バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
【死亡者情報】
【プレイヤー動向】
これら管理資料の最終更新時間は、昨晩20時15分。
管制室の発破に伴うサーバ破壊の少し前の時間であった。
それでも、彼が欲していた情報の凡そは網羅されていた。
朽木双葉とアインが、既に死亡していること。
仁村知佳としおりが、未だ存命であろうこと。
保護対象と思われていたしおりは、ゲームに乗り、
一人と一機を殺害/破壊していたこと。
有用な情報は、それだけであった。
不要な情報は、他の全てであった。
月夜御名紗霧――― やはり、であった。
紗霧は二人殺していた。
しかし、野武彦の疑念とは関係のない殺人であった。
予想の埒外にある、予想をはるかに上回る殺人であった。
野武彦は北条まりなに聞いていたのである。
彼女の最初の同行者・木ノ下泰男が如何にして絶命したのかを。
村落の雑貨屋に仕掛けられた罠は、
明らかに無差別に命を狙った罠であったのだと。
そしてまた、首輪は罠師であった頃の紗霧の呟きを、何度か捉えていた。
その音声情報もまた、野武彦は耳にしたのである。
言葉少なに、しかし楽しげに。
紗霧は罠に掛かった哀れな獲物をこき下ろしていたのである。
ユリーシャ――― まさか、であった。
ユリーシャは仲間を手酷く裏切っていた。
アリスメンディと篠原秋穂を殺していた。
恐らくは嫉妬心と独占欲の為に。
相手の油断を突き、確固たる殺意を持って、手を下していた。
ランスに気取られぬよう、嘘に嘘を重ねて、隠蔽していた。
それをおくびにも出さずに、か弱い風を装って。
清楚な顔をして、優雅な物腰で。
彼女は、今もなお、ランスの脇に侍っている。
その擬態、あるいは本性。
なんと悍ましく、恐ろしいことであろうか!
ランス――― これほど、であった。
血の気が多く、唯我独尊な性格をしていることは分かっていた。
彼と合流したばかりの頃の恭也との遣り取りで、
人のひとりやふたりは殺しているであろうと予想はしていた。
それは事実であった。
ランスは2人のグレンを殺していた。
姓無きグレンは、仕方ない。
知佳を愛娘と勘違いして飼い殺そうとした狂人である。
その一刀両断っぷりはさて置き、応戦するのは理解できる。
だが…… もう一人のグレン。
コリンズ姓を持つ異形。
ゲームに乗るを良しとせず、島からの脱出を図っていた男。
この男を殺した事実を、野武彦は許せなかった。
対立の末、殺したのなら、しかたない。
誤解の末、殺したのなら、諦めもつく。
そうではなかった。
単に邪魔だから殺していた。
紗霧のみならず、ランス、ユリーシャもまた外道。
世界の悪意害意を、野武彦は一身に浴びてしまった。
それはまさに、パンドラの箱。
故に。伝承をなぞるかの如く。
箱の底に残る希望もまた、在った。
「だが、わしには、恭也殿がいる!」
恭也は見事に、男であった。日本男児であった。
ワープ番長との速度勝負に敗れ、一度は情けない姿を晒しもすれど。
彼の戦いは全て、他者を守るための戦いであった。
ただの一度とて、ゲームに乗ったことなどなかった。
野武彦が目を通した全ての管理資料が、それを裏付けていた。
「そう、ああいう益荒男は死んではならぬ!」
再び虚空に力説する。
そこに、広場まひるの名前が、無かった。
じっちゃん、まひるちん。
気安い仇名で呼び合うほどの仲となったにも関わらず。
広場まひる――― そんな、であった。
まひるは、誰も殺してはおらぬ。
【死亡者情報】は、それを証してくれた。
しかし【プレイヤー動向】にて、懸念が発生した。
時は一日目の夜半。
突如、正気を失ったまひるが、同行者・堂島薫を捕食しようとしたという記録である。
幸いにして、駆けつけた高原美奈子の手によってまひるは正気を取り戻し、
事なきを得たのであるが。
その懸念を、もう一つの管理資料が裏付けた。
【参加者来歴】。
そこに、記載されていた。
この島に召還されるまでの、プレイヤーたちのプロフィールが。
ランスとは、リーザスなる国の王であること。
ユリーシャとは、カルネアなる国の第二王女であること。
紗霧とは、鋼鉄番長に仕える神鬼軍師であること。
恭也とは、学生にして御神流の若き師範であること。
そして、まひるとは。
学生にして、天使であった。
天使とは皮肉を利かせた蔑称に過ぎぬ。
その正体は、人に擬態し人を捕食する、人の天敵であった。
魔の者が、人に憧れ。
贖罪し、人の側に立つ。
それは、野武彦が大好きなファンタジー物の王道展開であるし、
実際彼には、人外の者に対するいわれ無き差別意識など皆無である。
誰よりも、まひるを受け入れる土壌と柔軟性を備えている。
であるのに。
今の野武彦は恐れと疑念を捨てきれぬ。
燃えるシチュエーションなどと受け入れられぬ。
人に擬態する。
この一節と、紗霧やユリーシャの化けっぷりに欺かれていた事実とが相まって。
信じてやりたくも、後ろめたくも。
いずれ正体を現すのではないか―――
飢餓感が限界に達したならば―――
そんな可能性が脳裏を掠めるばかりであった。
既にバッテリーは切れ、PCの液晶は黒く染まり。
その黒に近い闇夜が、カタパルトルームを満たしていた。
そこに、インカムから。
野武彦の心持ちとは真逆の、まひるの弾んだ声が、聞こえてきた。
『じっちゃん、しーきゅーしーきゅー、あいしーきゅー!』
野武彦は息を飲み、逡巡し、深呼吸をして。勉めて冷静な声を装って。
瞑目したまま、インカムの発話ボタンを握った。
「はいよ、どうしたんじゃ、まひるちん?」
『じっちゃん、やったよ! 世色癌で、恭也さん目覚めたよ!』
「おおう、そうかそうか! よかったのぅ、ほんによかった……」
齎された朗報に、野武彦が相好を崩す。
『じっちゃん遅いけど、何かトラブルでもあったりする?』
「連絡が遅うなって済まんの、まひるちん。
シークレットポイント探しに躍起になっておるうちに、
とっぷり日が暮れ、足下が見えんようになってしまっての。
幸い山小屋を見つけたので、朝までここに留まろうと思うのじゃよ」
『あたしがお迎えに行こっか?』
「いやいや心配には及ばぬよ。
……おっと、火種が燃え尽きそうじゃ。これにてご免!」
逃げも隠れもするが、嘘はつかぬの魔窟堂。
それは彼が自称する、お気に入りのキャッチフレーズ。
それが、今の野武彦は。
逃げて。
隠れて。
嘘もつく。
(じゃが、これは必要なウソじゃ…… 事実は秘さねばならぬのじゃ……)
今、彼らの顔を見てしまえば。
嫌悪感も、不信感も、必ず顔や態度に表れる。
それを隠し通せるほど、野武彦の神経は太くない。
果し合いの時は、明日。
ほぼ24時間後。
いまこの情報を、小屋の者たちに知られるわけにはいかぬ。
それは、不和しかもたらさぬ。
或いは、別離や破局すら招くやもしれぬ。
今は、この胸にしまっておくしかない。
それは、野武彦にも判っている。
判ってはいるのだが、割り切ることもまた出来ぬ。
苦悩。煩悶。後悔。逡巡。
負の渦流に、木切れ一つで巻き込まれている。
その荒波から逃れるために。
あるいは、荒波が細波に変わるまで。
野武彦には時間が必要なのである。
「エーリヒ殿……」
野武彦は縋る。面影に問う。
自分の様に、揺れず、惑わず、落ち込まず。
己を貫き通す意志力に満ちた軍人に。
「あやつらに守るべき価値は、あるのか……?」
野武彦は天を仰ぎ、形見のライターを強く握り締めた。
↓
(ルートC)
【現在位置:C−4 本拠地跡・カタパルトルーム】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:@一晩頭を冷やす。得た情報は墓場まで持ってゆく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】
※ゲームの各種記録を知りました
※カスタムジンジャーは竜神社で充電中です
ランスが生き残ってることに驚き
いつ完結するんだろな
【タイトル:ひとであり/ひとでなし】
(ルートC・三日目 PM2:30 C−6 小屋1跡)
高町恭也の眠る小屋の正確な場所を、知佳は知らぬ。
西の森、浅く。
ランスからそう聞いたのみである。
その、西の森の浅いところに、煙が立ち昇っていた。
低空を飛行する知佳が向かうのは致し方なき事であろう。
「…………っ!?」
知佳は息を呑んだ。
小屋が破壊され尽くしていた故に。
そこに佇むのは一人の童女のみであった故に。
童女が胸に燃える骸骨を抱いていた故に。
凶-マガキ-しおりである。
知佳が着地した、その振動が最後の引き金となったのか、
しおりの腕の中の頭蓋骨が、灰と崩れた。
しおりは、泣きはらした腫れぼったい瞼で茫と立ち尽くし、
空を仰ぎ見るのみであった。
さおり。愛。シャロン。
しおりは恩人達の弔いを終えて、放心していた。
知佳がみとめた煙とは、この火葬の煙であった。
「……何をしていたの?」
言葉をかけられたことで訪問者の存在に気付いたしおりは、
緩慢な動作で知佳に向き直り、静かに告げた。
「おそうしき」
透明感溢れる、虚脱した眼差しを知佳に向け、
しおりは無防備に、言葉を重ねる。
「さおりちゃんと、愛お姉ちゃん、シャロンお姉ちゃん。
みんなしおりを守って死んじゃったから……」
その言葉に、知佳の警戒心が一段階引き下げられた。
挙げられた名に知り合いの名が無き故に。
落ち着いて周囲を見渡せば、崩れている小屋には埃も煙も立っておらず、
周囲は落ち着いた泥水と、その乾いた跡が散見され。
小屋の破壊は過去に行われたものであるのだと、伺い知れた。
(良かった…… 恭也さんの眠る小屋とは別の場所なんだ)
そうして、落ち着いた心持ちで、再度しおりに目をやって。
知佳はようやく気がついた。
眼前の童女に、見覚えがあることに。
ゲームの開始前に、肩を寄せ合って震えていた双子の童女であったことに。
こんな幼い子まで……
その思いがあったからこそ、目に留まっていた。
しかし、知佳の記憶にある童女とは、幾分様相が異なっていた。
鼠の耳が生えている。
鼠の髭が生えている。
鼠の尾が生えている。
肉体改造か、魔術か。
いかな手管によってこの悲痛な変化が起こされたのか知佳は知らぬが、
それは心優しき少女の哀れ心を誘うに十分な変化であった。
故に、知佳は零した。
己の素直な心情を、極めて自然に。
「大丈夫。
どんな姿になっても、しおりちゃんはしおりちゃんだよ」
幼き頃。
知佳は己の異能故に、疎外感を強く感じていた。
鬼子として、座敷牢の如き離れに隔離されていた。
実の両親に。親族に。
恐れられ、疎まれて。
しかもそれらを全て読心して、知佳は生きてきたのである。
―――ひとでなし―――
それは知佳にとっての癒え切らぬ心の傷。
心をじくじくと蝕む悪意の溶剤。
故に、反射的に、しおりの変化を否定した。
それが相手にどんな効果を与えるのか、考慮せぬままに。
「しおりちゃんは、人間だよ!」
しおりの髭が、ピン、と立った。
しおりの耳が、ピク、と動いた。
「しおりは…… にんげん?」
抱きしめようと広げられた知佳の腕に、しおりは駆け寄らなかった。
それどころか知佳の意図とは真逆の、不機嫌で危険な気配を漂わせた。
しおりは、血の主人・アズライトを慕っている。
命を救ってもらったことを感謝している。
人ならざる存在と化したことを誇っている。
―――ひとであり―――
つまりは、禁句であった。
知佳は巧まずしてしおりの逆鱗に触れてしまったのである。
「そう、しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの」
優しい微笑で。理解者面をして。
知佳はしおりに慈雨を降り注ぐ。
しおりにとって、それら少女の挙動の全てが不快であった。
許せるものではなかった。
「ちがうもん!」
怒りの反論と共にしおりは大地を蹴り、低い弾道で跳躍。
ミサイルの勢いで、知佳に向かって。
対する知佳は、反応が一歩遅れた。
回避は間に合わなかった。
サイコバリアも間に合わなかった。
しおりの頭頂部が、知佳の鳩尾に着弾する。
知佳は数メートル吹き飛び、背を瓦礫にぶつけ。
転倒し、悶絶した。
「しおりは【まがき】だもん! にんげんじゃないもん!」
芋虫の如く転がる知佳を見下ろして、人差し指を突きつけて。
しおりは決意を表明する。
知佳へと宣戦を布告する。
「しおりは、ゆうしょうするんだから!
ゆうしょうして、マスターを生き返らせるんだから!」
漸く膝立ちとなった知佳が、えづきをこらえて向き直る。
向き直って、興奮に身を振るわせる童女の瞳を見やる。
しおりは知佳の視線を円らな瞳でまっすぐ睨み付けている。
その目線から、強い思いが伝わってくる。
【ぜったいぜったい、マスターを生き返らせるんだから!】
しおりの胸に燃えているのは、その一念のみであった。
優勝とはその願望成就の手段に過ぎぬのであると、知佳は解釈した。
ならば他の願望成就の方策を提示した上で、
その可能性の方が優勝よりも可能性が高いのであると納得させたならば、
説得し、味方に引き入れることも可能であると、知佳は判断した。
……してしまったのである。
「優勝なんてしなくてもいいの!
主催者をみんなでやっつけても、願いは叶うの!」
踏んだ。
知佳はまたしても、しおりの心の侵入しては成らぬ場所を、
そこに埋設してある地雷を、力強く踏み抜いてしまった。
「主催者を…… やっつける?」
「今、ザドゥたちは弱っている。力を合わせれば倒せるの!
優勝するなんて言わないで、お姉ちゃんと一緒に戦おう?」
ザドゥとは、今のしおりが知る唯一の生存者。
ほんの少しのふれあい。それでも。
ぶっきらぼうながらも、確かにしおりの孤独を癒してくれた、恩人。
行き詰まった彼女に優勝への思いを認識させてくれた男。
「ザドゥさんを倒す!?」
しおりは、口に出して知佳の提案を反芻する。
反芻しながら理解する。
この少女とは決して相容れないのであると。
この少女を生かしておくわけには行かないのであると。
「そう。だからお姉ちゃんと一緒に行こ?」
ああ、この慈悲深く、愛を一義に置く少女こそ、
幼きしおりにとって最良の守護者足り得るというのに。
心身の両面で、しおりを庇護できるというのに。
逆に、しおりという弱者の存在こそ。
目的を果たさんと修羅道に堕ちつつある知佳が、
本性である慈愛の精神を取り戻す契機になるというのに。
―――出会いが、遅すぎた。
「そんなのダメぇ!!」
再びのしおりの突撃に、今度は知佳のサイコバリアが間に合った。
しかし、重い。
相当の圧力として、バリアを歪ませている。
昨日の透子の体当たりの比ではない。
プロボクサーのストレート程度の威力は、十分に出ていた。
知佳はバリアの角度を変え、正面突破のしおりをいなす。
しおりは勢いのままつんのめり、知佳の後方にごろごろと転がった。
(ここは一旦引く!?)
知佳は逡巡する。
人で無いことを誇り、優勝を口にし、主催寄りの立場を匂わせる
危険な存在を放置して、果たして逃げ出しても良いものか?
この森のどこかに、身動きの取れぬ恭也が眠っているというのに。
「お姉ちゃんひどいよぅ……」
立ち上がり振り返った、泥まみれのしおりの顔を見て。
知佳の良心が、どうしようもなく、疼く。
こんな小さな子に、なんと酷いことをしているのであろうと、
後悔の念が湧き上がる。
「なんで避けるのぉ!?」
幼く庇護欲をそそられる外見に言動。
これには、惑わされる。
頭では危険な相手であると理解していても、
戦おうという意欲がごりごりと削られる。
(それが、怖い……)
知佳は知己の顔を思い浮かべる。
人の良い野武彦やまひるであれば。
心優しい恭也であれば。
必ずや説得し、保護下に加えようとするであろう。
自分以上の逡巡や躊躇を見せてしまうであろう。
「こんどこそぉっ!!」
しおりが、再び突進してくる。
知佳はサイコバリアを前面に広げつつ、
しおりに処する結論を結んでゆく。
(もう、この手は穢れてる。だったら……)
人殺しの、それも子供殺しの十字架を、
心優しい彼らに背負わせる必要は無く。
(罪を重ねるのは私だけで十分なの!)
知佳もまた、覚悟を決めた。
決めたと同時に、行動していた。
「ぎっ!?」
テレキネシス。
ランスに叩き込むのを見送った引き絞ったそれを、
透子には決して放たなかった本気のそれを、
知佳はノーリアクションで、しおりのレバーにぶち込んだ。
この上なく明確な、反撃の狼煙であった。
なんということであろうか!
主催者たちがゲームの最終決戦と想定していた戦いが、
条件を満たさぬままに、開始されてしまったのである。
「ふ………………」
凶と化したとは言え、臓器は臓器である。
肝臓とは急所である。
故に、しおりは悶絶した。
視界の外、意識の外から襲い掛かった未知の衝撃に、
しおりはお嬢様座りで、へたり込んだ。
「ふぇ……………」
そして、泣いた。あっけなく。
泣いて攻撃の手を止めた。
「……ぇえっ……」
恐ろしいほどの身体能力はあれど、やはり子供。
知佳は、そう安堵した。
その安堵が間違いであったと知佳が気づくのに、
時間はさほどかからなかった。
「ふえええええん! いたいよーーー!!」
散った涙が赤く染まっていた。
周囲の気温がにわかに高まった。
しおりの涙は炎となり。
その身を包む盾と化し。
脅威として牙を剥く。
泣いたら負け。
その法則はしおりには通用しない。
泣いてからが、本番なのである。
「!!」
警戒し身構える知佳の眼前で、
無警戒に泣きじゃくるしおりの炎密度は増してゆく。
そうして、しおりの全身が炎に包まれて。
前哨戦は終わり、本戦が幕を上げた。
「おねえちゃんなんかああ!! しんじゃえぇぇ!! しんじゃえぇぇ!!」
金切り声を上げて、しおりが知佳へと突撃する。
イジメられっ子が泣いて、キれて、踊りかかる。
ぐるぐると腕を回して、ウェイトの乗らぬ拳を打ち付けんとする。
そこかしこの公園で見られる普遍的な光景だ。
今のしおりも、ただ、それだけだ。
違うのは、しおりの全身が炎に包まれていること。
パンチは並の格闘家程度の威力があること。
拳は瞬時に皮膚を焼く温度を伴なっていること。
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。
しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。
「またぁっ!?」
炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。
「あぐうっ!!」
なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。
それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。
「ああっ、もうっ!!」
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。
「なんでっ! あたらないのっ!!」
廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。
「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。
誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)
何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。
それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。
十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。
その、知佳の反復の手が、はたと止まった。
(あれは……!?)
風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。
知佳はその炎から連想する。
(昨晩の、あの森林火災は……!)
連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。
(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
恭也さんは動けないのに?)
「いけない!」
咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。
死の舞踏が、ステップを逸した。
しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
「あああっ!!?」
灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。
「うぐっ!!」
沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。
「えいえいーーっ!!」
しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。
煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。
エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。
知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――
(―――この子を、森から引っ張り出す)
恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。
「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」
さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。
状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。
「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています