぎゅっとつかんだ。
その接触した肩から強烈に、ランスの本音が伝わってきた。
【まあ断わられても恭也に世色癌はやるつもりだがな】
その、一回りして意外な本音に、知佳は動揺する。
集中力が乱れ念撃は不発となり、力が萎んでゆく。
(―――え? どういうこと!?)
ランスは傍若無人な男である。
唯我独尊の男である。
それでも、世の男の全てを敵視しているのかというと、そうでもない。
「知佳ちゃんがうんと言わないなら、俺様がぜーんぶ飲んでやろうかなー?」
【というか、元々恭也の為に探しにきたようなもんだし】
可愛い女の子に比べて優先度が著しく低いことは通底しているが、
認めざるを得ない相手は認めるに吝かでないし、
上から目線とはいえ、同胞意識も抱くのである。
「ぶっちゃけ俺様は、ヤローの命なんてどうでもいいしな」
【あいつはこんなところで死なせるには惜しいヤツだ】
例えば、ランスが一目置いている部下の一人、
リーザスの赤き死神と呼ばれる青年将軍、リックなどは、
ランスお気に入りの女親衛隊長、レイラとの交際すら
認められているのである。
「だいたいケイブリスと戦ってるときも、俺様はかっこよく斬り込んだのに、
あいつは後ろのほうからぽいぽいと石ころを投げてただけだったしな」
【俺様が今こうして元気でいられるのも、
恭也のヤツがケイブリスの動きをうまく御してくれたからだしな】
ともに命をかけて、背を預けあって戦えば、それは戦友。
相手が強く、頼もしいければ、なおのこと信頼は強固になる。
「それに……」
【それに……】
気付かぬうちに九死に一生を得たランスが、知佳の瞳をじっと見つめる。
知佳もその瞳を覗き返し、ランスの心の囁きを汲み取ることに集中する。
「いなくなっても俺様は全然困らんわけだ、知佳ちゃん?」
【石頭でうっとおしいところはあるが、嫌いじゃないぞ、うん】
知佳の肩に置かれたランスの手が、首筋経由で頬にスライドした。
いやらしさ全開の動きであった。緩やかに性感を刺激するための指捌きであった。
だが、知佳は顔を顰めない。伸ばされた手を振り払わない。
ランスが『取引』を持ちかけている間は、これ以上の性的刺激を
与えてこないであろうと、半ば確信したが故に。
(この人は、敵じゃない)
なんとしても知佳と性交渉を持ちたいという気持ちも本心ならば、
恭也を気遣い、助けたいという気持ちもまた本心。
相反するようで実は両立している言葉と心理のギャップを飲み込んで、
知佳はランスへの評価を改めた。
決して善人ではない。かといって悪人でもない。
ランスとは、スケールの大きなやんちゃボウズであるのだと。
(だったら、話し合いで済ませよう)
知佳は思い出す。
ランスとの初邂逅時に自分が取った行動を。
力の反動で心身共に衰弱窮まり、自力歩行すらままならなかった知佳が、
唯一残った読心を駆使して、ランスの情婦たるアリスメンディを誑かし、
まんまと恭也との戦場離脱を成功させた前例を。
やるべきは、それと同じ。
ランスの心を読みつつ、会話を有利な方向に誘導する。
「私、わかってるよ。そんな意地悪を言ってるけど、
本当はランスさん、優しい人なんだって」
極上の、媚びた笑みで以って、知佳はランスの手を握り……
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【……どうしてこうなった?】
しきりに頭を捻りながら、ランスは二粒の世色癌を知佳に手渡した。
知佳はにっこりと微笑んでそれをピルケースに収納した。
「恭也が寝てる小屋は、西の森の浅いとこにあるから。
空飛んでりゃすぐに見つかると思うぞ」
結局、取引は不成立であった。
ランスにとって誠に不本意ながら、性交渉の確約を取り付けることなく、
知佳に世色癌を譲渡することとなってしまった。
「ありがとう、ランスさん」
相手が悪過ぎた。
読心能力者に、恭也を助けようという思いを見透かされた以上、
ランスに勝ち目は万に一つもなかったのである。
「でも、二粒だけ?」
「まあ、今の怪我を乗り切るにはそれで十分だろ。
今後の戦いのことを考えるとな、無駄遣いはできんのだ」
【透子ちゃんとの戦いで、何粒かは絶対に必要になるからな】
ランスの言葉と思いが一致していた。
口調と眼差しもまたシリアスであった。
「うん、そうだね」
既に、知佳は自分が恭也らと離別してからこちらの小屋組に発生した
おおよその情報を、ランスから巧みに引き出していた。
果し合いのことも、その後の透子の警告のことも、読んでいた。
故に、知佳は食い下がらず同意した。
「ありがとう、ランスさん。あなたが優しい人で、よかったよ」
「俺様の優しさにぐらっと来たか? いつでも乗り換えていいんだぞ?」
【ま、いっか。俺様を優しいとか勘違いしてるみたいだし。
じっくり時間をかければそのうち和姦もいけるだろ!】
「んと、あはは……」
知佳は笑って誤魔化した。心は既にここに無い。
西の森の外れにある小屋へと、そこに眠る恭也へと飛んでいた。
早く会って、早く世色癌を飲ませたい。
想いの全てはその一色に染まっていた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています