(>>761-762の続き)

・・・「@マグナ・カルタに遡る古来からの諸制定法(成文法・人定法)の一群、A古来からの民事・刑事訴訟における判例等の一群、B古来からの慣習、これら@ABのうち、
英国国民の私有財産、生命、自由及び(自由とコインの裏表である)道徳(=正義・善悪の基準)を擁護してきたものの神聖な総体」

のことである。そして、コモン・ローは過去にとどまるだけのものではない。これらのコモン・ローの中から“発見された”、上記の定義を満たす“新しい法”もまた、“コモン・ローの一部”となって加わって行くのである。

 もっと噛み砕けば、「英国の過去数百年間のすべての祖先たちが、叡智を積み重ね、子孫へ世襲(相続)してきた、成文制定法、民事・刑事訴訟における判例および慣習のうち、英国民の私有財産、
生命、自由及び道徳を擁護するものとして、取捨選択され、現在まで遺ってきたものの神聖な総体」

とでも言うべきものである。上記の定義を理解してもらえば、次の「真理」が必然的に抽出される。


(1)“コモン・ロー”に違反(背反)する人定法(立法)は、無効である。 なぜなら、コモン・ローが「唯一、自由の擁護と道徳(正義)の基準」だからである。

(2)“コモン・ロー”=“法”の支配する自由主義国家には「主権」という概念は存在しえない。

 なぜなら、「主権」とは「君主主権」を例に挙げれば、「君主が何ものにも制限されない絶対的な権力を有すること」を意味するから、いかなる権力をも制限する“法の支配”と明らかに二律背反する。
それでは、どちらが“正義”にかなっているのか。当然“法の支配”である。

その理由は、第一に、コモン・ローの定義上、コモン・ローが唯一の道徳(正義)の基準だからである。それに反する権力の行使は不正義であり、国民の財産・生命・自由を必ず侵害するからである。

第二に、コモン・ローとは定義上、過去のすべての時代のすべての祖先が積み重ねてきた成文法・裁判の判例・慣習の中から選び抜かれた神聖な叡智の集合体であり、